公認心理師 2024-38

パーソンセンタード・アプローチにおいて、セラピストの傾聴を理論的に説明するために用いられる概念に関する問題です。

新しい概念が入ってくると、資料も情報も少ないので苦労します。

問38 パーソンセンタード・アプローチにおいて、セラピストの傾聴を理論的に説明するために用いられる概念として、不適切なものを1つ選べ。
① 純粋性
② 体験過程
③ 深い関係性
④ フェルトセンス
⑤ パーソナル・コンストラクト

選択肢の解説

① 純粋性

「クライエント中心療法」出版の6年後の1957年に、ロジャーズはこれまでの諸論文における様々な考えを統合する形で「治療上のパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」という論文を発表しました。

この論文は、ロジャーズの考えを要約するものとしても、整理したものとしても考えることができ、ロジャーズの論文の中でも重要なものの1つに数えられます。

この論文の中でロジャーズは、建設的なパーソナリティ変化が起こるためには、次のような条件が存在し、それがかなりの期間継続することが必要であるとし、以下の6つの条件を提示しました。

  1. 2人の人が心理的な接触をもっていること 。
  2. 第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致の状態にあり、傷つきやすく、不安な状態にあること 。
  3. 第2の人(セラピストと呼ぶことにする)は、その関係のなかで一致しており、統合していること。
  4. セラピストは、クライエントに対して無条件の肯定的配慮を経験していること 。
  5. セラピストは、クライエントの内的照合枠を共感的に理解しており、この経験をクライエントに伝えようと努めていること。
  6. 共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最低限クライエントに伝わっていること。

ロジャーズは、この6条件以外の「他のいかなる条件も必要ではない。もしこれらの6つの条件が存在し、それがある期間継続するならば、それで十分である。建設的なパーソナリティ変化の過程が、そこに現われるだろう」としています。

上記の「6条件」は、その後、純粋性(自己一致)・無条件の肯定的配慮(肯定的関心とも呼ぶ)・共感的理解の3つが抽出される形で強調されるようになりました。

それぞれについて述べていきましょう。

共感的理解は上記の第5条件に該当しますが、その中にある「内部的照合枠」について言及しておきましょう。

ロジャーズは1951年、シカゴでの実践と研究の成果を「クライエント中心療法」として出版しており、ここでは、自己概念と生命体の体験の一致・不一致からパーソナリティの適応を捉えていますが、その基本的な視点として「内的照合枠(the internal frame of reference)」という概念が提出されています。

内的照合枠についてロジャーズは「カウンセラーが可能な限りにおいてクライエントの内的照合枠を身につけること、クライエントが自ら眺めているままにクライエント自身を知覚すること、そのようにしている間は外的照合枠にもとづく一切の知覚を排除しておくこと、そして、その感情を移入して理解したことをコミュニケートすること」と述べています。

ロジャーズは、クライエントがどのような精神病理なのか把握しようとすること、訴えの原因を推測することなど、いわばクライエントを客観的にないしは外側から理解しようとする意識の集中の仕方を「外的照合枠」によるクライエント理解と考えました。

それに対して、クライエントのいる場所から世界の見え方・自分自身の見え方をカウンセラーが共有しようとする活動を「内的照合枠」によるクライエント理解と呼び、カウンセリングプロセスでは、こちらに全精力を注ぎこむことをロジャーズは要求します。

上記が内部的照合枠に関する記述ですが、ここにすでに共感的理解に関する内容も含まれてきています。

以下では更に、ロジャーズが共感的理解についてどう考えていたかを簡単に述べていきます。

クライエントの私的な世界を、あたかも自分自身の私的な世界であるかのように、感じ取ること、しかし、決して「あたかも、かのように」という特質を失わないままで、そうすることが共感であり、そしてこれは治療に不可欠というのが共感的理解の考え方です。

