公認心理師 2018追加-152

20歳の男性A、大学生の事例です。

事例の内容は以下の通りです。

  • 「誰かが自分の中に入ってくるから気持ちが悪い」と言い、半年前から大学を欠席するようになった。
  • 最近は「町中の人々が自分の命を狙っている。もう死ぬしかない」と言っていた。
  • Aは包丁で自分を刺そうとしているところを発見され、家族に連れられて来院し、即日、医療保護入院となった。
  • 1か月後、病識はないものの、症状が改善したため退院することとなった。
  • 主治医は退院後の方針についてAの家族に説明した後、公認心理師に面接を依頼した。

公認心理師が行うAの家族への説明として、適切なものを2つ選ぶ問題です。

医療保護入院は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律33条に定められている精神障害者の入院形態の1つです。
自傷他害のおそれがある場合は措置入院または緊急措置入院として強制入院となる可能性がありますが、そこまでの症状がなくても強制入院させることが必要であると判断されるときに適用される入院形態になります。
入院が必要な病態であるけれども患者本人には入院の意思がない、病態としては心配だけど自傷他害の危険はない、家族等の同意がある、といったときに選択される入院形態ですね。

解答のポイント

統合失調症の病態と、家族による支援の視点を備えた対応を考えることができること。

選択肢の解説

『①精神症状は再発することがあります』

事例の「誰かが自分の中に入ってくるから気持ちが悪い」「町中の人々が自分の命を狙っている。もう死ぬしかない」という訴えから連想する蓋然性の高い病理は統合失調症になります

そして「1か月後、病識はないものの、症状が改善したため退院することとなった」ということを踏まえると、Aが今後も自身の状態をコントロールできない可能性も考えておく必要があるでしょう。
医療の外来で統合失調症をやり通せなくなるのは、自己モニターとコントロールができなくなって、ある限度を超えた時です

そうした再発の可能性をきちんと家族にも説明し、こちらも支援者としてできる限りのことはすること、家族にも協力してほしいことがあることなどを話し合うことが大切です
間違っても「無い袖を振る」のはいけません。

再発の可能性を伝えた上で、家族が協力できることについて伝え、それをきちんと共有できるような関係性や約束を取り付けておきたいところです
例えば、サリヴァンも言っていることですが、患者が生活上の出来事と併行する身体感覚に過敏になることで、再発を予告する身体感覚の意識化が重要になります。
これは何となく嫌な感じがする、焦る感じ、などの非特異的な面に表れます。
家族は本人が気がついていない、細かな変化に先んじで捉えていることも多く、そうした面での協力について話し合うことは有効でしょう。。

家族の協力を得るためにも、Aの今後について正直に伝えること、医療者としてできることとその限界、その限界を補うためにも家族の協力があると助かること、などを誠実な態度で伝えることです
以上より、選択肢①は適切と判断できます。

『②大学に休学の手続をとってください』

大学の中にある相談体制のことを一般に学生相談と呼びますが、学生相談における常識的な認識の一つとして「病理の重さと学生生活を送ることの困難さは比例しない」ということがあります
本事例のような統合失調症は、いわゆる精神病圏の問題であり精神医学的には病理水準が重い事態だと見なせるのですが、そのことが大学生活を送る上での困難さとイコールになるわけではないということですね

むしろ種々の適応障害や対人関係の困難さを中心とした課題が大きい事例の方が、学生生活に不適応を起こす可能性が高いように感じます。
もちろん統合失調症でも対人関係上の問題を示す場合もあるのですが、大学までいくと他者との距離感を取りやすいという面で安定を保てる部分もあるのでしょう。
中井久夫先生の「世に棲む患者」ではないですが、大学にひっそりと棲むことができると安定につながることも多いのだろうと思います。

選択肢のような「休学の手続をとる」という対応は、どこか「統合失調症は大学生活が困難である」という誤った認識を背景にしていると思われます
まずはその点が不適切であると言えます。

また「大学に休学の手続をとる」ということを、公認心理師が家族への説明として行うのも適切とは思えません。
こういった本人にとって重要な判断については、本人の意志を含めて話し合うことが重要です
なぜなら、事例が示している「誰かが自分の中に入ってくるから気持ちが悪い」という訴えは、自他の境界線が曖昧になっていることが背景にあると思われ、本選択肢のような「本人にとって重要なことを、本人がいないところで決定する」という本人の境界線を侵襲するアプローチはAの境界線をより曖昧にしてしまう恐れがあります

フィンランドから入ってきたオープンダイアローグというアプローチでは、本人や家族、支援者を交えて何度もミーティングを重ねていきます。
本人と関わりのある事項について一方的に決めてしまうことはせず、その事項についての考えを話し合うこと自体を重視します。
その結果として何かしらの結論が出ることもありますが、それはダイアローグ(対話)の副産物と見なされます。

オープンダイアローグは統合失調症の急性期において優秀な治療成績を修めており、対象者を意志のある1人の人間と見なし、平等な対話の場を共にすることの重要性を示唆したアプローチと言えます。
そういった面を踏まえても、本人を抜きにした対応になる本選択肢の内容は不適切なものであることがわかります

