公認心理師 2023-35

説明文を読んで、それに該当する用語を選択する問題です。

ヨコ文字ばかり出てきたので、専門用語に関する私見を述べておきます。

問35 「患者が、積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること」を意味する用語として、最も適切なものを1つ選べ。
① アドヒアランス
② エンパワメント
③ コンプライアンス
④ セルフ・モニタリング
⑤ ポジティブ・アクション

解答のポイント

ヨコ文字をわかった気にならず、ちゃんと説明できる状態にしておく。

選択肢の解説

① アドヒアランス

今まで、この「アドヒアランス」という用語については、解説中で「みんな、この意味は知っているよね」という感じの勢いで当たり前のように使用していました。

専門用語の利点は「たくさんの意味を含有しており、それらの意味をつらつらと説明しなくてもその用語一つ使うだけで伝えることができる」ということになります。

しかし、それを言い換えれば「専門家間の会話で便利」「論文のような紙幅が制限されている状況で用いると役立つ」という程度の利点に過ぎません。

すなわち、あくまでも「その専門用語を共有できる人たちの間でしか通用しない言葉」が専門用語であり、非常に狭い界隈でしか用いられることのない「一般社会ではマイノリティに属する表現」になります。

神田橋條治先生は、こうした専門用語ばかりを用いたり、それに準じた態度を取るような姿を「専門バカ」と呼んでいます(こういう専門用語ばかりが飛び交う場に行くと、どんどん現場感覚から離れていくような、そんな感覚を覚えます。私だけかもしれませんけど)。

専門家が相手をするのは、本質として専門家ではありません。

その専門領域について何の知識も持たない非専門家が、その専門家の主たる対象になるのです。

ですから、専門家に求められる能力の一つとして「専門用語を使わずに、専門的な内容を伝えることができる」ということが挙げられ、専門家間では専門用語を用いることで「楽ができる」ところを楽することなく、専門用語の本質を理解し、目の前のクライエントの能力を査定し、その能力に応じた表現で、専門用語の本質を理解できるよう伝えられることが重要なわけです。

専門家の評価を専門家が行うのではなく、専門家外の人間が行うことの意義と価値はここにあるわけです。

極端な話、いくら専門用語を自在に扱おうが、文献を諳んじられようが、目の前のクライエントに専門に関する内容を説明し、伝える力がなければ、専門家としての能力は低いと見なされることになるのです。

もちろん、さまざまな専門家が居てよいので「私はカウンセリングをせず、その専門概念についての思索を深めていく」というスタンスもアリですね(その際、実践をしていないということに伴う不足に関する謙虚さを持つことが重要です)。

最後に専門用語の臨床実践上の使用例についても述べておきましょう。

クライエントが自身に起こっていることについて混乱しているときに、「その状態のことを専門用語で〇〇というんだよ」と伝えると、クライエントの混乱に「名前」を付けることになるので、その混乱が沈静化する作用があります。

いくつかの状態を専門用語という一つの「箱」に入れ込むことができるので、その状態に伴っている情緒反応を鎮静化することができるのです。

ただ、安易に状態に「名前」を与えるのは賛成ではなく、例えば、ヤングケアラー状態の人に「あなたはヤングケアラーだ」と伝えても「私は違う」となり、却ってその人がヤングケアラーであることを否認するようになるというリスクもあります。

専門用語をクライエントに提供する場合、「クライエントが与えられる専門用語を受け容れられるか」という点も見立てておく必要があるということであり、こういうことも含めて専門家としての力量ということになりますね。

…と、ここまで専門用語を一般用語のように用いていた私自身への自戒も含めて述べましたが、以下からが本選択肢の解説です。

「アドヒアランス:adherence」とは、「固守」や「執着」という意味の名詞であり、 医療現場では「患者が治療方針の決定に賛同し積極的に治療を受ける」ことを意味します。

後述するコンプライアンスと類似していますが、こちらは「従順」や「服従」という意味の名詞になり、アドヒアランスとは上記のようなニュアンスの違いがあることを知っておきましょう(こちらのサイトの画像になります)。

アドヒアランスとコンプライアンスのどちらも「治療を受ける」という行為においては同じですが、決定的な違いは、「治療を受ける」という行為に対し患者の意思が関わっているかどうかという点です。

以上より、選択肢①が適切と判断できます。

② エンパワメント

権威や法的な権限の付与が原義であり、差別や抑圧を受けた人々が本来持つ力を取り戻し、環境に働きかけ、生活をコントロールできるようになる過程を「エンパワメント」といいます。

障害者、女性、高齢者、先住民などは、差別される集団に属することで受けた否定的評価を自ら内面化し、パワーレスな(無力化された)状態になりやすいが、当事者自らが主体として問題解決に参加することによって力をつける(セルフ・エンパワメント)という当事者の視点から捉えることもできます。

20世紀を代表するブラジルの教育思想家であるパウロ・フレイレの提唱により社会学的な意味で用いられるようになり、ラテンアメリカを始めとした世界の先住民運動や女性運動、あるいは広義の市民運動などの場面で用いられ、実践されるようになった概念です。

「エンパワメント」という概念の特徴は、自己効力感や自尊感情を高める心理的側面に加え、社会的・経済的側面も含んでいるということにあります。

個人、集団、コミュニティなど多様なレベルで用いられている、健康教育やコミュニティ心理学においても重要概念の1つと言えます。

単なる個人や集団の自立を意味する概念ではなく、人間の潜在能力の発揮を可能にするよう平等で公平な社会を実現しようとするところに価値を見出す点にこの概念の特徴があります。

