公認心理師 2023-10

ポジティブ感情に関する問題ですね。

友人間の悩み相談場面を問題に出すのは良くないのでは、と思います。

問10 ポジティブ感情の説明として、適切なものを1つ選べ。
① 利己的な行動を促進する。
② ネガティブ感情の影響を緩衝しない。
③ 注意の幅を広め、浅く広い情報処理をもたらす。
④ ネガティブ感情と比べて特定の不適応と強く関連する。
⑤ 友人の悩みを聴く場面では、積極的に表出する必要がある。

解答のポイント

ポジティブ感情の概要と、拡張‐形成理論について把握している。

選択肢の解説

④ ネガティブ感情と比べて特定の不適応と強く関連する。

恐怖は逃げるという行動、怒りは攻撃という行動などのように、ネガティブ感情は生物学的な適応行動と結びつくものと説明されてきました。

そして、ネガティブ感情の機能は、その感情特有の行動を促進するために焦点が狭まることと考えられており、このことは進化論的な観点からも支持されています。

このような感情と行動の関連がポジティブ感情でも見られるとされ、例えば、喜びはこれといった目的を持たない行動と、満足は活動しないという行動と、興味は参加行動の促進と関連するという報告があります。

これらはポジティブ感情が特定の行動傾向と関連するという見方もできなくはないですが、実際にはポジティブ感情によって引き起こされている行動傾向やその動機づけはネガティブ感情よりも弱いとされています。

ポジティブ感情は、特定の強い行動を引き起こすというよりはむしろ、全体として落ち着いた安堵感のある状態や行動傾向と結びつきがあるのかもしれません。

上記を踏まえれば、本選択肢の「ネガティブ感情と比べて特定の不適応と強く関連する」というのは適切ではないことがわかりますね。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

① 利己的な行動を促進する。
③ 注意の幅を広め、浅く広い情報処理をもたらす。

ポジティブ感情の機能について、Fredricksonは「拡張‐形成理論」を提唱しています。

その名前の通り、ポジティブ感情の機能として「拡張」と「形成」という2つを挙げている理論になります。

この理論では、①ポジティブ感情の経験、②思考‐行動レパートリーの一時的拡張、③個人資源の継続的形成、④人間の螺旋的変化と成長という4つの段階から説明しています。

以下では、この理論における「拡張」と「形成」について述べていきましょう。

ポジティブ感情の「拡張」機能は、ポジティブ感情の経験によって、個人の思考‐行動レパートリーが一時的に広がるということ、すなわち、ポジティブ感情によって注意や認知、行動の範囲が広がることを意味しています。

例えば、失敗経験というネガティブ感情は注意の範囲を狭めるが、ポジティブ感情は独創的な思考を引き起こすこと、柔軟性のある包括的な考え方を促進すること、創造性を高めること、受容性を高めること、注意の幅を広げることなど、多くの拡張機能が実証されてきています。

この他にも、ポジティブ感情の喚起後に、今すぐ何をしたいか、という問いに対する反応から、注意の範囲が広がること、ターゲットに対して注意を向ける速度や識別反応が高まることも報告されています。

ポジティブ感情の「形成」機能は、思考‐行動レパートリーが拡張した後、身体的、知的、社会的な意味での様々な個人資源が継続的に形成されることを示しています。

例えば、子どもの発達研究からは、日常的にポジティブな感情状態にある子どもは、そうでない子どもに比べて、根気強さや柔軟性、問題解決能力に必要な資源を多く持っていること、新奇な場所に対する認知地図が発達していることなどが示されています。

また、成人を対象にした研究では、日常的にポジティブな感情状態にある人は課題の学習が速く、課題成績が良いこと、情報に対する好奇心が強く、知的資源を多く持ち、開放性という特性(心の連想の広がりや拡散的思考、芸術的感受性)が強いことなどが報告されています。

動物研究では、じゃれ合いや遊びの中でのポジティブ感情の経験を通して生存に必要な逃走や戦いを覚えて発達すること、複雑な運動課題の学習が早いことなどが指摘されており、遊びなどのポジティブ感情が、継続的な資源の形成に関連している結果だと言えます。

