公認心理師 2021-141

事例に対して適用となるだろう行動療法的な技法を選択する問題です。

各技法の理論的背景と、その具体的方法を知っておけば比較的解きやすいと言えますね。

問141 7歳の男児A、小学1年生。入院治療中。Aは、気管支喘息と診断され通院治療を受けていた。喘息発作で救急外来を受診したとき、強引に押さえられて吸入処置を受けた。それを機に、吸入器を見ると大泣きするようになり、自宅での治療が一切できなくなった。そのため、発作により、救急外来を頻回に受診するようになり、最終的に入院となった。医師や看護師が吸入させようとしても大泣きして手がつけられず、治療スタッフが近づくだけで泣くようになったため、主治医から公認心理師に心理的支援の依頼があった。
 Aに対して行う行動療法的な支援の技法として、適切なものを1つ選べ。
① 嫌悪療法
② 自律訓練法
③ エクスポージャー
④ バイオフィードバック
⑤ アサーション・トレーニング

解答のポイント

行動療法の技法の理論的背景と手法について理解している。

選択肢の解説

③ エクスポージャー

この事例で何が起こっているのか、まずは考えてみましょう。

「Aは、気管支喘息と診断され通院治療を受けていた。喘息発作で救急外来を受診したとき、強引に押さえられて吸入処置を受けた。それを機に、吸入器を見ると大泣きするようになり、自宅での治療が一切できなくなった。そのため、発作により、救急外来を頻回に受診するようになり、最終的に入院となった。医師や看護師が吸入させようとしても大泣きして手がつけられず、治療スタッフが近づくだけで泣くようになったため、主治医から公認心理師に心理的支援の依頼があった」

このことから、Aは喘息発作の苦しい時に「強引に押さえつけられて吸入処置を受けた」ことによって、吸入器と喘息発作の苦しさが重なるようになったと考えられます。

もっと行動理論的に述べていくと、アルバート坊やの恐怖条件づけと同じ手続きが起こっていると言えますね。

すなわち、「強引に押さえつけられた(無条件刺激)」の「怖い(無条件反応)」に、「吸入器(条件刺激)」が対呈示されたことで、吸入器に恐怖反応が生じるという学習が成立したと見なせます(はじめは喘息発作の苦しさと結びついたのかと思いましたが、それだと吸入器をみて「苦しく」なるはずなので、強引に押さえられた恐怖と結びついたと考えるのが妥当ですね)。

本来、吸入器は中性刺激(無条件反射(本事例では恐怖)を引き起こさない刺激)のはずですが、上記のような手続きが生じてしまったために、吸入器をみると恐怖を感じて「大泣きする」ようになったわけです。

そして、それが「吸入器を持ってくる人」に対しても恐怖を感じるようになった、すなわち般化が生じたため「治療スタッフが近づくだけで泣くようになった」わけですね。

以上より、本事例では上記のような古典的条件づけ(恐怖条件づけ:情動条件づけ)によって恐怖反応が吸入器および医療スタッフに生じていると見なすことができます。

こうした古典的条件づけに基づく技法の一つとして、本選択肢のエクスポージャーがあります(新行動SR仲介理論モデル(Wolpe、Eysenck):系統的脱感作(逆制止、不安階層表、漸進的弛緩法)、エクスポージャーやフラッディングなど)。

エクスポージャーとは、不適応的な行動や情緒反応を起こす刺激や状況に、患者を曝す(直面させる)方法を指します。

1970年代以降、不安症群に対して多く用いられ、長時間、繰り返し行うことによる馴化(誘発される反応が減衰または消失すること)や、条件づけられた反応の消去が主なメカニズムと説明されています。

予想と現実の矛盾に気づくことなど、他のメカニズムについても言及されています。

私の個人的な印象ですが、人間の内には「心的緊張(ここには不安とか恐怖も含まれる)を抱える器」のようなものがあり、心的緊張を招くような刺激に曝され、その心の揺さぶりを支えられることで、「心的緊張を抱える器」が大きくなるようなイメージを持っています。

この考え方は行動理論には馴染まないかもしれませんが、単に「刺激に慣れる」という考え方よりも、実体験としては正しいような気がしていますし、年少の子どもほどこうした論理で支援を行っていった方が改善すると思います。

