公認心理師 2020-70

本問は事例の見立てを行い、必要な対応を選択することが求められています。

ちょっと迷わせるような要素も入っているので、気をつけたいところです。

問70 72歳の男性A。Aは、高血圧症で通院している病院の担当医に物忘れが心配であると相談した。担当医の依頼で公認心理師Bが対応した。Aは、1年前より徐々に言いたいことがうまく言葉に出せず、物の名前が出てこなくなった。しかし、日常生活に問題はなく、趣味の家庭菜園を楽しみ、町内会長の役割をこなしている。面接時、軽度の語健忘はみられるが、MMSEは27点であった。2か月前の脳ドックで、頭部MRI検査を受け、軽度の脳萎縮を指摘されたという。

BのAへの助言として、不適切なものを1つ選べ。

① 高血圧症の治療を続けてください。

② 栄養バランスのとれた食事を心がけてください。

③ 運動習慣をつけて毎日体を動かすようにしてください。

④ 生活習慣病の早期発見のために定期的に健診を受けてください。

⑤ 認知症の予防に有効なお薬の処方について、医師に相談してください。

解答のポイント

本事例に該当する問題について同定し、その対応を選択できること。

選択肢の解説

① 高血圧症の治療を続けてください。
④ 生活習慣病の早期発見のために定期的に健診を受けてください。

まず本事例の「高血圧」については、2通りの考えが浮かぶことが大切です。

日本人の大部分の高血圧は、甲状腺や副腎などの病気といった原因のない、本態性高血圧です。

本態性高血圧は、食塩の過剰摂取、肥満、飲酒、運動不足、ストレスや、遺伝的体質などが組み合わさって起こると考えられています。

なかでも、日本人にとって重要なのは、食塩の過剰摂取です。

そうした食生活をはじめとした生活習慣によって起こるのが本態性高血圧とされており、本事例ではそこまでの生活習慣の問題の記載はないものの、この可能性も考えておくことが大切になります。

一方で、本事例の年齢(72歳)を考えると、加齢によって血圧が上昇していった可能性も考えることが大切です(厚生労働省発表の患者調査の概要(平成26年)をみても、高血圧性疾患の患者数は35~64歳では15万7千人だったのが、65歳以上になると51万7千人と、いわゆる前期高齢者から大幅に増加します)。

加齢による高血圧の主な理由は、加齢に伴い血管の弾力性が失われることによるもので、そのため血の流れが悪くなり、特に心臓が収縮して血液を送り出す際の収縮期血圧が高くなります。

また、自律神経の働きも低下し、血管の収縮や拡張がうまくできなくなることも、原因のひとつです。

高齢者の高血圧には、「血圧が高いにも関わらず脳の血流量が十分ではない」「急な温度変化による影響で脳卒中や心臓病を起こしやすい」「白衣高血圧(病院の診察室などで、普段より高い血圧値を示す)が多い」「(立ち上がった時に血圧が過度に下がる)起立性低血圧が起こりやすい」「糖尿病を合併することが多い」などの特徴があります。

以上のように、本事例では生活習慣に起因するような高血圧と、加齢による高血圧の両方を考えておくことが求められます。

いずれの場合であっても、選択肢①の高血圧症の治療を続けることは重要になりますね。

また、本事例では生活習慣に問題があるような表記は見られませんが、それでも選択肢④の「生活習慣病の早期発見のために定期的に健診」ということも大切になります。

更に、高齢期の生活習慣病の中で糖尿病とメタボリックシンドロームは認知症発症の危険因子となることが示されています。

高齢者のメタボリックシンドロームは認知機能低下や認知症発症と関連するという報告が多く、特に慢性炎症の存在下でその関連は強くなるとされています。

そういう視点で見ても、認知機能の低下が想定される本事例において、生活習慣病の早期発見を促す選択肢④の対応は適切なものと言えるでしょう。

以上より、選択肢①および選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。

② 栄養バランスのとれた食事を心がけてください。
③ 運動習慣をつけて毎日体を動かすようにしてください。

これらの選択肢は「事例Aが高血圧であり、それを踏まえた助言として有効である」ものであると言えますね。

選択肢①および選択肢④で事例Aが高血圧であり、その治療が重要であることがわかっていれば比較的適切であることがわかりやすい選択肢だったろうと思います。

高齢者の場合、最高血圧が少し高めでも、ほかに合併症(糖尿病、腎臓病、高脂血症など)がなければ、病院では薬による治療はすぐには行わず、生活指導を優先するケースが多くみられますが、油断していると動脈硬化が進み、脳卒中や心筋梗塞などを起こすことがあります。

