認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語を選択する問題です。
どの概念も過去問で出題されていますが、しっかりと弁別できていることが大事ですね。
問97 認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語として、最も適切なものを1つ選べ。
① 作業同盟
② 治療共同体
③ 社会構成主義
④ 協同的経験主義
⑤ リフレクティング・チーム
選択肢の解説
④ 協同的経験主義
認知療法とは、認知の歪みに焦点を当て修正をしていくことで、そこに起因する症状などを軽減していく短期精神療法のひとつです。
ベックによって始められた治療法で、患者の偏った物事の捉え方(認知)を修正させ、より柔軟的で現実的な考え方や行動ができるように手助けする療法です。
うつ病などの患者は、自分や周囲、将来に対して否定的・悲観的に考えてしまうなどの考え方の癖が心に悪影響を及ぼすため、それらの考え方を軌道修正させることで症状の改善を図ります。
初期から中期のうつ病の治療に効果的だと言われていますが、恐怖症性不安障害や人格障害などにも用いられています。
患者と治療者の共同作業で行われ、患者の見方、物事の認知の仕方が本当に正しいのか検証していきます。
他の考え方ができないか一緒に考え、治療者は患者の悲観的、非現実的な見方を修正する手助けを行います。
以上からもわかる通り、認知療法の本質はクライエントの認知の歪みの是正にあります。
その是正の直接的な治療対象は「否定的自動思考」であり、上記のように当人の思考に熟慮なく入り込んでくる習慣的な思考です。
この存在によって、知らぬ間に否定的感情をもたらされ、うつ気分を生じさせると説明されています。
そのため、認知療法は主にうつ病に有効であると一般には確かめられていますが、他にもパニック障害や不安障害、統合失調症といった対象にも有効性が認められています。
そして、スキーマ、仮説、信念などと呼ばれている上位の概念が否定的自動思考の背景にあり、これらは幼児期から次第に形成されるとされ、これらの歪みも認知療法の重要な治療・予防の対象とされています。
認知では「スキーマ(深層にある信念や態度などの認知構造)→(推論の誤り)→自動思考」があり、推論の誤りは以下のものが示されています。
- 恣意的推論:証拠もないのにネガティブに
- 選択的注目:明らかなものには目もくれず、些細なネガティブに
- 過度の一般化:坊主憎けりゃ袈裟まで
- 拡大解釈と過小評価:失敗を人格全体に、成功を小さなものと思う
- 個人化・自己関係づけ:関係ないものを自分に関係すると思う
- 完全主義・二分的思考:白黒つけたい
こうした推論の誤りに対して、認知を同定・検証・修正するといった関わりや、ホームワークとして非機能的思考記録を取ってもらうなどの方法を採ることが多いです。
認知療法の治療の流れは、①クライエントを一人の人間として理解し、クライエントが直面している問題点を洗い出して治療方針を立てる、②自動思考に焦点をあて認知の歪みを修正する、③より心の奥底にあるスキーマに焦点を当てる、④治療終結、となります。
こうした作業を細やかにやっていくためにも、認知療法ではとくに、クライエントを暖かく受け入れると同時に、クライエントの考えや思いこみをカウンセラーとクライエントが一緒になって「科学者」のように検証していく協同的経験主義(collaborative empiricism)と呼ばれる関係の重要性が強調されます。
そのときにカウンセラーは、クライエントの主体性を尊重し、クライエントが自分の意見を表現しやすい雰囲気を作り出しながら、クライエントが自分で答えを見つけだしていけるような「ソクラテス的問答」と呼ばれる関わり方をすることが大切です。
以上のように、ベックが考える治療とは、患者が治療者と一緒に共同作業で問題を解決していくものであり、これを「共同経験主義」(協同的経験主義)といいます。
ですから、「認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語」は協同的経験主義であると言えますね。
よって、選択肢④が適切と判断できます。
① 作業同盟
作業同盟(治療同盟)という概念は、元々古典的な精神分析療法の中から提唱されたものです。
精神分析においては、自由連想法の中で展開されるカウンセラー‐クライエント関係の中で、自由連想法という作業(治療)を続けてゆくという契約を、双方ともに、その中で展開する転移・逆転移のマトリックスに巻き込まれることなく、履行してゆく部分を指して呼ばれる概念です。
