公認心理師 2023-68

事例の病態から考えられる診断名を選択する問題です。

性格変化や食行動の異常など、わかりやすい内容になっています。

問68 72歳の男性A、無職。2年前から住宅型有料老人ホームに入居している。半年前から隣人とトラブルを起こすなど、ホーム内でたびたび問題を起こすようになった。また、以前のAの性格からは考えられないような言動がみられるようになった。1か月ほど前から、ほぼ毎日決まったものしか食べないようになった。最近は、ホーム内の掲示物を読み上げることや、相手の言葉をおうむ返しをすることが増えた。その後、提携医療機関を受診し、医師の診察や各種の検査を行った。そこで行われた神経心理検査では、近時記憶や視空間機能は正常であったが、遂行機能の障害が示唆された。
 Aの状況から考えられる病態の理解として、最も適切なものを1つ選べ。
① うつ病
② 統合失調症
③ 正常圧水頭症
④ 前頭側頭型認知症
⑤ Alzheimer型認知症

解答のポイント

病態から特定の診断名を導くことができる。

選択肢の解説

④ 前頭側頭型認知症
⑤ Alzheimer型認知症

まずは本事例の特徴を挙げておきましょう。

  1. 対人関係上のトラブルが増えた。
  2. 性格変化が認められる。
  3. ほぼ毎日決まったものしか食べないようになった。
  4. 掲示物を読み上げることや、相手の言葉をおうむ返しをすることが増えた。
  5. 神経心理検査では、近時記憶や視空間機能は正常であったが、遂行機能の障害が示唆された。

これらの問題に該当するであろう診断名を考えていくわけです。

本選択肢の「前頭側頭型認知症」の神経精神症状をより具体的に示すと以下のように分類できます。

  • 軽度神経精神症候群:
    ピック病では、潜行性に発症し緩慢な進行経過をとりますから、症状が明らかになる以前にさまざまな前駆的な精神症状を見ることがあります。
    疲れやすくて集中力や思考力が低下し、どことなく不活発で、まるで抑うつ気分があるように見えることもあります。
    また、頭痛や頭重感の訴えもあります。些細なことで立腹したり(易刺激性)、うつ気分や自己不全感がみられたり、態度にも落ち着きがなくなる(不穏)といったこともしばしば見られます。
  • パーソナリティ変化:
    人柄の変化は、本病に特有のものです。
    共通する特徴は社会的な態度の変化であり、発動性の減退あるいは亢進です。アルツハイマー型認知症では、少なくとも初期には、対人的な態度が保たれているのと比べると、この行動面での変化が際立っています。ときには周囲のことをまったく無視して自分勝手に行動するように見えることがあります。また、異常に見えるほど朗らかになって冗談をいったり、機嫌がよくなったりすることもあります。このようなことが続くと、もともとの性格と比べて人格の変化が生じたと見做されるようになります。
    ただ、このような時期には、まだ新しい事柄を記憶する能力は比較的残っていることがあって、アルツハイマー型認知症とは違った印象を受けることが少なくありません。
    特に、衝動のコントロールの障害は、欲動の制止欠如とか、人格の衝動的なコントロールの欠落などと表現され、思考において独特の投げやりな態度は考え不精と呼ばれます。
  • 滞続症状:
    しばしば、話す内容に同じことの繰り返しがあります。これは特有な常同的言語で、運動促迫が加わっています。まるでレコードが同じことを繰り返すようであることから、グラモフォン症候群と呼ばれたこともあります。
    この症状は側頭型ピック病において特徴的とされています。言語機能の荒廃にはまだ至っていない段階で見られるものですが、次第に言語の内容は乏しくなります。
  • 言語における症状:
    言語の内容が貧困になり言語解体と呼ばれる状態になります。自発語や語彙が少なくなり言語の理解も困難になります。中期になると、話を聞いても了解できなくなりますし、自発言語も乏しくなりますが、文章の模写や口真似は十分にできるといった超皮質性失語のかたちをとります。
    本病では、まず健忘失語や皮質性感覚失語が始まり、そのうち超皮質性感覚失語、超皮質性運動失語などが明らかになり、最も進行した段階では全失語も見られます。この段階になると、認知症に加えて、失書、失読、失行、失認、象徴能力の喪失などが出現します。
    同じことを繰り返す反復言語、それに反響言語、緘黙、無表情の四徴候は本病の特徴とされています。
  • ピック病の認知症:
    アルツハイマー型と比べると、初期には記憶障害は目立たないことが少なくありません。しかし、抽象的思考や判断力の低下は、最も初期から認められます。また、対人関係において常同的な態度をとることもあって、社会的な活動はもとより、周囲に対して適切な態度をとることができなくなります。
    初期にはそれまで獲得している日常生活上での技能(自動車の運転など)は残っていますが、トラブルを生じたときに自主的な判断で切り抜けるといったことはできなくなります。しだいに記銘力の低下や健忘が、特有な人柄の変化と相まって、認知症の病像を呈するようになります。しかし、注意力や記銘力は後期においてもかなり残っていることが少なくありません。そのため、前頭側頭型認知症は、記憶よりも言語面で目立つ認知症と表現されることもあります。
  • 精神病様症状:
    神経衰弱様の症状が前駆期に見られることがあります。また、自閉的で無関心な対人的態度や反社会的と周囲から受けとめられるような行為から、統合失調症を疑われることもあります。ただ幻覚妄想を見ることは多くありません。
    精神病様症状としては、進行麻痺様症状、統合失調症破瓜様症状、衝動行為を伴う妄想状態、不安でうつ気分を帯びた状態、強迫症状、身体的影響感情などが知られます。後期になると、自発性の低下が目立ち横臥がちとなります。末期には精神荒廃状態となり、原始反射をともなって無動無言状態となることもあります。