本事例では不適応的な情緒反応(吸入器や治療スタッフを怖がる)が生じており、こうした反応に対して馴化を生じさせることを目指してエクスポージャーを選択するのは矛盾の無い選択であると言えます。

なお、エクスポージャー法では、恐怖を感じさせるような刺激をいくつか出してもらい、その中で一番弱い刺激から提示して馴らしていきます(フラッディングは、最も強い刺激から入る)。

本事例では、保護者も同席した上で、この方法の有効性をきちんと説明し、そこから取り組んでいくことが大切になるだろうと思います(不安を感じるAを支えるのは、カウンセラーがやってもいいけど、保護者がやった方が圧倒的に手っ取り早い。信頼感が違うことがほとんど)。

以上より、選択肢③がAに対して行う行動療法的な支援の技法として適切と判断できます。

① 嫌悪療法

嫌悪療法は、不適切な観念なり行動に対して嫌悪感・不快感を形成し、それによって好ましくない観念や行動を抑制しようとする一連の治療技法を指します。

嫌悪感の形成には、主として嫌悪条件づけ(嫌悪刺激を用いての一連の条件づけ手続きによって、ある特定の対象なりイメージ等に嫌悪感を形成すること)の原理が用いられます。

嫌悪療法で嫌悪感や不快感の形成のために用いられる嫌悪刺激としては、電気ショック、催吐剤あるいは悪臭を放つ化学薬品、その他嫌悪的なイメージなど様々なものが利用されます。

その他、不適切な行動そのものに徹底的に直面させる飽和法なども一部嫌悪療法のメカニズムが関与していると言われています。

めちゃくちゃ簡単に言えば、止めさせたい行動があったときに、その行動と一緒にイヤなもの(臭いにおいとか)を呈示することで、標的行動に嫌悪感が生じるようになり、その行動が減るという結果を目指す手続きになりますね。

嫌悪療法は、一般に治療が極めて困難なアルコール依存症や性的逸脱行動の治療法として開発され、用いられてきました。

しかし、患者にかなり強度の苦痛を与える治療法だけに、倫理的な問題もあり、この治療法を用いることについては慎重さを要します。

しかも、この治療法単独では治療効果が必ずしも優れているとは言い難く、一方で適切な行動の形成を図る必要があるとされています。

上記のような倫理的な問題があるので、嫌悪療法を選択するのはそもそもいかがなものかという視点はありますが、とりあえず、嫌悪療法が少なくとも理論的に本事例に適用可能かどうかを考えてみましょう。

嫌悪療法のメカニズム自体は古典的条件づけに基づいていますから、恐怖条件づけが生じている本事例と大枠では同じメカニズムと言えます。

しかし、嫌悪療法では「不適切に習得されている観念や行動に対して、嫌悪感を形成する」というアプローチで、本事例の不適切な反応は「吸入器や治療スタッフに恐怖を抱くこと」ですからこれらに嫌悪感を抱くようなアプローチはひどくなることはあっても良くなることはないことがわかると思います。

怖がっているものをさらに嫌がらせてどうすんの、という話ですね。

以上より、選択肢①はAに対して行う行動療法的な支援の技法として不適切と判断できます。

② 自律訓練法

自律訓練法は、ドイツの神経科医シュルツによって開発された、心身の機能の自律的な調整を促進するためのトレーニング法です。

19世紀末の自己催眠を活用したフォクトの予防的休息法が基礎となっており、疾患の治療法としてだけでなく、心身のコンディションを整える健康増進法や能力開発法とし、スポーツ・教育・産業などの領域でも広く活用されています。

基本となる標準練習と、各個人に応じた言語公式を用いる自律性修正法、イメージ想起を活用する黙想練習、自己の内的世界を言語表出する自律性中和法などから成り立っています。

これらの技法には、能動的な制御をせずに自己を観察(自己モニタリング)することを通して、心身の機能の自律的な正常化を促進するという共通点があります。

基本となる標準練習のうち、腕や脚の筋肉が弛緩した感覚をモニタリングする四肢重感練習と、末梢の血液循環が良くなって手足が暖かくなった感覚をモニタリングする四肢温感練習が基盤となります。

