ある学級での現象を説明する概念を選択する問題です。
もともと活動に積極的・自主的だった→活動を点数化して競わせた→点数活動以外しなくなった、という文脈を把握し、それを説明する概念を示すことが必要となります。
問67 小学3年生のある学級では、1学期の始めから学級での様々な活動に対し積極的で自主的に取り組む様子が見られた。そこで、児童のやる気をさらに高めるために、児童が行った活動に点数をつけて競わせることが試みられた。その結果、2学期になると、次第に点数のつかない活動では、児童の自主的な取組がみられなくなり、3学期になるとさらにその傾向が顕著になった。
この現象を説明するものとして、最も適切なものを1つ選べ。
① 学級風土
② 遂行目標
③ 期待価値理論
④ ピグマリオン効果
⑤ アンダーマイニング効果
解答のポイント
事例で起こっていることを端的にまとめ、それを説明する概念を選択することができる。
選択肢の解説
① 学級風土
学校風土は、一人一人の児童生徒、教職員の感じ方であり、個人の経験に基づくものですが、個人の経験を超えた集団現象であるとされます。
National School Climate Council(Cohen, 2014)では、学校風土を「学校生活の特性と質であり、それは児童生徒・保護者・教職員の学校生活における経験に基づいている。また、規範、目標、価値観、人間関係、教えと学びの実践、組織体制を反映するものである」と定義しています。
学級風土は、大きく「防衛的風土」と「支持的風土」の2つに分けられ、前者が拒否的、攻撃的、対立的な集団関係にあるのに対して、後者は親和的、許容的、安定的な集団関係を助長し高めるとされています。
支持的風土があることによって、失敗や間違いが気持ちよく受け入れられ、どの子どもにとっても居心地が良く、学び合いのある環境になると考えられています。
当然、学級経営にあたっては支持的風土が広がることを目標にしていくことになりますね。
学級風土は、学習環境の基盤として重要であり、いじめ・暴力の予防や精神健康の向上、特別支援教育などの側面からも重要な視点とされています。
本事例では子どもたちが「もともと積極的・自主的に活動に取り組んでいた」「そこに活動を得点化するというアプローチを行った」「得点化されている行動以外しなくなってしまった」ということが生じております。
この現象を「学級風土:学校生活の特性と質について児童生徒や教職員が感じているもの」に帰するのは合理的ではありませんね。
明らかに「活動を得点化する」というアプローチを導入している以上、それによる影響と見なすのが自然であり、学級風土によると考えるのは妥当とは言えません。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 遂行目標
課題達成場面における個人のもつ目標志向性のことであり、主に有能さ(コンピテンス)への基準にかかわる信念によって規定されるのが「達成目標」です。
達成目標に関しての初期の研究は、1970年代後半から80年代初期にかけて主に、Nicholls、Dweck、Amesらによって先導されました。
- Nichollsの達成目標理論:人は達成状況で能力を高める、あるいは高い能力を示そうとする、つまり、有能さを目指すことを前提としている点がこの理論の特徴である。この理論では能力概念が2種類あり、達成目標も2つ設定されている。それは、未分化概念下で課題に取り組む状態は「課題関与」と呼ばれ、分化概念下で課題に取り組む状態は「自我関与」と呼ばれる2つである。
- Dweckの達成目標理論:Dweckは、課題達成時に失敗を経験した際、すぐにあきらめる無力感型の子どもと、あきらめずに課題に取り組み続けるマスタリー志向型の子どもがいることを見出した。Dweckは、当時優勢だった「帰属の違い」によると考えるよりも、むしろ達成状況時の目標の違い、すなわち達成目標の違いこそが、課題達成時の行動パターンの差異をもたらすと考え、理論化を行った。
この理論における達成目標には、学習目標と遂行目標の2つがあるとされていて、学習目標は、能力を伸ばすものを求めたい、何か新しいことを理解あるいは、身につけたいという目標である。遂行目標は、自分の能力に対して肯定的な評価を求めたい、能力に対する否定的な評価を避けたいという目標である。 - Ames&Archerによる統合:Ames&Archerは上記2理論の共通点に注目し、Nichollsの「課題関与」とDweckの「学習目標」を集約し「熟達目標」と名付け、Nichollsの「自我関与」とDweckの「遂行目標」を集約し「遂行目標」と名付けた。
