事例の状態と関連が深い症状を選択する問題です。
事例をどういう状態と見立てるかが重要な問題になっていますね。
問75 25歳の男性A、対人援助職。Aは、心身の不調により医療機関を受診し、公認心理師が面接をした。Aによると、入職した3年前は、やる気に満ち、支援対象である子どもと関わることが楽しみで、やりがいを感じていた。しかし、1年前から、担当児童数が急激に増え、責任ある仕事を任されることも多くなり、最近は、仕事に行きたくないという気持ちが毎日続いている。何とか職場に行っても、共感的に子どもと関わることが難しく、個々のニーズに対応することを面倒に感じ、書類の整理などの事務的な作業をして、子どもとの関わりを避けることも多くなったという。
Aの状態に関係が深い症状として、適切なものを2つ選べ。
① 脱人格化
② 現実感消失
③ 情緒的消耗
④ 複雑性悲嘆
⑤ 空の巣症候群
選択肢の解説
① 脱人格化
③ 情緒的消耗
これらはバーンアウトの文脈で解説したことがありますね(公認心理師 2023-138、公認心理師 2018追加-17など)。
バーンアウトはFreudenbergerによって提唱された心身の症候群ですが、これを「極度の身体疲労と感情の枯渇を示す症候群」と定義したのがMaslachです。
フロイデンバーガーは「持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群」としています。
マスラックはMBI(Maslach Burnout Inventory)を開発し、これは以下を測定します。
- 心身ともに疲れ果てたという感覚(情緒的消耗感)
- 人を人と思わなくなる気持ち(非人格化・脱人格化)
- 仕事へのやりがいの低下(個人的達成感の減退)
これらがバーンアウトの中核的な特徴と捉えてよいでしょう。
MBIマニュアルによれば情緒的消耗感とは「仕事を通じて、情緒的に力を出し尽くし、消耗してしまった状態」と定義されています。
MBIの3つの下位尺度のうち、この情緒的消耗感をバーンアウトの主症状であると考えるのが、バーンアウトにかかわる研究者の一致した見方です。
つまり、バーンアウトとは、仕事の上で日々過大な情緒的資源を要求された結果生じる情緒的消耗感であり、他の2つの下位尺度はこの「枯渇状態」 の副次的な結果であるとされています。
こうした情緒的資源の枯渇は、さらなる症状である「脱人格化」と呼ばれる行動傾向の引き金になります。
マニュアルの第3版では、脱人格化とは「クライエントに対する無情で非人間的な対応」と定義されています。
脱人格化とは、クライエントそれぞれの人格を無視した、思いやりのない紋切り型の対応を意味しており、例えば、クライエントに症状名やステレオタイプ的な特徴など没個性的なラベルをつけ、個人名で呼ばなくなるなどの行動は、脱人格化の典型的な行動とされています。
また、書類の整理など事務的な仕事に終始し、それに生きがいを感じる、あるいは、クライエントが理解できないような難解な専門用語を振りかざしたりするのも、クライエントとの煩わしい接触を避けるためだとすれば、脱人格化の現われと言えるでしょう。
情緒的消耗感、脱人格といった症状は、ヒューマンサービス従事者が提供するサービスの質そのものに影響を与えます。
バーンアウトにいたる人は、それまで高いレベルのサービスを提供し続けてきただけに、前後の落差は大きく、誰の目にも、とりわけ本人にとって、質の低下は明白です。
マニュアルの第3版では、個人的達成感とは「ヒューマンサービスの職務に関わる有能感、達成感」と定義されており、成果の急激な落ち込みと、それにともなう有能感・達成感の低下は、離職や強い自己否定などの行動と結びつくことも少なくありません。
さて、この事例の「入職した3年前は、やる気に満ち、支援対象である子どもと関わることが楽しみで、やりがいを感じていた。しかし、1年前から、担当児童数が急激に増え、責任ある仕事を任されることも多くなり、最近は、仕事に行きたくないという気持ちが毎日続いている」については、上記の情緒的消耗感を端的に表していると言えるでしょう。
また、「何とか職場に行っても、共感的に子どもと関わることが難しく、個々のニーズに対応することを面倒に感じ、書類の整理などの事務的な作業をして、子どもとの関わりを避けることも多くなった」については、脱人格化(非人格化)の典型的な内容であると言えますね。
よって、本事例では、バーンアウトを構成する現実的消耗感および脱人格化が生じていると見て間違いありません(仕事へのやりがいの低下(個人的達成感の減退)も見て取れるので、バーンアウトの事例であると言えそうです)。
よって、選択肢①および選択肢③が適切と判断できます。
② 現実感消失
