公認心理師 2024-81

衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶に関する問題です。

最後に述べてある中井久夫先生の外傷性記憶に関する仮説は、私の中でしっくりくるものですし、実際の支援にまでつなげられている点で重宝しています。

問81 衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶として、最も適切なものを1つ選べ。
① 作業記憶
② 自伝的記憶
③ エピソード記憶
④ アイコニック記憶
⑤ フラッシュバルブ記憶

選択肢の解説

① 作業記憶

作業記憶とは、認知心理学において、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念であり、ワーキングメモリ、作動記憶とも呼ばれます。

短期記憶は容量にも保持時間にも限界がある一時的な記憶であるが、こうした機能が人間に備わっている理由は、おそらく、短期記憶が意識的な操作が可能な状態で情報を保持することのできる唯一の記憶だからです。

つまり短期記憶は、単なる情報の一時的な「貯蔵庫」ではなく、会話、読書、計算、推理など種々の認知課題の遂行中に、情報の交換や複唱などの情報処理を行うための「作業場」としての機能を果たしているわけです。

このため、短期記憶のそうした能動的な側面はワーキングメモリと呼ばれ、その仕組みの解明が進んでいます。

Baddeleyは、ワーキングメモリには言語的情報の処理のための音韻ループと、視・空間的情報の処理のための視・空間スケッチパッド、およびこれら下位システムを制御する中央実行系があると仮定しています。

こうしたワーキングメモリーモデルが登場した背景には、Atkinson&Shiffrinによる短期記憶と長期記憶からなる記憶の「二重貯蔵モデル」により、うまく説明できない実験結果が存在していたためです(例えば、短期記憶障害を持つ脳損傷患者であっても、長期記憶の形成が可能であることなどは、短期記憶が長期記憶の前段階である事を仮定する二重貯蔵モデルとは矛盾する)。

Baddeleyのモデル提唱の直接的な契機となった実験は、彼ら自身の二重課題法による実験です。

一次課題として文章の正誤判断課題を遂行する一方で、二次課題として発話された数字の記憶課題を課せられる場合、記憶する必要のある数字の増加に伴い短期記憶容量が消費されることになります。

二重貯蔵モデルによれば、二次課題により短期記憶は数字で満たされているため、一次課題に割り当てられる短期記憶容量は存在しなくなるため、成績は著しく悪化ないし遂行不可能になるはずでした。

しかし、最も重い記憶負荷であっても、課題成績はある程度保たれる他、エラーレートは軽記憶負荷とさほど変わらないなど、影響は限定的なものでした。

このような実験結果は、短期記憶という単に受動的に情報を貯蔵する記憶モデルでは説明できず、記憶の保持と課題の処理とが別個のシステムによって担われている可能性を示すものとBaddeleyらは考え、記憶保持を行う2つの記憶貯蔵庫と、課題処理を行う注意制御系という3要素からなるワーキングメモリーモデルを提唱したわけです。

ワーキングメモリ(作業記憶)とは、以上のような情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指します。

こうしたワーキングメモリの特徴は「衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶」ではないことがわかりますね。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② 自伝的記憶

自伝的記憶 (autobiographical memory) とは、自分の人生で経験した出来事に関する記憶の総体を指し、エピソード記憶の一種です。

自伝的記憶研究にはさまざまな方法が用いられていて、実験参加者の人生について、特定の出来事や時期について質問する方法がよく用いられます。

そして、自伝的記憶研究で用いられる代表的な研究法は日誌法で、これは日々の出来事を日誌に記録し、その記憶を追跡調査する方法です。

リントンは、この日誌法を用いて自分自身の記憶を6年間にわたって追跡調査しました。

具体的には、日々の出来事を毎日少なくとも2つ以上をカードに記録し、ファイルに収集し、毎月そのファイルのなかからランダムに2つのカードを取り出し、そこに記録されている出来事をどれだけ思い出せるかをテストしました。

その結果、自伝的記憶の忘却には次のような2種類があることが明らかになりました。

第1は、類似した出来事(たとえば定期的に出席した会議での出来事)の細かな事実が忘れられ、互いに区別がつかなくなるようなタイプの忘却です。

これに対し第2のタイプの忘却は、その出来事についてまったく思い出せなくなるような忘却であり、これは、あまり重要でない些細な出来事(たとえば2年前に指にけがをしたこと)の場合に多く見られました。

