公認心理師 2022-22

問題の説明に合致する概念を選択する問題です。

過去問で出ている概念でしたが、そのときの解説が甘かったですね。

問22 深刻な逆境体験がありながらも、良好な心理社会的適応を遂げる過程を示す概念に相当するものを1つ選べ。
① ジョイニング
② レジリエンス
③ エントレインメント
④ ソーシャル・キャピタル
⑤ ソーシャル・インクルージョン

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解答のポイント

各概念について把握している。

選択肢の解説

① ジョイニング

ジョイニングは構造的家族療法の治療法の一つです。

構造的家族療法はMinuchinが始めたシステム家族療法の一学派であり、他のシステム家族療法と同様に個人の症状や問題行動を家族システム全体が関わる問題と見なすが、特に家族システム(および更に上位システムを加えた全体)の構造の歪みから来ると見なす一連の理論と方法を備えた治療法です。

構造学派の理解については「公認心理師 2021-94」も見ておいてください。

構造学派では、大まかに「ジョイニング」と「構造の変換」を行っていきます。

治療では、クライエント家族とセラピストの間に治療目標に向けて共同作業ができるような関係が肝要になります(治療システムの形成)。

そのためにセラピストが家族に専門家として受け容れられること、またはそのための作業を「ジョイニング」と呼び、以下のような形があります。

  1. 伴走:コミュニケーションの流れにセラピストがついていくこと。相槌をうつことや、話が促進されるように促すこと等を指します。
    「安全な会話」とは、解釈したり話の落としどころを聞き手が決めずに、「その会話が長続きするよう努める」ことによって生じます。
  2. 調節:セラピストの言葉遣いや行動などを家族の交流の中に適応させること。
  3. 模倣:セラピストが、家族の言語的非言語的側面を観察し、言葉遣い、比喩的な表現、感情の表現、仕草などを、意識的無意識的に模倣することを指します。。話し方やテンポを合わせるなどです。

家族のスタイルやコミュニケーションに適応すること、それによって同時にリーダーシップを獲得することが要点であり、ことに治療初期には重大です。

あまりに当然なので、むしろ治療法の上で強調されることの少ない過程をミニューチンは明確に位置付けました。

続いて、構造の変換ですが、これについては具体的な技法として9つ挙げられています。

  1. エンナクトメント:やり取りを面接場面で実演してもらい、症状関連の構造を顕現させる
  2. 焦点づけ:家族のやり取りが移ろっていくのを、ある点に留めることで新しいやり取りを現出させる
  3. 衝撃を与える:やり取りの移ろいによって常に家族は衝撃を緩和させているならば、一定の衝撃を感じるまでそのやり取りに留める。
  4. バウンダリー・メイキング:「ちょっと待ってて」のように、あるメンバーに直接介入して、両者の間の境界を構築する。
  5. アンバランシング:意図的にあるメンバーの味方に立って、常の関係を揺さぶる。
  6. コンプルメンタリティの指摘:家族がやり取りを直接的因果によって認識している時、それがメンバー間の補完性によって成立していることを指摘する。
  7. 家族の認知的思い込みに挑戦することで、関係への変化を図る。
  8. 逆説的介入
  9. 長所の強調

上記の1~3は症状への挑戦のために、4~6は構造への介入策として、7~9は認知的構成概念への挑戦策として行われます。

最も基本的な方法は、家族が集合することによって、その場に家族の関係をそのまま現出させ、観察して読み取り、そこに介入して現在の関係の変化を図ることになります。

臨床的には、治療はジョイニングから、構造の読み取りと評価、構造の変化、その定着といった過程を経ることになります。

上記の通り、本問で示されている説明に本選択肢の内容は合致しないことがわかります。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② レジリエンス

レジリエンスとは、脅威となる事態がもたらした心理的傷つきや落ち込みから立ち直る回復力や弾力性、あるいはその心的過程や結果を指す言葉です。

「跳ね返す」という物理学分野の用語が、精神医学や心理学の分野に導入されたものです。

私の博士論文は「自然治癒力」がテーマだったのでレジリエンスについても調べましたが、この用語は非常に多義的なもので、使っている人によって微妙に概念の定義が異なっています(中には単に回復させるという意味で用いている人もいて、そうなると戦争で傷ついた人を回復させて再び戦争に送り込むみたいなことまで含まれるので、もうちょっと考えて言葉というものを発してほしいものです)。

