臨床心理士 初回面接:H20-36

臨床心理士資格試験問題の平成20年問題36です。
事例問題…と思わせといて、ほとんど初回面接の基本知識について問うています。
もちろん正解を導くには事例を読まねばならないのですが。

【事例B】
 青年Bさんは大学入学後から、周りの人たちとコミュニケーションがうまくとれずに悩んでいた。そのうち仲間たちとの対人関係にも問題が生じ、自分では解決できないと思い、まず母親に相談した。悩み続けているうちに、身体の調子も悪くなってしまったからである。Bさんは母親とともに医療機関にやって来た。母親はBさんの心理的、精神的な問題よりも身体の調子が心配のようで、内科を勧めたが、Bさんの意思で、まず精神科を受診したとのことであった。
 主治医から、初診後すぐ、臨床心理士に心理検査の依頼と、心理療法が可能かどうかについての見立てに関する意見を求められた。

臨床心理士が心理アセスメントも含めて、初回面接でする行為に関する記述として、もっとも適切でないものを選ぶ問題になっています。

a.主治医からは、今後心理療法の可能性があることも示唆されているため、Bさんに対して当院での臨床心理士の役割について説明する。

クライエントBには、心理療法を実施する可能性があることが示唆されております。
「まだ心理検査をして心理療法が可能という初見が得られていないから、臨床心理士の役割について説明するのは早い」という意見があるでしょうが、それは誤りです。
なぜなら、心理検査を実施するためにはその理由を説明せねばならず、そうなると「心理療法の適否を見る」という実施理由を説明することは不可欠です。

もちろん、そうなればBが「心理療法はしたくないので、検査は受けません」と言いだす可能性もありますが、「心理療法を受けたくない理由をやり取りすること自体が心理療法である」と考えて、その過程を共に歩むことが大切になります。
本事例では「自分では解決できないと思い、まず母親に相談した」とあるように、援助希求欲求や実際にそのための行動が伴っているため、心理療法を拒否する可能性は低いと言えるでしょう。

支援者が心理療法の実施を検討する場合、その中身についての説明は当然行われる必要がありますね。
その一つとして、それを実施する専門家の役割を説明することは、当然あり得ることと言えるでしょう。
いずれにせよ、本選択肢は正しいと判断できます。

ただ初心者の方は想像してほしいのですが「実際に心理療法や臨床心理士の役割をどのように伝えるか」はけっこう難しい問題です。
その主な理由は「心理療法でもたらされることの意味や価値は、事前にクライエントが知り得ることは構造的に不可能である」という事情を背景にしています。

一般に人が対価を支払って何かを得る場合、その得られる何かの価値を「対価を支払う者が事前に知っている」ということが常識とされています。
お茶を買う時には、その味や量などを大体のところ理解して購入すると思います。
ですが、心理療法の場合は、それによってもたらされる変化、その前後によって自分がどう変わるかを「本質的には事前に知ることができない」のです。

このことは例えば、精神分析の理論を踏まえてみるとわかりやすいでしょう。
無意識という「その人が自覚できないところ」を意識化するということで、問題の改善を図るわけですから、クライエントが「自分がどうなるか」を事前に知れるわけがないのです。
もちろん、明確に目標を定め、それに向かっていく心理療法も多くあります。
その場合であっても、やはり「自分がどうなっているか」を事前に知ることは本質的に不可能であることは変わりません。
それまで思いもよらなかった考え方、思考の流れ、それを身に付けた自分など、これらは「実際になってみないとわからない」ものなのです。

仮に「私は心理療法を受けるなら、そこで起こることを全て理解してからしか受けるつもりはない」という人もいるかもしれません。
その場合、私なら「今のあなたに理解できるような変化しかもたらさない心理療法ならば、別に受ける必要はないと思う」と伝えるかもしれません。
心理療法とは、今のその人の枠組みを揺さぶり、より柔軟にしていくという面が少なからずあるから、「今の枠組みで理解できる程度の変化」であれば変化していないのと同義です。

さて、結局のところ何が言いたいのか?
「クライエントに何がもたらされるのか本質的にはわからない」というのが心理療法の前提だとすると、クライエントにどのように心理療法やそれを実施する臨床心理士について説明するのか、がとても困難な命題であることがわかるでしょう。
このことを前提において、カウンセラーはクライエントに種々の説明を行っていくことになるのです。

なお、「私はカウンセラーをしています」というと、周囲からはさまざまな誤解・偏見のある質問をされると思います。
この誤解や偏見は、こうした心理療法が「事前にその価値を示すことが不可能である」という前提から生じている面も少なからずあります。
要は「何をしているかわからないし、当のカウンセラーもそれを全般的に説明することができない」ので、好き勝手なイメージを当てはめられることを甘んじて受けざるを得ないわけです。

b.初回面接は、心理アセスメントをするうえでの情報収集の場であるのと同時に、クライエントと臨床心理士との関係作りの場面でもあると考える。

こちらの選択肢は、初回面接に関する基本です。
初回面接では「情報収集」と「心理療法への動機づけを高める」ことが重要になります。
そして心理療法への動機づけを高めるためには、担当カウンセラーとの関係作りが重要になるわけです。

