公認心理師 2021-9

ロジャーズのパーソナリティ理論に関する問題です。

ロジャーズの理論では受容・共感・一致などが有名どころですが、自己理論ではロジャーズが人間をどのように捉えているのか、についてが示されています。

問9 C.R.Rogersのパーソナリティ理論の特徴として、最も適切なものを1つ選べ。
① 自己概念を扱う。
② 精神‐性発達を扱う。
③ パーソナリティ特性を5因子で捉えている。
④ リビドーに向かう方向で内向型と外向型に分類している。
⑤ パーソナリティ特性を外向‐内向と神経症傾向という2軸で捉えている。

解答のポイント

ロジャーズの人格理論の概略を理解している。

各概念を提出した人物と、その概念の概略を理解している。

選択肢の解説

① 自己概念を扱う。

多くの心理療法は、創始者が「人格理論」を提唱し、それに基づく「治療理論」が続くことになります。

「人格理論」とは、人間とはどういう存在であるか、人間の心はどのような仕組みになっているのか、といった「人間に関する理論」であり、それに従って精神病理や心の不調を説明し、そこにどうアプローチするかを「治療理論」の中で示していくのが一般的です(行動療法のように、人間理論を持たず、方法の集合体であるという精神療法も存在しますが)。

そして、本選択肢の自己概念とは、ロジャーズのパーソナリティ理論(人格理論)になります。

ここではロジャーズの自己理論について簡単に説明しておきましょう。

ロジャーズは「パーソナリティと行動についての一理論」の中で、パーソナリティを図式的に説明しています。

このように、全体的パーソナリティは、自己構造と経験から成り立っています。

自己概念(あるいはその総体としての自己構造)の円は、個人の特性や関係についての定型化された知覚を、それらの知覚と結びついているいろいろの価値とともに示すもので、これは意識化が可能です。

経験の円は、感覚的・内臓的経験の直接の場を表します。

それはすべての感覚様式を通して、個人によって経験される一切を表しており、これはある一つの流動的な変化している場となります。

それぞれの領域に関しては以下の通りです。

  • 第Ⅰ領域:現象の場のこの部分では、自己概念及び関係の中の自己の概念は、感覚的・内臓的経験によって供給される証拠と調和・一致しています。
  • 第Ⅱ領域:この領域は、社会的もしくはその他の経験が象徴化されるにあたって歪曲され、その個人自身の経験の一部として知覚される現象の場の部分を表すものです。
  • 第Ⅲ領域:この領域には、自己構造と矛盾対立するが故に、意識することを否認されているような感覚的・内臓的経験があります。

こちらのサイトの図がわかりやすかったです。

この理論での不適応状態とは、有機体が重要な経験を意識することを拒否したり、あるいは歪曲して意識するために、その経験は正確に象徴化されず、また自己構造のゲシュタルトに体制化されないで、結局、自己と経験の不一致を生じさせた状態を指します。

その上で「自己の構造にとって本来的にまったくどんな脅威もないような一定の条件下では、自己の構造と一致しない体験が次第に認知され、検討されるようになり、そして自己の構造はこうした体験を取り入れ、包含するように修正されていく」としており、カウンセリングやサイコセラピーにおける受容的で共感的な関係の意義が定式化されています。

以上がロジャーズの自己理論の概略です。

自己概念は本問の「C.R.Rogersのパーソナリティ理論の特徴」であることがわかりますね。

よって、選択肢①が適切と判断できます。

② 精神‐性発達を扱う。

本選択肢は、精神分析での概念であり、イドに発する本能的欲求がどのような発達を遂げるか、またそれと自我の発達成長との間にいかなる関係があるかを示したものです。

精神性発達は、通常、口唇期、肛門期、男根期(エディプス期)、性器期の4段階に区別されます。

この区別が身体部位によってなされるのは、本能的欲求の発現の山がこの順序で推移することを示しています(これらの身体部位を総称して「発情帯」と呼びます)。

以下では、各期に分けて解説していきましょう。

【口唇期】

いわゆる「乳児期」の初めに相当する時期であり、乳を吸う活動を中核として身心が発達する、だいたい生後1年半までの時期であると考えてよいです。

乳を吸うのは栄養補給の他に、呼吸運動(乳を吸うのがうまくなると、反射的に呼吸運動も調整される)、聴覚視覚の発達(授乳に伴う母親の愛撫が重要とされている)などが挙げられます。

また、授乳の際におなかがいっぱいになっていても乳をくわえたまま過ごすようになりますが、これは口唇の感覚的快感を楽しんでいると解されます(キスが心地良いのは、ここら辺からくるという考え方ですね。相手によるがな!ですけど)。

