公認心理師 2023-152

進路に迷う事例に関する問題です。

こうした事例は時々出会いますので、実践の中でどう対応しているのか述べていきましょう。

問152 17歳の男子A、高校3年生。Aは、担任教師Bに勧められ、スクールカウンセラーCの相談室に来室の予定である。Bによると、Aの保護者は教育熱心で、Aは、入学時より成績は上位で、保護者が勧める難関大学への進学を希望していた。しかし、高校3年生になると、成績が低下してきた。Aは、「勉強は嫌いではないが、勉強する意味が分からない。進学せずにアルバイトをして一人暮らしをしたいと思っている。親に強く反対され、どうしようか迷っている」と語っているという。
 Cの初回の対応方針として、適切なものを1つ選べ。
① 保護者に同席してもらって話し合う。
② A自身の現状を検討する力を把握する。
③ 精神科クリニックを受診するように勧める。
④ 当初の希望通りの大学に進学するように説得する。

解答のポイント

事例に起こっていることを見立てられる。

選択肢の解説

① 保護者に同席してもらって話し合う。
② A自身の現状を検討する力を把握する。
③ 精神科クリニックを受診するように勧める。
④ 当初の希望通りの大学に進学するように説得する。

まずは本事例を読んで、Aに起こっていることを推察していきましょう。

  1. 教育熱心な親の「難関大学への進学」という希望を受けつつ生きてきたし、その希望に応えるだけの力もそれなりに兼ね備えている。
  2. とうに自我が芽生える年齢なので、内心にはそうした親に対する反発が存在していた可能性がある。
  3. また、「成績が低下してきた」という「希望に応えられない」という現実(自分の限界)が生じてきて、現実からの逃避というパターンが生じている可能性もある。
  4. こうした「一個の人間としての自我の主張」「今の苦しい現実」という事態が絡み合い、本人の「進学せずにアルバイトをして一人暮らしをしたい」という希望が生じている。
  5. これに対して、「親が反対されている」という形で押し留められている。

上記の2と3の後先ははっきり言ってわからないものです。

ですが、現状を踏まえれば、「思うように成績が伸びない」という現実がAの言動に作用していることも踏まえておく必要があるでしょう(つまり、単なる親からの自立の欲求だけで生じている問題ではないということ)。

親の欲求に見合うだけの力を備えていたAにとって、親が望む「難関大学への進学」というのは、自分自身の欲求でもあったでしょう。

少なくとも、その欲求が無い状態で高校3年生まで勉強を続けていくというのは無理があると思います。

ただ、こうした「親の望む姿」で生きてきた子どもにとって(これは親が悪いというわけではない。親の望む姿が子ども自身が望む姿であるということはあり得る)、「親の欲求に反する自分でも受け容れてもらえるのか?」という不安が心の奥底に残っていることになります。

つまり、①成熟の中で生じる自我の芽生え・主張、②親が望まない姿でも受け容れてほしいという欲求、③苦しい現実からの逃避、という様々な「無自覚な欲求」が絡み合い、Aの「アルバイトをして生きていく」という希望につながっていると推察できます(②の部分は、一般に「試し行動」と表現されることもありますね)。

さて、こうしたさまざまな「無自覚な欲求」が絡み合った希望(本事例では、アルバイトをして生きていく)には、特有の傾向が見受けられます。

それは「今までの生き方と逆の生き方を望む」というものです。

まるで「今までの自分は偽物だ」「これが本当の自分の望む姿なんだ」とでも言うように、今まで勉強していた人が全くしなくなり、安定していた生活が乱れ、従順だったのが反抗的になるなどの様相を呈します。

しかし、これはこころの中でカウンターバランスを取っているにすぎないと周囲の人は理解しておくことが重要になります。

つまり、彼らは「今までの自分と逆の姿」になることで「今までの自分」を否定しているだけであり、彼らが希望している「今までの自分と逆の姿(本事例ではアルバイトをして生きていく)」というのが、本当に彼らの資質・才能に沿ったものではない場合が多いということです(防衛機制の反動形成も似たようなところがありますね)。

ただ、この辺の機微は本人には理解できていないので、周囲が「無知な理解者」であることで、彼らの望む生き方こそが「本当のあなただ」と思って、そちらを応援してしまうという愚を犯してしまいます。

ですが、案外というかほとんどの場合、実は「彼らが今まで生きてきた道」が彼らの資質・才能に沿ったものであることが多く、だからこそポイントになるのは「安易に今までの生き方を捨てさせない」ということです。

今までの生き方に窮屈観を覚えているのは事実だろう、だけど今までやってきた君も君でありそれを否定する気持ちには到底なれない、君の望んでいる生き方も良いが今までの生き方も尊重しないと今までの君に申し訳ない気持ちになる、などのように私は伝えることが多いです。