選択肢③の「注意の幅を広め、浅く広い情報処理をもたらす」というのは、拡張‐形成理論における拡張機能を端的に表していると言えますね。

また、ポジティブ感情によって社会的な資源が形成されるという点から考えても、選択肢①の「利己的な行動を促進する」ということはあり得ないと考えられますね。

「利己的な傾向を持つ人は、主観的な幸福感が低い」という研究結果があることから、選択肢①の内容はネガティブ感情によって生じることであると考えるのが妥当ですね。

以上より、選択肢①は不適切と判断でき、選択肢③が適切と判断できます。

② ネガティブ感情の影響を緩衝しない。

先に見てきたポジティブ感情の拡張と形成という機能の他に、「元通り効果」というものもあります。

これは、ネガティブ感情が生起した後にポジティブ感情が生起すると、ネガティブ感情によって引き起こされた心臓血管系の反応が素早く元通りになるという現象です。

ネガティブ感情によって心拍率が増加しても、その後、ポジティブ感情が生起すると、ポジティブ感情が生起しないときに比べて、生体反応が短時間で元に戻るということです。

このようなポジティブ感情の健康への効果は、ポジティブ感情やその特性が、身体的、心理的、社会的な意味の適応に影響していることを意味しています。

このことは、ポジティブ感情がネガティブ感情による影響を緩衝しているということを意味しますね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

⑤ 友人の悩みを聴く場面では、積極的に表出する必要がある。

一応、本選択肢の内容は「カウンセリング的なマインド」を前提とした関わりを行っていくという観点で述べていきます。

「友人の悩みを聴く場面」はカウンセリング状況ではないというのが前提ですから、正直言って、本選択肢の内容については「どっちでもいいでしょ」「好きにすれば」というのが個人的な意見です。

友人関係においてどのように振る舞おうが、それはその人と友人との関係性に基づいてのものでしょうし、それに対して「どうすべきか」などと言うのは野暮なことだと思っています。

プライベートな状況において、ポジティブ感情を積極的に表出しようがしまいが、それはその人が好きにすればよろしいということです。

ですが、そんなことを言っていても解説にならないので、冒頭で述べた通り、「カウンセリング的なマインド」を前提とした関わりを基準として解説していきます。

カウンセリングは、クライエントを励ましたり、勇気づけたり、元気づけたり、具体的な方向性を示すことが主たる活動ではありません。

ロジャーズを持ち出すまでもなく、相手の感情と「あたかも同じような感情を感じつつ」関わるのが基本になります。

これは「共感」と表現されますが、その経験があることによって「自分の悩みを理解し、それを共に感じ、そばで支えてくれた」という体験になり、次にその人が同じような経験をしたとしても「共感的に接してもらえた体験」が自分の中に残っており、その体験群が自身の苦境を内側から支えてくれるということになるのです。

これは臨床の「基本」です。

決して、悩みを抱いている人に対してポジティブな感情を表出し「元気を出そう」「ポジティブな感情を引き出そう」とするのは、少なくともカウンセリング的な「支え」ではありません。

こういうことばかりしているカウンセラーは存在しますが、たいていの場合は、「その人の悩みに何もせずにそばにいる苦しさ」に耐えきれず、その人の悩みを「ポジティブ側へ流そう」という「逃げ」の欲求が前提にあるのです。

なぜ、私たちが行うような「その人の苦しさのそばにいる」という人として当たり前のことが、金銭のやり取りを可能にするような営みとして社会的に認められるのか。

それは「その人の苦しみに触れ、ただ何もせずそばにいること」は、非常に無力感を喚起し、日常生活の中でできる人がいないからです(ちなみに、私もクライエントと家族以外にはするつもりはありません)。

臨床=今にも死にそうな人(床)のそばに臨むこと、です。

そういう死を前にした人に対して、我々は何もできませんが、それでも「そばに在る」ことができるか否かが我々の選んだ仕事なのです。

というわけで、臨床の基本として、相手の悩みを聴くときにポジティブ感情をぶつけていくというやり方はあり得ません。

もちろん、「ポジティブ感情を示すことで、相手もポジティブ感情を喚起しやすい」という一般状況での知見はあるでしょうし、カウンセリング場面でも相手の悩みに深く入り込まずに浅く「ポジティブに返す」方が効果的な場合があることは理解しています。

ただ、これから心理臨床の道に入っていく人たちが、こうした「逃げ」を臨床の基本と思ってほしくないと私は考えています(逃げが悪いんじゃない。逃げていることの自覚なく逃げていることが良くないのです)。

カウンセリングのあらゆる技術は「相手の苦しみのそばにいる」という前提ができてこそ、発揮されることが多いという事実を理解しておきましょう。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です