公認心理師 2022-63

Bordinの作業同盟に基づいた事例の対応を選択する問題です。

「主訴と異なる(ように見える)話題」へのカウンセリングでの認識の仕方および対応に関する理解が問われています。

問63 45歳の女性A、小学4年生の男児Bの母親。Aは、Bの不登校について、教育センターで教育相談を担当している公認心理師Cに相談に訪れた。親子並行面接の親面接において、AはBについて少ししか話さず、結婚以来、夫から受けてきたひどい扱いについて軽い調子で話すことが多かった。Cは、夫との関係でAが傷ついてきたものと推察しながらも、Aの軽い話ぶりに調子を合わせて話を聞き続けていた。そのうちにCはAとの面接を負担に感じるようになった。
 E.S.Bordinの作業同盟(治療同盟)の概念に基づいた、CのAへの対応方針として、最も適切なものを1つ選べ。
① Cを夫に見立てて、夫に言いたいことを口に出してみるロールプレイを提案する。
② C自身が、面接を負担に思う自らの気持ちを逆転移と自覚し、その気持ちを重視する。
③ ここに相談に来ることでどんなことが違ってきたら良いと思うかを尋ね、目標について話し合う。
④ 親子並行面接であることを踏まえ、Bへの関わり方を話題の焦点とし、話が他に逸れても戻すようにする。
⑤ Aが話している内容と、その様子が不調和であることを取り上げ、感情体験についての防衛への気づきを促す。

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解答のポイント

カウンセリングで「主訴と異なる話題」をどのように捉えるかに関する理解がある。

選択肢の解説

③ ここに相談に来ることでどんなことが違ってきたら良いと思うかを尋ね、目標について話し合う。

作業同盟とは、カウンセリングにおけるカウンセラー‐クライエント間の協働関係を指す用語であり、①カウンセラー‐クライエント両者の間におけるカウンセリングの目標に関する合意、②カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意、③両者の間に形成される情緒的絆の3要素から成ると言えます。

この3要素に関してはBordin(1979)が指摘しており、更に、CBTの効果研究における同盟を評価する尺度の作成過程でもこれら3要素が抽出されていますから、学派を超えて共通して認められている要素と言えますね。

事例の状況では様々なアプローチがあり得るわけですが、本問で求められているのは上記のBordinの作業同盟(治療同盟)に基づいたアプローチを選択するものです。

「子どもの不登校について相談に来ている」という状況ですから、一般的にはカウンセリングの目標は子どもの不登校の改善にあるわけですが、クライエントが話しているのは夫との関係についてですね。

こうした状況において「①カウンセラー‐クライエント両者の間におけるカウンセリングの目標に関する合意、②カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意、③両者の間に形成される情緒的絆」という概念に基づいた対応となると、概念の①を踏まえた本選択肢の「目標について話し合う」ということになるわけです。

あまり機械的に捉えてもらっても困るので補足しておきますが、本事例のような状況において大切なのは「クライエントの語ることが一見して来談の動機と結びついているように見えなくても、それは無意識下では連動しているかもしれない」という認識をもって、クライエントの話に耳を傾けることです。

そして、カウンセラーとして熟練してくるほどに「一見して関連が無いように見えることでも、無意識という地下水脈ではつながっている」という感覚を得やすく、すなわち、本選択肢のような対応を取る必要もないことが多いのです。

本事例を使って非常に単純化して述べると、夫との関係で傷ついていて、しかもそれを軽い話しぶりで述べるということは、クライエントは自身の辛い感情体験を押し殺す癖が付いている可能性がありますね。

そして、そうした自身の辛さに対して麻痺せざるを得ないような日常を送っていると、今度は「他者の辛さに対する鈍感さ」が出てくることになります。

その「他者の辛さに対する鈍感さ」が、子どもとの関わりに影を落とし、具体的には子どもの辛さや大変さに対して無関心になり、そうした苦しさを子どもが自分の精神世界だけで抱えることになり、結果として不登校という形でバランスの崩壊が生じたと見ることもできます。

こうした見立てができていると、クライエントの話に対して「不登校と関連した話」「不登校を改善するためには欠かせない話」として耳を傾けることがしやすくなりますし、そういうスタンスでいるとカウンセラーの話の返し方、注目するポイント、頷きの頻度や強さなどが変わってきて、それがクライエントから何かしらの反応を引き出すことに繋がっていきます。

ですから、本選択肢のような対応は、初心者向けのアプローチであり、熟練するにつれていずれ必要がなくなるものではないかというのが私の意見です。

だからと言って不要というわけではなく、こうしたアプローチを丁寧に行っていくことで、徐々に「無意識という地下水脈でのつながり」を捉えるセンスが向上すると思いますから、「不要になるためにきちんと行わなければならない技術」という感じかなと思います。

