心理学の歴史に関する問題ですね。
ヴントからの流れを理解しておくのは、資格試験では必須ですね。
この問題では、ヴント以前の流れも頭に入れておくと解きやすいかもしれません。
問4 心的過程の「全体」や「場」を重んじ、集団力学誕生の契機となった心理学の考え方として、最も適切なものを1つ選べ。
① 構成心理学
② 比較心理学
③ 行動主義心理学
④ 新行動主義心理学
⑤ ゲシュタルト心理学
解答のポイント
現在の科学的知見に基づく心理学がどのように発展してきたかを理解している。
哲学の一分野であった心理学が、そこから脱却してきた流れを説明できる(ただし、哲学を含む学問であるという観点は今もあると認識しておいてよい(と思う))。
選択肢の解説
⑤ ゲシュタルト心理学
ゲシュタルト心理学はウェルトハイマー(Wertheimer)を創始者として1910年代にドイツで生まれました。
ゲシュタルトとは「形態」「姿」を意味するドイツ語ですが、ゲシュタルト心理学では要素に還元できない、まとまりのある一つの「全体」がもつ構造特性を意味しています。
ゲシュタルト心理学は、それまでの心理学で主流だったヴントに代表される要素主義(要素の集合が全体であるという考え方)を否定し、人間は単なる要素のまとまりではない「全体性」をもつとしました。
この根拠となったのが「仮現運動」という現象で、これは例えばある2つの点が一定間隔で点滅することで、一つの点が移動しているように見える現象を指します。
もしも人間が「要素の集合体」に過ぎないのであれば、上記の現象は単なる2つの点の点滅と認識されるはずであり、現実にはない「移動」が知覚されるのは、人間が「要素に還元できない全体性を持つ」存在であるためと説明しました。
こうした知見を背景として、ウェルトハイマー、ケーラー、コフカなどのゲシュタルト心理学の代表的な人物たちは、心理現象全体が特性をそれを構成する要素に還元することができないので、1つのまとまりとしての「全体」をそのまま研究するべきだと主張したわけです。
ゲシュタルト心理学の概念は、上記の仮現運動に代表される知覚に関連したものが数多くありますが、それだけにとどまらず記憶、思考、要求と行動、集団特性等、広く心的過程一般に適用されており、特に学習心理学や社会心理学への影響が大きいです。
例えば、「全体は部分の総和とは異なる」と主張したケーラーは、チンパンジーの洞察学習を報告して、試行錯誤学習のような連合主義的な学習理論に対して異を唱えました。
ケーラーはそれ以外にも、心的現象と生理過程を対応させる心理物理同型説(ものがまとまって知覚されるのは、知覚に対応した基盤となる脳内の過程が生じるという仮説)を提唱しています。
また、レヴィンは物理における場理論を人間の行動に応用して、人々の環境における配置などが個人の行動に与える影響を論じ、グループダイナミクス(集団力学)という領域を発展させていきました。
なお、レヴィンの場理論に関しては「公認心理師 2020-85」ですでに解説されていますし、集団力学との関係に関しては「公認心理師 2018追加-4」で述べていますからチェックしておきましょう。
以上のように、問題文にある「心的過程の「全体」や「場」を重んじ、集団力学誕生の契機となった心理学の考え方」に最も合致するのはゲシュタルト心理学であることがわかりますね。
よって、選択肢⑤が最も適切であると判断できます。
① 構成心理学
構成心理学(構成主義心理学)は、ヴントの思想を受け継ぎ発展させたティチェナーが自らの立場を「構成主義」と呼んだことに由来しています。
ただ、ヴントを「要素主義」、ティチェナーを「構成主義」と呼び分けている書籍もあれば、ヴントを「構成主義(構成心理学)」と述べている書籍もあり、この辺の使い分けは微妙なところです。
ここではとりあえず、ヴントの心理学について述べ、ティチェナーとの違いを挙げておくことにします。