クライエントの怒りや怖れや混乱を、あたかも自分自身のものであるかのように、感じ取ること、しかも、自分自身の怒りや怖れや混乱を、そこに混入させないようにしたままで、そうすること、これがロジャーズが記述しようとしている「共感的理解」という条件です。

ロジャーズは「クライエントの世界が、治療者にとってこれほどの明確さを持ったものとなり、治療者がその世界の中を自由に動き回るようになると、治療者は、クライエントが明瞭にわかっていることについての治療者の理解を、コミュニケートすることができ、クライエントがほとんど気づいていないクライエント自身の体験の意味を、言い表すこともできる」と述べています。

つまり、①治療者が感じ取っている、②「あたかも、かのように」という特質が失われていない、③クライエントがほとんど気づいていない体験の意味を言い表すことができる、ということが述べられているわけですね。

こうした共感と同じく、クライエントに伝わっていることが重要とされているのが「無条件の肯定的配慮」になります。

ロジャーズは「セラピストが、クライエントの体験のすべての側面を、そのクライエントの一部として暖かく受容していることを体験しているならば、彼はそれだけ無条件の肯定的配慮を経験している」としています。

通常の人間関係は、たいていは条件つきの愛にしかなり得ません(親の子への愛情も、親の期待する方向に子どもが成長するが故であるという面も否定できない)。

ロジャーズの言う「無条件」とは、「あなたがかくかくである場合にだけ、私はあなたが好きなのです」という限定をつけないということです。

ここに限定をつけるということは、所有的な、愛する側の欲求を満足させる愛情であるとされます。

「無条件」とは、「クライエントを分離した人間として心を配ることであり、彼に自分自身の感情をもち、自分自身の体験をもつように許すことである」とロジャーズはしています(もちろん、こうは言っても、この条件を完全に満たすことはないと経験上は言えます。それに近づく努力が大切というイメージでしょうか)。

最後に本選択肢にも記載のある「純粋性」についてです。

この条件は「関係の中で、一致しており、統合されている」という状態であり、何かしら心理的問題を抱えているクライエントの状態とは逆のものとされています。

言い換えるなら「この関係の中で、彼が自由にかつ深く自分自身であり、彼の現実の体験がその自己意識によって正確に表現される」ということです。

具体的に述べれば、カウンセリング場面で生起する(ロジャーズはプライベートでは純粋性を求めていない。あくまでもカウンセリング場面だけに限定している)カウンセラーの様々な感情(例えば、このクライエントは怖いなとか、調子が悪くてクライエントの話を聴けないな、など)を「こうあるべき」という考え方のもとで否定しないということであり、それを否定してしまうということは、自分自身もクライエントを欺くことになり、そうした状態は、自己一致の状態から一番遠くなってしまうということになります。

さて、ここで本問で問われている「傾聴を理論的に説明する」にあたっての「純粋性」という概念について簡単に考えていきましょう。

ロジャーズが「援助する人が誠実な態度で傾聴し、クライエントと対話ができる関係性のなかでは、どのようなクライエントも成長していく可能性がある」と述べている通り、パーソンセンタードアプローチにおいて、傾聴は重要なものと捉えられています。

カウンセラーが傾聴を続けていくと互いに信頼関係が徐々に構築されるようになり、会話を続けていくことで自分自身の感情について気づきやすくなるとされているわけですが、この傾聴を実践していくためには、セラピスト自身の「純粋性」が重要になってきます。

耳を傾けている中で、やはりその内容に対して「よくわからない」「同意できない」などが湧いてくる場合があるわけですが、そうした思いに対してもセラピストが拓かれていないと(要するに純粋性をもっていないと)、「よくわかっていないのに聴いている」というロジャーズが目指す「治療上のパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」から遠ざかっているのがわかると思います。

もちろん、こうした思いをただ表現すればよいというわけではなく、セラピストが「傾聴しづらい思い」に気づき、それに対してどう関わっていくか、それを踏まえてどうクライエントとやり取りするか、といったことが重要になるわけです。