ちなみに私が面接をしているカウンセラーならば、上記のような見立てをかなり早期(多分、夫からひどい扱いを受けてきたと軽い調子で話した一番最初の面接の時点で)に伝え、「あなたにとってその話をすることは大切なのだと思う」「あなたの辛さを押し込めるというパターンが改善すると良いなと思うけど、それはあなたが夫との関係で辛さを感じてしまうということだから、あなたを守ってきた辛さを押し込めるというパターンを変えてしまっていいものか、という迷いが私にはある」「だから、困ったな、どうしようかなと思うんですよね」という感じの声掛けをするだろうと思います。

もちろん、あくまでも上記のような言葉が通ると判断すればの話ですけどね。

括弧書きで述べた「夫からひどい扱いを受けてきたと軽い調子で話した一番最初の面接の時点」で見立てを伝える、ということについて早すぎるという意見もあろうかと思いますが、それはこうした見立てを伝えることによって生じるクライエントの衝撃の大きさと、カウンセラーをはじめとした周囲のクライエントを支える器の大きさとの関連で考えるべきことだろうと思います。

私の感覚では「クライエントの語りに対して、即座に適切なアプローチ(クライエント自身が気づいていない、問題に対するストーリーの提示)を採ることができるということ自体が、クライエントからの信頼を得て支える力になる」という印象を持っているので、上記のような対応を取ることが多いですね。

参考までに。

このように、Bordinの作業同盟の概念に基づいた対応としては、カウンセリングの目標について話し合うというアプローチになります。

よって、選択肢③が適切と判断できます。

② C自身が、面接を負担に思う自らの気持ちを逆転移と自覚し、その気持ちを重視する。
⑤ Aが話している内容と、その様子が不調和であることを取り上げ、感情体験についての防衛への気づきを促す。

さて、この問題にはいくつかのエラーパターンが想定され、それは以下の通りです。

  1. 事例の対応としては正しいけど、Bordinの作業同盟の概念に基づいた対応ではない。
  2. 事例の対応として正しくない上に、Bordinの作業同盟の概念にも基づいていない。

ここで挙げた2つの選択肢は上記の1に該当するものになります。

一つずつみていきましょうね。

まず選択肢②の「C自身が、面接を負担に思う自らの気持ちを逆転移と自覚し、その気持ちを重視する」についてです。

逆転移とは、カウンセラーがクライエントに向ける様々な感情体験であるとざっくりと理解しておけばよいでしょう。

歴史的に見れば逆転移は、もともと治療を邪魔するものとして捉えられていましたが、現在では逆転移を通してクライエントを理解することが重要視されています。

特に逆転移をカウンセリングに活かす理論として有名なのがBionのコンテインであり(「公認心理師 2019-18」を参照にしてください)、つまり、クライエントから投げ込まれた感情が逆転移としてカウンセラーに生じるので、それを認識し、クライエントが受け取れる形で戻し返すという技術です。

逆転移を活かしてクライエントを理解し、治療に役立てていくわけですから、カウンセラーは逆転移が陽性のもの(ポジティブな感情)であれ陰性のもの(ネガティブな感情)であれ認識し、その出所を自身の生育歴もしくはクライエントの特徴などと絡めて探っておくことが仕事であると言えます。

本事例において「面接を負担に思う気持ち」を逆転移と見なすかは意見が分かれるところかもしれませんが(逆転移を誰の考えに基づいて定義づけるかで変わってしまう)、一応は逆転移と見なすとなると、逆転移感情をクライエント支援に役立てる形にするのがカウンセラーの役割と言えます。

ですが、それはあくまでも本事例における心理療法のアプローチとしての話であって、決してBordinの作業同盟の概念に基づいた対応ということになっていませんから、心理療法としては適切でも本問の正答としては不適切ということになります。

さて、同じく選択肢⑤の「Aが話している内容と、その様子が不調和であることを取り上げ、感情体験についての防衛への気づきを促す」について見ていきましょう。

前述の通り、クライエントは夫との関係で生じる不穏感情を「遠ざける=解離」という手法を以って自我を守っていると言えます。

選択肢⑤は「夫から受けてきたひどい扱い」を「軽い調子で話す」という矛盾を取り上げて、クライエントの防衛=解離への気づきを促していくというアプローチになるわけです。

もちろんこのアプローチを行っていくのは「防衛をするには、それをしないと精神生活が成り立たないような状況がある」という前提をどう扱って対応していくかというテーマと不可分ではあり、すなわち、クライエントの自我がこうしたアプローチに耐えられるのかという見立てが重要になります。