授乳の際に母親に向けて微笑をするのは、母親との基本的信頼感の成立のしるしであるとされ、この相互性は以後の発達段階がうまくいくために欠かせないものと考えられています。

こうした信頼関係が損なわれることで、人間世界に対する不信の種が生涯の初めでまかれることになるとされています。

もちろん、こうした授乳を巡ってそこまでのことを言ってよいのかという反論は私たちが生まれる前からなされており、事実、基本的信頼感の形成は授乳を通してのみ行われるものではありません。

あくまでも、精神性発達における「口唇期」の役割としての記述として理解しておくことが必要ですし、一方でやはり授乳体験によって得られる体験は計り知れないほど大きい可能性も頭のどこかに入れておくことが大切ですね(様々な事情で授乳できない場面もありますから、そういう時にはそれをリカバリーする関わりを母親に助言するのが臨床家の役割ですね)。

さて、この時期の母子間には様々な危機が訪れます。

わかりやすいのが歯の生え初めで、赤ちゃんは乳房を噛むことがあり、母親もそれに対して拒否の感情が出てくるのは無理からぬことです。

ただし、その拒否が生活全般にわたったり、恒常的に乳児につれなくあたると、乳児はその憤りを火のつくように泣くなどして表現しますが、これは母親に向けている怒りではありません。

乳児の精神発達では、まだ乳児と母親の区別がついていないため、自分の悲惨は誰のせいにすることもできず、結果として自らに向けるという説明がなされます。

虐待された子どもにもよく見られることですが、「自分が悪い」という基本マインドをこの時期に経験していくことになるということですね。

こうした不幸が最小限で済み、基本的信頼感の育ちによって乳児は自ら母親の乳房を手放すということが可能になるわけですね。

基本的信頼感が成立していない場合、離乳は関係をさらに悪化させるという結果を招くことがありますが、乳児の場合はそれが精神状態よりも身体症状や消化不良などで示されることが多く、この事実の認識は精神分析が小児科学に成した大きな貢献の一つと言えます。

また、この時期の攻撃本能の説明としては、乳房をくわえて離さないことや噛むことで現れるとされており、上記の通り攻撃性はいったん内側に向かいますが、攻撃性がその後外に向かう場合を「口唇期加虐性」と呼び(怒った子どもが周囲を噛むなどの行為がそれです)、内に向かう場合を「口唇期被虐性」と呼びます。

いわゆる「歯ぎしりして悔しがる(口惜しがる)」という言葉には、こうした加虐性と被虐性の両方が含まれているとされていますね。

以上のように、口唇期の性本能は、乳房を口に含む際の感覚的快感の追求として現れるとされています。

この時期の発達を自我の見地から述べると、「受ける」と「取る」の経験の習得です。

これは「甘え」の経験と併せて理解することが重要で、受身的に相手に甘えさせてもらう(受ける)ことと、甘えられる相手から何らかの感化を受け取る(取る)ことが中核です。

自分の欲求がきちんと受け取ってもらえるという言葉以前の実感とも絡む体験であり、これが正常になされないと「受け取ってもらえない不安(甘えられない不安)」が根付くことになります。

このことを少し日常的な例で考えてみましょう。

奥さんが皿洗いをしていて、旦那さんに洗ってほしいと思ったとしますが、どうせ言っても洗ってくれないと考えて言わないでいたという状況があったとします。

この相手に皿を洗ってほしいと思うのは突き詰めれば「甘えの感情」であり、それ自体は不自然なものではありませんが、厄介なのがこの奥さんの精神内では、自分が「洗って」と甘えていないにも関わらず、「甘えさせてもらえなかった(言ったのに洗ってもらえなかった)」と同等の感情体験が生じることになります。

現実には旦那さんは何も言われていないにも関わらず、奥さんの精神内では「言っても洗ってくれない人(甘えさせてくれない人)」というストーリーができて、これが次の甘えの抑制という形になっていくという悪循環を生むわけです。

ちなみに、面倒くさい人が時々いう「察してほしかった」という文句の本質は「私の甘えは出さないけど(出したときに受け取ってもらえないのが苦しいから)、私の甘えは受け取ってほしい」というなかなか困難な要求なわけです。

これを幼少期から繰り返すことで「人は甘えさせてくれない=人は助けてくれない」という認識が深く根付くことになってしまうのです。

こうした甘えを巡るあれこれの根っこが口唇を介して生じやすいのが、この時期の特徴と言えるでしょう。

それ以外にも、この時期に偏った性格形成(いわゆる「固着」)は、口唇性格と呼ばれる傾向を示すとされ、それはもっぱら甘えることに偏り、要求がましい性格を指します。

その他、話し好き・おしゃべり、極端な美食家、異常性欲の一種である口淫などもこの時期の影響であると、精神分析では考えます。

【肛門期】

この時期は大小便の躾の時期に相当し、口唇期の後半に属する生後8か月ごろより3~4歳までの間を指します。

生後1年の後半に、肛門や尿道の括約筋を支配する神経が完成することによって躾が可能になり、それと並行して新たな本能的欲求の山が現れるとともに自我の発達も一段進むということですね。