戦争や災害による外傷体験や、ハイリスクな生育環境のような逆境にあっても適応できる人について用いられる概念だったが、近年はより広範に、その種の逆境を経験していない人についても用いられ、普遍的に誰もが備えている資質と見なされる傾向があります(言い換えれば、やっぱりちゃんと定まっていないという感じもします)。

レジリエンスを規定する要因には、知能や身体的健康のほか、感情のコントロール、楽観性、自尊感情、ソーシャルサポートなどが挙げられます。

これらは獲得可能性が異なるため、生得的に安定している要因と、後天的に獲得しやすい要因に分け、後者に着目した介入が取り組まれています。

さて、上記のような「戦争や災害による外傷体験や、ハイリスクな生育環境のような逆境にあっても適応できる人」ですが、その領域では「サバイバー」と呼んだりしますね。

私も複数人の「ハイリスクな生育環境に育ったにも関わらず、大人になってからの社会適応が良い人」を見ていますが、私の狭い経験上で共通していることがあるなと感じています。

それは「ハイリスクな生育環境を作っている人」すなわち親に対して、何らかの不信感をぶつけているという歴史があることです。

そもそもの心的能力によっては「自分に起こっている不穏な感情の在り処・出所がわからない」という人も多い中、きちんと自分の不穏の出所をわかっていて、そこに対して適切にアプローチしようとしているわけです(もしかしたら、これがレジリエンスなのかもしれない)。

ちなみに彼ら・彼女ら(彼女らの方が圧倒的に多いのですが)は不信感をぶつけた結果、ほぼ100%の確率で「親はわかってくれない」という経験をしていますが、それで良いのです。

「相手がわかってくれるかどうか」は天気と一緒で操作できるものではありませんが、重要なのは、きちんと「目の前の人が、自分の不穏と関わっている」「その人に向けてアプローチを行った」ということによって「不穏な感情の処理」の大半は済んでいるということなんです。

もちろん「わかってくれなかった」という体験は、その後の対人関係に影響を与えるものではありますが、それは広範になるものではありません。

つまり「人はみんなわかってくれない」になるのではなく、あくまでも「母親はわかってくれない」「母親はここまでなんだ」という諦めがあるのみで、それが他の人まで般化することは少ないのです。

これが「不穏の出所にアプローチする」ということの効用であり、心理学的に言い換えると転移感情がそのやり取りをしておけば生じないわけです(転移は過去からの持ち越しですから、持ち越す感情が少なければ転移が生じにくいのが道理ですね)。

私がサバイバーの人たちと関わるのは「不登校の親」としてという場合が比較的多いのですが、「ハイリスクな生育環境に育った人」の問題はむしろ子育ての場面で出てくるような気がしています(赤ちゃん部屋のお化け、などの概念もありますね)。

具体的に言えば、やや甘えのテーマに疎かったり苦手だったりする傾向があるように見えます。

とは言え、それでも「その人が育ったハイリスクな生育環境」に比べれば、かなり良いレベルであると言ってよい状態であり、子どもに及ぼす影響も一般的なレベルから見ればかなり小さいと言ってよいです。

上記のように、本問の説明はレジリエンスの内容と合致することがわかります(正確には、レジリエンスの説明にそのままなっているというよりは、レジリエンス概念の一部を述べているという感じに近いです。それでも間違っていないわけですけど)。

よって、選択肢②が適切と判断できます。

③ エントレインメント

新生児期には自分の母親などの独特の調子やリズムの話しかけに同調して身体を動かす相互同期性がみられ、これが「エントレインメント」でありCondon&Sanderが報告した現象です。

赤ちゃんが大人の働きかけに同調して、自分の身体を動かしたら、それに対して大人も何かしらの応答をしますが、そういう相互作用のことを指すわけですね。

他にも例えば、「赤ちゃんがお腹にいる頃に聞き慣れたお母さんの声を聞くと安心して寝る」「お母さんが赤ちゃんの泣き声を聞いて母乳が出てくる」といった相互作用もエントレインメントに含まれており、このような情緒的共生の段階を経て、新生児は自己の情動的核を形成し、自律的自己に移行していくとされています。

なお、上記は保育心理学の世界で用いられる考え方ですが、他領域では対話中の話者間において話し方や声の調子などの振る舞いが同調・類似する現象を指す(概ね上記と同じ意味ではありますが)など、領域ごとで同じ「エントレインメント」という表現を使った概念がありますね。

