公認心理師 2021-125

人を対象とした心理学研究の倫理に関する問題です。

問題文は難しそうですが、正誤判断は「常識」の範疇で行うことが可能です。

問125 人を対象とした心理学研究の倫理に関する説明として、最も適切なものを1つ選べ。
① 効率的に研究を進めるために、協力が得られやすい知人を研究対象にする。
② 自発性が保証された状況下で、対象者からインフォームド・コンセントを取得することが求められる。
③ 研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う多重関係は回避すべきである。
④ 研究過程で収集した対象者の情報は、データのねつ造ではないことの証明として、研究終了後にすべて公表する。

解答のポイント

研究倫理に関しての基本的な見解を有している。

選択肢の解説

① 効率的に研究を進めるために、協力が得られやすい知人を研究対象にする。
③ 研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う多重関係は回避すべきである。

これらについてはまず「多重関係」の意味を正しく理解することが求められている選択肢になっています。

心理学、特に臨床心理学研究でよく見られる多重関係が「クライエントを研究対象として、カウンセラーが論文を書く」という事態です。

金沢吉展先生の「ここで、研究を行っている側が臨床家であるから、その研究者自身で援助を行うべき、と考える方もいるかもしれないが、それは相手との間に「研究者‐研究参加者」と「臨床家‐クライエント」という多重関係を生むことになるため、その研究者自身は援助を行ってはならない」としています。

それを回避するには、例えば事例研究であれば、同僚が論文を執筆するという解決策が述べられています(もちろん、これには異論もある。クライエントとの関係があるカウンセラーだからこそという視点もあるわけで。この辺が臨床と研究の両立が難しいところでもある)。

このように、臨床心理学の世界において多重関係とは「専門家としての役割と別の役割を、意図的かつ明確に同時にあるいは継続的に持ち続けること」を指しますが、研究においては「「研究者‐研究対象者」という関係性以外の関係性を意図的かつ明確にあるいは継続的に持ち続けること」と定義しても良いでしょうね。

ですから、選択肢①にある「効率的に研究を進めるために、協力が得られやすい知人を研究対象にする」というのは、「研究者‐研究対象」という関係性に「個人‐知人」という関係性を意図的に持つことになりますから、明確な倫理規定違反となります。

研究においてこうした多重関係が生じることで、「知人という関係性が結果に影響を与えた可能性」「意図的に自らの研究に有利な研究対象を選択した可能性」「知人が研究目的に沿うような反応をした可能性」などが疑われてしまうことになります。

また、その知人との関係性によっては「利益相反:外部との経済的な利益関係等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、又は損なわれるのではないかと第三者から見なされかねない事態」になる可能性も考えねばなりません。

そういうことを防ぐためにも、研究対象者には研究者と関係のない人を選出することが重要ですし、そこに生じる「研究が効率的にならない」という問題は研究者として享受・解決すべき事態と言えます。

上記の多重関係の考え方を踏まえれば、選択肢③の「研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う多重関係は回避すべきである」という記述は、多重関係の用い方が間違っていることがわかるはずです。

そして研究において「研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う」ということは回避すべき事態ではありません。

もちろん、研究を複数人で進めることはよくあることですし、その研究室の長が「研究代表者」として名を連ねるが、実態はその研究室の他の人(弟子とか)が行っているということもよくあることでしょう。

ですが、これが「他の人が研究を実行して集めたデータを、業績の積み上げのために名前だけ載せる」とか「研究計画・実行・論文作成に関わっていない人が、なぜか論文のオーサーとして名前を連ねる」ということになってくると問題と言えます。

これは「不適切なオーサーシップ」と呼ばれる研究活動上の不正行為であり、「研究成果の発表物(論文)の「著者」となることができる要件を満たさない者を著者として記載すること(ギフト・オーサーシップ)、著者としての要件を満たす者を著者として記載しないこと(ゴースト・オーサーシップ)、又は当人の承諾なしに著者に加えること」を意味します。

これを防ぐために、①研究の企画・構想、若しくは調査・実験の遂行に本質的な貢献、又は実験・観測データの取得や解析、又は理論的解釈やモデル構築など、当該研究に対する実質的な寄与をなしていること、②論文の草稿を執筆したり、論文の重要な箇所に関する意見を表明して論文の完成に寄与していること、③論文の最終版を承認し、論文の内容について説明できること、などが重要になってきます。

このような点を踏まえると、選択肢③の「研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う多重関係は回避すべきである」という記述は、誤りであり、研究の各段階をすべて同じ人がやる必要はないものの、きちんとその研究に携わっているという意味では、その全てもしくは一部であろうと、何かしら関わっていることが前提となっています。

