問140は事例の状況から採られるだろう対応を選択する問題です。
各検査結果の簡単な解釈に関する知識が求められていますね。
問140 22歳の女性A。Aは職場での人間関係における不適応感を訴えて精神科を受診した。ときどき休みながらではあるが勤務は継続している。親と仲が悪いので2年前から単身生活をしているとのことである。公認心理師が主治医から心理的アセスメントとして、YG 法、BDI-Ⅱ、WAIS-Ⅳの実施を依頼された。YG法ではE型を示し、BDI-Ⅱの得点は19点で希死念慮はない。WAIS-Ⅳの全検査IQは98であったが、言語理解指標と処理速度指標との間に大きな差があった。
公認心理師が引き続き行う対応として、最も適切なものを1つ選べ。
①MMSEを実施する。
②田中ビネー知能検査Ⅴを追加する。
③家族から情報を収集したいとAに伝える。
④重篤なうつ状態であると主治医に伝える。
⑤生育歴についての情報をAから聴き取る。
本問では、各検査が何を目的に実施されたのかを考え、それを各選択肢の正誤判断に用いることです。
ここで使われているのは、YG、BDI、WAISになりますね。
クライエントの状況と併せて「もっとこういう点の検証を行えば、よりクライエントの問題を細やかに把握できる」と思われる対応を選択するということです。
解答のポイント
各検査の解釈と、事例に求められている査定ポイントの把握ができること。
選択肢の解説
①MMSEを実施する。
MMSEを実施するのは、認知機能の問題があると見立てられる場合になると考えられます。
Aの不適応感が認知機能の低下によって生じていると考えられれば、MMSEを実施することもあり得る対応と言えます。
しかし、事例では「WAIS-Ⅳの全検査IQは98」となっており、認知機能に大きな問題が生じていると見立てるには無理があることがわかります。
また「職場での人間関係における不適応感を訴えて」「ときどき休みながらではあるが勤務は継続している」ということですから、仕事の遂行に大きな問題があるということではないことが推察されますね。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
②田中ビネー知能検査Ⅴを追加する。
本問では「職場での人間関係における不適応感を訴えて精神科を受診した」という状況ですから、こうした不適応感の背景に何があるかを見立てていくことが大切になります。
実施した検査の中にWAISがあることを考えると、知的能力や、その群指数のバランスの悪さによって不適応を生じさせている可能性も見ていこうとしたことが窺えますね。
ここで大切なのがウェクスラーとビネーの知能に関する考え方の違いです。
ビネーは、知能を各因子に分かれた個々別々の能力の寄せ集めと考えるのではなく、1つの総合体として捉えており、言い換えるならば、記憶力、弁別力、推理力などさまざまな能力の基礎となる精神機能が存在し、それが一般知能とされます。
対してウェクスラーは、知能を「目的的に行動し、合理的に思考し、環境を効果的に処理するための、個人の集合的ないしは全体的能力」と定義しました。
すなわち知能はパーソナリティ全体としての機能であり、認知能力の概念に含まれる諸要因以外の不安、忍耐力、動機、目的意識など人格と区政にも影響された問題解決の総体的能力と考えていました。
すなわち、ビネーは個々の能力の寄せ集めでない一つの統一体と見なしていたのに対し、ウェクスラーはいくつかの能力の総体的能力として知能を捉えたという違いがあります。
さて、いずれの知能の捉え方にも合理性はありますが、大切なのは本問の事例に沿って考えてみることです。
先述のように、本事例では人間関係の不適応感の背景に何があるのかを見立てていくことが大切であり、そのために知的能力の査定が必要と考えてWAISを実施したものと思われます。
そして、こうした不適応感の背景には知的能力全体の高低よりも、知能の能力間のアンバランスさが影響していることが多いと考えられています。
事例では「言語理解指標と処理速度指標との間に大きな差」ということですから、例えば、論理的な説明はできるのに作業のペースが極端に遅いといった事態も想定できますし、そうなればそれをきっかけとして周囲との折り合いが悪くなるということも考えられます(事例では言語理解指標と処理速度指標のいずれが高いかは示されていないので、詳しくはわかりませんが)。
なお、知的能力のアンバランスさによる不適応だからといって「人間関係には影響しない」と考えるのは誤りであり、それに基づいて本選択肢の正誤を判断してはいけません。
知的能力のアンバランスさを持つということは、ASDのように対人関係上の課題を有していることも少なくありませんし、それが無い場合であっても仕事上の問題が対人関係をぎくしゃくさせることもあり得ます。
以上をまとめると、人間関係の不適応感が知的能力に由来すると考えるならば、WAISを実施することである程度その点の査定は行われていると見なすことができますし、そこから知能全体を測るビネー式を実施する理由は見当たらないと考えるのが妥当です。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③家族から情報を収集したいとAに伝える。
こちらの選択肢は「親と仲が悪いので2年前から単身生活をしているとのことである」という情報に基づいて設定されたものと思われます。
事例のような職場での人間関係の不適応が、実は親との関係に由来するということは少なからず見受けられることです。
単純な例ですが、親から完璧を求められてそれに応じてきた子どもであれば、職場での一般的に避けられないようなミスでも深く落ち込んだり、周囲の仕事の出来に不満を持ったりするなどの傾向になることも考えられます。
また、自分の仕事に価値を見出そうとするあまり、それ以外の雑務を「それは私の仕事ではありません」と突っぱねるということもあり得ますね。
いずれにせよ、職場での不適応感とはいえ、その根本に親子関係が潜んでいるということはよくあることと言えます。
ただし、本事例の状況で「家族から情報を収集したいとAに伝える」ことが適切か否かは別問題です。
現状で示されている状況では、本選択肢のような対応は適切とは言えないでしょう。
