公認心理師 2020-76

本問は2020年の午前問題で一番迷いました。

今でもこの解答が正しいと確信はありませんが、現時点での考えを示しておきます。

問76 5歳の男児A。Aは、実父からの身体的虐待が理由で、1か月前に児童養護施設に入所した。Aは、担当スタッフの勧めで同施設内で勤務する公認心理師Bの面談に訪れた。担当スタッフによると、Aは、入所時から衝動性・攻撃性ともに高かった。施設内では、コップの水を他児Cにかけたり、他児Dを椅子で殴ろうとしたりするなど、Aの暴力が問題となっていた。また寝つきが悪く、食欲にむらが見られた。Bとの面談でAは暴力の理由を「いつも僕が使っているコップをCが勝手に使ったから」「Dが僕の手首を急に掴んだから」と語った。また、「夜眠れない」と訴えた。

 Bが初期に行う支援として、適切なものを2つ選べ。

① 遊戯療法を速やかに導入し、Aに心的外傷体験への直面化を促す。

② 受容的態度でAの暴力を受け入れるよう、担当スタッフに助言する。

③ コップ等の食器は共用であるというルールを指導するよう、担当スタッフに助言する。

④ Aの様子を観察し、Aが安心して眠れる方法を工夫するよう、担当スタッフに助言する。

⑤ 衝動性や攻撃性が高まる契機となる刺激ができるだけ生じないように、担当スタッフと生活環境の調整を検討する。

解答のポイント

事例の状態をどう見立てるか。

また、見立てを踏まえて必要な対応を選択できること。

選択肢の解説

① 遊戯療法を速やかに導入し、Aに心的外傷体験への直面化を促す。

まず遊戯療法自体は、Aに対して導入することはあり得るでしょう。

しかし、それは「心的外傷体験への直面化を促す」ためではありません。

まず、そもそも「遊戯療法」と「心的外傷体験への直面化」が、どうしてつながるのか理解しておきましょう。

遊戯療法を実施していると、被虐待児は遊びの中で自分が受けた虐待を再演することがあります。

これは「ポスト・トラウマティック・プレイ」と呼ばれており、一種の再体験症状とされています(DSM-5にも記載がありますね)。

ただし、これは一概に悪いものではなく、例えば、遊びの中で人形を痛めつけていた子どもが、徐々に人形に対して絆創膏を貼るなどのケアを行うようになり、そうした流れの中で心的外傷が改善していくという事例が少なからずあります。

もちろん、心的外傷の再演と思われる遊びをしているときの子どもの表情や雰囲気全体を見て、止めるという選択肢もあります。

どういう雰囲気なら止めるのかはカウンセラーによってまちまちでしょうが、私は「子どもがコントロール感を失っており、遊びを自分の力で止められない」と感じられたら止めることも検討するようにしています。

いずれにせよ、「遊戯療法」によって「心的外傷体験への直面化」は起こり得るということです。

そして、その経過によって改善することもあり得るのも事実ですが、この事例の状況で「直面化」による治療効果を狙うのは尚早な気がします。

なぜなら、「遊戯療法」による「心的外傷体験への直面化」は、その対象の生活が安定しているときに行われるべきだからです。

Aは施設に入所して1か月経ってはいますが、まだ他児との諍いも多く、落ち着いた状況であるとは言えません。

「遊戯療法」による「心的外傷体験への直面化」のような揺さぶりの強いアプローチは、安定した生活に支えられることで初めて効果を発揮するものですから、Aの状況では避けた方が良いと考えられます。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 受容的態度でAの暴力を受け入れるよう、担当スタッフに助言する。

まず心理支援の基本について理解しておきましょう。

どんなことがあっても、暴力と性行為は支援ではありません。

もちろん、それを受け容れることも支援ではありません。

これは心理支援の前提ですね。

「暴力も表現の一つだから、受け容れるように」とカウンセラーから話があったために悲劇的な結末を迎えた事例(多くは家庭内暴力事例で、上記の対応によって暴力がエスカレートし、耐えかねた親が子どもを殺すという事態)があることを忘れてはなりません。

本事例に沿って考えてみましょう。

他選択肢でも述べますが、Aの衝動性・攻撃性は「攻撃者への同一化」という被虐待による反応である可能性があり、Aに暴力的な状態を維持させることで、かえってAの虐待による傷つきを深めるという結果になります。

また、児童養護施設という枠組みにおいて、暴力を容認するような対応をすることで、他児への影響も甚大です。

他児も虐待を受けてきた可能性があり、暴力が目の前で起こることで彼らの傷つきを深めることになります。

また一般論ではありますが、暴力は嗜癖になります。

特に、Aのように「自分の思いと異なる状況」で衝動性・攻撃性が表出されており、仮にそれを受け容れ続けることで、Aは「現実が思い通りにならない時に暴力を振るう」ことが常態化する恐れがあります。