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

『③服薬の管理は本人に任せてください』

すでに述べたように、医療保護入院では、入院が必要な病態であるけれども患者本人には入院の意思がない、病態としては心配だけど自傷他害の危険はない、家族等の同意がある、といったときに選択される入院形態になります。
すなわち、Aは入院の必要性を感じていなかったことがわかります
そして「1か月後、病識はないものの、症状が改善したため退院することとなった」とあるように、退院後にもその点に変化がなかったことが明示されています

この状態で「服薬の管理を本人に任せる」という対応は、服薬が適切になされない可能性を高めることは明白です
病識を重視しすぎるのも考え物ですが、やはり本事例の状態において自発的に適切な服薬がなされると考えるのは難しく、それは再発の可能性を高めるアプローチだと思われます。

再発を繰り返すたびに適応が悪くなるという事例は確かに存在します(そうでない事例もあるが)。
その点を踏まえても、適切に服薬がなされるような環境調整が必要になります。

薬物療法に関しては医師の領分になるのですが、公認心理師も薬物療法に関する「相談」を受けることはままあります。
もちろん、職域を超えないレベルでやり取りをすることはあって良いでしょう。

患者が薬を飲んでくれない場合について、中井久夫先生は以下を挙げています。

  1. その薬が合っていない場合、合っていても薬の圧力や不快な副作用を強く感じる場合:
    →処方する医師が考え直す。
  2. 薬をのんでいるうちは病人であると思いこんでいる場合:
    →薬は杖のようなもので今は必要だが、歩き方がしっかりしてくると自然にいらなくなると伝える。
  3. 薬一般に対する恐怖心がある場合(精神科の薬は怖いよ、癖になるよ、などと周囲から言われているなど):
    →事実でないことを告げ、どこからそう思ったか尋ねる。
  4. 薬の働きに賛成できない場合、例えば、勉強しなきゃと焦っているのに薬をのむと焦りが無くなるのを「薬はやる気をなくす」と思う場合がある:
    →そこに患者の問題があるので、そのことを話し合うチャンス。
そして中井先生は「患者が薬の作用に「賛成」すると、少量でよく効くようになる」としています。
「薬の力で患者をねじ伏せようとすると、大量の処方が必要になる」とも。
薬の作用に賛成してもらえるかどうかは、担当する支援者の腕によるところが大きいとのことです。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

『④外来通院を続けるように支援してください』

こちらも選択肢①および選択肢③で示した理由とほぼ同じであると言えます。
Aにはある程度の期間の継続的な治療が必要でありますが(選択肢①より)、病識が無いことなどから本人が意欲的に治療に臨まない可能性も考えられます(選択肢③より)

こうした場合、通院を本人任せにするのではなく、家族の協力があったほうが望ましいと言えるでしょう
外来治療を続けるための家族ができる支援は、本人や家族のこれまでのコミュニケーションパターンや、家族文化、患者の年齢等によって変わってきます。
しかしどのような場合であっても、やはり家族とは本人の治療に関して何かしらの協力体制を持っておくことが重要です

家族が本人の外来通院を支援するにあたり、本人が通院を希望しない場合もあるでしょう。
しかし、医療者や家族がその必要性を感じていると伝えること自体はマイナスになりません
もちろん、行かせようとする家族や医療者と行きたくない患者という枠組みになり、押し問答になることは良くないので、その辺の留意は必要になると思われます。

こうした家族の協力を要請するには、こちらも家族のその時々の悩みに応じられるような体制があった方がよいことは言うまでもないですね。
以上より、選択肢④は適切と判断できます。

『⑤入院前に思っていたことは妄想なので、もう考えないように説得してください』

こちらは妄想の定義がわかっていない場合の助言になります。
妄想とは、その文化において共有されない誤った確信であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、経験、検証、説得によって訂正不能であるという特徴を持ちます
選択肢の内容は「もう考えないように説得」できるという前提に立った助言と言えますから、妄想という症状についての理解が薄弱と言えますね

また、妄想について、うさんくさいもの、事実でないものであるという姿勢で患者の前に立つことは、それだけで患者の信頼を損ねます
なぜなら「妄想」は多くの医療者にとって「経験していないもの」であり(経験していても、同じものではないことは間違いない)、「経験していないもの」を否定するという居丈高な決めつけの態度は患者を意地にさせて長引かせるきっかけになってしまいます

自身が「経験していないもの」への態度を日常的な視点から考えてみることです。
たとえば「幽霊をみた」という人に対して、幽霊をみたことが無い人が「そんなのいないよ」とは言えないはずですよね(みたことが無いから「存在しない」というのは、いかにも不遜な態度です)。
「自分は見たこと無いけど、それは不思議な体験だったね」と返すのが最も誠実な態度だと言えます。
妄想に対しても同じで「それは不思議だね」「自分は経験したことが無いんだが」という感じが最も誠実な態度だと言えます。

もちろん全ての妄想に対してこのような対応が可能なわけではありません。
例えば、自傷他害の内容が含まれる妄想や、そこからアクションに移ろうとする場合などは特に。
しかし、患者に対して(症状に対して、と言ってもよい)誠実な態度を取っているか否かは、こうしたちょっとした言動に入り込んできますし、それを患者は絶対に見逃しません

上記を踏まえると、こうした妄想に関しての不適切な理解による助言を家族に行うことは、患者と家族との関係を悪化させる恐れがあり、不適切であることがわかります。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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