こうしたやり取りの中で、当然ながら、選択肢②の「A自身の現状を検討する力を把握する」も見ていくことになります。

A自身が「アルバイトをして生きていく」という希望を示すのは上記のような経緯があると推察しますが、本人がそこにどの程度突っ走ってしまうのか、現実的にその大変さを理解しているのかなどが重要です。

状態の悪い事例ほど、今までの生き方を否定し、見出した逆の生き方こそ「真の人生」と思い込んで突っ走ってしまいます(だからこそ、上記のような言い方を私はするわけです)。

この「突っ走る程度」を見極めるのを、専門的に言えば「現状を検討する力を把握する:現実検討力の査定」になるわけです。

こうした「突っ走る程度」は知的能力の多寡も影響しますが、どちらかと言えば「親が望まない姿でも受け容れてくれるだろう」という親との関係性も重要な因子であり、また、性差も大きい気がしています(男性の方が突っ走りやすい印象)。

併せて「実際にどのように生きていくつもり?」「親からの支援が期待できない可能性があるけど、それでもやっていけそう?」「一人暮らしをするのに、どのくらい初期費用がかかるかは知っている?」などと確認するという技術も、こうした現実検討力の査定に役立ちますね。

私は、上記のような「今までの人生も尊重する姿勢」「見出した道も否定はしないが心配するお節介」「親の望むあなたでなくても大丈夫」「あなたの思うようなあなたでなくても大丈夫」というメッセージをその時々の状態像に合わせて濃淡を変え、伝える中で、最終的には「今での生き方」と「今までの生き方とは逆の道」の中間地点に彼らが軟着陸できるようにしていくことが重要だと思っています。

さて、こうした方針をしていくにあたり、まず選択肢④の「当初の希望通りの大学に進学するように説得する」は悪手と言わざるを得ないですね。

重要なのは「最終的にそうなる」ことです。

もっと言えば、「今までの生き方を否定してきたけど、この生き方を自分が望んでいた部分もある」「自分の才能などを踏まえれば、当初の希望通りの進路が良さそうだ」「親はどうやら希望通りに生きなくても受け容れてくれる。なら、自分はどうしたい?」といった思索を経て、当初の希望通りの大学を目指すことが重要であり、カウンセラーから勧められて決定することに価値はありません。

選択肢④のやり方は、カウンセラーが親の一味となるだけであり、おそらくはAの「今までの生き方とは逆の道」に対する欲求を強める結果になるでしょう(つまり、支援をしているふりして悪くしている)。

また、選択肢①の「保護者に同席してもらって話し合う」のも難しい面があります。

本事例の状況において、親は非常に強い力を持っています。

現代の子どもたちに「自分で大学に行く力」はありません。

それは子どもの問題ではなく、高騰し続ける大学授業料が「親の助け無しに学ぶ」ことを許さないのであり、だからこそ親は「スポンサー」という側面をどうしても備えることになってしまいます。

ですから、親が同席しての話し合いに平等な関係というのは本質としてあり得ず、結局は親の言うことに押し切られるという形になってしまう恐れがあります。

また、親への自立心という自我の芽生えに即した欲求も存在していることから、親との話し合いが却って意地を張るという状態を招くこともあります。

そして、本事例のようなテーマについてやり取りをしていくのであれば、カウンセラーという第三者の言葉の方がAにとって役立つことが多く、親との同席面接はこうした「第三者性」が薄れてしまうリスクがあります。

親へのアプローチとしては、私は親とは別に面接を行い、上記で述べているような「こころの機微」を説明し、子どもに起こっていることの理解と適切な対応を助言することが多いです(親も、カウンセラーが子どもの味方になるフリをして、子どもの将来を考えないような無責任な人間ではないとわかれば耳を傾けてくれます)。

残るは選択肢③の「精神科クリニックを受診するように勧める」ですが、すでに述べた通り、Aに起こっているのは精神医学的問題ではありません。

健康な子どもの成熟と、アイデンティティの見直しと、人生の方向性の模索といういくつかのテーマが絡み合った問題です。

医療機関でこうしたテーマを扱えないとは言いませんが、どうしても「じっくりと話し合う」ということに価値のある状況ですから、現状のままスクールカウンセラーが1時間の枠を取って対応する方が望ましいでしょう。

選択肢②の現実検討力の査定で「突っ走る程度」がひどかったとしても、それだけで精神科クリニックを勧める理由になりませんね(何かしらの精神医学的問題が生じてくると別ですが)。

以上より、選択肢①、選択肢③および選択肢④は不適切と判断でき、選択肢②が適切と判断できます。

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