公認心理師 2020-91

説明文が指し示している概念を同定する問題です。

選択肢で挙げられている概念は、似たような面も持ち合わせていますが、どういったところで弁別できるのかを考えておくことが重要ですね。

問91 集団や組織、コミュニティにおいて、無力な状態にある人々が自らの中に力があることに気づき、能動的にそれを使い、環境の変化を求めていけるようになることを何というか、最も適切なものを1つ選べ。
① 自己実現
② コーピング
③ 自己効力感
④ コンピテンス
⑤ エンパワメント

解答のポイント

「集団や組織、コミュニティ」という場において、「無力な状態にある人々」が、「自らの力に気づき、能動的にそれを使って環境に働きかける」というポイントを押さえた概念を同定することができる。

各概念間の違いを明確に示すことができる。

選択肢の解説

① 自己実現

まず「自己実現」という用語は、多くの人がそれぞれの理論の中で使っています。

ざっと代表的な理論家と、その使われ方について見ていきましょう。

自己実現という言葉は、最初、ユングによって用いられましたが、ユング自身は自己実現よりもむしろ「個性化」という表現を用いることが多いです。

ユングは個性化を、我々が自己自身になることであると定義し、声明はすべて個性化へ向かう本能を持つと考えました。

また、自己実現の過程においては、無意識からのメッセージを受け取ることが重要であるとしています。

ユングはこの過程の光に満ちた部分だけではなく、これまでの均衡を失うといった危機的側面も指摘しています(ユング自身が中年期に遭遇した危機を背景にした指摘であると考えられます)。

カレン・ホーナイは、各個人に独自な成長の源を「真の自己」と呼び、真の自己の成長過程を自己実現と呼びました。

そして自己実現を援助するものとして、他者との間に起こる健全な摩擦と、自分として生きることに安心感を与えてくれる他者の善意とを重視しました。

マズローの自己実現は、自らの内にある可能性を実現して自分の使命を達成し、人格内の一致・統合を目指すことを指します。

健康な人間は、成長欲求により自己実現に向かうように動機づけられていて、この成長欲求は欠乏欲求(生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求など)が満たされてはじめて現れるとされています。

つまり、自己実現過程は生理的欲求や社会的欲求の満足なしに生起しないと考えていました。

マズローは、自己実現をしている人の特徴として、行動や思考に際して自己内の自立的論理基準に従う、自他に内在する特質をそのまま受け入れ他者に寛大であるなどを挙げています(15個くらい基準があったと思います)。

晩年、マズローは自己実現の上に「自己超越の段階」があるとし、その特徴をあげていますが、このレベルに達している人は人口の2%ほどであり、子どもでこの段階に達することは不可能とされています。

ロジャーズの言う自己実現は、自己を受容して防衛性から解放され、より大きな自律性や統合性に向けて心理的に成熟していくことを意味しています。

ロジャーズの自己理論では、自己実現を有機体の基本的な動因と捉え、その生起に生理的・社会的欲求の満足を介在させないという点でマズローのモデルとは異なっています。

このように、多くの人が自己実現をその理論に取り込み、それぞれの定義を示していますが、これらの共通項を抽出すると、「個人の内に存在するあらゆる可能性を自律的に実現し、本来の自分自身に向かうこと」を自己実現と表現してよいのだろうと思っています。

こうした理解は、本問の説明文の内容とは齟齬があると言えますね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② コーピング

ストレス反応の低減を目的とした、認知的再評価や解決策の実行といった様々な認知的・行動的試みのことを「コーピング(ストレス・コーピング)」と言います。

ラザルスらによると、コーピングは、情報収集や計画立案などを行い、ストレッサーとなる状況を直接的に変化させようとする「問題解決型」(具体的には、問題の所在の明確化、情報収集、解決策の考案やその実行)と、気晴らしや肯定的解釈などを行い、ストレス反応として生じる情動を軽減させようとする「情動焦点型」(具体的には、回避、静観、気晴らしなど)に分類されます。

ストレスとなる状況のコントロール可能性が高い場合は問題解決型コーピングを、コントロール可能性が低い場合は情動焦点型コーピングを用いることが有効であるとされています。

これらのコーピングは同時にあるいは継時的に行われ、相互に促進的または抑制的に影響しあうことが多いです。

また、コーピング方略の実行を規定する要因として、要求に対する認知的評価、自己効力感、問題解決スキル、社会的スキル、ソーシャル・サポートなどの役割が指摘されています。

上記の内容は、設問分の内容とは合致しないと言えますね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 自己効力感

自分が行為の主体であると確信していること、自分の行為について自分がきちんと統制しているという信念、自分が外部からの要請にきちんと対応しているという確信が「自己効力感」になります。

バンデューラは、予期を2種類に区別し、ある行動がある結果を導くであろうという予期を「結果予期」とし、その結果が生じるのに必要な行動を適切に遂行できるという予期を「効力予期」として、行動に対する両者の予測力の差異、すなわち、効力予期のほうがより強い予測力を持つことを実証しました。