ただし、現代においては古典的な精神分析を実施できる環境自体が少ない(つまり自由連想法という方法に対する合意という枠組みではなくなってきている)上に、一般的に行われている心理療法の中でも「作業同盟」「治療同盟」という表現を使うことも見られます。
ここでは、現在の心理療法全般で使われる「作業同盟」の意味を理解しておくようにしましょう。
現代的な意味での作業同盟とは、カウンセリングにおけるカウンセラー‐クライエント間の協働関係を指す用語であり、①カウンセラー‐クライエント両者の間におけるカウンセリングの目標に関する合意、②カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意、③両者の間に形成される情緒的絆の3要素から成ると言えます。
この3要素に関してはBordin(1979)が指摘しており、更に、CBTの効果研究における同盟を評価する尺度の作成過程でもこれら3要素が抽出されていますから、学派を超えて共通して認められている要素と言えますね。
このように、作業同盟は精神分析から出発した概念ではあるものの、多くの心理療法に共通する要素であると言えますから「認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語」として完全に誤っているかと言われればそうではありません。
ただ、「認知療法に特有の治療姿勢」というわけではないので、やはり「最も適切なもの」とは言い難いでしょう。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 治療共同体
治療共同体とは、薬物依存や精神疾患等の生きづらさ抱えた人たちがともに暮らし、回復のための平等で対話のある共同体を自分たちで創りあげ、ミーティングと役割・責任の遂行を重ねて人間性の発達を達成していくための仕組みです。
治療共同体はさまざまなモデルで世界中に広がっているため、特定の心理療法やアプローチに基づいているというよりも、そうした共同体が治療的に作用する疾患や問題を抱えた人たちに採用されてきたというイメージが近いと思います。
アルコール依存症者および薬物依存症者の日本における治療共同体は、マック(MAC:アルコール依存症者の施設)とダルク(DARC:薬物依存症者の施設)に代表されます。
MAC(メリノールアルコールセンター)は、メリノール宣教会のMeany神父によって大宮に開設され、後に東京の三ノ輪に移って「みのわマック」と称されるようになりました。
その後、覚せい剤や鎮痛薬の依存症者がDARC(Drag Addiction Rehabilitation Center)を創設しました。
MACやDARCは、従来の治療共同体にならって、回復している依存症者たちによって運営されています。
このように、治療共同体とは「薬物依存や精神疾患等の生きづらさ抱えた人たちがともに暮らし、回復のための平等で対話のある共同体を自分たちで創りあげ、ミーティングと役割・責任の遂行を重ねて人間性の発達を達成していくための仕組み」であり、本問の「認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語」とは合致しません。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 社会構成主義
⑤ リフレクティング・チーム
社会構成主義では「現実は社会的過程、すなわち言語的な相互交流の過程の中に構築される」という考え方が基本です。
1980年代中ごろにGergenによって心理療法領域に提起され、その後、主に家族療法の領域で注目されるようになってきました。
Andersonらは「人の行為は社会的な構成作業と対話を通して作り出される現実のなかで営まれる、という見方に現在のわれわれは立っている」とし、社会構成主義的立場に立ったアプローチについて示しています。
この見方では、人は他者とともに作り上げた物語的な現実によって自らの経験に意味とまとまりを与え、そうして構成された現実を通して自らの人生を理解し生きることになります。
こうした立場に関しては、次のような諸前提に基礎を置いています。
ちょっと長いですけど、Anderson&Goolishianの重要なまとめなので、しっかりと把握しておきましょう。