こうした点から、「パーソンセンタード・アプローチにおいて、セラピストの傾聴を理論的に説明するために用いられる概念」として純粋性は妥当なものと言えるでしょう。

よって、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。

② 体験過程
④ フェルトセンス

フォーカシングは、ユージン・ジェンドリンにより明らかにされた心理療法の過程を指します。

ロジャーズのウィスコンシンプロジェクト(CCTによる統合失調症者への治療研究)での体験が礎となっています(ジェンドリンはロジャーズの弟子)。

ジェンドリンはカウンセリングの成功要因を探る研究を行い、当初は精神分析的な視点による仮説として「過去の重要な体験を話す人ほど予後が良いだろう」と考えていました。

ですが、実際には「話す内容」による予後の好悪に有意差はなく、むしろ重要だったのは「話し方」であることが示されました。

すなわち、クライエントが自分の心の実感に触れながら話しているかどうかが重要であることを見いだしたのです。

このように、ロジャーズはセラピストの条件を、ジェンドリンはクライエントの条件を明らかにしたということになりますね。

ここでの発想がジェンドリンのオリジナルだと思うのですが、そこでジェンドリンが考えたのは「クライエントに心の実感に触れるための方法を教えれば、カウンセリングで良くなる可能性が高まるに違いない」ということでした。

そこでジェンドリンは、心の実感に触れるための方法をクライエントに教えるための理論として体験過程理論を構築し、具体的な技法としてフォーカシングを提唱しました。

つまり「フォーカシングは技術であり、誰でも身につけることが可能である」という考え方があるのです。

心の実感に触れる技術としてフォーカシングがあるわけですが、これには以下の6つのステップがあるとされています。

  1. クリアリング・ア・スペース:空間を作る
  2. フェルトセンス:何かよくわからないけど、意味がありそうな感じ
  3. ハンドル:名前をさずける
  4. 共鳴:フェルトセンスと共鳴させ、ぴったりかどうか確かめる
  5. 問いかける:からだにきいてみる
  6. 受けとる:何が浮かんできても受け容れる

ジェンドリンは、人間には体験があり、その中にも「まだ概念化はできないもののはっきりと感じられる体験過程」が存在すると考えます。

これをジェンドリンは「感じられた意味」とか「照合体」と呼んでいますが、こちらが後に「フェルトセンス」と呼ばれることになります。

この著書では、身体的な感覚を重視し、フェルトセンスを「まだ概念化はできないがはっきりと感じられる「身体の感じ」」としています。

この著書で初めて「フェルトセンス」という表現が使われるようになったのですが、身体感覚的な意味としてsenseという表現を使っているわけですね。

「問題や状況についての、まだはっきりしない意味を含む、「からだ」で体験される感じ」に注目し、それを象徴化することが心理療法における変化の中核的プロセスであると考えたわけです。

ちょっとわかりにくいですが、体験過程とは「主観的で具体的な体験の流れで、他者や状況との絶え間ない相互作用により、人間の中につねに刻々と感じられているもの」であり、フェルトセンスは先述の「問題や状況についての、まだはっきりしない意味を含む、「からだ」で体験される感じ」になり、似たような面はありつつも、フェルトセンスの方が特に身体に注目しているところが大きいかなと思います。

ジェンドリンは、師であるロジャーズのCCTの効果を高めるためにフォーカシングの技法を開発したわけですが、ロジャーズ自身はもともと特定の技法を用いることから遠ざかっていたので、ジェンドリンはロジャーズから独立した道を歩み、独自の体験過程療法を提案しました。

現在、このジェンドリンのフォーカシング技法の背景にある理論まで含んだものを「体験過程療法」や「フォーカシング指向心理療法」と呼んだりします。

こうした「体験過程」や「フェルトセンス」が、セラピストの傾聴を理論的に説明するためにどういう意味をもつかを考えていきましょう。

先述の「純粋性」と同様に、傾聴をしつつも、セラピストは自身の「体験過程」に触れ続け、ときにはそれが身体感覚として捉え続ける(なんか、話を聴いているとお尻のあたりがざわざわする、などの感覚:フェルトセンス)ことが重要になります。