括約筋の発達は、①大小便をためて外部に出ないようにしまっておく、②適当な時期、適切な場所でこれらを輩出する、という働きに寄与します。

この大小便の保持・排出を幼児は楽しんでいる面(初めて自分の内から出したものであり、それは両親への贈り物にもなる。事実、最初にトイレで出来たときには多くの親は喜びますね)も確かにありますが、口唇期での愛着関係がうまくいっていないと「自分のものを管理しようとする親」となってしまう恐れもあります。

愛着関係がうまくいっていれば、上記の括弧書きのように、親の愛情に応えるように保持・排出を行い、親はこれに賞賛を送ることで、幼い心に「誇り」を芽生えさせることに成功します。

大小便の経験は、言い換えるなら「自律」の経験であり、これをうまく育てる機会も多い一方で、阻害する刺激も多いのがこの肛門期の特徴で、併せて「疑惑」や「恥」を経験することにもなるわけです。

なお、「甘え」との関連で言えば、それまでの「受ける」「取る」だけでなく「与える」ことがこの時期には出てくることになるわけで(便は贈り物だから)、うまくいっていない親子関係では便をトイレ以外で出して汚すという行為が出やすくなります(これを肛門期加虐性と呼びます)。

こうした時期が自我の発達が性格に与える影響としては、ケチ(便をため込む)とか、その反対として締まりのなさ、だらしなさ、なども挙げられ、主に金銭を代表するような場面で言われることが多く、フロイトは倹約・几帳面・頑固の性格特徴が同一人物に備わることを「肛門性格」と呼んでいます(「あいつはケツの穴が小さい」といった表現も、この時期に相当するものからきている)。

その他にも、土居先生は「すまない(大小が済んでいない)」「こだわる」「意地っ張り」「意固地」「気を回す」「後ろめたい」などもこの時期と関連があると考えていますね。

こちらは土居先生の代表作ですが、読んでいない人には「読もうよ…」とつい言ってしまいます。

【男根期(エディプス期)】

この時期は肛門期の終わりである3~4歳のころに発して6~7歳に至る間を指します。

このころの幼児は性の区別に目覚めるようになります。

性の区別と言っても、男性器に興味の中心があり、女性器については「陰茎がない」といった程度の認識になるので、この時期を称して「男根期」と呼ぶわけです(7歳の我が子と連想ゲームをしていたら「女の人」→「ちんちんがない」と言っていました。こういうことですね)。

この時期に特徴的な経験として挙げられるのが、エディプスコンプレックスです。

性の区別ができてくると、男の子は母親に、女の子は父親に特に愛着を覚え、それは片親を独占したいという欲求にまで高まると精神分析では解されます。

この際、母親を独占したいという欲求と、それを阻む父親という構図が出来上がり、また父親に対して強い対抗心を抱くという、現実の状況に対するアンビバレントな心理状態が生じ、それを指してエディプスコンプレックスと称します。

このエディプスコンプレックスは多くの場合、自然解消の道をたどることが多いとされますが、うまくいかない場合は「去勢不安」などが出てくるとされ、古典的精神分析においてはエディプスコンプレックスが神経症の原因であると捉えられていました。

【性器期】

男根期が頂点をすぎた5歳ころより、性器期の始まる12歳ごろまでを「潜伏期」と称します。

超自我の確立によりエディプスコンプレックスは抑圧され、いろいろな欲求が「潜伏」する点からそのように呼ばれています。

この潜伏期の終わりにあたって、身体的成熟とともに本能的欲求が急激に増大し、生殖準備段階に入ります。

この時期は、生物学的に見て、性器がその本来の機能たる生殖作用を営みえる性器統裁の時期であるから「性器期」と呼び、対してその前までの口唇期・肛門期・男根期をひっくるめて「前性器期」と称します。

いわゆる、思春期や青年期と呼ばれる時期が相当しますね。

心理的にも自立する時期であり(心理的離乳と呼ばれる)、親とは違った「人格」を持つ一個の人間として社会に出る段階になります。

ですから、人格が違う者同士のいさかいや、自分の人格で社会に通用するかという腕試しとして「反抗期」が起こってくるわけです。

一方で、それまでの親との関係における精神的バランスが崩れやすい時期でもあります。

それまでの親の抑え込みが強い場合、この時期になって生じる「人格を持つ人間としての欲求」が精神内界からの突き上げを行い、それをそれまでの精神生活の「教育」が抑え込むというアンビバレントな状態を生じさせます。