また、行動障害型の前頭側頭型認知症の症候について記載していきます。

  • 病識の欠如:病初期から認められ、病感すら欠いていることもある。
  • 自発性の低下:常同行動や落ち着きのなさと共存して見られることが多い。
  • 感情・情動変化:多幸的であることが多いが、焦燥感、不機嫌が目立つ例もある。
  • 被影響性の亢進:外的な刺激や内的な欲求に対する被刺激閾値が低下し、その処理が短絡的で、反射的、無反省なものになることが特徴的。
  • 脱抑制・我が道を行く:本能の赴くままの行動で、反社会的行為につながることもある。
  • 常同行動:ほぼ全例で認められる。
  • 転動性の亢進:ある行為を維持できないという症状で、外界の刺激に対して過剰に反応する。
  • 食行動の異常:食欲の変化、嗜好の変化、食習慣の変化が見られる。

これらを踏まえて、本事例の特徴を見ていきましょう。

まずは、性格変化などは本症に特徴的なものであり、この記述があったならば前頭側頭型認知症が浮かんだほうが良いでしょう(少なくとも資格試験的には)。

また、反復言語の存在、食行動の異常、近時記憶の問題は少ないが遂行機能(目的に対して計画を立てて実行する能力)に問題が見られるのも、前頭側頭型認知症の特徴と言えます。

特に、近時記憶障害の存在や、その多寡はAlzheimer型認知症との鑑別点の一つと言えますから、ここでAlzheimer型認知症を除外することになるだろうと思います(何よりも前頭側頭型認知症の特徴が顕著ですからね)。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢④が適切と判断できます。

① うつ病

ここではDSM-5の抑うつエピソードを見ていきましょう。


A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない。

  1. その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているようにみる)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 (注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる)
  2. ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)
  3. 食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の食欲の減退または増加(注:子どもの場合、期待される体重増加がみられないことも考慮せよ)
  4. ほとんど毎日の不眠または過眠
  5. ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的でないもの)
  6. ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退
  7. ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある、単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)
  8. 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言葉による、または他者によって観察される)
  9. 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画

これらが基本ではありますが、こちらに加えて老年期に見られるうつ病の臨床的特徴を見ていきましょう。

抑うつ気分と興味・喜びの喪失は高齢者のうつ病と成人早期のうつ病の共通の中核症状ですが、それに続く中核症状は高齢者では自殺念慮、悲観であるのに対して、成人早期では易疲労感や食欲の変化であるとされています。

また高齢者のうつ病と成人早期のうつ病のHAM-Dスコアを直接比較した研究では、高齢者のうつ病では精神運動激越、心気症、身体症状、身体症状(消化器系)の重症度が高く、罪責感と生殖器症状は低いとされています(一方で、強い罪責感や罪業妄想を伴う場合は、自殺のリスクが高い)。