その辺に関する判断材料は事例には無いのでこのアプローチが適切か否かについては判断できないわけですが、とりあえず心理療法のアプローチとして選択肢⑤の内容はあり得るということになります。

ですが、Bordinの作業同盟の概念に基づいた対応ということになっていませんから、心理療法としては適切でも本問の正答としては不適切ということになります。

このように、ここで挙げた選択肢は両方とも「心理療法のアプローチとしてはあり得る」けれど、本問で求められている「Bordinの作業同盟の概念に基づいた対応」ではないと言えますね。

よって、選択肢②および選択肢⑤は不適切と判断できます。

① Cを夫に見立てて、夫に言いたいことを口に出してみるロールプレイを提案する。

こちらの選択肢に関しては、前述のいずれのエラーパターンになるかというと、ちょっと複雑ですが2になります。

まずBordinの作業同盟の概念(①カウンセラー‐クライエント両者の間におけるカウンセリングの目標に関する合意、②カウンセリングにおける課題(カウンセリングにおいて行われる事柄)についての合意、③両者の間に形成される情緒的絆)に基づいた対応ではないことはわかると思います。

その時点で不適切と判断できるわけですが、もう少し突っ込んで「こういう対応があり得るのか?」を考えていきましょう。

本選択肢の対応は、事例の状況で採用されることはないと考えられます。

その理由として最も大きいのが、Bordinの作業同盟と絡む話ですが、「子どもの不登校という主訴で来談したクライエントに対して行われることではない」ということなんですね。

その前段階で「夫との関係やそれに基づく感情体験の整理が、子どもの不登校の改善と絡んでいる」という合意ができていれば、本選択肢の対応はあり得るわけですが、そうした合意なしで行われるのはあり得ないわけです。

そのように述べると選択肢②や選択肢⑤はどうなのか、という疑問が出てくると思います。

まず選択肢②に関しては、その逆転移感情の探索から治療構造のテーマやクライエントの「地下水脈」に辿り着く可能性があるので、事例の状況でも行われる可能性があると考えられます。

選択肢⑤については意見が分かれるかもしれませんが、私は「語る内容と語り口の矛盾」をやり取りすることで「子どもの不登校」と関連させてやり取りしていくことが可能だと考えています。

上記でも述べましたが、「そのように辛さを抑える生活をしていると、他者の辛さを認識しづらくなる」「懸念なのが、子どもとの関わりでその傾向が出ていないかです」といった形で繋げていくことができるわけですね。

ですから、選択肢②・選択肢⑤と選択肢①はちょっとエラーパターンが違うという認識でおり、わざわざ解説を分けているということですね。

以上より、カウンセラーを夫に見立てさせて、言いたいことをロールプレイ的に行っていくという手法は、この事例の段階では「手順違い」であることが明白です。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

④ 親子並行面接であることを踏まえ、Bへの関わり方を話題の焦点とし、話が他に逸れても戻すようにする。

こちらの対応に関しては、いろいろと問題があるので一つひとつ見ていくことにしましょう。

まずは「水面下の鍔迫り合い」になっているのがいただけません。

どういうことかというと、カウンセラー側は「親子並行面接である」という認識での関わりを貫き、クライエントは「何かのニーズがあって夫との関係を話している」という状態なわけですから、やり取りはしていてもすれ違っており、それぞれが自身の方向性を押し付け合っているという状況なわけです。

当然、クライエントにそれを修正する義務はないですから(なお、力のあるクライエントはこういう修正をそれとなくしてくれており、未熟なカウンセラーが助かっているということが少なくありません)、これはカウンセラーがきちんとこのすれ違いについて何らかのアプローチを行っていくことが肝要になります。

そうした点から、まずはいただけないということになりますね。

もう一つは、他の選択肢の解説でも述べましたが、クライエントが夫との関係について語るのは「何らかのニーズがあるから」であり、そもそも子どもの不登校という主訴とズレた話題であるとは一概に言えない(地下水脈でつながっている)という可能性を無視しているのが本選択肢の対応になるんです。

もしも、クライエントの話題が地下水脈でつながっているにも関わらず、カウンセラーが「親子並行面接だから、Bへの関わり方を話題の焦点とする」という対応を取ると、クライエントの無意識はカウンセラーに落第の評価を下すことになります。

世の中にある中断の原型の一つであり、この手の失敗はSVなどを通して認識・修正していくことがしやすいだろうと思いますね。

そもそもカウンセリングにおいて「話が逸れても戻す」というのは大切な技術ではありますが、先述の通り、これは「地下水脈でのつながり」がないと判断されたときに行われるものですね。

本事例ではそこまでズレた内容とは思えない以上、やはり技術的にも行われるべきではないと考えてよいでしょう。

以上より、本選択肢の対応は様々な側面から見て行われることがないと言えます。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

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