これらをまとめると、自己の能力の向上や成長を目的とする「熟達目標」(あるいは学習目標、課題関与など)と、自分の能力に対して肯定的な評価を求めたい、能力に対する否定的な評価を避けたいという他者からの評価や結果、成績の高さを目的とする「遂行目標」(あるいは成績目標、自我関与など)との比較から、目標の型の違いによる達成行動の量や質、そして成果やパフォーマンスなどへの影響が検討されてきました。
2000年代以降、「熟達‐遂行」の次元に、人の基本的な欲求の方向性である「接近‐回避」の次元が加えられ、2×2の階層モデルが提案されました。
本事例では子どもたちが「もともと積極的・自主的に活動に取り組んでいた」「そこに活動を得点化するというアプローチを行った」「得点化されている行動以外しなくなってしまった」ということが生じております。
遂行目標は「自分の能力に対して肯定的な評価を求めたい、能力に対する否定的な評価を避けたいという他者からの評価や結果、成績の高さを目的とするもの」ですから、事例の一連の流れを説明する概念にはなり得ないことがわかりますね。
例えば、子どもたちが自ら行動しなくなったのは、得点化されていない行動をしなくなったと見なすのが自然で、遂行目標が背景にあると見なすのは無理がありますね。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 期待価値理論
期待価値理論に関しては「公認心理師 2020-85」で出題がありますね。
期待‐価値理論は、経済学やマーケティングなどにも利用される理論であり、行動の生起は目標達成への期待と目標の価値(誘因価)との関数であると仮定する諸理論の総称です。
人はその時点で可能な複数の行動のうち、目標達成の可能性の高低を考慮しつつ、最も高い価値を持った目標状態を有する行動を選択するという立場を取る考え方です。
代表的な例としては、Lewinの要求水準の理論(ある課題について過去の成績を知る人が、その課題と類似した課題で到達しようと設定する目標水準に関する理論)や、Atkinsonの達成動機づけにおける成功の主観的確率と誘因価との関係に関するモデル(人は全員「成功動機」と「失敗回避動機」を持っており、課題を前にした際に成功達成要求が失敗回避要求より強いと、その課題を乗り越えるべく挑戦していく)などが挙げられます。
また、Fishbein&Ajzenの理論では、その対象に関連する要因ごとの主観確率(期待)とその要因の価値の積を足し合わせたものと考え(「積」要は掛け算を使っているので、マイナスがあるとやる気は減退すると考える)、具体的には、低価格・扱いやすさなどのすべての製品属性ごとの当てはまる主観確率と属性の価値の積を合計していくという感じですね。
例えば、ある製品への態度であれば、要因を属性に置き換えて考えることが多いです。
低価格、扱いやすさなどすべての製品属性ごとの、当てはまる主観確率と属性の価値の積を合計したものになります。
このように期待‐価値理論は、「やる気」の出るメカニズムについて示した理論であるとも言えますね。
さて、事例を見たときに、子どもたちが「目標達成への期待」と「目標の価値」を踏まえて行動を選択したと見なせる記述は見られません。
本事例のポイントは、子どもたちが「もともと積極的・自主的に活動に取り組んでいた」「そこに活動を得点化するというアプローチを行った」「得点化されている行動以外しなくなってしまった」というところだと思われますから、これらをすべて説明する概念である必要がありますね。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ ピグマリオン効果
ピグマリオン効果については「公認心理師 2019-25」で出題がありますね。
人は他人に対するいろいろな期待を持っていますが、それを意識するか否かに関わらず、この期待が成就されるように機能することをピグマリオン効果と呼ばれています(ちなみにピグマリオンという名前は、ギリシャ神話から取ったものです)。