こうした「体験過程」「フェルトセンス」に触れることが、セラピストが「クライエントの話に、素直に頷けないでいるんだ」という気づきをもたらしてくれたり、また、「ようやくクライエントの話が理解できた」という実感を得ることにもつながるのです。

このような体験が傾聴に重要であるのは言うまでもないでしょうね。

以上より、選択肢②および選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。

③ 深い関係性

こちらについては以下の書籍に基づいた概念であると考えられます。

「深い関係性」という用語は、一般的な「深い関係」「関係が深い」という意味ではなく(これでは男女の仲みたいですしね)、パーソンセンタードアプローチの専門用語として位置づけられています(らしいです)。

パーソンセンタードアプローチが重視するクライエント‐セラピスト関係に関する実践を事例を通して紹介しており、ロジャーズ以後に発展したパーソンセンタードアプローチの諸派の中で「relational」とも呼ばれる、一つの対話系の立場の理論的な位置づけや意義、実践、トレーニングの方法が上記の書籍では示されています。

ここでいう「深い関係性」とは、人と人とが深く接触し、関わっている状態であり、非常に深い出会いが起こっている特定の瞬間を指すこともあれば、深いつながり感が持続する関係も指します。

深い関係性を指向するアプローチは、クライエントに対する「非判断的な「受容」をはるかに超えて、クライエントの世界内存在にまで視野を広げた、より意図的な積極的証人にまで向かうこともあり得て、「彼らが世界をどう経験しようとも、それを受け容れます」というレベルを超えて、クライエントそれぞれを完全なる固有性をもった存在として強い意志で認めること」とされています。

これらの概念の源流には、①仮に言葉が少なくても強烈な関係の相互作用が起きて、ClとTh双方に強い感情的な動きが起こること、②Th自身にとって脅威の体験となり得るくらいの徹底した自己一致でClに向き合うこと、という2つの考え方があると考えられます。

本問で示されている「深い関係性」と傾聴との関係ですが、上記の書籍を読んでいないですし、まだ日本では新しい概念のためか情報が拾えていません。

ただ、いい加減な言い方になりますが、セラピストの傾聴が促進的に働くにために、上記のような「深い関係性」が重要な意味をもつのは自明なことのように思えます。

以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。

⑤ パーソナル・コンストラクト

Kellyは物理学と数学の学士を取得後、教育社会学の修士課程を修了、その後心理学への系統を深めました。

学生の頃に、当時隆盛だったS-R理論の考え方に疑問を抱き、環境刺激による一般的な行動の変化よりも、体験の捉え方の個人差や、人それぞれの行為そのもの、あるいは行為を行った理由を説明することが重要であると考えるようになりました。

パーソナル・コントラスト理論は、ケリー自身の豊富な臨床体験の中から、こうした発想をもとに独自の概念を用いて構築された理論です。

ケリーは、我々の住む世界の実在性、継時性、完全性を仮定した上で、基盤となる哲学的な前提としてコンストラクティブ・オルタナティビズム(constructive alternativism)と呼ばれる概念を設定しました。

これは、我々を取り囲む現実が「そのままの形で受け取られるばかりではなく、人々が考え付く限りの様々な解釈に従うもの」(Adams-Webber,1979)であること、つまり、同じ現実であってもその解釈は人によって異なることを強調した考え方です。

