問154はうつ病で休職中のクライエントが復職を訴えてきたときの対応を選択する問題です。
この種類の問題で法律がそれほど関わっておらず、臨床的判断が中心となっている問題は意外と珍しいです。
問154 35歳の男性A、会社員。うつ病の診断で休職中である。抑うつ感は改善したが、まだ夜間よく眠れず、朝起きづらく、昼間に眠気がある。通院している病院に勤務する公認心理師がAと面接を行っていたところ、Aは「主治医には伝えていないが、同僚に取り残される不安があり、早々に復職をしたい。職場に行けば、昼間は起きていられると思う」と話した。
このときの公認心理師の対応として、適切なものを2つ選べ。
①試し出勤制度を利用するよう助言する。
②まだ復職ができるほど十分に回復していないことを説明する。
③Aに早々に復職したいという焦る気持ちがあることを受け止める。
④同僚に取り残される不安については、これを否定して安心させる。
⑤主治医に職場復帰可能とする診断書を作成してもらうよう助言する。
本問では、カウンセリングにおける「優しさ」と「厳しさ」について考えておくことが大切な気がします。
本当の意味での「優しさ」とは何なのか、甘やかしと支援することの違いとは、カウンセリングにおいて「厳しさ」が大切な状況とは…などといったことを考えておきたいところですし、考え続けることが大切とも言えますね。
解答のポイント
共感的に接することと、現実を伝えることの両立に関する理解があること。
選択肢の解説
①試し出勤制度を利用するよう助言する。
こちらの選択肢については「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」のなかで詳しく示されております。
正式な職場復帰決定の前に、社内制度として試し出勤制度等を設けると、より早い段階で職場復帰の試みを開始することができます。
休業していた労働者の不安を和らげ、労働者自身が職場の環境を確認しながら、復職の準備を始めることができます。
試し出勤制度等の例としては、以下のような形態が挙げられます。
- 模擬出勤:勤務時間と同様の時間帯にデイケアなどで模擬的な軽作業を行ったり、図書館などで時間を過ごす。
- 通勤訓練:自宅から勤務職場の近くまで通勤経路で移動し、職場付近で一定時間過ごした後に帰宅する。
- 試し出勤:職場復帰の判断等を目的として、本来の職場などに試験的に一定期間継続して出勤する。
これらのような試し出勤制度等を設けていれば、より早い段階で職場復帰の試みを開始することができ、早期の復帰に結びつけることが期待できます。
また、長期に休業している労働者にとっては、就業に関する不安の緩和に寄与するとともに、労働者自身が実際の職場において自分自身及び職場の状況を確認しながら復帰の準備を行うことができるため、より高い職場復帰率をもたらすことが期待されます。
ただし、この制度の運用にあたっては、産業医等も含めてその必要性を検討するとともに、主治医からも試し出勤等を行うことが本人の療養を進める上での支障とならないとの判断を受けることが必要になります。
ちなみに、この文章における「産業医等」とは、産業医その他労働者の健康管理等を行うのに必要な知識を有する医師を指し、公認心理師は含まれていないことに留意しておきましょう(この辺は2018-77の正誤判断にも用いられましたね)。
更に、これらの制度が事業所側の都合でなく、労働者の職場復帰をスムーズに行うことを目的として運用されるよう留意すべきです。
というのも、一部の大企業を除いて、復職後に長期間にわたって社員を軽減勤務させる余力がないことも少なくありません。
中小企業の現場はギリギリの人数で回していることも多いので、復職したらできるだけ速やかに通常勤務に戻ってほしいという事業所があるのも事実ですし、そういう思いを持つことも仕方がないと言えるでしょう。
もちろん、だからといって無理な復職は厳禁ですし、本人の療養が適切に進むという視点を中心にして復職支援を行っていくべきであることは言うまでもありません。
以上のように、試し出勤制度は産業医等を含めた必要性の判断の検討が求められますから、事例の状況で公認心理師が下して良い判断でないことがわかりますね。
ときどき試験問題で見られる「職権の範囲を超えていないか」を問う内容の選択肢であると言えます。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
②まだ復職ができるほど十分に回復していないことを説明する。
③Aに早々に復職したいという焦る気持ちがあることを受け止める。
この問題の難しさは、この2つの選択肢が共存するところにあります。
そして、こうした一見して相反するように見える状況が臨床実践では日常風景とも言えるでしょう。
