公認心理師 2024-80

移行対象の概念を提唱した人物を選択する問題です。

主にフロイト後の精神分析を彩った人物たちに関する設問になっていますね。

問80 移行対象の概念を提唱した人物に該当するものを1つ選べ。
① D. W. Winnicott
② M. Klein
③ M. S. Mahler
④ O. F. Kenberg
⑤ W. R. D. Fairbairn

選択肢の解説

① D. W. Winnicott

ドナルド・ウィニコットは、イギリスの児童精神科医で、自我心理学やクライン学派から独立して位置づけられる中間派の精神分析家として、イギリスの対象関係理論を独自の視点から発展させました。

中間派とか言われてもわかりにくい人もいるでしょうから、ざっとまとめた図を貼っておきましょう。

誰がどの学派に属するか、そしてその研究者の代表的な概念をざっと述べたものになっています。

ウィニコットは1930年代後半にメラニー・クラインのSVを受けて、乳幼児の無意識的幻想に関して基本的理解を得ています。

研究者としても、当初から小児の身体疾患の心理的側面に興味を抱いており、やがて関心は精神分析、児童分析へと向けられていきますが、その理論構成はフロイトおよびクラインの影響なしには考えられません。

小児期外来という設定で6万例を超える子どもとその家族に接し、子どもの内的な主観的世界と外的な客観的世界の両者を並行して捉えて概念化した「移行対象」のように、「分離と結合の交替」にかかわり、二分されやすい内・外両面に焦点を合わせる認識法を通して、相互の橋渡しとして様々な概念と理論が編み上げられました。

このように、移行対象とはウィニコットが提唱した概念であり、乳幼児が特別の愛着を寄せるようになる、毛布、タオル、ぬいぐるみなど、おもに無生物の対象を指します。

この現象が確認できる年齢の子ども(6ヶ月~1歳頃)は、実際の母親とは異なるけれども、表象のような曖昧なものよりも具体的・現実的に目の前に在るという「内界」と「外界」の中間領域にあるもの求め、それが「移行対象」ということになります。

乳幼児は、移行対象を触ったり口にくわえたりすることによって安心感を得るが、ウィニコットによれば、こうした対象は、乳幼児が「自分は万能ではない」という現実を受け入れていく過程を橋渡しし、母子未分化な状態から分化した状態への「移行」を促すものとしています。

他にもウィニコットが提唱した概念・技法は数多くありますので、以下にまとめておきましょう。

  • 錯覚と脱錯覚:ちょうど移行対象が出現する時期に、しつけなどが始まることで、完全に母親に依存し常に欲求が満たされていたために抱いていた全能感(=錯覚)が崩壊する。失敗、欲求不満の体験や不安感を持つということ。このとき母親の感覚を思い出させる移行対象に触れることで、幼児は欲求不満や不安を軽減する。主体性や自主性が育っていくにつれ、現実の客観的世界と、現実的で安定した相互作用ができるようになり、全能感は適度な自尊心へと変わっていく。これをウィニコットは脱錯覚と呼んだ。
  • 抱える環境(ホールディング):乳児が絶対的依存の段階に環境から与えられるすべての供給を意味し、実際の抱っこだけでなく、情緒的関わりを含む。
  • ほど良い母親:原初的没頭が終わり、ほどほどに乳児と接するようになる母親のこと。乳幼児への「適度の世話」によって快適な環境と対象としての恒常性を与える。過度に乳児に没頭しすぎたり、逆に関心を向けられない状況が「ほど良い母親」ではない状態と言える。

他にも「偽りの自己」「スクイッグル」などもありますね。

重要なのは、上記のような各概念が互いに絡み合い、母子関係の理論として全体を構築しているという理解です。

ですから、一度ウィニコットの理論全体を読み通して見ると、いろんな理解が広がると思います。

以上より、移行対象の概念を提唱したのはウィニコットであると言えます。

よって、選択肢①が適切と判断できます。

② M. Klein

クラインはロンドンで対象関係論の基礎を築いた精神分析家です。

クラインは幼児の遊戯療法を通して、子どもの無意識的幻想の豊かさや、外的世界と内的世界が重なり影響し合う、早期の対象関係の重要性や多様さに気づきました。

彼女は、子どもは自分の不安や幻想を言葉よりも遊びで表現すると考えたので、自由遊びを自由連想法のように扱い、表現の象徴性を重視し、子どもに遊びの意味の解釈を与えました。