もちろん、「研究計画の立案や研究費の獲得、研究の実行など、個人で複数の役割を担う」こともあって良いわけです。

なお、上述の通り、これを「多重関係」と呼ぶのは多重関係の意味をはき違えているので論外ですね。

以上より、選択肢①および選択肢③は不適切と判断できます。

② 自発性が保証された状況下で、対象者からインフォームド・コンセントを取得することが求められる。
④ 研究過程で収集した対象者の情報は、データのねつ造ではないことの証明として、研究終了後にすべて公表する。

これらはインフォームドコンセントに関する選択肢と言えます。

一般に研究におけるインフォームドコンセントでは、以下のような点の確認が求められます。

  1. 研究目的、方法、器官などの研究の概要:専門的な内容をできる限り一般の人にわかりやすく表現することが大切。
  2. 被験者として選ばれた理由と方法:特定の条件を明記する(条件がなければないと明記)。選ばれる方法として「特定の名簿からランダム抽出による」のような手続きを記す。
  3. 被験者の研究における役割:単にデータの提供者である場合もあれば、研究計画によっては研究手続きのモニタを期待することもある。
  4. 被験者が受ける研究からの利益(報酬を含む):医療行為ではないので、疾患の治癒のような実質的利益はない。原則として謝礼の金品で報酬となるだろう。
  5. 研究に伴う危険や苦痛の説明:ストレスを課すような実験の場合は、その性質や程度をわかりやすく説明する。
  6. 研究成果の公表の仕方:研究結果が、統計処理されて集団の統計量として表現されたり、故人が特定されない形に加工したデータで表現されることを説明する。
  7. 個人情報がどのような形で守秘されるのか:個人情報の管理の仕方により、個人情報が外部に漏洩されたり悪用されたりすることがないと説明する。
  8. いつでも研究参加を辞退できること、それによっていかなる不利益も被らないこと:記述の通り。その際、既に収集したデータの扱い(使用を許可するか、破棄するか)についても明示する。
  9. はじめに与える情報は不十分でも、実験の後から十分な情報が与えられること:実験条件によっては目的を伝えることで実験遂行に支障を来たす場合もある。そのことを伝え、実験後に説明がなされることも知らせておく。もしデセプション(事前にはウソの情報を与える)の場合は、デブリーフィング(事後説明)を行い、そのことに伴う説明と同意を得る。
  10. 協力者からの質問ななんでも受けること、また誰が責任をもってそれに答えるのか:質問に対しては、研究責任者の名の下で、できる限りすべての情報を与えるべきである。代理者が説明する場合、不明な点があれば、責任者のもとで確認の上、改めて説明の機会を用意することも伝える。

上記がインフォームドコンセントで確認すべき基本的な事項ということになります。

これらを踏まえて挙げた選択肢を見ていきましょう。

まず、そもそも論ですが、選択肢②の「自発性が保証された状況下で、対象者からインフォームド・コンセントを取得することが求められる」に関しては、当然被験者の自発性が保証されていないと話にならないわけです。

研究のインフォームドコンセントを得るとき場合には、例えば、「学内の偉い先生のいる前でインフォームドコンセントを行う」という状況設定を行うと、その状況自体が圧迫的なものになりかねず「自発性が保証された」とは言い難いと判断される可能性もあります。

きちんと研究対象者が「自らの意思で参加を決めた」と見なされるような状況でのインフォームドコンセントを行うことが大切になりますね。

また、選択肢④ の「研究過程で収集した対象者の情報は、データのねつ造ではないことの証明として、研究終了後にすべて公表する」ですが、研究過程で収集した情報がどのように処理されるか、どの程度公開されるかはインフォームドコンセントの中で、既に対象者に伝えられているのが原則となります。

ですから、情報公開はこの範囲で行うことが原則となります。

そして、その情報公開は「その研究に必要な範囲でのみ」行われるのが原則であり(その研究に性別という要因が絡んでなければ、性別でさえ明らかにすべきではありません)、決して「データのねつ造ではないことの証明として」行われるものではありませんね。

その研究で証明したいことがありその範囲内で必要な情報のみの公開であること、それが事前にインフォームドコンセントで伝えられていること、などが重要で決して研究者を守るため(データのねつ造ではないことの証明)に行われるものではありません。

また、公開の範囲に関しても「研究過程で収集した対象者の情報は、…研究終了後にすべて公表する」ということはあり得ないはずです。

「すべて公表する」のであれば、その全ての情報が研究において重要であることを証明せねばなりませんが、そんな研究内容はあり得ないでしょう。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

また、選択肢②が適切と判断できます。

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