公認心理師 2020-34

感情労働に関する基本的な内容を問うていますので、勉強していればそれほど難しい問題ではありません(感情労働概念まで勉強しているかどうかが難しいところですね)。

支援者のケア、支援者のメンタルヘルスという領域に関する問題と言えますね。

問34 対人援助職のセルフケアと自己点検において重要な感情労働について、不適切なものを1つ選べ。

① 感情労働は、第三の労働形態である。

② 感情労働は、A. Hochschildによって定義された概念である。

③ 感情労働とは、職業上、自己の感情をコントロールすることが要求される労働のことである。

④ 感情労働における深層演技とは、クライエントの感情を無意識的に自分の感情として感じることである。

⑤ 感情労働における表層演技は、自らの感情とは不一致でも他者に表出する感情を望ましいものにしようとすることである。

解答のポイント

感情労働の基本的理解ができていること。

選択肢の解説

① 感情労働は、第三の労働形態である。
② 感情労働は、A. Hochschildによって定義された概念である。
③ 感情労働とは、職業上、自己の感情をコントロールすることが要求される労働のことである。

従来の労働スタイルは「ブルーカラー」「ホワイトカラー」という表現があるように、「肉体労働」と「頭脳労働」の二つに大別されるというのが一般的な考え方でした。

そんな中、感情も感情管理技術を加えることで交換価値へと「変異」させることができ、感情も労働なのだと論じ、「肉体労働」「頭脳労働」に続く第3の労働形態として「感情労働」を示したのは、社会学者のホックシールドでした。

ホックシールドは、その著書「管理する心」の中で、感情労働(Emotional Labor)を、「自分の感情を誘発したり抑制したりしながら、相手の中に適切な精神状態を作り出すために、自分の外見を維持する」努力と定義しています。

感情労働の特徴として、対面あるいは声による人との直接的な接触があること、相手の中に何らかの感情の変化を起こすこと、そして雇用主が管理体制などを通して労働者の感情管理をある程度支配することの3点を挙げています。

つまり、感情労働には、その労働を遂行する「労働者の感情」と、このような感情が向かう「相手の感情」の両方が含まれるということになります。

以上のように、感情労働とは、ホックシールドによって定義された第三の労働形態であり、「自分の感情を誘発したり抑制したりしながら、相手の中に適切な精神状態を作り出すために、自分の外見を維持する」ものです。

よって、選択肢①、選択肢②および選択肢③は適切と判断できます。

感情労働、特にケアワークを行う職種については、その賃金が安いことが示されています。

その理由を考えるときに役立つ一つの視点が「Bullshit Jobs」です。

突然亡くなった人類学者のGraeverの名著Bullshit Jobs(邦訳は「クソみたいな仕事」)では、やりがいのある仕事、本当に社会の役にたつ仕事(看護、介護、教育など)ほど給料が安く、やっている本人も役に立ってないと思う仕事ほど給与が高い傾向にあるというものです。

その典型的な3つをGraeverは「FIRE」と呼んでいました(finance:金融、insurrence:保険、realestate:不動産)。

その理由の一つをGraeverは「moral envy」(やりがいへの嫉妬)と説明しています。

やりがいのあることは楽しい、楽しいことをして金をもらうのはおかしい、という論理です。

逆に、Bullshit Jobsは、楽しくない、つまらないので、それをすることでお金をもらえるということです。

役に立たない、本人もこれは社会に何の役にも立ってない、と思ってやっている仕事は先進国で40%にものぼるという調査結果があり、それは、資本主義、官僚主義に内在する構造的な問題であるという理論展開になっています。