そしてリントンは、第1のタイプの忘却は、個々の出来事のエピソード記憶が意味記憶のなかに吸収・統合されていくプロセスを反映しているのではないかと解釈している。

つまり、はじめて会議に出席したときの経験はすべてが新奇な出来事であり、その出来事に固有のエピソード記憶が形成されますが、会議が定期的に繰り返されると、毎回の会議に共通な要素とパターンが抽象化され、しだいに会議の一般的スキーマ(意味記憶)に吸収されるわけです。

このことからもわかる通り、自伝的記憶には「自己に関する意味記憶」も含まれることになります。

個々の出来事のエピソード記憶が意味記憶に吸収・統合されることが示されていますから、単にエピソード記憶的なものだけが自伝的記憶になるというわけではないのです。

すなわち、自伝的記憶には「自らに関する意味記憶」も含まれることになり、具体的には「私とはこういう人間である」などのような記憶も自伝的記憶ということになります。

また、自伝的記憶=エピソード記憶と思いやすいですが、エピソード記憶の中には自身を含めないものもあるので(妻が何かをしていた、など)、エピソード記憶の全てが自伝的記憶にはならず、あくまでも「自分についてのエピソード記憶」が自伝的記憶とされます。

こうした自伝的記憶は「衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶」ではないことがわかりますね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ エピソード記憶

エピソード記憶は、自分自身が経験した出来事に関する記憶のことで、それを経験した時間や場所、自身の心理的状態などについての情報も含まれています。

タルヴィングが言うには、エピソード記憶の想起においては、自己認識の自覚のもとで心的な時間旅行が行われていると表現しています。

人は「意味記憶」の蓄積を重視しがちですが、その人個人の「らしさ」を構成しているのは間違いなく「エピソード記憶」の方です。

認知症高齢者との関わりの中で、エピソード記憶を引き出すような支援法が中心になっているのはそのためですね。

このようにエピソード記憶とは「個人が経験した出来事に関する記憶」であり、例えば、昨日の夕食をどこで誰と何を食べたかというような記憶に相当し、その出来事の内容 (「何」を経験したか)に加えて、出来事を経験したときのさまざまな付随情報(周囲の環境すなわち時間・空間的文脈、あるいはそのときの自己の身体的・心理的状態など)と共に記憶されていることが重要な特徴です。

こうしたエピソード記憶の特徴は「衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶」とは合致しないと言えます。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

④ アイコニック記憶

まず感覚記憶についてですが、これは視覚、聴覚、触覚など個々の感覚情報を短期間に保持する記憶です。

感覚受容器で受容され大脳皮質の各感覚野によって処理された感覚情報が短期間、保持されます。

ただ、その保持期間は、感覚モダリティによって異なりますが、1秒から数秒と非常に短いものですが、一方で、その保持容量は短期記憶よりも大きいとされています。

「感覚記憶」という表現をよく聞くのが、Atkinson&Shiffrinによる「二重貯蔵モデル」であり、これは記憶を短期記憶と長期記憶に分けることから「二重」とされています。

このモデルによれば、外界からの情報はまず感覚記憶に取り込まれ、次に短期記憶、さらに長期記憶へと転送されます。

彼らによると、感覚記憶は感覚器官からの情報を正確に短期間保存する大容量のバッファ・メモリであり、視覚情報はアイコニック・メモリ(保持時間は約1秒)、聴覚情報はエコーイック・メモリ(保持時間は約2秒)に貯蔵されるとしています。

このようにアイコニック記憶とは、記憶の1次的段階としてあるもので、後続する短期記憶・長期記憶に先立つ視覚情報の保存を指し、例えば、50ミリ秒提示した視覚刺激は数百ミリ秒の間は保存されるような記憶情報を指します。

よって、アイコニック記憶は「衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶」ではないことがわかります。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ フラッシュバルブ記憶

ショッキングな出来事を見聞きしたときの状況を、私たちははっきりと記憶しているものですが、こうした現象を「フラッシュバルブ記憶(メモリ)」と呼びます。

フラッシュバルブ記憶の特徴としては、①生々しい、②そのとき自分はどこにいたのか、③そのとき何をしていたのか、④どのようにして知ったのか、⑤その直後どうしたのか、⑥自分はどのように感じたのか、⑦他の人はどのように感じたか、などをはっきり記憶しているということです。