この2つの練習には適用上の制限が少なく、不安や緊張の軽減に効果があります。

練習を通して心身共に深い休息状態が得られ、機能の調整と回復が促進されるので、心身医学的治療法として緊張性頭痛、本態性高血圧、睡眠障害や疼痛、不安などの慢性的な症状の緩和に用いられます。

また、特定の疾患に限らず、予防やQOLの向上などを目的とした適用が可能です。

上記の通り、自律訓練法は適用範囲が広く、リラクセーションを得られるという意味では適用することが悪いとは言えません。

ですが、本事例は明らかに恐怖条件づけ(情動条件づけ)を背景とした不適切な学習が生じていると見なすことができます。

ですから、この恐怖に対してリラクセーションを目的とした自律訓練法を行うよりも、よりこの不適切な学習の消去をターゲットにした方法を選択することが望ましいと言えます。

以上より、選択肢②はAに対して行う行動療法的な支援の技法として不適切と判断できます。

④ バイオフィードバック

バイオフィードバックはオペラント条件づけの原理に基づいた方法で、意思の力ではコントロールすることができないとされている心拍、血圧、発汗などの自律神経系の整理指標を電子機器によって見えるように、聞こえるようにフィードバックし、クライエント自身がその信号を動かすことでコントロールすることを学習する方法です。

脳波の特定のリズム、例えば、α波の頻度増加によってリラックス効果を得たり、ADHDの治療に用いられることがあります(ただし、脳波などの脳活動を使った方法は、ニューロフィードバックと呼ぶことが多いです)。

バイオフィードバックを本事例に適用するとしても、Aの情動的な恐怖反応はわざわざ機器で計測してフィードバックするまでもなく顕著なものです。

確かに、Aの恐怖反応を「コントロールしていく」ことは大切ですが、それがバイオフィードバックによってもたらされると見なすには論理矛盾がありますね。

以上より、選択肢④はAに対して行う行動療法的な支援の技法として不適切と判断できます。

⑤ アサーション・トレーニング

アサーション・トレーニングは、自分と相手の権利を尊重しながら、適切で建設的な自己主張・自己表現(アサーション)を身につけるためのトレーニングを指します(自己主張トレーニング、主張性訓練と呼ばれることもある)。

元々は、アサーティブ(主張的)な行動をトレーニングすることで、不安反応を抑制することを目指した行動療法の技法として開発されました。

理論モデルで言えば「認知行動療法モデル」に該当する技法とされることが多いですね(古典的条件づけベースの技法なのですけどね)。

その後、相手の権利を尊重しつつ、自らの考え、感情、権利を適切に主張するためのコミュニケーショントレーニングへと発展しました。

アサーショントレーニングにおいては、コミュニケーション行動は以下のように分類されます。

  1. 自分の考えや感情を表現しなかったり抑制したりする「非主張的行動」
  2. 相手の考えや感情を無視して自分の考えや感情を相手に押し付ける「攻撃的行動」
  3. より適切な方法で自分の考えや気持ちを相手に伝える「アサーティブ行動」

アサーション・トレーニングでは、上記の「アサーティブ行動」の習得を目標とし、講義やロールプレイ、観察、ホームワークなどから成るプログラムが開発されています。

本事例において、Aが自身の恐怖をアサーティブに表現できれば良いと見るのは「理屈上は正しくても不合理」ということがわかりますね。

Aに生じているのは情動条件づけと呼ばれる恐怖の学習になります。

「自宅での治療が一切できなくなった」ほどの恐怖反応、「医師や看護師が吸入させようとしても大泣きして手がつけられず」という状態に対して、それを「アサーティブに表現する」というのは非現実的な注文であるということがわかると思います。

そもそも、アサーティブ・トレーニングの狙いはざっくりと言えば「自分の考えを適切に表現すること」になりますが、本事例で生じているのは「自分の考え」ではなく「不適切な学習」になりますから、それを「表現する」というのは明らかにおかしいわけです。

よって、選択肢⑤はAに対して行う行動療法的な支援の技法として不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です