さらにケリーは、人間は誰もが自分を取り巻く環境を解釈し、予測し、統制しようと試みているとし、その意味で「人間はすべて科学者である」と指摘しました。

彼はこうした人間観をもとに、基本公理とその詳細を規定する11の系から成る「パーソナル・コントラスト理論」を打ち立てました。

基本公理では「人間の処理過程は事象を予測するやり方によって心理学的に規定される」とする考え方が示されています。

そして11の系は以下のようなものが挙げられています。

  1. 構成の命題: 個人は、物事の複製を構成することで物事を予測している。
  2. 個性の命題: 物事の構成の仕方は個々人によって異なる。
  3. 組織の命題: 個々人は、物事をうまく予測するために構成システムを個性的に進化させる。構成システムにはコンストラクト同士の階層関係がある。
  4. 二項対立の命題: 個人の構成システムは、有限数の、二項対立するコンストラクトからなる。
  5. 選択の命題:人間は、二分したコンストラクトのうち、どちらか一方をみずから選び取る。構成システムの明確化と拡大について、より大きな可能性を予測させる方である。
  6. 適応範囲の命題: あるコンストラクトは、もっぱら限られた範囲の物事を予測することに役立つ。
  7. 経験の命題: 個人の構成システムは、物事の複製を構成し続けるなかで変化する。
  8. 調整の命題: 個人の構成システムは、コンストラクトの浸透性(可変性)の制限を受け、その適用範囲内で変化することができる。
  9. 断片化の命題: 個人は、論理的に矛盾するものであっても、さまざまな構成のサブシステムを相次いで適用することができる。
  10. 共通性の命題: 経験の構成の仕方が他者と類似している場合、その程度に応じて、その他者に類似した心理的な変化が生じる。
  11. 社会性の命題:他者の構成の変化を構成する場合、その程度に応じて、その他者を含む社会的状況のなかで、ある役割を演じることができる。

この理論によると、事象の予測には「コンストラクト」が用いられるのですが、これは「現実を眺める透明なパターンあるいはメガネのようなもの」であり、構成体と訳されることもあります(上記の個性の命題になりますね)。

コンストラクトは、具体的には3人の人物のうち2人は似ているが、1人は異なる点として抽出される認知的枠組みであり、「あかるい‐くらい」「うるさい‐しずか」「おいしい‐まずい」「よい‐わるい」などの形容詞的性格をもつ一対の対立概念として表現されます(上記の二項対立の命題を指します)。

そして、コンストラクト・システムでは、まず感覚器から原始的な情報を得ることに始まり、得られた情報はコンストラクトシステム上で意味のある情報に加工されることにより下位のコンストラクトから上位のコンストラクトになっていくとされています(何だか、ピアジェのシェマみたいですね)。

ケリーの考えに従えば、人が保有するコンストラクトの構造や内容を知ることが、その人のパーソナリティを理解することになるわけです。

なお、この理論において、「脅威」とは中核となるコントラクトがまだ十分できあがっていないときに切迫した包括的変化を自覚することであり、「不安」とは重要な出来事が自己のコントラクトシステムでは手の届かないところにあると自覚することです。

また、「罪の意識」とは自分が演じるべき中核的役割をなし遂げることができなかったという自覚であり、「敵意」は自分の社会的予測がすでに外れてしまったにも関わらず、それが妥当である証拠をつきつけようとする試みであるとされます。

このように、パーソナル・コンストラクト理論では、感情をコンストラクトと絡めつつ上記のように意味づけているわけです。

ケリーは人間はさまざまな事象を経験し、事象間の類似性や差異を認知し、現象についての概念あるいは構成概念を形成し、これらの構成概念に基づいて事象を予測しようとすると考えたわけです。

しかし、個人は固有の構成概念をもつという点で独自性をもっており、これを「コンストラクト」という表現で示したわけですね(コンストラクトというフィルターを通して、人間は環境の解釈と事象の予測を行っているということ)。

つまり、コンストラクトとは、その人が持っている心のレンズ、フィルターのようなものであり、その心のレンズを知ることが、その人のパーソナリティを理解するのに役立つと考えたモデルというわけです。

こうした「パーソナル・コンストラクト」の説明は、パーソンセンタードアプローチにおけるセラピストの傾聴を理論的に説明する概念とは言えませんね。

よって、選択肢⑤が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

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