公認心理師 2021-70

企業の取組に合致する概念を選択する問題です。

差別とか迫害というのは「自分も気づいていないだけで差別している」と思っておかないと、なかなか自らの差別意識って認識できないものだと思います。

問70 製造業A社は、これまで正社員の大半が男性であった。ここ数年の労働力不足を背景に、様々な人材を登用する機会を模索している。女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組を行った。その取組をきっかけとして、女性社員、高齢者や国籍の異なる社員なども少しずつ増えて、今では属性の異なった人と協働する機会が増えている。
 このA社の取組を全体的に表すものとして、最も適切なものを1つ選べ。
① コンプライアンス
② キャリアマネジメント
③ ポジティブアクション
④ アファーマティブアクション
⑤ ダイバーシティマネジメント

解答のポイント

産業領域における平等や多様性に関する概念を把握している。

選択肢の解説

① コンプライアンス

コンプライアンスとは、「法令遵守」を意味しています。

ただし、企業に求められている「コンプライアンス」とは、単に「法令を守る」というだけではなく、倫理観、公序良俗などの社会的な規範に従い、公正・公平に業務を行うことを意味しています。

ですから、コンプライアンスは、法令(国会で制定された法律や政令や省令の総称。地方公共団体の条例も含む場合も)、就業規則(就業ならびに業務の遂行にあたって社員が遵守しなければならない取り決めのこと。社内ルールや守るべきマニュアルなど。就業規則の作成は労働基準法で定められている)、企業倫理(企業が社会から求められる倫理観や公序良俗の意識)などを含む概念であると言えます。

企業倫理は、社会が求める企業の姿と言い換えることができますから、消費者や取引先からの信頼を獲得するためには重要な事柄になります。

具体的には、情報漏えい、データ改ざん、ハラスメント、ジェンダー平等など、法令の有無を問わず、企業は社会倫理に従って判断し、経営を行うことが求められています。

さて、本事例の「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」は、大きな枠組みで言えば、社会が求める企業像に合致するという意味で企業倫理に関する内容と言えなくもありません。

しかし、「個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」とコンプライアンスの定義は合致しないことがわかりますね。

それに、コンプライアンスという表現が主に指し示しているのは、ざっくりと言えば「企業として守るべきことがある」「企業として悪いことをしないように」という感じの方が近いように思います。

企業としての法律も含めた守るべきルールというのが「コンプライアンス」の意味として適切と言えますから、本事例の内容はそれとは合致しないと考えられます。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② キャリアマネジメント

まず「キャリア」とは、一般に「経歴」「経験」「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念として捉えられます(キャリアの語源は、中世ラテン語の「車道」を起源とし、英語で、競馬場や競技場におけるコースやそのトラック(行路、足跡)を意味するもの)。

そして「キャリアマネジメント」とは、将来のキャリアをどのように構築するかを計画し、実行することを指します。

この際、個人と企業のいずれかの利益を優先させるのではなく、双方のバランスを取った計画を行うことが大切で、いかに個人の目標と企業の目標とを統合していくかがポイントになります。

本事例の「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」は、個人のキャリアを将来的にどう構築するかという視点というよりも、会社という大きな組織としての取組と捉える方がしっくりきますね。

そもそも「個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」とキャリアマネジメントはイコール関係にはできないですね。

「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施」に関しては、社員の中には、その人の「キャリアマネジメント」に資する面はあるでしょうが、それは間接的なお話というか、こういう取組を企業が行った後の話という感じですね。

そもそも「マネジメント」という言葉は、組織内では監督・監視・管理するという意味もありますが、本来は「現状を把握し、理想の状態に近づける」という意味づけが正確です。

これを社員個人個人のキャリアに対して行っていくというのが「キャリアマネジメント」ですから、本問の取組(個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組)とは合致しないことがわかります。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ ポジティブアクション

ポジティブ・アクションについて厚生労働省は「一義的に定義することは困難ですが、一般的には、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置」であるとしています。

関連する条約や法律としては、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)」「男女共同参画社会基本法」「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」などがありますね。

このポジティブアクションの必要性が指摘されている要因として、厚生労働省は以下を挙げています。

  1. 高い緊要度:日本における女性の参画は徐々に増加しているものの、他の先進諸国と比べて低い水準であり、その差は拡大しています。これまでの延長線上の取組を超えた効果的な対策として、暫定的に必要な範囲において、ポジティブ・アクションを進めていくことが必要です。
  2. 実質的な機会の平等の確保:世論調査の結果などを見ても、我が国は、固定的性別役割分担意識に関しての偏見が根強いことがうかがえます。また、現状では男女の置かれた社会的状況には、個人の能力・努力によらない格差があることは否めません。こうした中、実質的な機会の平等の確保が必要となります。
  3. 多様性の確保:女性を始めとする多様な人々が参画する機会を確保することは、政治分野においては民主主義の要請であり、行政分野においては、バランスのとれた質の高い行政サービスの実現にもつながります。また、民間企業の経済活動や研究機関の研究活動において、多様な人材の発想や能力の活用は、組織・運営の活性化や競争力の強化等に寄与するものです。

また、ポジティブ・アクションには多様な手法がありますが、こちらについても示していきましょう。

これは、各団体、企業、大学、研究機関などの特性に応じて最も効果的なものを選択することが重要です。

  1. 指導的地位に就く女性等の数値に関する枠などを設定する方式:クォータ制(性別を基準に一定の人数や比率を割り当てる手法)等
  2. ゴール・アンド・タイムテーブル方式:指導的地位に就く女性等の数値に関して、達成すべき目標と達成までの期間の目安を示してその実現に努力する手法
  3. 基盤整備を推進する方式:研修の機会の充実、仕事と生活の調和など女性の参画の拡大を図るための基盤整備を推進する手法