最高血圧が高めだとわかったら、食事や運動などについての生活指導をよく守り、動脈硬化になるリスクを少しでも減らすことが大切です。

高血圧治療の基本は生活習慣の修正(運動療法・食事療法)と薬物治療があります。

運動療法として、運動の頻度は定期的に(できれば毎日)実施し、運動量は30分以上、強度は中等度(ややきつい)の有酸素運動が一般的に勧められています。

運動療法により降圧効果が得られ、高血圧症が改善されます。

ただし、運動を開始する前にメディカルチェックを行い、虚血性心疾患や心不全などの疾患の有無、運動療法の可否を確認する必要があり、特に本事例のような高齢者ではこの点は欠かせないでしょう。

個人の年齢や基礎体力・健康状態・体重などから適切な運動量・運動内容・運動強度・運動時間・運動頻度を設定することが必要です。

ここで挙げた選択肢の判断に必要なのは「高血圧高齢者に対して、食事に関してはともかく、運動習慣を勧めて良いのか?」という点に関する明確な知識です。

まず、食事については、特に高齢者は食塩に対する感受性が強く減塩などの指導は有効である場合が多いです。

また運動療法は平均75歳の高齢者軽症高血圧患者にも良い適応であるという報告がなされています。

以上より、栄養バランスの食事や運動習慣の勧めは、この時点の助言として適切と言えますね。

よって、選択肢②および選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。

⑤ 認知症の予防に有効なお薬の処方について、医師に相談してください。

こちらはちょっとした「心理的な引っかけ要素」が入った選択肢になります。

まず本事例の「面接時、軽度の語健忘はみられるが、MMSEは27点であった」についてどう捉えるのか考えてみましょう。

MMSEは満点が30点で、総得点が23点以下ならば軽度認知症、24点以上27点以下ならばMCI、28点以上ならば健常者として弁別するのが妥当ということになりますから、27点という本事例の得点は微妙なところです。

ただし、MMSEはスクリーニングテストであることから、実際の生活に影響があったり不安を抱えたりするようであれば、脳のCTやMRIなどのより詳しい検査が必要になります(本事例では「1年前より徐々に言いたいことがうまく言葉に出せず、物の名前が出てこなくなった」などの問題が見られますね)。

本事例ではこちらも実施していて「2か月前の脳ドックで、頭部MRI検査を受け、軽度の脳萎縮を指摘された」とあります。

こうした事柄より、本事例Aは認知機能に何らかの問題を抱えている可能性があると言えるでしょう。

そうなると本選択肢の「認知症の予防に有効なお薬の処方について、医師に相談してください」という助言は、一見適切なものであるかのように感じるかもしれません。

しかし、本選択肢の判断基準はこの助言の「中身」ではなく、重要なのは「認知症の予防に有効なお薬の処方について、医師に相談してください」という助言の「枠組み」です。

現時点では疑いがあるにせよ、Aに認知症があるかどうかはわからない状態ですから、本選択肢の助言(「認知症の薬」に言及)は公認心理師が医学的な診断を行ってしまっていると言えます。

Aに認知症の疑いがあることは理解できますが、この助言は公認心理師という役割で行ってよい範囲を超えています。

この時点で可能なのは「認知機能について気がかりな点があるので、医師に相談されると良いと思います」という程度であり、明確な「認知症」という診断名を出すべきではありません。

つまり、本選択肢は「認知症の疑いが確かにある事例」が示され、問題で設定されている選択肢の中で「本選択肢だけが唯一、認知機能の問題について触れている」という構造なわけです。

こうした問題の提示状況では、人によっては、認知機能の問題に言及した助言である本選択肢を不適切としにくかったのではないかと思います(冒頭の「引っかけ」とはそういう意味です)。

しかし、冷静に見れば、本選択肢の内容は明らかに公認心理師の枠組みを超えた助言であると言えますね。

以上より、選択肢⑤が不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です