事例の悩みを表す用語を選択する問題です。
2023年午前問題にも似たようなものがありましたから、午前終了後の休み時間に振り返りができていた人は取りやすかったかもしれないですね。
問146 24歳の男性A、総合商社の会社員。Aは、大学でフランス語を専攻し、卒業後、新卒採用で入社して3年目である。採用面接では、面接担当者に語学力と留学経験を高く評価されたことから、入社後は数年のうちに海外に派遣され即戦力として活躍できるキャリアパスをイメージしていた。ところが、事業整理によって、勤務先企業が欧州拠点を撤退したことを知り、現職で希望をかなえることができないという現実に直面している。「書類整理の手伝いくらいしか語学力を活かす機会がなく、こんなはずではなかった」と悩んでいる。
Aの悩みを表す用語として、最も適切なものを1つ選べ。
① カタルシス
② モラトリアム
③ キャリア・プラトー
④ リアリティ・ショック
⑤ セルフ・ハンディキャッピング
解答のポイント
各概念の内容を把握している。
選択肢の解説
④ リアリティ・ショック
「リアリティショック(reality shock)」とは、その名の通り「現実に直面した際のショック」を意味しており、とくに新しい環境に身を置いた際に「実際の状況が思い描いていたものと違った」と感じた際のギャップに思い悩むことを指す言葉です。
アメリカの組織心理学者ヒューズによって提唱されています。
リアリティ・ショックは、組織行動論の研究領域の組織社会化論で取り上げられる現象ですが、組織社会化とは「新しいメンバーが、その組織あるいはグループの価値システムや規範、要求されている行動パターンを学び、適合していくプロセス」を指し、そこで取り上げられる初期適応課題がリアリティ・ショックだとされています。
リアリティ・ショックは「高い期待と実際の職務での失望させるような経験との衝突」とされ、未使用の潜在能力症候群を引き起こすと指摘されています。
そして、リアリティ・ショックによって引き起こされた未使用の潜在能力症候群は、新人の自己イメージや態度、大望やモチベーションの全てをネガティブな方向に大きく変化させてしてしまうとされています。
また、リアリティ・ショックはキャリア形成における発達課題の一つとされ、これが解決されない場合、①可能性の高い新人の辞職、②モチベーションの喪失と自己満足の学習、③キャリア初期に能力の不足している部分を発見し損なう、④キャリア後期に必要な価値観や態度と異なる価値観と態度の学習などといった否定的結果を招くことになると指摘されています。
こうしたリアリティ・ショックを生じさせる前提条件としては、以下のようなものが指摘されています。
- 期待:期待が大きいか小さいかによって、出会う現実に対してショックを受けるかどうかが左右される。期待にも楽観的な期待以外に、厳しさへの期待という性質の期待もリアリティ・ショックを引き起こす要因となっている。
- 過信:リアリティ・ショックの内容に関して自己に対する期待、自己に関するリアリティ・ショックなどが挙げられている。この自己に関する期待は、いわゆる、自分自身の能力や適性に対する過信があり、自己に関するリアリティ・ショックは、その過信が打ち砕かれた際に生じるものであると考えられる。
- 覚悟:厳しい現実が待っていると覚悟していた個人が、予想以上の厳しい現実に遭遇した場合、あるいは、予想していた過酷な現実ではなく、拍子抜けするような現実に遭遇した場合にリアリティ・ショックを生じさせる要因となる。
このような様々な要因が絡み合ってリアリティ・ショックを生み出していると考えられています。
これらを踏まえて、本事例の内容を見ていきましょう。
- Aは、大学でフランス語を専攻し、卒業後、新卒採用で入社して3年目である。
- 採用面接では、面接担当者に語学力と留学経験を高く評価されたことから、入社後は数年のうちに海外に派遣され即戦力として活躍できるキャリアパスをイメージしていた。
- ところが、事業整理によって、勤務先企業が欧州拠点を撤退したことを知り、現職で希望をかなえることができないという現実に直面している。「書類整理の手伝いくらいしか語学力を活かす機会がなく、こんなはずではなかった」と悩んでいる。
こうした状況は「リアリティショック:現実に直面した際のショック」であると言えますし、元々の期待が大きかったこと、良いキャリアパスをイメージしており、それが「勤務先企業が欧州拠点を撤退した」という個人の力ではどうしようもない予想以上の厳しい現実に遭遇したという状況はリアリティショックを引き起こすものと見なして矛盾がありません。
以上より、選択肢④が適切と判断できます。
① カタルシス
無意識に抑圧されている過去の苦痛な体験などの記憶を復活させ、言語や動作によって表出することによって、過去の情動の緊張が解放されることを「カタルシス」もしくは「除反応」と呼びます。
BreuerとFreud,Sによる共著論文「ヒステリー研究」によって知られるようになった概念です。
この仕組みを治療として応用したのがカタルシス療法であり、上記の2人によってヒステリーの治療に用いられました。
しかしユングは除反応による神経症治療には限界があることを指摘しています。
カタルシスへの誘導方法には、催眠による方法や薬物を使用する方法などがあります。
ヒステリーの症状に改善が見られたため、初期の精神分析では治療機序の一つと考えられていましたが、後に解釈や徹底操作の方法がより重要視されるようになっていきました。
イメージとしては、抑え込んでいたものが表出され、わーっと泣いたり怒りのまま暴れたりして「すっきりする」「雲が晴れる」という感じがカタルシスにはあるような気がしています。
ですから、問題の種類として、不安・緊張、恐怖、転換ヒステリー、心身相関の身体症状などがカタルシス療法の適用になることが多く、また、問題の成り立ちとしては欲求不満・葛藤が中心の問題や新しい過去に問題がある場合に適用が望ましいと感じます。