また、子どもとの間でも精神分析的関係が形成できる考え、現実的、支持的関係を重視したアンナ・フロイトと激しく論争しました。

クラインは幼児の分析をもとに、分裂機制、取り入れおよび投影性同一視の重要性を解明しましたが、成人患者でも同様の不安と幻想が動くことを発見し、それらの不安や攻撃性が活性化される水準まで、分析を進める必要があると考えました。

こういう考え方から対象関係論が展開し、境界例、精神病圏の患者の固着点の理解にもつながりました。

クラインの理論を列挙すると、①超自我はフロイトの仮定よりもはるかに早期に形成され、悪い内的対象が迫害的超自我になる、②乳児が母親を全体的な分離した個人として認識することに伴う、抑うつ態勢(ポジション)は発達上決定的な位置を占める、③抑うつ態勢の前の妄想‐分裂態勢では、妄想的不安と分裂機制が作動する、④口愛的羨望が発達初期に重要な影響を及ぼす。特に重要なのは、妄想‐分裂態勢と抑うつ態勢の間の自我構造の変化、不安と対象関係の種類の変換移管する研究となる。

こうしたクラインの理論や技法は、クライン派あるいは英国学派と呼ばれるスィーガル、ビオン、ローゼンフェルト、フェアバーン、ウィニコット、ガントリップらの対象関係論学派に受け継がれました。

こうしたメラニー・クラインの業歴において、移行対象という概念は存在しませんね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ M. S. Mahler

マーラーの主要な理論である分離‐個体化の発達理論については、2024-60をご覧ください。

ここではマーラーの理論の概説を行うに留めます。

マーガレット・マーラーは、1949年にKannerの唱えた早期幼児自閉症に対して、共生精神病の概念を提出しましたが、これは早期幼児期に、共生段階をおく彼女の発達論の先駆けであり、一躍注目を浴びました。

更に彼女は1955年に、生後3年までの幼児の発達について、正常な自閉期、正常な共生期、分離‐個体化期を区分、独自の発達仮説を示しました。

1963年には更に分離個体化期に4つの下位段階、つまり、分化期、練習期、再接近期、分離への時期を仮定し、各段階に特徴的な母子の相互作用のパターンや子どもの心理状況を描き出しました。

これは精神疾患をもつ患者との面接という臨床素材だけでなく、標準化された手続に基づいて、正常な母子の交流を直接観察して得られた資料から再構成されたものであるが、この方法はマーラーのグループの独自の研究方法であり、精神病理と発達をつなぎ合わせる上で大きく貢献したと思われます。

これら一連の研究は、1975年に「乳幼児の心理的誕生」として集大成されているが、ここでは特に生後4、5か月から30~36カ月にわたる共生期から分離個体化期にかけて、分離の感覚と対象恒常性が確立される過程が論じられています。

即ち、子どもは母親と二者単一体をなし、母親と一体であるという幻想を抱いている状態から孵化し、主観的な分離の意識の獲得に至るのだが、この過程は子ども自身の知覚や運動の発達によって促進され、各々の状態で、母子が上手くお互いの欲求を読み取り、母親が適切に触媒機能を果たすことによって進展すると考えられています。

こうした発達論は、後の精神病理学の諸研究に大きな影響を及ぼしています。

例えば、ブロスの第2の分離個体化期として青年期論、サールズの共生段階に着目した統合失調症治療論、ジェイコブソンの練習期に着目したうつ病論などが挙げられるが、なかでも注目されたのが、再接近期に重視したマスターソンやカーンバーグの境界例研究になります。

彼らはマーラーの発達理論に基づき、境界例の患者の心性が、再接近期への固着と考えられる点を指摘し、新たな研究の糸口を開いています。

こうしたマーラーの業歴において、移行対象という概念は存在しませんね。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

④ O. F. Kenberg

アメリカで発展した自我心理学にイギリスの対象関係論を取り入れた、独自の自我心理学的対象関係論を樹立して、境界例の理論、診断、治療に新しい方向を示し、日本の精神分析研究にも大きな影響を与えた人物です。