なお、この前後から生じる不登校が長引くか否かは、「不登校以前の精神生活」がどのようなものであったかと関連してくることになりますね。

社会との関わりでは、社会のルールや知識の獲得、友人関係の構築、興味や関心があることに力を注ぎながら社会性を身につけていきます。

一方で、自分の欲求を抑圧し、社会に合わせることが必要になるため、この時期にその訓練が不十分であると、青年期移行に非常識な行動をとってしまう可能性もあります。

以上のように、精神性発達は精神分析の主要な理論であり、「C.R.Rogersのパーソナリティ理論の特徴」ではないことがわかりますね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ パーソナリティ特性を5因子で捉えている。
④ リビドーに向かう方向で内向型と外向型に分類している。
⑤ パーソナリティ特性を外向‐内向と神経症傾向という2軸で捉えている。

まず選択肢④は向性に関する記述になっています。

個人の興味や関心などの形で注意が向けられやすい方向のことを向性と呼び、主にそれらが他者や外界の出来事に向けられる場合を外向、自身の感情や欲求といった内面に向けられる場合を内向と呼びます。

ユングは、リビドーと呼ばれる心的エネルギーが自己の内的世界に向きやすい場合を内向型、他者を含めた外界に向きやすい場合を外向型と分類し、どちらにもほぼ等しく向く場合を両向型としました。

ちなみに、こうしたユングの内向‐外向という概念は、ロールシャッハの体験型(内向型と外拡型)にも反映されています。

なぜ内向型‐外拡型とわずかに表現を変えているのかというと、ヘルマン・ロールシャッハが当時教えを請うていた臨床家はフロイト派で、ちょうどその時期にユングとフロイトは決別していました。

つまり、自分の先生はフロイト派だけど、ヘルマン・ロールシャッハは自分の作った検査の重要な概念にユングの考えを使い、バツが悪かったために外拡型とわずかに表現を変えて「これはユングの内向‐外向とは違うんすよー」としていたわけです(その後の書簡で、これはユングの概念であることを認めています)。

ユングの類型論的な考え方に対し、アイゼンクは、外向‐内向を次元的に考えることで、個人の傾向の程度の違いとして捉え、外向性‐内向性を不安傾向(神経症傾向)とともにパーソナリティの基本的次元と考えました。

また彼は、実験によって外向性‐内向性の個人差が大脳皮質の興奮‐抑制過程と関係していることを明らかにしました。

向性の次元は、パーソナリティの5因子理論やキャッテルの16PFなど、多くのパーソナリティモデルに含まれており、最も重要なパーソナリティの次元の一つと考えられています。

上記のうち、パーソナリティの5因子理論とは、パーソナリティ特性の個人差を主たる5つの特性次元、すなわち、①神経症傾向、②外向性、③親和性(調和性)、④勤勉性(誠実性)、⑤経験への開放性もしくは知性/教養、によって説明しようとする考え方です。

上記の各次元については…

  1. 神経症傾向は情動的に不安定で不安を感じやすい。
  2. 外向性は対人的・社会的に活動的
  3. 親和性は他者を信頼し協調的に振る舞う
  4. 勤勉性は自らを律して行動し目標の遂行に忠実である
  5. 経験への開放性は知的好奇心が高く想像力が豊かである

…といった程度を示すものになります。

パーソナリティの特性研究においては、長らく基本的な特性次元に関して共通の理解が示されることはありませんでした。

しかし、1960年代になると人間‐状況論争を契機として、特性論に反対の立場の研究者に対する理論武装が求められ、80年代以降になると質問紙法を用いた調査データの因子分析的な研究によってパーソナリティ特性が比較的共通した5つの特性次元によって記述できることが知られ始め、ひとまずの統一見解としてこの5因子が扱われるようになりました。

有名なのが、Allport以来の心理辞書的研究アプローチの流れを汲んでいる「ビッグ・ファイブ」や、心理辞書的研究を基にまとめられた5つの特性次元を質問紙を用いて測定しようとした「5因子モデル」であり、特に後者はビッグ・ファイブにも対応させたNEO-PI-Rにつながっています(こちらについては過去(公認心理師 2018追加-15)に詳しく述べていますね)。

以上より、「パーソナリティ特性を5因子で捉えている」のはパーソナリティ特性を捉える5因子理論であり、「リビドーに向かう方向で内向型と外向型に分類している」のはユングの仕事であり、「パーソナリティ特性を外向‐内向と神経症傾向という2軸で捉えている」のはアイゼンクの知見であることがわかります。

よって、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。

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