「初回面接者と治療面接担当者が異なる」という場合も、機関によってはあり得るでしょう。
その場合であっても「初回面接者の背景にある、臨床心理学、カウンセリング、それを実施しているカウンセラーという職種や、それを実施している機関への信頼」を高めていくということが重要になってきます。

よって、本選択肢は正しいと言えます。

c.心理アセスメントとあわせて、まず身体疾患を除外するため、内科への受診を勧める。

まず一般論からお話しましょう。
一般論で言えば、本選択肢はそう間違ったものではありません。
例えば、身体的要因が考えられる場合、他科への受診を勧めるのは当然と言えます。
「記憶がない」と言われれば、解離性障害を疑うことも重要ですが、側頭葉てんかんなどによる記憶障害の可能性もあるわけです。
面接時に、種々の状況が身体疾患の可能性を指し示しているならば、他科を勧めるべきとも言えるでしょう。
外因→内因→心因の順番で見立てていくという基本に則るならば、身体疾患という外因は真っ先に検討する必要があるのです。

また、上記以外にも他科への受診をしてもらうことを勧める場合があります。
例えば、不登校事例において、不登校児もその親も「身体の調子が悪いから学校に行けないだけ」と考えている場合、いくら心理的なアプローチをしようにも「そもそもの意見の相違」があるわけですから、心理療法の展開は期待できません。

私はそういう場合には、「私は心理的な要因があると思っていること」「しかし、身体的な要因をまずはチェックしておかないと、本腰を入れて心理療法を受けるという態度にもなりにくかろうこと」「本人が拒否しないのであれば、身体的な疾患のチェックは必要な場合もあること」などを伝えることが多いです。
事例によっては「心因的な身体の不調は、他科を受診しても問題が見当たらないことが多いこと」も事前に伝えておくかもしれません。
そういうことを伝えておくことで、「問題が見つからなかった時のどうすればいいかわからない感じ」のケアを事前に行うことができるのです。

このように、一般には身体疾患の除外のために他科への受診を勧めることはあり得ます。
ただ、本事例においては話が別です。
明確に「母親はBさんの心理的、精神的な問題よりも身体の調子が心配のようで、内科を勧めたが、Bさんの意思で、まず精神科を受診した」というBの意思が働いての精神科受診なわけです。

こうなると、Bさんの意思を無視して内科への受診を勧めると、精神科での治療自体がうまくいかなくなる可能性も出てきます。
まずはBさんのニーズに従った対応を取ることが大切になってきます。

もちろん放っておくことで手遅れになるような病なら話は別です。
しかし本事例では「悩み続けているうちに、身体の調子も悪くなってしまった」とあるように、明らかに心理的な不可から身体の問題が生じていると判断できますね。
ですから、Bさんのニーズを抜きにしても、精神科でのアプローチを優先させるのが大切になりますね。

以上より、本選択肢は誤りとなります。

d.Bさんに対して、同伴で来院している母親と同席で面接を希望するか、個別に面接するのがよいかと尋ねる。

同伴者をどう面接に組み込むか、はその臨床場面によってかなり異なってきますね。
基本は本選択肢のようにクライエント本人に聞くということになるでしょう。

ただ見落としてはいけないのは、こうやってクライエントに問いかけることには「クライエントの意思を尊重している」という姿勢を示す以上の意味があります。
大切なことは、こうした問いかけをした時に「クライエントBと母親の間でどのようなコミュニケーションが展開されるか」です。
即ち、保護者の同席を問うという働きかけによって、家族関係の査定を瞬時に行うことが可能なわけですね。

Bさんが母親に援助を求めたという点からも、Bさんと母親の関係を細やかに把握しておくことは、心理療法上も重要と言えるでしょう。
以上より、本選択肢は正しいと言えます。

e.Bさんと今後の心理検査などについての説明をしながら、Bさんのコミュニケーションの取り方について心理アセスメントを行う。

選択肢dでも記しましたが、カウンセリングにおいてあらゆる働きかけは、それが支援でもあり見立てのために必要な情報を得るための刺激でもあります。
本選択肢にあるように、心理検査の説明をするときには、単に心理検査の説明だけをするのではないのです。
併せて、その中でどのようなコミュニケーションが展開されるか、こちらの説明に対する理解度はどの程度か、疑問点を尋ねることができるか…などを見ていきます。

例えば、疑問点を尋ねることができたならば、その人は自分の問題に対して積極的に関わろうとする人である可能性が高まりますよね。
それは、カウンセリングの適用がしやすい可能性を高めますよね。
また、「自分の問題に積極的に関わる」というのは心理的問題の改善に不可欠な要素でもありますから、その人の予後をやや良好に見積もることも可能ですね。

カウンセリングで行われる一挙手一投足は、すべて何かしらの意味をもって理解する必要があると私は考えています。
漫然と関わり、何となく理解した気になっている。
そのような関わりは、専門家としてはいただけません。

後づけでも良いので、自分のかけた言葉によって、相手に何がもたらされたのか、その返答から見立てに必要な情報を得られたか、そういうことを記録としてしたためておくことが我々のような専門家には求められるのです。

以上より、本選択肢は正しいと言えます。

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