関連しそうな概念として、Sternの情動調律は(主観的自己感の形成期で初めて観察される母子間の情動的な相互交流のパターン)などがありますね。

上記の通り、エントレインメントは新生児期の発達において重要な概念ではあるでしょうが、それと本問の説明と一致するというわけではありません(エントレインメントが無い家庭は「深刻な逆境体験」と呼べるでしょうが、そういう問題ではないですからね)。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ ソーシャル・キャピタル

ソーシャル・キャピタルとは、人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範(互酬性)」「ネットワーク」といった社会組織の特徴を指します(アメリカの政治学者、ロバート・パットナムの定義)。

物的資本 (Physical Capital) や人的資本(Human Capital)などと並ぶ新しい概念とされています。

社会学、政治学、経済学、経営学などにおいて用いられる概念で、人々の協調行動が活発化することにより社会の効率性を高めることができるという考え方のもとで、社会の信頼関係、規範、ネットワークといった社会組織の重要性を説く概念と言えます。

平たく言えば、人々が持つ信頼関係や人間関係(社会的ネットワーク)のことです。

現在の定義が示される前には、アメリカの社会学者コールマンが「ソーシャル・キャピタル」という概念を発展させ広めました。

当時の「ソーシャル・キャピタル」は、人と人との間に存在し、具体的な内容としては、①信頼、②つきあいなど人間関係、③中間集団(個人と社会の間にある、地域コミュニティーの組織やボランティア組織など)の3つを含むものとされています。

その後、上記の「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範(互酬性)」「ネットワーク」といった社会的仕組みの特徴」である」というパットナムの定義に集約されていったわけです。

内閣府では、上記のパットナムの定義、①信頼=信頼:一般的な信頼、相互信頼・扶助、②人間関係=付き合い・交流:近隣での付き合い、社会的な交流、③規範=社会参加:社会的な活動への参加、というソーシャル・キャピタル指数を算出しています。

この指数が高いほど、健康面の効用(総死亡率、自殺率、自覚的健康度、健康行動・喫煙率・運動習慣)や健康以外の効用(行政効率、まちおこし、防災対策、治安・防犯、子育て、教育、就労、経済成長、技術革新)などが期待されるとしています。

上記の通り、本問で示されている説明に本選択肢の内容は合致しないことがわかります。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ ソーシャル・インクルージョン

ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)は、「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念です。

つまり、社会的に全体を包み込むこと、誰も排除されず、全員が社会に参画する機会を持つことと言い換えても良いでしょうね。

ソーシャルインクルージョンは、近年の日本の福祉や労働施策の改革とその連携にもかかわりの深いテーマで、2000年12月に厚生省(当時)でまとめられた「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会報告書」には、社会的に弱い立場にある人々を社会の一員として包み支え合う、ソーシャルインクルージョンの理念を進めることを提言しています。

一方、教育界を中心にここ数年間で広がってきた概念としてのインクルージョンは、「本来的に、すべての子どもは特別な教育的ニーズを有するのであるから、さまざまな状態の子どもたちが学習集団に存在していることを前提としながら、学習計画や教育体制を最初から組み立て直そう」、「すべての子どもたちを包み込んでいこう」とする理念であり、これは特別支援教育へとつながっているとされています。

ソーシャル・インクルージョンは1970年代のフランスにおいて、戦後の復興や福祉制度が整備されつつある状況の中で、その中においてさえなお社会的に排除されている状態のことを「ソーシャル・エクスクルージョン」と呼んだことが発端です。

その後1980年代に入り、ヨーロッパ全体で若者の失業が問題視され始めたとき、この「ソーシャル・エクスクルージョン」という言葉が注目され、同時にその対語としての、「社会的包摂:ソーシャル・インクルージョン(social inclusion)」という言葉が生まれました。

イギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国においては、近年の社会福祉の再編にあたっての基調理念ともされるものであり、「ソーシャル・インクルージョン」という言葉は「ソーシャル・エクスクルージョン」という言葉から端を発した、今日的な格差の問題をも含んだ概念です。

なお「ソーシャル・インクルージョン」の中で使われる「社会的弱者」とは、社会的格差の対象となる人たちを含み、移民、貧困者、高齢者、女性、子供、非正規雇用者、住まい、地域によるものであり、当然のことながら障害者も含まれます。

上記の通り、本問で示されている説明に本選択肢の内容は合致しないことがわかります。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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