Rosenthalらは、教師が児童・生徒に対してもっているいろいろな期待が、彼らの学習成績を左右することを実証しました。
1964年春に教育現場での実験として、サンフランシスコの小学校においてハーバード式突発性学習能力予測テストと名づけた普通の知能テストを行い、学級担任には、今後数ヶ月の間に成績が伸びてくる学習者を割り出すための検査であると説明しました。
しかし、実際のところ検査には何の意味もなく、実験施行者は、検査の結果と関係なく無作為に選ばれた児童の名簿を学級担任に見せて、この名簿に記載されている児童が、今後数ヶ月の間に成績が伸びる児童だと伝えました。
その後、学級担任は、児童の成績が向上するという期待を込めて、その児童らを見ていたが、確かに成績が向上していったとされています。
報告論文の主張では成績が向上した原因としては、学級担任が児童らに対して、期待のこもった眼差しを向けたこと、児童らも期待されていることを意識するため、成績が向上していったと主張されています。
ちなみに、教師が高い期待を持つと、ヒントを与えたり、質問を言い換えたり、回答を待ったりするなどの行動が見られたとされています。
なお、教師が期待しないことによって学習者の成績が下がることはゴーレム効果と呼ばれています。
本事例のポイントは、子どもたちが「もともと積極的・自主的に活動に取り組んでいた」「そこに活動を得点化するというアプローチを行った」「得点化されている行動以外しなくなってしまった」というところです。
ピグマリオン効果のように「教師が期待することによって、子どもの成績が向上した」という事態は本事例には該当しませんね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ アンダーマイニング効果
アンダーマイニング効果については「公認心理師 2019-25」で出題がありますね。
一般に報酬を与えることで外発的動機づけを高めることには一定の効果があるとされています(エンハンシング効果)。
しかし、内発的動機づけの高い子どもの場合、報酬を与えることで元々あった内発的動機づけを低下させてしまうことがあります。
このように、過剰な外的報酬が内発的動機づけを低下させる現象を「アンダーマイニング効果」「過剰正当化効果」と呼びます(ちなみに、underminingは「弱体化させる」「台無しにする」という意味です)。
この効果の肝は、その人の意思で始めたことに安易な外的報酬を与えると、意欲の火が消えてしまうということです。
その人の行為が善意で内的なものなら、外的報酬よりも労いやその行為への理解を周囲が示すほうが望ましいでしょう。
当たり前のこととせずに「ありがとうね」と伝えることです(それだけでコストを抑えられるわけです)。
アンダーマイニングに関しては、Lepperらの研究が端緒かなと思います。
彼らは幼稚園児に絵を描いてもらうことにして、その中で「絵を描いたらご褒美をあげる」と約束する群、そうした約束はせずにただ絵を描いてもらう群(この2群はいずれも絵を描いた後にご褒美をあげる)、そして事前にご褒美の話もしないし、絵を描いた後も特にご褒美をあげない群の3つに分けて実験を行いました。
上記の絵描きの手続きが行われた後、自由時間に幼稚園児たちの様子を観察してみると、あらかじめご褒美を約束されて絵を描いた群では、他の群に比べて自発的に絵を描く時間が短いという結果が得られました。
事前にご褒美があると約束されたわけではなかった2番目の群の子どもたちは、自発的に絵を描く時間が短くなることはなかったようです。
したがって、事前にご褒美が約束されて何かを行うという経験をすると、その後はご褒美がなければ自発的に行動はしなくなる可能性があると示されています。
この研究が公表されるまでは、人は報酬があるとやる気が高まるという考えが主流でしたが、そうではないという結果が出て注目を集めました。
アンダーマイニング効果では、「内発的動機づけが高い状態であっても」「そこに外的報酬を与えることによって」「もともと存在していた内発的動機づけが減退する」ということが示されているわけです。
これは本事例の子どもたちが「もともと積極的・自主的に活動に取り組んでいた」「そこに活動を得点化するというアプローチを行った」「得点化されている行動以外しなくなってしまった」という状況と合致することがわかりますね。
よって、選択肢⑤が適切と判断できます。