公認心理師 2022-141

事例の状態を踏まえて最も適切な対応を選択する問題です。

特定の病理と、その状態について正しく見立てられることを前提としており、その前提を踏まえて適切な支援法を選択することが求められていますね。

問141 17歳の男子A、高校 2 年生。Aは、監視されているという恐怖のため登校できなくなり、母親Bに連れられて高校のカウンセリングルームの公認心理師Cのもとへ相談に訪れた。Aは、1か月ほど前から、外出すると自分が見張られており、家の中にいても外から監視されていると感じ、怖くてたまらなくなった。「見張られていること、監視されていることは間違いない」、「自分が考えていることが他者に伝わってしまう」とAは言う。Aに身体疾患はなく、薬物の乱用経験もない。Bは、「カウンセリングによってAの状態を良くしてほしい」とCに伝えた。
 この時点でのCによる対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① Aに対して支持的心理療法を開始する。
② しばらく様子を見ることをAとBに伝える。
③ Aに対して集団でのSSTへの参加を勧める。
④ 薬物療法が有効である可能性をAとBに説明する。
⑤ Bの意向を踏まえて、Aに対してカウンセリングを開始する。

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解答のポイント

事例の状態を踏まえて、最も有効性の高い支援について選択できる。

選択肢の解説

④ 薬物療法が有効である可能性をAとBに説明する。

本問ではAの疾患が何かをまずは見立てることが求められます。

「Aは、1か月ほど前から、外出すると自分が見張られており、家の中にいても外から監視されていると感じ、怖くてたまらなくなった。「見張られていること、監視されていることは間違いない」、「自分が考えていることが他者に伝わってしまう」とAは言う」という記述から、何の疾患を想定するかが重要ですね。

読めばわかる通り、まずは統合失調症の発症を疑うことが求められます。

DSM-5の診断基準を参照してみましょう。


A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。

  1. 妄想
  2. 幻覚
  3. まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
  4. ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
  5. 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)

B.障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能のレベルが病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。

C.障害の持続的な徴候が少なくとも6か月間存在する。この6か月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い期間)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:奇妙な信念、異常な知覚体験)で表されることがある。

D.統合失調感情障害と「抑うつ障害または双極性障害、精神病性の特徴を伴う」が以下のいずれかの理由で除外されている。

  1. 活動期の症状と同時に、抑うつエピソード、躁病エピソードが発症していない。
  2. 活動期の症状中に気分エピソードが発症していた場合、その活動期間の合計は、疾病の活動期および残遺期の持続期間の合計の半分に満たない。

E.その障害は、物質(例:薬物乱用、医薬品)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

F.自閉スペクトラム症や小児期発症のコミュニケーション症の病歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚や妄想が、その他の統合失調症の診断の必須症状に加え、少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い)存在する場合にのみ与えられる。


事例内の「Aに身体疾患はなく、薬物の乱用経験もない」に関しては、上記のE基準を踏まえて設けられたものであり、「統合失調症の可能性が高いですよ」という出題者からのメッセージと思ってよいでしょう。

事例の「1か月前くらいから」という点も、上記の診断基準のポイントでもありますね。

統合失調症では、その発病初期において自我境界の問題や被害的な内容の妄想などが多くなるとされています(この点は、臨床心理士資格試験でかなり前に出題されていたような…)。

例えば、聴覚過敏にもなってきますが、警戒的な意味の音に特に敏感になるという特徴があります。

遠くを走る救急車やパトカーの音、天井の軋みなどですが、これらが自分にとって聞き逃せないもの、どこか自分と関係あるものに聞こえます。

その他にも聴覚や味覚(このごはん、いつもと違う味がする。毒が入っているのではないか等)、嗅覚(焦げたような変なにおいがする等)が起こりやすく、視覚は比較的しっかりしているが、夜間および慣れぬ土地では怪異体験が起こり得ます。

事例の「見張られていること、監視されていることは間違いない」「自分が考えていることが他者に伝わってしまう」は自我漏洩体験と呼ばれることが多いものであり、こうした体験を経て、まるで外側から聞こえているかのように自分の思考を捉えてしまうと幻聴が生じやすくなります。

幻聴は自己を誹謗中傷する内容のことが多く、自分がこれからしようとする行動をピンポイントに指摘したりします(自分の心の声なので知っていて当たり前ではある)が、聞こえている本人はまるで「超越した存在」に行動を予言されているかのような恐怖心を覚えます。

上記の通り、本事例は統合失調症の発病の状況と捉えることができますが、こうした状態への支援について理解しておくことが大切です。

他の疾患にも言えることではありますが、統合失調症でも、急性期の方が慢性期よりも薬の効果が出やすいです(以下に述べる通り、急性期には陽性症状が多いし、陽性症状に薬は効きやすい)。

本事例では、いわゆる陽性症状(幻覚・妄想などのような健康な時には無かったものが現れる)が中心であり、陰性症状(自発性低下、情動の平坦化など健康なときにあったものがなくなること)の記述は見られません。

