公認心理師 2023-144

事例の状況において認知症疾患医療センターが優先的にとるべき対応を選択する問題です。

公認心理師試験ではお馴染みの形式ではありますが、実践で本問で提示されているような対応ができているかと言われれば、そうではない現状を多く見ますね。

問144 82歳の女性A。Aの娘Bと二人暮らしである。Aは、Lewy小体型認知症で、2年前から認知症疾患医療センターに通院している。Aは、長年一人暮らしであったが、半年前からBが同居を始めた。最近、BはAに、「物忘れするのは認知症ではなく、ただ怠けているだけだ」とAを責めるようになった。前回の診察でAが足を引きずって歩く様子がみられたが、Bによると転んだということであった。しかし、Aは、「Bに蹴られた、ときどき殴られる」と言うが、Bは認めようとしない。
 今後、認知症疾患医療センターが優先的にとるべき対応として、適切なものを1つ選べ。
① Bの心理的支援を行う。
② 市町村の虐待対応担当課に通報する。
③ シェルターなどを利用し、Aの分離保護を行う。
④ 市町村の担当者の協力を得て、共同で立ち入り調査を行う。
⑤ 認知症疾患医療センターの虐待対応チームで虐待の事実認定を行う。

解答のポイント

当該機関でできることの範囲を踏まえた上で、適切な対応を選択できる。

選択肢の解説

① Bの心理的支援を行う。
② 市町村の虐待対応担当課に通報する。
③ シェルターなどを利用し、Aの分離保護を行う。
④ 市町村の担当者の協力を得て、共同で立ち入り調査を行う。
⑤ 認知症疾患医療センターの虐待対応チームで虐待の事実認定を行う。

本問の解答は選択肢②の一択になります。

その理由として、とりあえず高齢者虐待防止法の条項を確認していきましょう。


(定義等)
第二条 この法律において「高齢者」とは、六十五歳以上の者をいう。
2 この法律において「養護者」とは、高齢者を現に養護する者であって養介護施設従事者等(第五項第一号の施設の業務に従事する者及び同項第二号の事業において業務に従事する者をいう。以下同じ。)以外のものをいう。
3 この法律において「高齢者虐待」とは、養護者による高齢者虐待及び養介護施設従事者等による高齢者虐待をいう。
4 この法律において「養護者による高齢者虐待」とは、次のいずれかに該当する行為をいう。
一 養護者がその養護する高齢者について行う次に掲げる行為
イ 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
ロ 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、養護者以外の同居人によるイ、ハ又はニに掲げる行為と同様の行為の放置等養護を著しく怠ること。
ハ 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
ニ 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
二 養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。

(相談、指導及び助言)
第六条 市町村は、養護者による高齢者虐待の防止及び養護者による高齢者虐待を受けた高齢者の保護のため、高齢者及び養護者に対して、相談、指導及び助言を行うものとする。
(養護者による高齢者虐待に係る通報等)
第七条 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
2 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。
第八条 市町村が前条第一項若しくは第二項の規定による通報又は次条第一項に規定する届出を受けた場合においては、当該通報又は届出を受けた市町村の職員は、その職務上知り得た事項であって当該通報又は届出をした者を特定させるものを漏らしてはならない。

(通報等を受けた場合の措置)
第九条 市町村は、第七条第一項若しくは第二項の規定による通報又は高齢者からの養護者による高齢者虐待を受けた旨の届出を受けたときは、速やかに、当該高齢者の安全の確認その他当該通報又は届出に係る事実の確認のための措置を講ずるとともに、第十六条の規定により当該市町村と連携協力する者(以下「高齢者虐待対応協力者」という。)とその対応について協議を行うものとする。
2 市町村又は市町村長は、第七条第一項若しくは第二項の規定による通報又は前項に規定する届出があった場合には、当該通報又は届出に係る高齢者に対する養護者による高齢者虐待の防止及び当該高齢者の保護が図られるよう、養護者による高齢者虐待により生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる高齢者を一時的に保護するため迅速に老人福祉法第二十条の三に規定する老人短期入所施設等に入所させる等、適切に、同法第十条の四第一項若しくは第十一条第一項の規定による措置を講じ、又は、適切に、同法第三十二条の規定により審判の請求をするものとする。