このように見てみると、本事例の「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」は、ポジティブアクションに合致しないことがわかります。

ポジティブアクションの定義として「社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して」という前提が示されていますが、本問の状況とは異なることがわかります。

「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施」などはポジティブアクションの取り組みと重なる面はありますが、本事例の「個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」とポジティブアクションをイコール関係で結ぶことは難しいでしょう。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

④ アファーマティブアクション

アファーマティブ・アクションとは、アメリカ自由人権協会の定義によると「過去の差別の是正あるいは未来における差別の再発防止のために適用される措置のうち、単なる差別的慣行の廃止にとどまらないものすべてを広く含意する諸措置のこと」を指します(元々の意味は 、 現実にある差別的状況に対して、人種的中立、ジェンダー的中立を確保することであった)。

この場合の是正措置とは、民族や人種や出自による差別と貧困に悩む被差別集団の、進学や就職や職場における昇進において、特別な採用枠の設置や、試験点数の割り増しなどの優遇措置を指します。

例えば、他選択肢でも示した「クォータ制」は、企業に対して「一定割合」の障害者を雇用するように義務付ける制度であり、アファーマティブアクションの最も極端な形態と言えます(市場に任せたままでは、偏見等によるため、その労働能力が正当に評価されず雇用に結びつかない)。

外国では、アファーマティブアクションは弱者集団の現状是正のための進学や就職や昇進における直接の優遇措置を指しており、「肯定的(=改善を意味する)措置」と呼ぶのが一般的です(アメリカ英語のニュアンスとしては、「改善措置」あるいは「改善目的の差別」とすると原意が理解しやすい。これを差別と言ったらダメだと思いますが、ニュアンスとしてです)。

「差別撤廃」や「積極的差別是正」の方策として受け入れられてききましたが、その実際的運用や効果測定の場面においては賛否両論がある概念です(多数派が学歴や職を得るのを阻害しているとの批判も存在する)。

入試の場面などでも多く見られるものであり、日本語で「積極的差別是正措置」などと訳されているように、女性や人種マイノリティという社会的不利な状況に置かれている人々を「公正でない」状態にあると捉え、学校や企業に入る段階での差別を是正しようとする動きです。

本問の「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」は、差別を是正するための取組というわけではないことがわかります。

あくまでも「個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」に合致する概念を選択することが求められていますから、本選択肢は合わないですね。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ ダイバーシティマネジメント

まず「ダイバーシティ」とは多様性・相違点・多種多様性などを意味しており、ダイバーシティマネジメントの考え方におけるダイバシティとは「個人の持つあらゆる属性の次元」とされています。

例えば、居住地、家族構成、習慣、所属組織、社会階級、教育、コミュニケーションスタイル、マネジメントスタイル、人種・民族、性的指向、職歴、年齢、未既婚、趣味、パーソナリティ、宗教、学習方式、外見、収入、国籍、出身地、役職、体格、性別、勤続年数、勤務形態 (正社員・契約社員・短時間勤務)、社会経済的地位、身体的能力など、人が有するほとんどの属性がダイバシティの次元の範疇になります。

こうしたダイバーシティの考え方を取り入れようとする経営手法がダイバーシティ・マネジメントになります。

すなわち、ダイバーシティマネジメントは、企業が従業員の多様な個性(属性、働く条件の違い、など)を柔軟に受け入れ、多様性を活かしながら組織力を強化することを指すわけです。

個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち「多様性」を競争優位の源泉として生かすために文化や制度、プログラムプラクティスなどの組織全体を変革しようとするマネジメントアプローチですね。

なお、ダイバーシティとアファーマティブアクションは類似点が多いとされていますが、違いは以下のように指摘されています。

  1. アファーマティブアクションは同化を当然のこととする。
  2. アファーマティブアクションは採用や昇進、従業員を留めておくことに焦点をあてているが、ダイバシティ・マネジメントは個々人の十分な潜在性の開発が自然に行われるような環境をつくりだすことを優先する。
  3. アファーマティブアクションは根本的な原因には注意を向けていない。
  4. アファーマティブアクションが不利な状況におかれている個々人を救うことを目指しているのに対し、ダイバシティ・マネジメントは彼/彼女らの経営能力を強化できるよう支援するために機能する。 またアファーマティブアクションは恒久的な経営ツールではなく、機会均等が達成されれば終了する。

なお、アファーマティブアクションとダイバーシティマネジメントとの関係や歴史的経緯などは、こちらの論文に詳しいです。

本事例の「女性の管理職の増加を目指したキャリアコンサルティングの実施、外国人社員に伴って来日した配偶者の採用に加え、社内に障害者支援委員会を設置して精神障害者の就労支援を行うなど、個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」に関しては、まさにダイバーシティマネジメントであると考えられます。

「個々の違いを認め、尊重し、それらを組織の競争優位性に活かそうとする取組」というのが、ダイバーシティマネジメントの説明と合致しますね。

また、その結果生じた「その取組をきっかけとして、女性社員、高齢者や国籍の異なる社員なども少しずつ増えて、今では属性の異なった人と協働する機会が増えている」というのも、「多様性を活かしながら組織力を強化する」というダイバーシティマネジメントの意義と一致しています。

よって、選択肢⑤が最も適切と判断出来ます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です