これは暴力による他者の支配であり、嗜癖性があり、「暴力を受け容れる」という方針によって生じるものです。

以上のように、暴力を受け容れるという方針は心理療法全般で行われるべきではなく、また、Aという事例の個別性を鑑みても不適切な対応と言えるでしょう。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ コップ等の食器は共用であるというルールを指導するよう、担当スタッフに助言する。

先に述べておきますと、選択肢③と選択肢④のいずれを選ぶかで迷いました。

個人的には「私なら選択肢③、選択肢④、選択肢⑤の全てを行う」のですが、試験としては選択肢③は「適切ではない」となるのではと考えています。

ここでは、なぜ選択肢③が採り得る対応だと思いつつも、解答として除外したかを述べていきましょう。

まず、単純に「Aはルールを理解していなかったから怒った」「だからルールをきちんと伝えるようにすれば大丈夫」と考えるのは誤っています(こんな単純な論理なら迷うことはありません)。

大切なのは、なぜ「ルールを指導する」ことが、被虐待児であるAの心理的支援になり得るのかを理解することです。

Aが怒っているのは「自分の思いと異なる現実」が生じたからです。

「いつも僕が使っているコップ」という表現から、コップが個人の物ではなく共用であり、そのことをAも把握はしていたことがわかります(個人が所有しているのなら「僕のコップを使った」と言うはずですから、Aがルールを理解していなかったという線はここで消えます)。

ただし、Aも頭では共用であることはわかっていたかもしれませんが、「自分がいつも使っているんだから、他の人は使わないでほしい」という感覚があったのは年齢を踏まえれば自然でしょう。

しかし、Cがその思いに反してコップを使った、すなわち、「思いと異なる現実」が起こったことで強い怒りが生じ、衝動的に水をかけてしまったのだろうと思います。

5歳くらいになれば、多少は「自分の思いと異なる現実」が出てきたとしても、自分の気持ちを納めたり、仕方なく別のコップを使うなどの微調整を行って、現実に適応しようとします(少なくとも衝動的に水をぶっかけたりはしない)。

本来、乳幼児期から徐々に「思いと異なる現実」と出会い、しっかりと体験すること(親に慰めてもらいながら、現実を受け容れる)で、子どもは徐々に自分の思いと外界の在り様の違いを受け容れ(=現実検討力が高まる)、自分の気持ちを納めたり、自分のやり方を変えるなど「自らを微調整」することによって外界と折り合うようになっていきます(この考え方は「ほどよい母親」にも見られますね。ちょっと母親がミスする方が、子どもの現実検討力は高まる)。

しかし、Aは被虐待児ですから、上記のような「思いと異なる現実」に対する適切な関わりをする機会が得られず、当然ながらこうした状況への脆弱性を残したまま現在に至っていると見なすことができます。

更に、身体的虐待の経験があることで、暴力の模倣、無自覚に抑え込んでいた怒り、暴力による関わりの経験が多い、といった要素が優勢となり、自然とAのコミュニケーションパターンに暴力が根深く刷り込まれます。

Aにとって、「思い通りにならない現実」によって出てきた不穏感情を表現する方法は、こうした攻撃的な手段しかなく、結果として「コップの水を他児Cにかけた」という行動に出たのだと考えられます。

こうした状況でのAに対して必要な支援は、「きちんとルールを示し、同時にその中で生じる不穏感情を受けとめていく」ということになります。

言い換えれば、「思い通りにならない現実」をしっかりと体験しつつ、その中で生じる「不穏感情」についてもやり取りし、納めていく作業を行っていくことになります。

虐待を受けていたAにとって、瞬間的な不穏感情の表現方法は暴力的になりやすいと考えられますから、施設内での「思い通りにならない現実による不穏感情」に際して、暴力で抑えつけるのとは異なるアプローチで接することが支援になるということです。

例えば、「コップは皆がどれを使ってもいいのはわかる?」「いつも使ってるから、他の人に使われたくなかったの?」「思い通りにならないのはつらいけど、みんなも同じルールでやってるからなぁ。でもつらいよね」などのような声掛けになるだろうと思います。

つまり、私は「ルールを指導する」ことによって、Aの不穏感情を受けとめ、共に納めていくという機会を得ることが重要だろうと考えているわけです。

この視点からすれば、選択肢③のアプローチは支援になるように思えますし、私ならこの理路を説明した上で施設担当スタッフに助言すると思います。

ではなぜ本選択肢を正答としないのか?