フラッシュバルブ記憶のメカニズムとして、当初はショッキングな情報を知らされたときの状況を記憶に焼きつける特殊な神経メカニズムの存在が想定されていましたが、出来事以降の経験によって記憶の再構成がされること、記憶の鮮明さにはリハーサルの影響があること、出来事自体に対する関心がフラッシュバルブ記憶の形成に影響することなどが指摘され、特に他の記憶と異なる特殊なものではないとされるようになりました。

このようにフラッシュバルブ記憶とは、個人的に重大な出来事や世界的な重大事件に関する非常に詳細な記憶を指し、これは本問の「衝撃的な出来事やそれを知ったときの状況に関する鮮明な記憶」と合致します。

よって、選択肢⑤が適切と判断できます。

なお、中井久夫先生は外傷性記憶に関して、とある考えを提示されていますので、紹介しておきましょう。

外傷性記憶の特性は次のように列挙されます。

  1. 静止的あるいはほぼ静止的映像で一般に異様に鮮明であるが、
  2. その文脈(前後関係、時間的・空間的定位)が不明であり、
  3. 鮮明性と対照的に言語化が困難であり、
  4. 時間に抵抗して変造加工が無く(生涯を通じてほとんど変わらず)、
  5. 夢においても加工(置き換え、象徴化なく)されずそのまま出現し、
  6. 反復出現し、
  7. 感覚性が強い。状況の記述や解釈を伴う場合は事後的、特に周囲、写真、日記、新聞記事などの外的示唆によることが多い。
  8. 視覚映像が多いが、振動感覚の場合もあり、全感覚が記憶に参与し得る。聴覚の場合、微妙な鑑別が必要になる。
  9. 何年たっても何かのきっかけによって(よらないこともある)昨日のごとく再現され、かつしばしば当時の情動が鮮明に表れる。
  10. 過去の追想につきものの「時間の霞」がかかるどころか、しばしば原記憶よりも映像の鮮明化や随伴情動の増強が見られる。

そしてこれらの特徴が、2歳半から3歳半前後までの幼児的記憶の特性と合致していることを指摘しています。

3歳以降の記憶は自己史記憶連続体を成しており、現在の自分とのつながりのある記憶とされています。

これに対し、フラッシュバックを起こすような外傷体験の記憶は、変化に乏しい3歳以前の古い記憶形式ではないかとしています。

なぜ幼児型の記憶が危機のときに出てくるのかというと、咄嗟の対応には幼児型の記憶の方が効率的だからです。

動物に食べられそうになった記憶を思い出すときに、すなわち、また同じような体験をしそうな時にいち早く逃げられるようになるためには、文脈で覚えておく成人型の記憶では効率が悪いのはわかりますね。

それよりも端的に動物のぐわっと開いた口のイメージが浮かんだ方が、生命を守る上では効率的なわけです。

そして動物に食べられそうな場所を何気なく回避できる個体(つまりはPTSD症状の回避などがある個体)の方が、生存率が高いことが予測されますね。

そういった事情もあり、人類が成人型記憶・言語を獲得した後も、外傷性記憶の方が、差し迫った危機に際しては警告性が直接的・瞬間的で、効率において勝るために、外傷性記憶は適応的として現在まで生き残ったのではないかとされています。

これらを踏まえた外傷性記憶の治療は、上記の外傷性記憶の10条件を、成人型記憶に変えることだろうが、これは理念的なものです。

実際の治療において、中井先生は以下を伝えるそうです。

  • 症状は他の病気の症状が消えるようには消えないこと。
  • 外傷以前に戻るということが外傷性記憶の治癒ではないこと。
  • 症状の間隔が間遠になり、その衝撃力が減り、内容が恐ろしいものから退屈、矮小、滑稽なものになってきて、事件の人生における比重が減って、不愉快なエピソードの1つになっていくなら、それは成功であること。
  • 今後の人生をいかに生きるかが、回復のために重要であること。これは記憶を司る生活体自体の健全化が重要であることと同じ。
  • 薬物は多少の助けになるかもしれない。

大切なのは記憶自体へのアプローチというよりも、アートセラピーなどのイメージが関与する治療を通して、その人の全体的な力の健全化が大切になるとしています。

この点は、ハーマンらの「安全な環境を重視する」ということと同じと言えますね。

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