概念の基礎を築いたジョン・フリードマンはエンパワメントを育む資源として、生活空間、余暇時間、知識と技能、適正な情報、社会組織、社会ネットワーク、労働と生計を立てるための手段、資金を挙げ、それぞれの要素は独立しながらも相互依存関係にあるとしています。

要するに、エンパワメントとはざっくりと言えば対象の力(心理的側面だけでなく社会・経済的側面も含む)を高めることを指し、本問の「患者が、積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること」ではないことがわかります。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ コンプライアンス

コンプライアンスとは「法令遵守」を意味しており、産業領域で用いられることが多い用語ですので、まずはそっち方面の意味から述べていきましょう。

企業に求められている「コンプライアンス」とは、単に「法令を守る」というだけではなく、倫理観、公序良俗などの社会的な規範に従い、公正・公平に業務を行うことを意味しています。

ですから、コンプライアンスは、法令(国会で制定された法律や政令や省令の総称。地方公共団体の条例も含む場合も)、就業規則(就業ならびに業務の遂行にあたって社員が遵守しなければならない取り決めのこと。社内ルールや守るべきマニュアルなど。就業規則の作成は労働基準法で定められている)、企業倫理(企業が社会から求められる倫理観や公序良俗の意識)などを含む概念であると言えます。

企業倫理は、社会が求める企業の姿と言い換えることができますから、消費者や取引先からの信頼を獲得するためには重要な事柄になります。

具体的には、情報漏えい、データ改ざん、ハラスメント、ジェンダー平等など、法令の有無を問わず、企業は社会倫理に従って判断し、経営を行うことが求められています。

こうした「法令遵守」という意味合いで用いられるコンプライアンスという用語ですが、医療においては「患者が医療提供者の決定に従って、その指示に基づいた行動を取ること」という意味で用いられます。

指示に従って服薬すること、治療を受けることなどを指し、例えば、これらが保たれていなければ「あの患者はコンプライアンスが悪くってねぇ…」という感じになるわけです。

また「医療機関側のコンプライアンス」の例としては、労働問題、個人情報・カルテ・検査データの改竄、医療事故の隠蔽、情報漏洩などがあるでしょうね。

こうした意味をもつ「コンプライアンス」という用語ですが、選択肢①のアドヒアランスと対比的に用いられることが多いものです。

糖尿病・高血圧症・脂質異常症などの生活習慣が関連する病気の場合は、単に「こういう治療を受けてください」というだけではコンプライアンスが得られにくいので、「この薬を飲まなければ身体のどの部分がどのように傷んでしまうのか」「どういった症状が出てくる可能性があるか」などのやり取りをきちんと行って納得を得ることが重要になります。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ セルフ・モニタリング

セルフモニタリングとは、クライエントが自分の認知や感情、行動などを観察し、自分自身に関するデータを得て、それらを検討するという一連の流れを指します。

認知行動療法においてクライエントが身につける基本的な技法とされ、問題把握、評価、変容などの方法として治療過程の様々な段階で使われることになります。

認知行動療法では、クライエントが自身の認知や感情に気づき、それを言語化できることを特に重視していますから、その実践においては、初期からクライエントにセルフモニタリングを促すことが多いです。

セルフ・モニタリングを行うことで、治療の効果を治療外の場面に広げやすくなるという効果も期待できますね。

医療との関連で述べれば、例えば、糖尿病を自己管理するために血糖値を測定したり、歩数をカウントしたり、検査データを見ながら生活を振り返り、より良い方法を考えて実践していくために設定されるのがセルフ・モニタリングになります。

そのように考えれば、アドヒアランスが得られていないと提案・実行が難しいものだろうと感じますね(セルフ・モニタリングに限らずでしょうが)。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ ポジティブ・アクション

ポジティブ・アクションについて厚生労働省は「一義的に定義することは困難ですが、一般的には、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置」であるとしています。

関連する条約や法律としては、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)」「男女共同参画社会基本法」「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」などがありますね。

このポジティブアクションの必要性が指摘されている要因として、厚生労働省は以下を挙げています。

  1. 高い緊要度:日本における女性の参画は徐々に増加しているものの、他の先進諸国と比べて低い水準であり、その差は拡大しています。これまでの延長線上の取組を超えた効果的な対策として、暫定的に必要な範囲において、ポジティブ・アクションを進めていくことが必要です。
  2. 実質的な機会の平等の確保:世論調査の結果などを見ても、我が国は、固定的性別役割分担意識に関しての偏見が根強いことがうかがえます。また、現状では男女の置かれた社会的状況には、個人の能力・努力によらない格差があることは否めません。こうした中、実質的な機会の平等の確保が必要となります。
  3. 多様性の確保:女性を始めとする多様な人々が参画する機会を確保することは、政治分野においては民主主義の要請であり、行政分野においては、バランスのとれた質の高い行政サービスの実現にもつながります。また、民間企業の経済活動や研究機関の研究活動において、多様な人材の発想や能力の活用は、組織・運営の活性化や競争力の強化等に寄与するものです。

要するに、女性の活躍促進という意味合いでポジティブ・アクションという用語は使用されています。

医療領域では、女性医師を増やすことや働きやすい環境にすることなどが考えられるでしょう(科による男女比の違い、医学部に入るときの不平等の撤廃なども関連しそうですよね)。

このようにポジティブ・アクションは「患者が、積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること」を意味する用語ではないことがわかりますね。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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