事例の特徴から特定の疾病を見立てることが求められている問題です。
比較的解きやすい内容だったのではないでしょうか。
問64 14歳の女子A、中学2年生。1学期に学校を休むことが多かったことを心配した母親Bに連れられ、夏休みに小児科を受診した。BによるとAは、5月の連休明けから頭が痛いといって朝起きられなくなり、遅刻が増えた。めまい、腹痛、立ちくらみがあるとのことで、6月からは毎日のように学校を休むようになった。家では、午後になっても身体がだるいとソファで横になって過ごすことが多い。しかし、夕方からは友達と遊びに出かけ、ゲームやおしゃべりに興じることもある。排便によって腹痛が改善することはないという。
Aの状態の理解として、最も適切なものを 1 つ選べ。
① 不安症
② 統合失調症
③ 過敏性腸症候群
④ 起立性調節障害
⑤ 自閉スペクトラム症
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解答のポイント
事例の特徴から想定される疾病を理解している。
選択肢の解説
④ 起立性調節障害
本事例の特徴を列挙すると以下の通りになります。
- 1学期に学校を休むことが多かった。
- 5月の連休明けから頭が痛いといって朝起きられなくなり、遅刻が増えた。
- めまい、腹痛、立ちくらみがあるとのことで、6月からは毎日のように学校を休む。
- 家では、午後になっても身体がだるいとソファで横になって過ごすことが多いが、夕方からは友達と遊びに出かけ、ゲームやおしゃべりに興じることもある。
- 排便によって腹痛が改善することはないという。
本問では、各選択肢の疾患がこれらの特徴と合致するかを見ていくことになります。
本選択肢で示されている起立性調節障害は、たちくらみ、失神、朝起き不良、倦怠感、動悸、頭痛などの症状を伴い、思春期に好発する自律神経機能不全の一つです。
過去には思春期の一時的な生理的変化であり身体的、社会的に予後は良いとされていましたが、近年の研究によって重症の起立性調節障害では自律神経による循環調節(特に上半身、脳への血流低下)が障害され日常生活が著しく損なわれ、長期に及ぶ不登校状態やひきこもりを起こし、学校生活やその後の社会復帰に大きな支障となることが明らかになっています。
発症の早期から重症度に応じた適切な治療と家庭生活や学校生活における環境調整を行い、適正な対応を行うことが不可欠とされています。
起立性調節障害の診断は、次に掲げる11症状のうち3つ以上当てはまり(2つ以上でも症状が強ければ起立性調節障害を疑う)、かつサブタイプのいずれかに合致することとなっています。
- 立ちくらみやめまい
- 起立時の気分不良や失神
- 入浴時や嫌なことで気分不良
- 動悸や息切れ
- 朝なかなか起きられず午前中調子が悪い
- 顔色が青白い
- 食欲不振
- 腹痛
- 倦怠感
- 頭痛
- 乗り物酔い
上記に加え、新起立試験を実施して以下のサブタイプを判定します。
- 起立直後性低血圧(軽症型、重症型)
- 体位性頻脈症候群
- 血管迷走神経性失神
- 遷延性起立性低血圧
(近年、脳血流低下型、高反応型など新しいサブタイプが報告されているが、診断のためには特殊な装置を必要とする)
更に、鉄欠乏性貧血、心疾患、てんかんなどの神経疾患、副腎、甲状腺など内分泌疾患など、基礎疾患を除外し、検査結果と日常生活状況の両面から重症度を判定することが必要です。
また、「心身症としてのOD」チェックリストを行い、心理社会的関与を評価することが大切です。
これらの基準内容と、本事例との関連を見ていくことが重要になりますが、思春期であること、めまい・頭痛・立ちくらみという症状、午前中調子が悪く夕方から回復する、などの特徴は起立性調節障害を示唆するものになっています。
本事例においては、まずは起立性調節障害の存在を疑って対応していくことになるでしょうね。
なお、起立性調節障害は不登校児が診断される割合の高い病名になっています。
よくなされる間違いとして「身体疾患だから仕方がない」と保護者が考えてしまい、心理社会的要因が大きい疾患であるという認識が生じにくいところです(そして、そういう保護者の認識の裏には、子どもの問題に触れることができないという自我の弱さが関わっている場合があります)。
小児心身医学会のホームページには「保護者の多くは、子どもの症状を「怠け癖」や、ゲームやスマホへの耽溺、夜更かし、学校嫌いなどが原因だと考えて、叱責したり朝に無理やり起こそうとして、親子関係が悪化することが少なくありません」とありますが、学校現場にいるとむしろこの指摘とは逆の現象が生じやすくなっています。
すなわち、「身体疾患だから」というスタンスになって当人の心理社会的要因に触れようともしない、考えようともしないという保護者がかなり見られます。
ですから、私は自分がカウンセリングしている不登校児の親が医療機関に行くとき、しかも本人の症状は起立性調節障害を思わせるときには「おそらく起立性調節障害だと言われると思う。ただ、この疾患は心身症と言われるものの一つであり、本人への関わりや、本人が苦手意識を持っているものへの関わり方で病状がかなり変わってくる。ですから、身体の病気だから仕方がないんだという考えにならず、ちゃんと面接を通して良くしていくつもりでいてください」と伝えるようにしています。
起立性調節障害でも、特に不登校状態になっている場合には、日常生活上の工夫(頭位を下げてゆっくり起立する、静止状態の起立保持は1-2分以上続けない、水分摂取は1日1.5‐2リットル、塩分を多めにとる等)だけで改善することは経験上少なく、きちんと心理社会的要因をケアしていかないと不当に不登校状態が長引くことになりかねません。
いずれにせよ、本事例では起立性調節障害の可能性を頭に入れつつ対応していくことになります。
よって、選択肢④が適切と判断できます。
① 不安症
