組織の特徴を示す概念を選択する問題です。
産業組織領域の用語って「聞いたことはあるけど、ちゃんと説明できない」ものが多いように感じますので(ビジネス用語を言われてアーハンという感じでわかった顔しているけど、実はわかってないみたいな感じになっちゃう)、きっちりと把握しておきましょう。
問150 A社は、創業50年になる機械製造業の老舗である。ここ数年、心の健康問題を抱える従業員の割合が高止まりの傾向にあり、新しい経営陣が職場環境改善に取り組むことになった。企業内の公認心理師Bが、メンタルヘルス推進担当者の会議に向けて、何人かの従業員にヒアリングを実施したところ、過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられるということであった。
その背景にあるA社の組織の特徴として、最も適切なものを1つ選べ。
① 安全文化
② 権限委譲
③ 属人思考
④ 法令遵守
⑤ 役割葛藤
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解答のポイント
産業組織領域の概念を把握している。
選択肢の解説
① 安全文化
「安全文化」という考え方が安全対策や事故の問題の中で語られるようになったきっかけは、チェルノブイリ原子力発電所事故です。
1986年に発生したチェルノブイリ原発事故の原因・対策について検討を行っていたINSAG(International Nuclear Safety AdvisoryGroup)により作成されたレポートの中で、「原子力発電所の安全の問題には、その重要性にふさわしい注意が最優先で払われなければならない。安全文化とは、そうした組織や個人の特性と姿勢の総体である」と表記されたのが最初です。
また同レポートでは、安全文化(Safety Culture)という用語の定義に際し、「組織の在り方だけでなく、意識・態度に関連するものでもあること」「個人と組織、両方に関係するものであること」「安全に関するすべての課題に対し、相応しい知覚と行動を発揮して対応すること」を盛り込むよう注意が払われた旨が記載されています。
その後、1996年にIAEA(国際原子力機関)がASCOTガイドラインを示し、安全文化の定義や組織の安全文化の測定法が提案されました。
IAEAによると安全文化とは「安全にかかわる諸問題に対して最優先で臨み、その重要性に応じた注意や気配りを払うという組織や関係者個人の態度、特性の集合体」とされています。
以上のとおり、最初は原子力業界にて定義された「安全文化」ですが、その後、「安全」という言葉に関わりをもつ多くの企業において定義され、安全文化の醸成に向けた取組みが推進されてきました。
特に多様化している組織においては、考慮すべき多くの要素が安全に対して影響を与えていると考えられ、内的・外的要因を含めて多面的に自社の安全文化を捉えていくことが重要視されつつあります。
例えば、昨今のグローバル化に伴い、様々な国籍・民族が入り混じる組織が増加傾向にある中で、ダイバーシティを意識した組織づくりが必要となってきています。
また大企業などにおいては、部署ごとや、階層ごとで異なる文化(いわゆるサブカルチャー)が形成されていることがしばしばでありますし、監督機関や世論、市場など、社外のステークホルダーも組織の安全文化に影響を与えることも考えられます(例えば、株主等から利益追求に向けた強い圧力がかかった場合、組織として安全よりも利益優先となりがち)。
この他にも、過去問では「Reasonが提唱している安全文化の構成要素」が出題されていますから、参考にしてみると良いでしょう。
さて、上記の「安全文化」についての考え方や定義は、本問の「過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられる」という状況を説明するものにはなっていませんね。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 権限委譲
「権限委譲」は、上司の業務権限の一部を部下に分け与えて、本人の裁量で仕事をさせることを指します。
これは、社員に自律性が備わる等の成長を促進させることを目的としており、ひいては組織・企業全体の生産性の向上に繋がるマネジメント手法の一つとされています。
上位の者が下位の者へ、自身の権限を譲ることを指し、各々の役職には変更がないので部下の仕事の最終責任は、それまで通り上司が負います。
つまり、事前に決められた業務について、上司の決裁なく部下の判断で進行することに許可が与えられますが、その結果責任はすべて、部下に権限を委譲した上司が負う、ということを前提としています。
この辺はかつてのスーパービジョンみたいですね(昔はスーパーバイザーにも責任が生じるとされていた。今でも状況によってはあり得る(例えば、大学院生が学内の教員にSVをしてもらっている場合など)だろうが一般的ではない)。
要するに権限委譲とは「俺が責任を取るから、好きにやれ」ということになるわけですね。
こうした上司像には色んな意見があるとは思いますが、私は好ましいものだと思っています(責任を取れる立場の人が、本当に責任を取る覚悟があるならね)。
こうした権限移譲に関する考え方は、本問の「過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられる」という状況を説明するものにはなっていませんね。
むしろ、逆に近い状況ではないかと思われます。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 属人思考
属人思考は岡本(2001)によって提唱された概念です。
その定義は「事案の記憶、処理、意志決定において「人」情報を重視し、「事柄」情報を軽視する傾向」というものです。