本事例では、「同僚に取り残される不安があり、早々に復職をしたい」という休職者であれば誰しもが感じるであろう不安を訴えてきております。
カウンセリング全般で言えることでしょうが、クライエントの自然な感情を圧し潰すような関わりをしてはいけません。
本事例での状況では、こうした自然な不安を受けとめ、理解を示すことが重要になります。
上記で「自然な不安」と述べましたが、「不自然な不安があるのか?」という疑問があるかと思います。
例えば、強迫性障害に見られるような不安は、理論的には別の不安が「より対処しやすい不安」に置き換えられたと見なすことができますね。
つまりは、大元の不安(強迫性障害では、死の恐怖、が大元の不安であると言われたりします)から離れて、別の対象(代表的なのがバイキンなどですね)に置き換えられているわけですから、クライエントと話していても「どうしてそれが不安なのか理解しがたい感じ」があるはずです。
大元の不安から置き換えられている(離れている)ため、クライエントの不安の訴えについて「理解できる」という感覚が薄く、そう簡単に「受けとめる」「頷首」ができない感覚が支援者にあるはずですね。
事例の不安はこうした類のものではなく、その状況で多くの人が感じるであろう不安であり、面接している支援者にとってもその不安やそこから生じる苦しみは理解しやすいはずですね。
そして、こういう自然な不安には「そう思うのが自然である」という態度が、クライエントにとって何よりサポーティブなメッセージとなり得ると思います。
一方で、クライエントは「抑うつ感は改善したが、まだ夜間よく眠れず、朝起きづらく、昼間に眠気がある」という状態です。
「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の中に、職場復帰可否の判断基準の例として「適切な睡眠覚醒リズムが整っている、昼間に眠気がない」という点が挙げられています。
睡眠は心理的支援の「有能で老練な助手」であり、睡眠が整っていれば精神的に大崩れはしないのですが、整っていないと安定した状態を維持することは困難なことが多いです。
ちなみに、心理支援で「長く寝ている」ことが家族から訴えられることがありますが(不登校などでも多いですね)、これは「質の悪さを長さで補っている」のであり、睡眠がとれているうちは精神的に健康な面が保持されていると伝えておくことが大切です。
こうした点を鑑みれば、クライエントが復職可能なほどに回復しているとは言えないと判断できることがわかると思います。
心理療法全般で大切なのは、そのときに感じた体験・判断を、その心理療法場面の中で活用するよう尽力することです。
そうした体験・判断は、目の前のクライエントとの関わりを通して生まれてきたものであり、そのクライエントの支援に役立つように活用することが筋目というものです。
つまりは、選択肢②にあるように「まだ復職ができるほど十分に回復していない」という支援者の判断をクライエントに伝えるということですね。
さて、冒頭で述べたとおり、臨床実践の難しさはこの2つの選択肢が共存している点にあります。
つまり、職場復帰をしたいという不安を受けとめつつも、職場復帰は時期尚早であるという支援者としての判断を伝えねばならないということです。
管理者としてふるまう部分と、支援者としてふるまう部分とが混在しているということですね。
人によっては「復職できるほど回復していないという判断は、産業医や主治医に任せれば良いのではないか?」という意見もあるかと思いますので、その点についても考えてみましょう。
かつて境界例の治療では、A-Tスプリットという関わりが実践されていました。
これは、精神分析的方向のもとに行われる治療において、Administrator(管理者)とThrapist(支援者)とを分ける治療形態または治療的機会のことを指し、上記の事例で言えば、職場復帰には尚早であると伝える役割(A:管理者)と、不安を受けとめる役割(T:支援者)を分けて対応するということも考えられなくもありません。
しかし、これはA-Tスプリット全般にいえることですが、AとTを分けることができるのは、構造化された治療場面だけであり、クライエントが過ごす多くの日常場面ではAとTが混在しているはずです。
優しい母親が怒ることもあれば、怖い父親が優しく関わることだってあるはずですよね(そもそもA-Tスプリット自体、こうした対象関係の問題がある人に対して活用されていた対応)。
境界例のA-Tスプリットでは、入院中は安定していても、退院したら日常の混在するAとTに混乱し、すぐに不安定になるという事態も見受けられました。
A-Tスプリットを行う場合は、AとTを切り離すことのメリットとデメリットを冷静に天秤にかけて判断することが求められるわけです。