- 人が関与するシステムは、言葉を作り出し、同時に意味を作り出すシステムである。人が関わる全てのシステムは言語的なシステムであり、外部の「客観的」観察者よりも、そこに参与する人々によってもっとも的確に表現される。
治療的システムとはこのような言語的システムを指す。 - 意味と理解は人々の間で構成される。コミュニケーションによって初めて意味や理解に到達しそれらを入手する。
治療的システムとは、コミュニケーションが対話的な交流という形式を採ることが、特別に意義を持つシステムである。 - 治療システムは、「問題」をめぐる対話によって結びついたものである。このシステムが発展させていく言語や意味はそのシステムに固有のものであり、その組織に沿ったものであり、同時に「問題を解決しないことに関わる」ものである。
即ち、治療的システムとは、問題を編成し問題を解決しないシステムを指す。 - セラピーとは、治療的会話と呼ばれるもののなかで起こる言語的な出来事である。治療的会話は、対話を通じてのお互い同士の探索であり、相互交流のなかで、アイデアの交換を通じて今までとは異なる新しい意味を発展させ、問題を正面から「解決せずに解消する」方向へと向かう。
即ち、それは、治療システムを解消することであり、問題を編成し問題を解決せずに解消するシステムである。 - セラピストの役割は会話や対話を建築することであり、その専門性は対話の空間を押し広げ、対話を促進する点にある。
セラピストは治療的会話の参与観察者であり参与促進者である。 - セラピストは、会話的で治療的な質問を用いて、セラピーという芸術を実践する。
この達成のため、セラピストは、マニュアル的な質問や特定の回答を求める質問ではなく、「無知」の姿勢で質問するという専門性を発揮する。 - セラピーで扱われる問題は、我々の主体性や自由の感覚を損なうような形で表現された物語である。問題とは、自分で適切な行為ができそうもない事態に対して異議を唱えるものである。
それゆえ、問題は言葉の中に宿り、その意味が引き出されてくる物語の文脈に固有のものとなる。 - セラピーにおける変化とは、新しい物語を対話によって創造することであり、それゆえ、新たな主体となる機会を拡げることである。物語が変化をもたらす力を持つのは、人生の出来事を今までと異なる新しい意味の文脈へと関係づけるからである。
人は、他者との会話によって育まれる物語的アイデンティティのなかで、そして、それを通して生きる。自己は常に変化し続けており、それゆえ、治療者の技能とは、このプロセスに参加する能力を意味する。
このように、社会構成主義の立場では、その人のストーリーは常に変化し進化するものと考え、対話に基礎を置くことを重視しています。
こうした社会構成主義に基づいたアプローチとして、ナラティブ・セラピーやオープンダイアローグなどが挙げられます。
オープンダイアローグでは「リフレクティング(プロセス)」を重視しますが、これは面接を受けていた者が、「その面接を観察していた者」の会話を逆に観察するという仕掛けのことを指します。
「観察者を観察する」(リフレクト)というステップが、直接の面接では得られなかった新たな気づきをもたらすとされています。
要するに「自分についての噂話を聞く」という構造であり、良性の陰口を聞くというイメージが近いかもしれません(人が陰で語っていることは本心であるという感覚を逆手に取った技術でもあります。スクールカウンセリングでは「〇〇さんが、あなたのことを良いなって言ってたよ」という感じで使うことが多いですね)。
このリフレクティングプロセスは、トム・アンデルセンによって生み出され、その基本的な枠組みをミラノ派家族療法から引き継いでいますが、ミラノ派との違いは、チームのリフレクションがクライエントに公開される点、専門家がクライエント抜きで協議を行わない点、介入の段階を特別に設けていない点が挙げられます。
このリフレクティングプロセスを実施するチームのことを「リフレクティング・チーム」と呼び、クライエントに対し数名(2~4名くらいが多いかな?)が存在します。
クライエントが話し、その話をチームメンバーが聞き、明確化の質問を行った上で、リフレクティング・チームでの話し合いをクライエントが聞いているという状況を作るわけですね。
以上のように、社会構成主義、そこから派生するアプローチ、その中に含まれるリフレクティング・チームというあり様は、本問の「認知療法におけるセラピストの治療姿勢を表す用語」と合致するものではありません。
よって、選択肢③および選択肢⑤は不適切と判断できます。