1960年代後半、カーンバーグは生物学的構造論を踏まえつつ、ジェイコブソンやマーラーの自我と対象関係に注目した自我同一性の発達論に、フェアバーンやガントリップなどの内的対象関係論の特徴を取り入れて、独自の人格構造論を提唱しました。

それは、同一性の統合度、防衛操作、現実吟味の三側面から、人格構造を神経症的・境界例的・精神病的の水準に区分するものです。

神経症的人格構造は、統合された同一性、抑圧を中心とする神経症的防衛機制、現実吟味力の維持を特徴とし、境界例的人格構造は同一性拡散、分裂を中心とする原始的防衛機制の優勢、現実と現実感覚が変転するが、なお現実吟味力を維持していることを特徴としています。

そして精神病的人格構造は、同一性拡散、分裂を中心とする原始的防衛機制、現実吟味力の欠如を特徴としています。

境界例人格構造の発生病理については、生来的な攻撃衝動や脆弱な不満耐性という素因と、マーラーの言う分離‐個体化期(特に再接近期)の環境とがうまくかみ合わないときに生じ、その後の人格形成に歪みが起こるとするものです。

この境界れ人格構造論は、境界例を人格障害として位置づけるだけでなく、そのまま診断基準となり、混乱していた境界例論を大きく前進させました。

そして1980年にDSM-Ⅲの境界型人格障害の診断基準に採用されました(だが、その内容はカーンバーグの病理理論を十分に取り入れたとは言えず、また、DSM-Ⅳでは分析的な構造論からはかけ離れた内容になっている)。

精神分析学会では、コフートの自己を心的世界の中心に据えた自己心理学との対比がしばしば論議されるが、1982年にカーンバーグ自身、自己愛についての論文で、その視点の違いや、より病的な自己愛を対象としていることを論じています。

こうしたカーンバーグの業歴において、移行対象という概念は存在しませんね。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ W. R. D. Fairbairn

フェアバーンはイギリスの精神分析医であり、基本的にはクラインの認識を踏まえつつ、クライン自身が理論化しえなかった対象関係論的含蓄を修正、発展させ、英国対象関係論学派を生み出した一人であり、ポスト・クライニアンないしは中間学派に属します。

彼の理論の特徴を簡単に述べると、まず第一にフェアバーンは、あらゆる精神病理学的状態の中で最も深いものは「分裂的状態」であって、その状態を解明することが、人格の基盤や基底的な精神過程の研究にとって意義深いものであると主張しました。

ここでいう分裂的状態の特徴としては、①万能的態度、②情緒的な孤立と引きこもりの態度、③内的現実へのとらわれ、の3点が挙げられています。

そして、健康な人も含めたすべての人の心の、最も深い層は分裂的であると強調しています。

次に彼はフロイトのリビドー論を批判し「リビドーは本来、快感希求的ではなく,対象希求的 である」という命題を打ち出しました。

つまり、対象との間に満足のいく関係を作り上げることがリビドーの第一の目的であって、口唇期、肛門期といったリビドー的態度は、自我が対象関係を調節するための技術にすぎないとしています。

このように彼は、自我と対象とのかかわりを第一義的なものととらえ、対象関係、すなわち対象への依存のあり方を軸にした独自の発達段階説や、対象関係の内在化という観点からの非常にユニークなパーソナリティ構造論を展開しました。

彼の発達論をまとめると、それは主として受け取る態度で特徴づけられる乳児的依存期から、移行期を経て、主として与える態度で特徴づけられる成熟した依存期にいたる過程になります。

この発達論はまた、フロイト、アブラハムの発生‐発達論的精神病理学モデルへの批判を含んでおり、リビドー発達の各段階への固着と防衛機制や精神病理状態への対応性は分裂的状態と抑うつ状態についてのみ認められるものであって、妄想状態、強迫状態、ヒステリー状態、恐怖症状態は、固着によるものではなく、口唇期に起源をもつ葛藤に対する自我の防衛手段であるとしたところに大きな特徴があります。

パーソナリティ構造論についての詳細はここでは割愛するが、その理論は今日注目を集めている境界例の理解に対して、非常に重要な貢献を果たしています。

こうしたフェアバーンの業歴において、移行対象という概念は存在しませんね。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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