加齢の影響を受けにくい記憶として、適切なものを2つ選ぶ問題です。
関連する内容として、公認心理師2018-84がありますね。
本問では記憶に関する知識を前提とし、加齢の影響を問うています。
記憶の種類を実体験と併せて把握し、そこから考えてみる方が解きやすいかもしれません。
身近に高齢者がいる方、介護に携わったことのある方は体験として理解できますね。
解答のポイント
記憶に関する加齢の影響を把握していること。
選択肢の解説
『①意味記憶』
知能の有名な分類として、キャッテルとホーンの「結晶性知能」「流動性知能」があります。
以前、知能についてまとめた記事がありますので、こちらもご参照ください。
ホーンとキャッテルは、結晶性知能は20歳以降も上昇し、高齢になっても安定している一方、流動性知能は10歳代後半から20歳代前半にピークを迎えた後は低下の一途を辿るとしました。
意味記憶は「言語の使用に必要な記憶であり、言語野その他の言語的シンボルやその意味やその指示対象について、それらの関係について、そしてそれらの操作に関する規則や公式やアルゴリズムについて人が保有する知識を体制化した心的辞書」です。
意味記憶は、上記の結晶性知能・流動性知能の枠組みで捉えれば結晶性知能に該当し、加齢の影響を受けにくいと考えられます。
その他、意味記憶については「70歳代後半から80歳代までほとんど減少しない」「加齢とともにむしろ増加する」などの知見が示されております。
また選択肢④の解説にもあるように、エピソードを積み重ねることで出来事に関する記憶の境界線が曖昧になってエピソード記憶自体は消え去りますが、エピソードに関連する意味記憶については積み重なって強固になっていくことが示されております。
以上より、選択肢①は適切と判断できます。
『②手続記憶』
手続的記憶は、一定の認知活動や行動の中に組み込まれている記憶であり、必ずしも言葉やイメージで伝えることができるとは限らない記憶です(自転車の運転、などがよく例として出されますね。自転車も乗馬も一度覚えれば、また乗れるとか)。
非宣言的記憶に分類され、技術の記憶という感じです。
手続記憶を「非宣言的記憶」「潜在記憶」と同義とし、その小分類として技の記憶・プライミング・古典的条件づけを配置するという分類もあり、こちらの方がメジャーかなと思います。
こうした手続記憶ですが、加齢の影響が受けにくいことで知られています。
健忘症患者とそうでない患者を比べる実験で、潜在記憶(≒手続記憶)課題では差がないが、顕在記憶では健忘症患者の成績が悪いとされています。
再認、再生の影響を受けにくいとされ、20歳から72歳までの年齢層を比較した研究でも報告されています(Schugens et al.,1997)。
若者と高齢者では、潜在記憶課題ではほとんど差がないことはどの研究でも共通しております。
よって、選択肢②は適切と判断できます。
『③展望記憶』
展望記憶とは「今より先の時点で、ある行動を起こしたり計画を実行することを覚えている記憶」を指します。
未来に関することなので、未来記憶と呼ぶ場合もあります。
「明日、手紙を投函しないと」「あと1時間後にデートの約束」みたいな記憶のことですね。
高齢者がこういった種類の記憶を忘れやすいのはイメージしやすいと思います。
一般に展望記憶は加齢によって最も影響を受けやすい記憶種であり、これを補うために日めくりカレンダーに予定を書き込むといった外的補助装置を用いるわけです。
高齢者だと、薬の飲み忘れ、スイッチの切り忘れ、ガスをつけっぱなしにして…などの問題に繋がる記憶と言えますね。
展望記憶に関する年齢群ごとの成績を調べる研究は複数あります。
ある出来事を終えたらサインするよう教示された実験で、35歳~45歳では61%ができたのに対して、70歳~80歳では25%しか行うことができませんでした。
展望記憶は、ある時間になったら、ある行為をやろうという意図の記憶である「時間ベースの展望記憶」と、A君に会ったら○○と伝えようという、ある出来事が起こったらある行為をやろうという意図の記憶である「事象ベースの展望記憶」に分けることができます。
高齢者は「事象ベースの展望記憶」の成績は悪くないが、「時間ベースの展望記憶」が不良であることが多いです。
「事象ベースの展望記憶」が、ある出来事がやるべき行動を思い出させる手がかりになるのに対して、「時間ベースの展望記憶」では外的手がかりがありません。
こうした現象は、加齢に伴う注意資源の低下のために自己開始型処理の機能が減退するためと説明されています。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
『④エピソード記憶』
エピソード記憶とは「時空間的に定位された自己の経験に関する記憶」です。
誰かと何日に何かをした、という形式を取る記憶ですね。
エピソード記憶は、積み重ねによって記憶の強度が弱まるという見解が示されております。
エピソードの繰り返し、すなわち、類似した出来事の繰り返しによって、その出来事間の区別が曖昧になるためエピソード記憶の強度は弱まります。
一方で、その出来事と関連する一般的知識は増大するとされており、これは意味記憶が増大するということになりますね(選択肢①の傍証になりますね)。
エピソード記憶は特に再生課題の成績が、加齢によって顕著に減退すると言われています。
意味記憶も、それ自体は保たれていてもTOT(tip of the tongue)現象のように検索の問題は見られますね。
上記は、加齢によってエピソード記憶が弱まることを示していると言えます。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤ワーキングメモリ』
ワーキングメモリは短期記憶の概念を発展させたもので、短期記憶が情報の貯蔵機能を重視しているのに対して、ワーキングメモリは会話、読書、計算、推理などの種々の認知機能の遂行中に情報がいかに操作され変換されるかといった情報の処理機能を重視します。
例えば、読書中に読んだ内容を長期記憶にしなくても、ある程度整合性をもちつつ展開を把握できるのはワーキングメモリのおかげです。
Baddeleyらのワーキングメモリモデルにおいて、ワーキングメモリは性質の異なるサブシステムから構成されていると考えられており、音声ループ、視・空間スケッチパッド、中枢制御部の3つのサブシステムが想定されています。
- 音声ループ:
言語的リハーサルループで、電話番号を押し終えるまで口で唱える場合に機能する。
認知課題の遂行中に言語的情報を保持しておく内なる耳の働きや、言葉を話すために準備している単語を保持しておく内なる声の働きをする。 - 視・空間スケッチパッド:
視・空間情報を保持し、それを操作する機能を持っている。視覚や空間などのイメージ情報を頭のなかで思い浮かべるときなどに利用される。
内なる目に相当するもので、バッターがピッチャーのフォームを思い浮かべてタイミングをはかる場合に機能する。 - 中枢制御部:
中枢制御部には情報を保持する機能は無いが、音声ループや視・空間スケッチパッドの情報と、長期記憶からの情報を統合し、情報の取捨選択の機能を持っている
上記のようなシステムになっているワーキングメモリですが、加齢の影響を受けやすいということがわかっています(特に中枢制御部は加齢による影響を受けやすいとされています)。
「買い物に行ったのに必要な品物を買い忘れる」、「電話したのに大切な要件を言い忘れる」などが日常で見られる事柄ですね。
ワーキングメモリは、発達段階においては、短期記憶に比較して遅くに形成されるが、加齢による影響は、より早く受けることも知られており、高齢者の記憶の低下は、記憶を保持することが困難になるのではなく、ワーキングメモリの注意制御の働きが低下することが特徴的であるという知見もあります。