その理由としてはまず、事例の状況ではYGがE型(エキセントリックのEですね)で「情緒不安定+内向的の不安定不適応消極型」とされているタイプとなっています。
内向的で過敏で無気力な特徴を持つとされており、こうした特徴が人間関係の不適応を招いていると考えるのは十分に可能です。
更に、WAISでも「言語理解指標と処理速度指標との間に大きな差」がありますから、そこから不適応が由来している可能性も考えられますね。
加えて、BDIでは軽症~中等度のうつ状態であると判定が出ています。
もちろん、うつ状態が元々生じていて職場での不適応を招いたのか、職場での不適応からうつ状態になったのかは、現時点ではわかりません。
いずれにせよ、こうした様々な要因がある中で「家族から情報収集する」という対応を取るということには違和感を覚えます。
もちろん、これらの検査結果やAの特徴に家族関係が影響している可能性はあり得ますが、成人している女性に対し精神科という場で、即座に家族からの情報収集を行うという点があまり採用されない対応と考えられます。
家族からの情報収取はクライエントがティーンだったりすれば考えなくもないのですが、現時点では目の前にクライエントAがいるわけですから、クライエント自身から生育歴を聞くなりの対応を取るのが一般的でしょう。
目の前のクライエントから問題に関しての意見を聞くことなく、スルーする形で家族からの情報収集を行おうとするのは、クライエントからすれば自分を置いてけぼりにされた気分になっても不思議ではありません。
成人したクライエントですから、まずは当人と話し合い、その中で家族関係が影響しているという認識が高まり、A自身も家族からの情報が重要と考え、なおかつ、家族へのアプローチが本来Aが行うことを横取りしていないかという点からも検証を行うなど、いくつものチェックポイントをクリアしてようやく検討されるのが家族へのアプローチです。
更に「家族から情報を収集したいとAに伝える」ことによって、暗に「あなたの問題は家族関係に由来しているよ」というメッセージにもなり得てしまいます。
こうした認識を与えてしまうと、不適応感を招いている他の要因(YG、WAISの結果など)に目が向きにくくなってしまうという恐れがあります。
アセスメント段階においては、どこかにクライエントの問題を帰属させず、幅広い視野をもって対応していくことが求められます。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④重篤なうつ状態であると主治医に伝える。
事例内のBDI-Ⅱはベック抑うつ質問票のことを指しています。
認知療法の始祖であるベックのグループが作成した自己記入式質問紙です。
DSM-Ⅳに準拠して作成されており、うつ病の症状を網羅しています。
全21項目から構成されており、それぞれに4つの反応形式が設定されています。
設定されている項目のうち、最近2週間にもっとも当てはまるものを選択していき、その合計点がうつ症状の重症度得点となります。
BDIを実施したということは、Aの不適応感の背景に抑うつの問題がある可能性も考えたということですね。
その結果は「得点は19点で希死念慮はない」となっています。
BDIでは総得点によって重症度分類がされており、0~13を極軽症、14~19を軽症、20~28を中等症、29~63を重症などされています。
本事例は軽症~中等症の間くらいの状態であり、選択肢にあるような「重篤なうつ状態」と捉えるには矛盾があります。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤生育歴についての情報をAから聴き取る。
まず事例の状況からいて、多面的にクライエントをアセスメントしようとしていることがわかります。
YGによって性格傾向による不適応である可能性、WAISによって知的能力のアンバランスによって問題が生じている可能性、それらによって(もしくは元々の状態として)うつ状態が生じている可能性(こちらはBDIですね)などを検証しています。
ただ、現状ではまだ「親と仲が悪いので2年前から単身生活をしているとのことである」という点に関しての検証が済んでいません。
選択肢③は、この点の検証を行うためのアプローチと言えますが、先述の通りさまざまな瑕疵があると思われます。
やはり成人に対して、精神科という場で、いきなり家族からの情報収集というのは行わない対応でしょうし、その対応自体がクライエントに「自分が軽んじられている」という実感を与えてしまう可能性もあるでしょう。
よって、現時点では目の前にいるクライエントAから生育歴の情報を聴き取るという対応が一般的であると考えられます。
ただし、クライエントの中には生育歴と現在の問題との関連を感じていない人もいますから、そんな状況で生育歴を聞くと「それとこれとは関係ないだろう」と感じる人もおります。
そういうことを踏まえて、生育歴の聴き方には工夫が必要です。
まず考えられる工夫として、精神科という状況ですから「来院された方みなさんに聞いていることですから、よろしくお願いします」というやり方です。
私は「刑事がアリバイを聞くときの方式」と呼んでいます。
「私、疑われているんですか?」→「いえいえ、皆さんに尋ねている、形式的なことですから」のような感じです(イメージは右京さんです)。
この方法は、さまざまな場所で援用可能です。
例えば、いじめ事例では、被害者側にカウンセラーを勧めると「おかしいのはあっちだろう!」と怒りを示される保護者もいますが、「こういう状況では皆さんに勧めているのですが」と前置詞を置くだけですんなりと受け入れる人も少なからずおります。
もっと真っ直ぐな方法として「あなたの今後に関わる大切なことだから、色んな方向から可能性を見ていきたい。親との折り合いが悪いということですが、生まれてからの関わりを聞かせてもらっても良いでしょうか」といった聞き方を考えても良いでしょう。
私としては、親との関係についてはクライエントが語る順序で聞いていくのが大切だろうと考えています。
生育歴を聴く、と言ってしまうと生まれてからの流れというイメージになりますが、むしろクライエントが語る流れによって見立てられる部分も少なからずあります。
そういうことを踏まえて、クライエントから生育歴を聴いていくということがたいせつになるでしょう。
以上より、選択肢⑤が適切と判断できます。