この現実感消失については、いくつかの診断基準の中で示されている概念ですね。
採用されている診断基準及びその内容は以下の通りです。
- パニック症/パニック障害:現実感消失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
- 心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉:現実感消失:周囲の非現実感の持続的または反復的な体験(例:まわりの世界が非現実的で、夢のようで、ぼんやりし、またはゆがんでいるように体験される)。
- 離人感・現実感消失症:身体または精神から自分が切り離されたような感覚が持続的または反復的にあり、自分の生活を外から観察しているように感じること(離人感)や、自分が外界から切り離されているように感じること(現実感消失)がある。
すなわち、現実感消失の症状は、外界(世界、人、物など)から自分が切り離されているように感じられ、周囲の世界に親しみを覚えられず、非現実的に感じる体験とされています。
事例では「共感的に子どもと関わることが難しく」とありますから、現実感が消失していると考えやすいですが、外界から切り離されていることと共感しづらいことは異なりますし、前述の解説の通り、共感のしづらさをどう見立てるかがポイントになる問題と言えます。
また、こうした精神医学的な疾患の存在が現時点では確認できず、事例の文脈を考えても現実感消失という精神医学的反応と捉えるのは不適切でしょう。
もちろん、バーンアウトと現実感消失が明確に線引きができるかと言えば、かなり重なる面もあるとは思いますが、理論的に考えれば、本事例をバーンアウトと見立てて、そしてバーンアウトの概念に沿った理解で捉えていく方が望ましいのは明白です。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
④ 複雑性悲嘆
通常、死別の直後に感じるような激しい喪失体験が、一周忌を超えて遷延している場合、「病的な悲嘆」もしくは「複雑性悲嘆」とよばれ、心理学的・精神医学的援助の対象とするのが一般的で、様々な要因から喪のプロセスの営みに失敗した時、この状態に陥るとされています。
関連する要因としては以下のものが挙げられます(ウォーデン、2008)。
- 亡くなったのは誰か:続柄、年齢など。
- 愛着の性質:強さ、安定性、アンビバレンス、軋轢・葛藤、依存的関係。
- どのように亡くなったか:場所と距離、予期の有無、暴力、防ぐことができた場合、不確実な死
- パーソナリティに関する変数:年齢と性別、コーピングスタイル、愛着スタイル、認知スタイル、自我の強さ
- 社会的変数:情緒的、社会的サポートの利用可能性、サポートへの満足、社会的役割への関与、宗教的資源など。
- 連鎖的ストレス
こうした病的悲嘆・複雑性悲嘆に対してできることとしては、早期発見し予防につなげることが挙げられます。
本事例ではそもそも悲嘆を生じさせるような重要な誰かとの死別という事態がありませんね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ 空の巣症候群
空の巣症候群は、子どもが自立して親の手を離れる時期に、親が経験する心身の不適応状態を指します。
特に子育てに専念してきた母親に生じやすく、生きがい感の喪失や人生に対する後悔、孤独感、抑うつ感、無力感、頭痛、めまいなど、心身に不安定な状態が起こります。
しかしながら、夫婦関係が良好な場合や、仕事や趣味などが充実している場合には不適応は生じにくく、多くの母親は子育ての責任から解放されたことを肯定的に受けとめているとされています。
逆に、夫婦関係にすれ違いが多い(例えば、夫の仕事が多忙で関わりが少ない)などの状況にあると、夫の退職を機に離婚といった方に展開していくこともあるとされています(よくドラマや小説などで、夫は退職後に妻に感謝していろいろしてあげたいと思っているのに、いきなり離婚話になる、などがありますね)。
年齢的に更年期障害と重なることが多く、そうなると深刻な状態になる可能性もあります。
この時期はあらかじめ予測できるうえ、本来は病気ではない状態ですから、そうした事態に備えて、趣味を開拓したり、サポートを期待できる友人関係を築いたり、配偶者との新たな関係を構築したりすることが大切になります。
空の巣症候群は「子どもが手を離れる」という状況と関連して生じるため、本事例のような25歳では生じるものではないのが前提です(この年齢で子どもが手を離れる、ということはないですからね。捨てることはあっても)。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。