さて、本事例では、AとTをスプリットをしないといけないような精神的不安定さ(例えば、理想化とこき下ろしが見られるなど)は見受けられませんから、やはり本事例でも職場復帰をしたいという不安を受けとめつつも、職場復帰は時期尚早であるという支援者としての判断を伝えるという対応は必要なことだと考えることができます。
カウンセリングで重要なのは「職場復帰をしたいという不安を受けとめつつも、職場復帰は時期尚早であるという支援者としての判断を伝える」という状況で生じるクライエントの葛藤を抱え、クライエントが自分の内にある不安を受けとめられるよう支援することです。
それはすなわち、自分の思った現実が眼前に無いという哀しみ・苦しみ・場合によっては世界からの見捨てられ感などを共に抱えるという作業になります。
「まだ復職ができるほど十分に回復していないことを説明する」ということは、そうした心理的作業に入る覚悟をもって行うことであり、そして、それがカウンセリングという仕事そのものなのだと思うのです。
以上より、選択肢②および選択肢③が適切と判断できます。
④同僚に取り残される不安については、これを否定して安心させる。
こちらの選択肢に関しては、選択肢③の解説でも示した通りですが、クライエントの自然な不安を「否定」しても、クライエントは絶対に「安心」することはありません。
自然なものを抑え込むほどに、クライエントは孤立感を覚え、孤立する中で不安は強くなっていくでしょう。
なお、上述した「不自然な不安」の例で挙げた強迫性障害の不安の訴えに関しては、そもそも当人が「そんなことを不安に思わなくていいはずなのに、不安に思ってしまう」という自我違和的な感覚を持ち合わせていることも少なくありません。
強迫性障害の治療は、その自我違和的な心の部分を育んでいくことが重要になってくると言えるでしょう。
もちろんこの場合でも、「否定して安心させる」というよりも、合意が取れるポイントを探して治療の協働関係を作っていくというイメージに近いでしょう。
とある著明な精神科医の診察中に、妄想を訴える統合失調症患者から電話が入り、その電話口で「うん、それはね、妄想なの。だから大丈夫」と伝えていました。
もちろん、普段から診察している患者への対応ですから、相手の特徴等を踏まえての応答であったと言えますが、こうやって端的に否定するというやり方も状況によってはあり得るだろうと思います。
ただし、その電話の語り口は、不安ごと患者を包むような、そういうホールディングの雰囲気が強いものであったことは言うまでもありません。
このように精神医学的な不安は、さまざまな機制が複雑に絡み合いながら生じている場合も多く、対応も一概には言えないのですが、本事例のクライエントが示すような不安に関しては「しっかりと理解し、受けとめる」ということが最初に求められる態度と言えるでしょう。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤主治医に職場復帰可能とする診断書を作成してもらうよう助言する。
「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」によると、休業中の労働者から職場復帰の意思が伝えられると、事業者は労働者に対して主治医による職場復帰可能の判断が記された診断書を提出するように伝えることになります。
本問は「助言する」の主語がクライエントなのか主治医なのか、やや不明瞭です。
クライエントに「助言する」だと思うのですが、主治医に「助言する」と読めなくもありません。
よって、このいずれの場合であっても答えられるように解説していきましょう。
もしも主語が「主治医」の場合、診断書の作成は労働者本人に依頼してもらう必要があります(上記の「労働者に対して」という部分ですね)。
もちろん主治医と支援者の連携ができているという場合もあるのでしょうが、診断書の作成依頼というクライエントが行うべきことを公認心理師が行ってしまうのは不適切と言えるでしょう。
ここは細かいことですが、クライエントの主体性・自律性を育んでいくカウンセリングという営みの中では不適切な対応と言えるでしょう。
特に本事例は復職という事態に関する判断なわけですから、クライエントが自らの社会的な手続きを取ることが大切になります。
上記が主語が主治医だった場合ですが、主語がクライエントだった場合でも、選択肢②で説明した「まだ復職ができるほど十分に回復していない」という判断を置いてけぼりにしているという点に問題があります。
先述の通り、本事例のクライエントは睡眠状態が安定していないなど、復職を促すことが適切とは言えない状態です。
その点については明確にクライエントが語っていますから、その点の見立てがある中で「職場復帰可能とする診断書の作成」を勧めるのは不適切と言えるでしょう。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。