ヴントが1879年にライプチヒ大学において世界で最初の心理学実験室を設けたため、心理学が「科学」として見なされるようになったのはヴントが始まりとされています(正直、自然科学的な「科学」と比較すると、心理学の「理論」は自然科学における「仮説」の域を出ていないと思いますが)。
ヴントは心理学を、意識を対象とする学問として位置づけ、内観によってこの意識を構成要素に分析し、要素間の結合法則を見出すことを課題と考えました。
その結果、意識の構成要素は純粋感覚と単純感情であり、それらの複合体として意識の成り立ちを説明できると考えました。
つまり、さまざまな物質の成り立ちを分子や原子の複合体として説明する自然科学の方法を、心理学にも適用しようとしたわけですね。
ティチェナーはアメリカにおいてヴントを代弁することが多く、それ故に彼らを合わせて「構成心理学」と見なされがちですし、そういう側面はあります。
ティチェナーも、心理学の主題は意識的経験にあるとして、意識を最も単純な要素へ分解し、そのような要素が連合する法則を見出したり、その要素と生理学的条件とを結びつけたりすることが心理学の本質的問題と捉えていました。
ただし、ティチェナーは意識的経験を基本的要素へと還元することに興味があったので、ヴントの統覚へと統合(刺激の認知→弁別→反応の選択といった大系で、全体を統括するような心的過程のこと。ドイツの哲学者ヘルバルトがそう呼んでいた)していく大系に対しては反対をしていました。
こうした違いを踏まえて、ヴントを「要素主義」、ティチェナーを「構成主義(構成心理学)」と呼び分ける場合があるのでしょうね。
ただ、読んでもらえればわかる通り、かなり重なり合う部分もあるので、彼らをまとめて「構成主義(構成心理学)」と見なすのも無理ないことだろうと思います。
以上のように、問題文にある「心的過程の「全体」や「場」を重んじ、集団力学誕生の契機となった心理学の考え方」として構成心理学は合致しないことがわかります。
むしろ、こうした構成心理学への批判(人間は要素に還元できるものではなく、一つの全体性を持つものである)を基盤にしてゲシュタルト心理学が発展してきましたし、このゲシュタルト心理学の主張が問題文と合致するわけですね。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 比較心理学
先述の通り、ヴントは心理学を「科学」と捉えて実験を行ってきました。
それ以前の心理学は「科学」ではなく、「哲学」の範疇に含まれていることが多かったと言えます。
そんな中でヴントは、元々の専門だった生理学(医学部では生理学を専攻)の方法論を運用して実験を行ったという経緯があります。
こうした流れの中で、心理学は哲学から独立していったわけですが、他にも伝統的な哲学における人間観を突破する流れがあります。
その一つがダーウィンの進化論であり、ダーウィンの友人である比較解剖学者のロマーニズは、進化論的視点を人間と動物の心に当てはめて考える「比較心理学」を展開しました。
進化論以前の哲学では、人間には理性があるが動物にはないとして、人間と動物の心的能力の間には絶対的な違いを認めていました。
それに対して、ロマーニズは「動物の知能」の中で、さまざまな動物の隠れた知的能力を分析し、人間とその他の動物の知的能力には質的な違いは見られないと結論付けたのです。
こうした経緯で生まれた比較心理学は、ヒト以外の動物を対象として、心理学的な手法を用いて探求する学問として発展してきました。
なお、ここでいう「動物」とは、無脊椎動物も含めた動物界に属する生物を広義に指しています。
こうした動物との比較で考えていく面があるので「比較心理学」または「動物心理学」と称されています。
ロマーニズは逸話法と呼ばれる、動物の優れた能力を示す逸話を収集して分析するという方法を採用していました。
ただし、収集された逸話のそれぞれがどこまで信頼できるか、それをどのように解釈するかに関しては十分に分析できたとは言えませんでした。