ある個人が、課題を前にして自分はどの程度の効力予期を持っているかを認知した際「その個人には自己効力感がある」と考えます。

従来の研究は、行動と結果の随伴性の期待に焦点がありましたが、むしろ重要なのは、人がそもそも行動を起こせると確信を抱いている、すなわち自己効力感を持っているかどうかであると、その意義が強調されました。

自己効力感は「①遂行行動の達成」「②代理的経験」「③言語的説得」「④情動的喚起」の4つの情報源を通じて高められるとされています。

①遂行行動の達成は、実際に遂行して成功を体験することであり、成功を重ねれば自己効力感は高まり、失敗に対する脆弱性も低減されます。

②代理的経験は、成功している他者の行動を観察することで、仲間など自分と類似した他者が成功した様子を観察すると(ピア・モデリングと呼ばれる)、自己効力感は高まりやすくなります。

③言語的説得は、信頼する他者からの言語的説得のことであり、「自分はできる」という自己暗示も言語的説得の一種とされます。

④情動的喚起は、情動的な喚起状態を知覚することであり、筋肉の緊張や心臓の鼓動が速くなることで円滑な遂行行動が阻害されるが、そのことで自らの不安やストレスに対する弱さを判断し、自己効力感を低めやすくなります(逆に、リラクセーションなどで平静を保つ経験をすれば、自己効力感は高まるということ)。

このように、自己効力感は、人間の多様な変容プロセスを合理的に説明しうる、測定可能かつ操作可能な認知的変数で、臨床、教育、社会をはじめ、あらゆる領域において不可欠な役割を担っています。

上記の内容の通り、本問の説明文と自己効力感は合致しないことがわかりますね。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ コンピテンス

コンピテンスは「有能感」とも訳され、個人に備わっている状況への潜在的、かつ現実的な適応能力であり、卓越した成果を発揮する行動特性のことを指します。

さらには、環境に能動的に働きかけて自らの能力の確認をもとに、それを拡張しようとする動機付けなども含みます。

具体的には、実践的および理論的知識を組み合わせる能力、認知能力、特定の役割を果たす行動能力などを指します。

また、自己の能力の効果を予期する側面をもっているため、自己効力感の側面を含むともされています。

類義語として「コンピテンシー」がありますが、コンピテンスが全体的能力であるのに対し、コンピテンシーはそれらを構成する下位項目であるとされます。

もともとは言語心理学や認知心理学で用いられることが多かった概念であり、実際の行動や成績に対して、潜在的能力を意味して用いられていました(例えば、チョムスキーは、外部に現れる言語運用と区別し、運用者の内部の根底にある言語能力をコンピテンスと呼んでいます)。

発達心理学において使用される場合では、人に備わっている潜在的能力と、環境に能動的に働きかけて自らの「有能さ」を追求しようとする動機づけを一体としてとらえる力動的な概念を指していますし、上記の通り、この説明がコンピテンスの一般的な定義となっています。

こうした説明は、本問の説明文に類似しているように見えますが、「無力な状態にある人が」という前提条件がコンピテンスには付されていません。

その点で、本選択肢は除外することになります。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ エンパワメント

権威や法的な権限の付与が原義であり、差別や抑圧を受けた人々が本来持つ力を取り戻し、環境に働きかけ、生活をコントロールできるようになる過程を「エンパワメント」といいます。

障害者、女性、高齢者、先住民などは、差別される集団に属することで受けた否定的評価を自ら内面化し、パワーレスな(無力化された)状態になりやすいが、当事者自らが主体として問題解決に参加することによって力をつける(セルフ・エンパワメント)という当事者の視点から捉えることもできます。

20世紀を代表するブラジルの教育思想家であるパウロ・フレイレの提唱により社会学的な意味で用いられるようになり、ラテンアメリカを始めとした世界の先住民運動や女性運動、あるいは広義の市民運動などの場面で用いられ、実践されるようになった概念です。

「エンパワメント」という概念の特徴は、自己効力感や自尊感情を高める心理的側面に加え、社会的・経済的側面も含んでいるということにあります。

個人、集団、コミュニティなど多様なレベルで用いられている、健康教育やコミュニティ心理学においても重要概念の1つと言えます。

単なる個人や集団の自立を意味する概念ではなく、人間の潜在能力の発揮を可能にするよう平等で公平な社会を実現しようとするところに価値を見出す点にこの概念の特徴があります。

概念の基礎を築いたジョン・フリードマンはエンパワーメントを育む資源として、生活空間、余暇時間、知識と技能、適正な情報、社会組織、社会ネットワーク、労働と生計を立てるための手段、資金を挙げ、それぞれの要素は独立しながらも相互依存関係にあるとしています。

このように「集団や組織、コミュニティにおいて」「無力な状態にある人々が」「自らの中に力があることに気づき、能動的にそれを使い、環境の変化を求めていけるようになること」という本問の説明文は、エンパワーメントの概念を示しているとみて相違ありません。

よって、選択肢⑤が適切と判断できます。

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