高齢者のうつ病では入院患者の45%が精神病性うつ病であったという報告があります。

すなわち、高齢者のうつ病では、自殺念慮、悲観、精神運動激越、心気症、身体症状、精神病症状の頻度が高いとされており、また、より高齢であるほど抗うつ薬への反応は悪い、再発率が高く、維持療法が重要である、自殺や認知症への移行に注意が必要である、などの留意点が指摘されています。

こうしたうつ病の基準は、本事例の食行動の異常(食べる量が減るなどはあっても、同じものを食べ続けるは無い)、性格変化、反復言語などを説明するものではありませんね。

制止などが遂行機能の問題に見える可能性は否定できませんが(うつ病の制止が神経心理検査にどの程度反映されるのかは把握できていません…)、やはりうつ病と見なすには矛盾する症状が本事例には見られますね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 統合失調症

DSM-5の診断基準を参照してみましょう。


A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。

  1. 妄想
  2. 幻覚
  3. まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
  4. ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
  5. 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)

B.障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能のレベルが病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。

C.障害の持続的な徴候が少なくとも6か月間存在する。この6か月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い期間)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:奇妙な信念、異常な知覚体験)で表されることがある。

D.統合失調感情障害と「抑うつ障害または双極性障害、精神病性の特徴を伴う」が以下のいずれかの理由で除外されている。

  1. 活動期の症状と同時に、抑うつエピソード、躁病エピソードが発症していない。
  2. 活動期の症状中に気分エピソードが発症していた場合、その活動期間の合計は、疾病の活動期および残遺期の持続期間の合計の半分に満たない。

E.その障害は、物質(例:薬物乱用、医薬品)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

F.自閉スペクトラム症や小児期発症のコミュニケーション症の病歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚や妄想が、その他の統合失調症の診断の必須症状に加え、少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い)存在する場合にのみ与えられる。


これらを踏まえて、本事例を見ていきましょう。

まず、本事例の性格変化を妄想や幻覚と結びつけるには無理があるでしょう。

統合失調症で異食の問題が出現する例があるにはありますが、それも統合失調症だから生じるものではありませんし、本事例の「同じものばかりを食べる」を説明できるものでもありません。

また、統合失調症で反復言語が見られる事例もありますが、同じく「統合失調症では反復言語が起こることが多い」とは言えず、診断基準にも該当しませんね。

基準Bの「障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能のレベルが病前に獲得していた水準より著しく低下している」に該当するようにも見えますが、前頭側頭型認知症という神経学的問題が想定されるならば、こちらを優先的に対応していくことが重要になります。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 正常圧水頭症

水頭症とは、脳室内の過剰な脳脊髄液の貯留を指します。

正常圧水頭症は水頭症の一種で、特に60代、70代の高齢者に発症します。

正常な状態では、「脳室」と呼ばれる空洞内で脳脊髄液の産生、循環、吸収の微妙なバランスが保たれています。

水頭症は、脳脊髄液が脳室系を流れて通過できなくなったときや血流内に吸収される脳脊髄液の量と産生される脳脊髄液の量のバランスが崩れたときに起こります。

正常圧水頭症の特徴として、通常は以下の順で次の3症状が徐々に現れます。

  1. 歩行障害(歩行困難):
    小幅で足を引きずるように歩く。転びやすい。足が重く感じられる。階段使用が困難。
  2. 尿失禁(排尿のコントロールの障害):
    頻繁に、または急に排尿したくなる。排尿を我慢することができない。
  3. 軽い認知症(認識機能障害):
    健忘症。短期記憶喪失。行動への関心の欠如。気分の変化。

こうした症状の原因は脳室の肥大です。

拡張した脳室は、脳と脊髄の間の神経経路をゆがませ、症状を引き起こすと考えられています。

正常圧水頭症は、外科手術で治る唯一の認知症であり、脳室にチューブをいれそのチューブを皮下を通しておなかの中にチューブを埋め込む手術が一般的に行われます(脳室-腹腔短絡術)。

主な症状である歩行障害・軽度の認知症症状・排尿機能障害は髄液シャント術後数日で改善する場合もあれば、数週間、数ヶ月で改善することもあります。

改善が見られる患者は、多くの場合髄液シャント術後の1週間で変化が見られます。

さらに、この改善には軽度から劇的改善まであり得ますが、この改善がどの程度長続きするかを予測することは不可能です。

こうした正常圧水頭症の症候は、本事例のそれと合致していないことがわかりますね(性格変化とか食行動の異常とか)。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

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