ロマーニズの方法に対しては、モーガンがモーガンの公準(心的能力を解釈する際にはできるだけ理論を節約しながら使う。より低次の心的能力の結果として解釈できるものは、高次の心的能力の結果と解釈してはならない)を唱え、動物の心的能力の解釈は慎重に行うことを求めています。
心理学における動物行動の研究は、自然場面や実験室場面における自然観察などを中心とするエソロジーなどの行動や生態の研究、心理学において活発な研究がなされ生理学研究など他の研究分野にも大きな影響を及ぼしてきた学習や条件づけなどの研究、最近は脳研究とも相互に影響を及ぼしあいながら行動発現の機構解明に関わる生理心理学的研究などに大別されています。
これらの研究は、相互に影響を及ぼしあいながら、また進化学、遺伝学、動物学、生態学、生理学、生化学などの生物諸科学とも密接に関連しつつ発展しています。
以上のように、問題文にある「心的過程の「全体」や「場」を重んじ、集団力学誕生の契機となった心理学の考え方」として比較心理学は合致しないことがわかります。
比較心理学については、心理学が哲学から独立するにあたって、ヴントの要素主義(場合によっては構成主義)とは別の潮流として発展してきたと捉え、理解しておくことが大切ですね。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 行動主義心理学
④ 新行動主義心理学
ヴントが「意識」を対象にして、「内観」という方法を用いたのはすでに説明した通りです。
これに対して多くの批判が寄せられ、それらがまた別の学派を形成していったのが、現在の科学的知見に基づく心理学の発展の礎です。
ワトソンは、意識とそれに伴う主観的言語(つまり内観で述べられる言葉)を廃止して、心理学が科学であるのであれば客観的に観察可能な「行動」を対象とし、これを研究することが重要であると主張しました。
ワトソンのこうした立場を「行動主義」と呼び、彼は「心理学は自然科学の一分野であり、その目標は行動の予測と統制にある」と断言しています(「行動主義者のみた心理学」という論文の中で)。
ワトソンの行動主義では、行動を刺激と反応の結びつき(S-R)で考えていきますが、この発想はパヴロフの条件づけの研究によるものが大きいです(実際、ワトソンは「心理学における条件反射の位置」という講演を行っている)。
ワトソンの有名な研究としては、アルバート坊やの「恐怖条件づけ」の研究があり、これは遺伝よりも環境を重視するという環境主義的な捉え方があり、それを象徴する言葉として「私に健康な乳児を1ダース与えてくれるなら、どんな専門家にも育てることができる」というのがあります。
その後、1930年代になると次世代の行動主義者が出てきて、彼らは「新行動主義」という立場として認識されています。
新行動主義の代表者は、トールマン(認知地図の研究が有名)、ハル(動因低減説が有名)、スキナー(オペラント条件づけなどを提唱し、行動療法の発展に大きく寄与)、ガスリー(近接性の法則)になります。
行動主義では徹底した「S-R」を重視していましたが、新行動主義では操作主義(方法など、それを決定する一連の操作がしっかりしていれば、理論的用語(不安とか)も実証的用語に置き換えることができる)を取り入れ、それによって、独立変数である環境刺激と従属変数である行動の間にさまざまな「媒介変数」を導入できるとしました。
すなわち、行動主義では「S-R」だったのが、新行動主義では「S-O-R」となったわけです(Oは有機体(Organism)を示す)。
このように、行動主義そしてそれに連なる新行動主義は、ヴントの意識を対象にすること、内観を方法とすることなどへの批判を発端としています。
ヴントの要素主義的な考えを批判する形で発展したゲシュタルト心理学とは、別の潮流ということですね。
以上のように、問題文にある「心的過程の「全体」や「場」を重んじ、集団力学誕生の契機となった心理学の考え方」として行動主義心理学・新行動主義心理学は合致しないことがわかります。
よって、選択肢③および選択肢④は不適切と判断できます。