学習の転移の具体例として適切なものを選択する問題です。
学習心理学に出てくるさまざまな概念があるわけですが、それとの混同を狙っている問題になりますから、きちんと弁別できるようにしておきましょう。
問9 学習の転移の具体例として、最も適切なものを1つ選べ。
① 給食の時間に流れていた音楽が聞こえると、お腹が鳴る。
② フランス語の授業の後に英語の授業があると、発音を間違えてしまう。
③ 隣家から怒鳴り声が聞こえてから、小さな物音がするだけでも気になるようになった。
④ 目覚めに効果的なアラーム音を設定したが、1か月後には起きられなくなってしまった。
⑤ 学校という場所が苦手であったが、大学生になり大学のキャンパスではリラックスできている。
解答のポイント
学習心理学の各概念の具体例を把握している。
選択肢の解説
② フランス語の授業の後に英語の授業があると、発音を間違えてしまう。
⑤ 学校という場所が苦手であったが、大学生になり大学のキャンパスではリラックスできている。
学習領域における転移とは、ある学習がその後の別の学習に影響を及ぼすことを指します。
先に行った学習が、後に行う学習を促進する場合は正の転移、逆に妨害する場合は負の転移と呼びます。
連合理論の立場であるThorndikeは、同一要素説よってその仕組みを説明しました。
すなわち、先行の学習課題と後続の学習課題が同一の要素を含んでいる場合に正の転移が生じると考えたわけです。
たとえば、英文タイプを練習する場合も、ローマ字変換方式のパソコン入力を練習する場合も、個々のアルファベットという「刺数」とそれに対応する適切なキー押しの「反応」を連合させる必要があります。
つまり、どちらの学習も同じ要素を含んでいるので、英文タイプの練習はパソコン入力の練習に対して正の転移をもたらすのだと考えたわけです。
さらに、Osgoodは学習材料の類似性が転移にどのような影響を及ぼすかを詳細に分析し、刺激が同じでも反応が異なる場合には負の転移が生じ、刺激も反応も同じ場合には正の転移が生じるという説を唱えました。
英文タイプとカナ入力方式のパソコン入力ではキーの配置(反応)が異なっており、このため負の転移が生じると考えるわけです。
これに対し認知理論では、正の転移が生じるための条件は学習要素の類似性ではなく、前後の学習に共通する一般的原理や共通の学習方法を学習することだと考えます。
たとえばJuddは、水中の的を射る課題において,光の屈折に関する一般原理を教えられる条件の方が、それを教えられない条件よりも、的の水深を変えたときの成績がよいことを示しています。
また、Harlowは、サルに形や色の異なる物体を刺激とする弁別学習を、刺激を変えて300課題以上も連続して与えた結果、最初は成織がよくなかったが、250課題目以降になると、各課題の第2試行目で100%近い正反応を示すようになりました。
ハーロウはこれを学習の構え (learning set)と名づけ、サルのような知能の高い動物は、同じような課題をたくさんこなすことによって一般的な学習の方法を習得し、それが正の転移をもたらしたのだと考えたわけです。
選択肢②の状況は「フランス語に関する学習」が、その後の「英語の学習」に影響を及ぼしており(つまり、学習の転移が生じており)、「発音を間違える」という点から負の転移が生じていることがわかりますね。
それ以外の選択肢は、それらしく見せていますが、学習の転移にはなっていません。
選択肢⑤では、「学校が苦手」とありますが、何を体験したことで「学校が苦手」という学習を得たのかわかりませんし、この「学校が苦手」という学習が、どうして「大学のキャンパスはリラックス」ということにつながるのか不明です。
学校という同一要素を含んでいると見なすのであれば、大学のキャンパスでも苦手にならなくてはいけないので(正の転移が生じていないとおかしい)、学習の転移と呼ぶには情報不足です。
このように、選択肢⑤の内容は、学習の転移と呼ぶにはその前後関係が判然とせず、ただちに「これは学習の転移が起こっている」と見なすには無理があります。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢②が適切と判断できます。
① 給食の時間に流れていた音楽が聞こえると、お腹が鳴る。
③ 隣家から怒鳴り声が聞こえてから、小さな物音がするだけでも気になるようになった。
④ 目覚めに効果的なアラーム音を設定したが、1か月後には起きられなくなってしまった。
これらは別の学習心理学の概念で説明できますね。
選択肢①は古典的条件づけが生じていると言えます。
音楽という無条件刺激と空腹時に提示することで、音楽が鳴るだけでお腹が鳴る(空腹時の反応=条件反応)という形になったわけです。
古典的条件づけについて詳しく知りたい方は、こちらのページをご覧ください。
選択肢③は正確には判断しづらいですが、般化が近い印象を受けます。
般化は、古典的条件づけや弁別オペラント条件づけにおいて、条件づけの結果、条件刺激や弁別刺激だけでなくそれらに類似した刺激によっても反応が生起されることを指します。
怒鳴り声によって「音に対する覚知性」が上がった結果、類似した刺激である「音」によっても「気になる」という反応が生じていると見なせなくもありません。
選択肢④は、馴化であると考えられます。
同じ刺激を繰り返し呈示されることで、その刺激に誘発される反応が減衰・消失する馴化であり、そこに新しい刺激を呈示すると減衰・消失していた反応が復活しますが、この現象を脱馴化と呼びます。
繰り返し「アラーム音」を提示されたことで、その音に誘発される「覚醒」という反応が減衰・消失したということですね。
以上より、選択肢①、選択肢③および選択肢④は不適切と判断できます。