Bullshit Jobsの類型は以下の通りです。

  1. 太鼓持ち
    誰かの近くにいることで、その人を偉い人だと思わせるだけの仕事。大企業の受付、電話番、昔なら門番、エレベーターガール、などの仕事にその要素をみていく。
  2. 脅し屋
    雇用主のために他人を脅したり欺いたりする要素をもち、そのことに意味が感じられない仕事。
  3. 尻ぬぐい(ガムテープみたいな仕事)
    組織のなかの存在してはならない欠陥を取り繕うためだけに存在している仕事。本業で作った製品の(装置でも、プログラムでも)、不良箇所への苦情に対応する仕事で、本当は製品の不良箇所を修正するべきなのに、いろいろな理由でそれに取り組まないので、バカバカしいと思いながら、延々と客の苦情に対応し続ける仕事。
    Graeverは、たとえ話として「雨漏りがしたら、家主は本当は屋根を修理すべきである。ところがそうせずに、漏れているところの下にバケツを置いて、そのバケツの水を定期的に捨てる人を雇っている。そういう感じの仕事をガムテープみたいな仕事という」としています。
  4. 書類穴埋め人(Box ticker)
    組織が実際にはやっていないことを、やっていると主張するために存在している仕事。質問表の□にチェックを入れていくだけの仕事。たとえば健診の問診票で、睡眠は取れている、食事は美味しい…などの延々と並ぶ質問にチェックを入れていくだけの仕事。例で出てきているのは、高齢者の施設でレクリエーションを担当する女性で、本当はレクをしてあげたいのに、施設利用者にアンケートをたくさんとらねばならない(役所の指導で)。好きな活動はなんですか、今週は何回レクに参加しましたか、満足度は次のどれですか、などのように誰も読まないアンケートを大量に作って保存していく。その作業に勤務時間の半分以上を使う。アンケートは、利用者のために作られるのではなく、役所から、アンケートをするように指導されているからやっているだけ。それを誰も読まないことを、みんなが知っている。
  5. タスクマスター
    他人に仕事を割り当てるためだけに存在し、ブルシット・ジョブをつくりだす仕事。

このように見ていくと、大学にいたころはBullshit Jobsが多かったなぁと思いますね。

④ 感情労働における深層演技とは、クライエントの感情を無意識的に自分の感情として感じることである。
⑤ 感情労働における表層演技は、自らの感情とは不一致でも他者に表出する感情を望ましいものにしようとすることである。

感情労働を必要とする仕事にはその職業にふさわしい適切な感情の表出と、不適切な感情の抑制を規定するルールがあり、それを「感情規則」(Feeling Rules)と呼びます。

感情労働者は、その職の感情規則に則って感情管理を行うことが求められます。

感情管理の方法として、ホックシールドは、表層演技(Surface Acting)と深層演技(Deep Acting)という2つの方法を示しています。

表層演技は、自分の感情はそのままで、自分の外見を変えます。

例えば、内心では起こっているが、外見では笑顔を作っている場合を指します。

いわゆる面従腹背などの状態ですね。

深層演技は、自分の感情に働きかけたり、感情に結びついた状況の記憶を間接的に利用して、自分の中に呼び起こした感情を表出する。

つまり、自分自身を変えて、適切な感情を創り出すのが深層演技と言えます。

こうした感情のコントロールには大きなエネルギーを必要とします。

例えば、迷惑な患者からのナースコールに応える看護師は、怒りの感情を抱きつつも、それを外見からは消し去るようにするでしょう(これは表層演技ですね)。

ホックシールドの感情労働論は、労働者の感情管理を中心に展開しています。

これ以降、感情労働の概念はもっと広く解釈されるようになり、さまざまな対人サービス職の研究で扱われています。

なお、ホックシールドによれば、具体的には旅客機の客室乗務員をはじめとする接客業、営業職、医療職、介護職、カウンセラー、オペレーター、教職などが感情労働に含まれます。

公認心理師のような支援職も感情労働は避けて通れないものですね。

支援職は感情労働であると言えるでしょう。

上記より、選択肢④の「感情労働における深層演技とは、クライエントの感情を無意識的に自分の感情として感じることである」は、深層演技の内容として適切ではないと言えますね。

深層演技は「自分の感情に働きかけたり、感情に結びついた状況の記憶を間接的に利用して、自分の中に呼び起こした感情を表出する」ことを指します。

選択肢④の内容は「感情の境界線が曖昧になっている」という感じでしょうか。

カウンセリングでは、クライエントの感情が投げつけられることがあり(投影性同一視など)、そういう時に生じる状態と言えそうです(クライエントが怒っていて、その怒りを投げつけられて、カウンセラーの内側に怒りが生じる。つまり、この怒りはもともとはクライエントの感情であるわけですね)。

いずれにせよ、選択肢⑤は適切であり、選択肢④が不適切と判断できます。

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