ここで挙げられている「不安症」とはおそらく「不安症群/不安障害群」のことを指しており、特定の疾病を指した表現ではないと考えられます。
そこで、ここでは「不安症群/不安障害群」に含まれている疾患について列挙しておきましょう。
- 分離不安症/分離不安障害
- 選択性緘黙
- 限局性恐怖症
- 社交不安症/社交不安障害(社交恐怖)
- パニック症/パニック障害
- 広場恐怖症
- 全般不安症/全般性不安障害
- 物質・医薬品誘発性不安症/物質・医薬品誘発性不安障害
ここではすべての診断基準を示すことはしませんが、要するに不安に基づいた症状全般を含む群であるということがわかりますね(不安に基づいた症状として強迫性障害も挙げられますが、これは別の群に含まれています)。
ですから、本事例で示されている症状が不安に基づいたものであるか否かを考えていく必要があります。
本事例の特徴は上記で示した通り…
- 1学期に学校を休むことが多かった。
- 5月の連休明けから頭が痛いといって朝起きられなくなり、遅刻が増えた。
- めまい、腹痛、立ちくらみがあるとのことで、6月からは毎日のように学校を休む。
- 家では、午後になっても身体がだるいとソファで横になって過ごすことが多いが、夕方からは友達と遊びに出かけ、ゲームやおしゃべりに興じることもある。
- 排便によって腹痛が改善することはないという。
…ということになりますが、これらが不安で生じ得るかを考えていきましょう。
1や2の学校を休む・遅刻が多いこと、3の身体症状も不安が転換したものであると見なすことはできなくもありませんが、そもそも転換性の問題は不安症群ではありませんね。
4の日内変動が大きい・夕方以降は回復する、5の排便によって腹痛が改善しないなどは不安に基づいた問題と見なすには、こうした診断基準を設けている疾病が明確に存在しない以上、無理があります。
ですから、本事例においては不安に基づいた問題と見なすより先に他の疾患の可能性を考えることが重要になると考えられます。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 統合失調症
まずはDSM-5で示されている統合失調症の基準を見てみましょう。
A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。
- 妄想
- 幻覚
- まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
- ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
- 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)
B.障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能のレベルが病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。
C.障害の持続的な徴候が少なくとも6か月間存在する。この6か月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い期間)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:奇妙な信念、異常な知覚体験)で表されることがある。
D.統合失調感情障害と「抑うつ障害または双極性障害、精神病性の特徴を伴う」が以下のいずれかの理由で除外されている。
- 活動期の症状と同時に、抑うつエピソード、躁病エピソードが発症していない。
- 活動期の症状中に気分エピソードが発症していた場合、その活動期間の合計は、疾病の活動期および残遺期の持続期間の合計の半分に満たない。
E.その障害は、物質(例:薬物乱用、医薬品)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。
F.自閉スペクトラム症や小児期発症のコミュニケーション症の病歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚や妄想が、その他の統合失調症の診断の必須症状に加え、少なくとも1か月(または、治療が成功した場合はより短い)存在する場合にのみ与えられる。
これらの特徴が本事例に見られるかを考えていきましょう。
本事例の特徴は上記で示した通り…
- 1学期に学校を休むことが多かった。
- 5月の連休明けから頭が痛いといって朝起きられなくなり、遅刻が増えた。
- めまい、腹痛、立ちくらみがあるとのことで、6月からは毎日のように学校を休む。
- 家では、午後になっても身体がだるいとソファで横になって過ごすことが多いが、夕方からは友達と遊びに出かけ、ゲームやおしゃべりに興じることもある。
- 排便によって腹痛が改善することはないという。
…ということになりますが、これらが統合失調症で生じ得るかを考えていきましょう。
上記のいずれもが統合失調症の診断基準とかすってもいませんね。
よって、本事例を統合失調症と見なすのは無理があります。
従って、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 過敏性腸症候群
過敏性腸症候群の代表的な病態生理は、内臓知覚過敏、下部消化管運動亢進、ストレス応答の異常、不安・うつ・身体化の心理的異常です。
更に、リスク遺伝子、腸内細菌の異常、粘膜微小炎症、粘膜透過性亢進の存在が知られており、これらの要因が相互に関連して病態を特徴づけています。
腸内細菌はストレス負荷によって多様性が変化し、また、ストレスによって粘膜透過性が亢進し、内臓知覚過敏を招きます。
特に、脳から腸への信号伝達ならびに腸から脳への信号伝達によって喚起される過敏性腸症候群の病態は脳腸相関という用語で概念化され、過敏性腸症候群を特徴づけています。