一般に陽性症状の方が陰性症状よりも薬の効果が出やすいとされていますから、本事例への対応としても薬物療法を勧めていくことを念頭に置いておくことが重要になります。

他の支援法もあり得なくはないでしょうが、本事例の状態であれば薬物療法が第一選択になるのが自然であり、母親が「カウンセリングで良くしてほしい」と述べてはいるものの、専門家としてより適切な支援法が考えられるのであれば、それを提示しないのは適切な対応とは言えませんね。

ですから、「薬物療法が有効である可能性をAとBに説明する」という対応が、やや控えめではありますが大切になってくるだろうと思います(控えめなのは、母親がカウンセリングを希望しているという前提があり、それを押し返すことになるからでしょうね)。

以上より、選択肢④が適切と判断できます。

① Aに対して支持的心理療法を開始する。
③ Aに対して集団でのSSTへの参加を勧める。

これらの選択肢に関しては、統合失調症の支援の中で行われる可能性があるものになります。

「支持的心理療法」については統合失調症にどの程度効果があるのか、直ちに示しにくい点はあるものの、少なくとも「支持的な姿勢」が求められるタイミングは少なくはありません。

なお、ロジャーズが「三条件が統合失調症に有効か否か」ということを検証したのがウィスコンシン・プロジェクトですが、純粋性だけがやや効果がありという結果であり、全体としてはあまり芳しくない結果だったようです(この期間はロジャーズにとってもなかなか厳しい時代だったようです)。

もちろん、「支持的心理療法」の枠組みはロジャーズが起源とは言え、より広い意味で捉えられるでしょうから、統合失調症の支援の中で不要な態度・方針ではないと言えるでしょう。

また、統合失調症の支援の中で集団でのSSTもよくなされる対応になります。

主にデイケアなどでの入院と社会復帰の中間地点においてなされることも多く、対人関係のスキルを身に付けるなど具体的な技術を身に付けるという形のものが多いように感じています。

もちろん、上記以外の技術の習得もあるでしょうが、いずれにせよ、慢性期の患者に対して行うことが一般的であると言えるでしょう。

このように、ここで挙げた選択肢の対応は「統合失調症の支援の中で行われる可能性があるもの」にはなりますが、本事例の陽性症状が出現していると思われる、そして、おそらくは初発のエピソードであるという状況において、優先的に選択される対応ではないと考えるのが妥当です。

より優先的に薬物療法は選択されるべきになりますから、そちらの有効性を説明するということが支援の倫理として重要になってきますね。

よって、選択肢①および選択肢③は不適切と判断できます。

② しばらく様子を見ることをAとBに伝える。
⑤ Bの意向を踏まえて、Aに対してカウンセリングを開始する。

これら二つに関しては、どういう状況であろうが採らない選択肢になります。

選択肢②については、明らかに「統合失調症の可能性」「陽性症状が出現している」という状況を理解しておらず、非常にハイリスクな対応と言えます。

統合失調症については、急性期状態になってから支援の手が入るまでの期間が短ければ短いほど、予後が良くなりやすいという指摘もありますから、「様子を見る」という対応は数か月ひどい場合には数年単位でAの予後に影響を与えてしまう恐れがあります。

心理支援において「終わり良ければ総て良し」というテーゼは成り立たず、「最初が肝心」を旨としていく必要があります(特に、本事例のように初期対応によってかなりの予後の違いが生じてくる可能性がある場合は)。

ですから、選択肢②については、見立てができていないし、対応も不適切ということであり得ない方針ということになります。

さて、選択肢⑤の「Bの意向を踏まえて、Aに対してカウンセリングを開始する」という対応ですが、おそらく多くの人は「カウンセリングを行うこともあり得るのでは」と思われると思います。

この選択肢が間違っているのはその点ではなく、前半の「Bの意向を踏まえて」という箇所になります。

支援を行っていく上では、本人や家族の意向を重視することは当然あり得るわけですが、そうした意向を踏まえて「専門家としてカウンセラーが判断した」ということが大切です。

本事例では、明らかに薬物療法の有効性の方が期待できるわけですが、どうあっても医療機関受診を拒否するということもあり得なくはないです。

ですから、本当はもっと適切な支援があるとわかりつつも対応せねばならないという事態は、実践上はいくらでも生じるわけですが、他の支援の有効性をクライエントや家族に伝達し、そうした葛藤を持ちつつカウンセリングを行うことで他機関を勧められるタイミングに気づきやすくなりますし、そういう文脈も含めて記録に残しておくということがカウンセラーの所属する機関全体を守ることにもなります。

こうした支援にまつわる判断を「カウンセラーが専門的見地から行った」ということが専門家としての役割であり、「Bの意向を踏まえて」と責任をクライエント家族に委ねるような表現は良くないわけです。

もちろん、「明らかに薬物療法が有効であるとわかっている状況だから、当機関ではカウンセリングをお受けすることはできません」というのも組織としてはあり得る対応ですが、こういうときにも柔軟に対応できるように組織として医療機関と連携するなどの仕組みが大切になってくるでしょうね。

上記のように、ここで挙げた選択肢については、専門家の在り様として引っかかるポイントが見受けられる(基本的な資質や専門家としての倫理)という点で不適切と言えます。

よって、選択肢②および選択肢⑤は不適切と判断できます。

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