理由は大きく2つです。

1つは「コップ等の食器は共用であるというルールを指導する」という表現に、私が考えているような上記のアプローチ全部を入れ込んで考えてよいものか、かなり疑問があります。

本選択肢の内容は、単に「枠組みを示す」という対応に留まっていると見なすのが自然であり、その中で生じる種々の対応までを含んで考えるのは、ちょっと行き過ぎだろうと思うのです。

もう1つは選択肢④で述べることですが、Aの寝つきの悪さ、食欲のむらをどのように解釈するかがあります。

視点によっては、これらへのアプローチは欠かせないものになると考えられます(詳しくは選択肢④で述べますね)。

以上より、選択肢③は適切とは言えないと判断できます。

④ Aの様子を観察し、Aが安心して眠れる方法を工夫するよう、担当スタッフに助言する。

本選択肢は「寝つきが悪い」という報告と「夜眠れない」というAの訴えに対応したものであると思われます。

大切なのは、Aの寝つきの悪さが何によって生じているかを考えることです。

まず、単に慣れていない環境だから、寝つきの悪さが生じていると見なす場合が考えられます。

ただ、すでに施設入所してから1か月が経っていることを考えると、この視点は微妙だと言わざるを得ません。

もっと重要な視点として、Aは虐待によって心的外傷を負っており、「寝つきが悪い」「夜眠れない」のは、過覚醒や再体験、反復的で苦痛な夢の存在によって生じているというものです。

被虐待環境から離れてしばらく経ってから症状が出現している、と考えれば整合性が取れますし、その場合、このAの反応に対してできるだけ早く対応することが求められます。

Aの衝動性・攻撃性は、トラウマ反応の一つとして生じる「攻撃者への同一化」と捉えることもできますから、Aに心的外傷による反応が起こっていると見なすのは不可能ではないはずです。

外傷体験があると考えた場合、本選択肢のような「安全の確立」を念頭に置いたアプローチが最優先となります。

安全は身体面、心理面、対人関係面など、さまざまな次元で確保されることが求められ(この辺が選択肢⑤が適切と考える理由でもあります)、なによりもAが安全を実感できることが重要です。

公認心理師Bとの面接でも訴えがあった「夜眠れない」という点に対してアプローチすることで、Aの内に「きちんと対応してくれた」「わかってくれた」という思いを芽生えさせ、それが安全感へとつながっていくことが狙えます。

以上より、選択肢④は適切と判断できます。

ただし、上記は「Aには心的外傷がある」という前提にした解説になっています。

それを否定するような情報も少ないのですが、確定できるほどの情報もありません。

個人的には選択肢①の内容がヒントになっている(心的外傷の存在を示している)のかも、などと思っています(考え過ぎか?)。

もしもこの前提に立たなければ、本選択肢を適切とするかは怪しいところです。

例えば、眠れないという反応が日中の他児との諍いによってイライラが高まっているために生じていると捉えれば、選択肢③や選択肢⑤が優先されても良いわけです。

すなわち、心的外傷という前提に立たなければ、「睡眠」に焦点をあてたアプローチよりも、Aの生活を乱している衝動性・攻撃性が表出しやすい環境の調整を行うことで、結果として「睡眠」の改善が生じることを狙っていく方が実践的であろうと思うのです。

この辺は何とも言えませんが、選択肢③と選択肢④を天秤にかけて、まだ選択肢④の方が可能性が高いかな…という曖昧な判断ですね。

⑤ 衝動性や攻撃性が高まる契機となる刺激ができるだけ生じないように、担当スタッフと生活環境の調整を検討する。

Aには被虐待経験があり、それはさまざまな面でAの生活を乱すことになります。

先述したように、Aの衝動性・攻撃性は「攻撃者への同一化」という側面もあると考えられ、攻撃的な態度で過ごすこと自体がトラウマの再演となってAを苦しめることになりかねません。

そこで、Aにとって衝動性や攻撃性が高まるような刺激をできるだけ少なくし、平静な状態で過ごす時間を取る中でAの安全感を高めていくことが大切です。

衝動性や攻撃性が高まっていると、本人にも自らを止めることはできず、それ自体が自己コントロール不全というマイナスの体験になってしまいます。

このような「自分で自分をコントロールしている感覚」を持つことは、その人が安定した成熟を果たすためには欠かせないものです。

生活環境の調整によって、A自身もコントロールできないような状態にならないようにしていくことが支援では大切です。

私は、周囲と諍いの多いADHD児の保護者に対して投薬をする意味として、「薬の効果が出ている間、周囲との対人関係が落ち着いたものになることが期待できます。その間に良い対人関係を経験し、適切な関わりを体験することで、薬という松葉づえがなくても自分で自分をコントロールして、安定した対人関係を維持できるようになることが狙いです」などと伝えます。

この説明も本質は同じで、不穏にならない状態を維持することと、自らのコントロールを維持することが支援において大切なのです。

以上より、選択肢⑤は適切と判断できます。

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