上記からもわかる通り、心理社会的ストレスは過敏性腸症候群の代表的な発症・増悪要因です。
このように、過敏性腸症候群とは大腸などに異常を認めないにもかかわらず便通異常(便秘、下痢、もしくは便秘と下痢を繰り返す)と腹痛を認める病気ということになります。
近年、増加傾向であり有病率は15%程度とされており加齢とともに低下する傾向にあります
診断基準についてはRomeⅣ分類(2016年)を参考にすると以下のようになります。
繰り返す腹痛が、最近3カ月以内に平均して1週間のうち少なくとも1日あり、以下の1~3のうち2項目以上を伴うもので、少なくとも6カ月以上前から出現しているもの
- 排便と関連する(排便によって症状が軽快する)。
- 発症時に排便回数の変化がある。
- 発症時に便形状(外観)の変化がある。
これらの特徴が本事例に見られるかを考えていきましょう。
本事例の特徴の中に「排便によって腹痛が改善することはないという」がありますから、明確に過敏性腸症候群については除外されることがわかりますね。
上記の文言は、過敏性腸症候群を否定するために設けられているものだと考えられます。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
⑤ 自閉スペクトラム症
まずはDSM-5の診断基準を確認しておきましょう。
A.複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥があり、現時点または病歴によって、以下により明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 相互の対人的-情緒的関係の欠落で、例えば、対人的に異常な近づき方や通常の会話のやりとりのできないことといったものから、興味、情動、または感情を共有することの少なさ、社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。
- 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥、例えば、まとまりのわるい言語的、非言語的コミュニケーションから、視線を合わせることと身振りの異常、または身振りの理解やその使用の欠陥、顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ。
- 人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥で、例えば、さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから、想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ、または仲間に対する興味の欠如に及ぶ。
B.行動、興味、または活動の限定された反復的な様式で、現在または病歴によって、以下の少なくとも2つにより明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話(例:おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動、反響言語、独特な言い回し)。
- 同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、または言語的、非言語的な儀式的行動様式(例:小さな変化に対する極度の苦痛、移行することの困難さ、柔軟性に欠ける思考様式、儀式のようなあいさつの習慣、毎日同じ道順をたどったり、同じ食物を食べたりすることへの要求)。
- 強度または対象において異常なほど、きわめて限定され執着する興味(例:一般的ではない対象への強い愛着または没頭、過度に限局したまたは固執した興味)。
- 感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味(例:痛みや体温に無関心のように見える、特定の音または触感に逆の反応をする、対象を過度に嗅いだり触れたりする、光または動きを見ることに熱中する)。
C.症状は発達早期に存在していなければならない(しかし社会的要求が能力の限界を超えるまでは症状は完全に明らかにならないかもしれないし、その後の生活で学んだ対応の仕方によって隠されている場合もある)。
D.その症状は、社会的、職業的、または他の重要な領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害を引き起こしている。
E.これらの障害は、知的能力障害または全般的発達遅延ではうまく説明されない。知的能力障害と自閉スペクトラム症はしばしば同時に起こり、自閉スペクトラム症と知的能力障害の併存の診断を下すためには、社会的コミュニケーションが全般的な発達の水準から期待されるものより下回っていなければならない。
これらの特徴が本事例に見られるかを考えていきましょう。
本事例の特徴は上記で示した通り…
- 1学期に学校を休むことが多かった。
- 5月の連休明けから頭が痛いといって朝起きられなくなり、遅刻が増えた。
- めまい、腹痛、立ちくらみがあるとのことで、6月からは毎日のように学校を休む。
- 家では、午後になっても身体がだるいとソファで横になって過ごすことが多いが、夕方からは友達と遊びに出かけ、ゲームやおしゃべりに興じることもある。
- 排便によって腹痛が改善することはないという。
…ということになりますが、これらが不安で生じ得るかを考えていきましょう。
本事例では、ASDのコミュニケーションの問題や興味等の限定的な様式は見られませんから、ASDと見なすのは難しいと考えられますね。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。