上記からもわかる通り、「養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない」とありますから、本事例の状況は即刻市町村に通報せねばなりません。

通報を検討するとか、考えるとかではなく、「通報しなければならない」のです。

これは「法律で定められているから」というのが試験的な解説になりますが、本質としては「そうする以外に救う手立てがないから」です。

認知症疾患医療センターとは、認知症の医療相談や診察に応じる専門の医療機関であり、都道府県知事または政令指定都市市長が指定する病院に設置され、もの忘れ相談から、認知症の診断、治療、介護保険申請の相談まで、認知症に関する支援を包括的に提供します。

ですが、選択肢③の「シェルターなどを利用し、Aの分離保護を行う」、選択肢④の「市町村の担当者の協力を得て、共同で立ち入り調査を行う」、選択肢⑤の「認知症疾患医療センターの虐待対応チームで虐待の事実認定を行う」などは、認知症疾患医療センターの権限でできる範囲を超えています。

シェルターを利用し分離保護を行うのは市町村の役割であり(こちらに市町村の役割がまとめられています)、認知症疾患医療センターが行う(行おうとする)のは越権行為になります。

「共同で立ち入り調査を行う」ことも「虐待の事実認定を行う」ことも同じく認知症疾患医療センターの役割ではありません。

こういう「それを行う力がない人・機関」が自分たちの枠組みを弁えずに何かをなそうとすれば、結局そのしわ寄せを食らうのは当事者になります。

苦しんでいる当事者を混乱させ、期待させ、結局は放り出すという結末になり、ただでさえ傷ついている当事者を更に傷つけることになるのです。

ですから、選択肢②の「市町村の虐待対応担当課に通報する」ということが唯一の選択肢になるわけですね。

ちなみに、選択肢①の「Bの心理的支援を行う」については、虐待が疑われる状況で優先されるものではありません(そのマインド自体はずっと保持しておくべきものではありますが)。

特に近年の他者を侵害する行為について、また、加害者やその養護者・養育者が加害者の加害を認めないという事態に出合うたび、「捜査する権限」「事実認定を行う権限」が無い機関だけでの対応は不可能になりつつあります。

かつての刑事ドラマや推理小説で見られたような「きちんと理詰めで物事を説明され、その結果として自分の問題を認める」というマインドは、現代社会において皆無になりつつあります。

きちんと説明しても「そんなの知らないよ」「さっきはそう言ったけど、あれは間違い」などと言われてしまえば、捜査や事実認定の権限が無い機関にはそれ以上対応する術がないのです。

そして、そもそも「目の前の現実を認めない」という在り様は、当人の頭の中だけで完結できる機制ですから、捜査や事実認定の権限が無い機関に対しては「無敵の対応法」であると言えます。

ですから、各機関に大切なのは「自分たちのできる範囲のことを、しっかりと行うこと」であり、虐待対応などのように「捜査や事実認定の権限が無い機関」では本質的に手が出せない状況では、それが可能な機関に相談し、委ねることが重要になってきます。

かつての自分の行いを恥じ、修正するという雰囲気が強かった時代は過ぎ去り、「捜査や事実認定の権限が無い機関」であっても頑張って対応すれば「相手がわかってくれる」という状況は望めなくなりました。

このような社会の移り変わりの中では、各機関が自らの役割を全うしつつ、自分たちに難しいことを他機関に委ね、協力していくことの重要性はますます高まっていると言えるでしょう。

問題に戻ると、本問の状況において認知症疾患医療センターが優先的にとるべき対応としては、市町村の虐待担当課に通報することになるでしょう。

よって、選択肢①、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢②が適切と判断できます。

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