ただ、こうしたカタルシスが生じる事例はそこまで多くなくて「人を選ぶ」ということがあり、また、それだけではなくカタルシスのような形によって良い効果が出るかどうかも個人差が大きいという印象です。
人によってはいったん表現したものが、いろんな社会的場面や対人関係場面でも生じてしまい、一時的に社会適応が悪くなるということもあり得ますからね。
これらを踏まえて本事例を見ていると、具体的には「書類整理の手伝いくらいしか語学力を活かす機会がなく、こんなはずではなかった」という言葉をどう捉えるかですが(カタルシスは上記のように具体的に表現される形を取ることが多いので)、この言葉によってカタルシスが生じていると見るのは無理がありますね。
明らかに悩んでいる表現ですから、何かしらの「解放」にはなっていません。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② モラトリアム
モラトリアムはもともと経済学用語で、災害や恐慌などの非常時に、債務の支払いを猶予することやその猶予期間を指します。
エリック・エリクソンは、この言葉を青年期の特質を示すために用い、青年期を心理社会的モラトリアムと表現しました。
身体的な成長と心理的な成長は、産業化・情報化が進むにつれて齟齬が出るようになってきており、単に身体面の成長をもって社会生活を営めるとは言えなくなっています。
モラトリアムとは、こうした社会的な能力が十分でない青年に対して、社会的な責任や義務がある程度猶予されるということを指しています。
モラトリアムにある青年期の心理について小此木先生は以下のようにまとめています。
- 半人前意識と自立への渇望
- 真剣かつ深刻な自己探求
- 局外者意識と歴史的・時間的展望
- 禁欲主義とフラストレーション
しかし、現在では青年期という表現自体が使われなくなっている印象があり、徐々に時代によってその特徴も変わってきていると思われます。
このように、心理学におけるモラトリアムとは、子どもと大人の境目において「大人の領域に踏み込めずにうろうろしている状態」であり、それ故に社会的な責任や義務がある程度猶予されている状態になります。
本事例の状態は、明確に社会参加の意欲があり、実際に社会参加して3年目になるなど、モラトリアムの「社会的な責任や義務の猶予期間」という状態にあるとは言えないと考えられます。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ キャリア・プラトー
昇進や能力の頭打ち状態をキャリアプラトーと言い、キャリア開発の重要な課題の一つと言えます(プラトー:plateauは、直訳すると、「高原状態」となります)。
高原には、到達するまでは上に登る必要がありますが、到達してしまうと上は平らで、台形型をしています。
このことから、プラトーは「停滞」を意味するようになり、キャリアプラトーとは「組織内で昇進・昇格の可能性に行き詰まり、あるいは行き詰まったと本人が感じて、モチベーションの低下や能力開発機会の喪失に陥ること」を指します。
キャリアプラトーは、人生の特定の時期、とくに中年期のキャリアの危機として語られることがあります。
たとえば40歳代になると、社内における自分の位置づけ、すなわち現在の自分の能力や、今後どこまで昇進できるかなどがある程度分かってくることが多いといわれます。
そこで、これ以上自分が昇進できないと判断するだけでなく、新しい仕事に挑戦したり、そのための能力の開発に励むこともできないとなると、キャリアプラトーとなってしまうのです。
キャリアプラトーにも色々あり、階層プラトーには、ある職位にある人がそれ以上の昇進を望めないというパターン(よくドラマで「○○社の墓場」と呼ばれている部署がありますね。その部署に配属されると昇進はなくなるみたいな)や、個人でもAさんは出世コースに乗っているけどBさんは違うというような場合もあります。
また、長期間同じ仕事を担当しその仕事をマスターしてしまうことなどから、新たな挑戦、わくわく感や学ぶべきことが欠けている状態を内容プラトーといい、仕事のルーティン化とも呼ばれます。
本事例は年齢的にもキャリアプラトーというには早い印象ですし、「組織内で昇進・昇格の可能性に行き詰まり、あるいは行き詰まったと本人が感じて、モチベーションの低下や能力開発機会の喪失に陥ること」と見なすのは難しいですね。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
⑤ セルフ・ハンディキャッピング
課題に取り組むとき、自己のイメージが脅かされる結果が予期される場合に、あらかじめ課題遂行を妨げる障害を自分に与えるような行動を取ったり、ハンディキャップがあることを主張する行為を「セルフ・ハンディキャッピング」と呼びます。
仮に課題遂行の結果が失敗に終わったとしても、失敗の原因を、自らの能力ではなくハンディキャップに帰属させるため、自らの評価を曖昧にすることができます。
一方で、仮に成功した場合には、障害があったにも関わらず望ましい結果が得られたと見なされ、自らの能力が割り増しされて帰属されます。
自らハンディキャップを作り出す「獲得的セルフ・ハンディキャッピング」(努力を抑制する等)と、自らにハンディキャップがあることを主張する「主張的セルフ・ハンディキャッピング」(準備不足を友人に嘆く。テスト前にしている人が多い)とに大別されます。
本事例に起こったこと、具体的には「事業整理によって、勤務先企業が欧州拠点を撤退した」「書類整理の手伝いくらいしか語学力を活かす機会がなく、こんなはずではなかった」などは、セルフ(自分でやったこと)ではないので、セルフハンディキャッピングと見なすのは無理がありますね。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。