組織においては、意志決定を含め、種々のことがらや企画・提案が認知処理され、その処理は、案件を構成する複数の要素についての下位評価をウェイトをつけながら足し上げていくような作業になります。
そこでは「誰の提案か」「誰の利益になるものか」「誰がかかわっているか」などという対人要素も下位要素に含まれるが、通常の思考では下位要素の一部でしかありません。
ところが、属人思考では、この対人要素のウエイトがきわめて大きくなとされ、提案者が誰か、誰が関わっているかかなどということが、事案の採否においてほぼ決定的な役割を果たすようになってしまいます。
最上層部の意志決定がそのような思考をもっていると、意志決定にかかわる会議以外の要素も属人的となります。
例えば、事案を提案する「窓口」を間違えると、良い事案でも正当な評価が得られないとか、同様の事案でも関わっている人が誰かによって採用されたりされなかったりするために「評価の良い人」の名前を共同提案者として形式的に入れる工夫がなされるというようなことが起こるわけです。
このような思考は、本来、複雑性の高い「是々非々」の判断、すなわち属事的判断を「人」という単純な要素に依拠して行おうという傾向です。
それは思考の単純化傾向のひとつでもあるし(そういう意味では、思考の効率化であり、認知的に経済的ではある)、また、権威主義的思考傾向にもなり得ます。
こうした属人思考に関する説明は、本問の「過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられる」をまさに表していると言えますね。
何を言っても軽く見られるという状況は徒労感や無力感を生みますから、心の健康問題を抱える従業員が増えることはあり得ることですね。
よって、選択肢③が適切と判断できます。
④ 法令遵守
こちらは過去問で「コンプライアンス」という表現で出題されていました。
その内容を抜き出しておきましょう。
企業に求められている「コンプライアンス」とは、単に「法令を守る」というだけではなく、倫理観、公序良俗などの社会的な規範に従い、公正・公平に業務を行うことを意味しています。
ですから、コンプライアンスは、法令(国会で制定された法律や政令や省令の総称。地方公共団体の条例も含む場合も)、就業規則(就業ならびに業務の遂行にあたって社員が遵守しなければならない取り決めのこと。社内ルールや守るべきマニュアルなど。就業規則の作成は労働基準法で定められている)、企業倫理(企業が社会から求められる倫理観や公序良俗の意識)などを含む概念であると言えます。
企業倫理は、社会が求める企業の姿と言い換えることができますから、消費者や取引先からの信頼を獲得するためには重要な事柄になります。
具体的には、情報漏えい、データ改ざん、ハラスメント、ジェンダー平等など、法令の有無を問わず、企業は社会倫理に従って判断し、経営を行うことが求められています。
こうした法令遵守に関する説明は、本問の「過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられる」という状況を説明するものにはなっていませんね。
法令遵守に係るような問題をめぐる問題が発生しているわけではありませんからね。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ 役割葛藤
人間は集団生活や職業活動、人間関係の中で他者から「自分のポジション(位置づけ・地位)」に見合った役割の遂行を期待されます。
人間は自分の社会的地位や職業的役割に相応しい行動・態度・外見をパターン的に示すことが多いが、これは「他者・社会からの役割期待(role expectation)」に従った役割演技をすることによって社会の秩序や分業の役割分担が成立しているからです。
役割期待とは、上司(部下)は上司(部下)らしく、医師は医師らしく、教師は教師らしく振る舞うことが他者一般(社会・世間)から暗黙の了解として期待されているということであり、大多数の人は「自分の社会的ポジション・職業的役割」を引き受けて、それに相応しいような言動・態度・外見をするような役割演技をしています。
多くの人は、多くのペルソナを持っているものですが、これを不健康と見なすのは正しくなく、重要なのは多くのペルソナを自在に付け替える柔軟性と、そういう自己の在り方について突き詰めず不穏を抱かずにいられることだと思います(つまり、これは本当の自分じゃないからイヤだ!というのはちょっと違うなと思うわけです)。
このように、個人が社会生活をおくるうえで占有する役割は、多くの場合複数存在しているものです。
個人が占めているその複数の役割を役割群(role-set)と呼びますが、役割群に対応する役割期待や役割規定が相互に矛盾する内容を含んでおり容易に優先順位をつけられない場合、その個人はジレンマに陥ることになる。
こうしたジレンマ状態を役割葛藤と呼びます。
役割葛藤には、①役割内葛藤:その役割の中で求められるものが相反する(効率を上げることと、信頼を得ることを同時に求められるなど)、②役割間葛藤:社会的な役割と家庭的な役割の間でジレンマが生じるなど、があります。
カウンセリングなどの支援領域においても、多重関係などで生じる問題であるとも言えるでしょう。
外科医が家族を切れないというのも、外科医としての役割と家族としての役割で生じるそれぞれの情緒体験が交錯し、冷静な対応ができなくなるということが一因であることは想像に難くありませんね。
さて、こうした役割葛藤に関する説明は、本問の「過去の高業績に貢献した古参の従業員の発言力が強く、若手の従業員は意見が軽視されて、勤労意欲の低下がみられる」という状況を説明するものにはなっていませんね。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。