30歳の男性A、仮釈放中の事例です。
問68 30歳の男性A、仮釈放中。Aは無職で、引受人の母親と暮らしている。Aには、遵守事項によって、保護観察所での専門的処遇プログラムへの参加が義務付けられている。第3回目のプログラム開始の2時間前に、Aは保護観察所に電話をかけ「保護観察所に行くための電車賃がなく、本日はプログラムに参加できない。プログラムの不参加によって仮釈放が取り消されたとしてもかまわない」と担当保護観察官Bに話した。Bが、交通費の支出を母親に依頼できないか A に尋ねたところ、Aは「母親は家にいるが頼めない。これ以上迷惑をかけられない」と繰り返した。
このときのBの対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① 担当保護司に連絡をとり、A に交通費を貸与するように依頼する。
② 次回の専門的処遇プログラムに必ず参加する旨の誓約書を送らせる。
③ 交通費を確保して次回からの専門的処遇プログラムに参加するように指導する。
④ 電話を母親に代わってもらい、交通費を貸与あるいは支出するように依頼する。
⑤ 交通費は更生緊急保護によって支給されるので、本日の専門的処遇プログラムに参加するように指導する。
本問では解く前に「これは押さえておこうね」という知識があるので、それを列挙していきます。
仮釈放については刑法第32条に「仮釈放は、次に掲げる事由を総合的に判断し、保護観察に付することが本人の改善更生のために相当であると認められるときに許すものとする」と規定され、以下の4項目が挙げられています。
- 悔悟の情が認められること。
- 更生の意欲が認められること。
- 再犯のおそれがないと認められること。
- 社会の感情が仮釈放を是認すると認められること。
仮釈放を受けるには刑務所長の許可が必要です。
刑務所長の許可判断の基準は受刑者が反省・更生をしたかどうかであり、日々の受刑態度が反省・更生の判断材料になるようです。
しかし、どのようなケースで受刑態度が良好と言えるかどうか明確な基準はありません(単純に「これをすれば仮釈放」としてしまうと、反省等へのベクトルが薄れそうですよね)。
一方で、仮釈放の取り消しについても刑法第29条に「次に掲げる場合においては、仮釈放の処分を取り消すことができる」として、以下を規定しています。
- 仮釈放中に更に罪を犯し、罰金以上の刑に処せられたとき。
- 仮釈放前に犯した他の罪について罰金以上の刑に処せられたとき。
- 仮釈放前に他の罪について罰金以上の刑に処せられた者に対し、その刑の執行をすべきとき。
- 仮釈放中に遵守すべき事項を遵守しなかったとき。
本事例のように、遵守事項を守らなかった場合は上記の第4号に該当しますので、仮釈放を取り消される可能性があります。
また上記以外に押さえておくべき用語は以下の通りです。
遵守事項とは、一般遵守事項と特別遵守事項があります。
一般遵守事項は更生保護法第50条に、特別遵守事項は同法第51条に規定がありますので、チェックしておきましょう。
大雑把にいえば、「更生保護法に定められた保護観察対象者が健全な生活を保持し更正に取り組むための決まり」であり、「保護司との定期面接や生活状況の申告の他、犯罪者との交際や過度の飲酒などを禁じ、犯罪者処遇プログラムの受講などを科している」というものになります。
また、ある種の犯罪的傾向を有する保護観察対象者に対しては、指導監督の一環として、その傾向を改善するために、専門的処遇プログラムとして、心理学等の専門的知識に基づき、認知行動療法を理論的基盤として開発された体系化された手順による処遇が行われています(平成28年度版 犯罪白書より)。
以下の処遇を受けることを特別遵守事項として義務付けて実施しています。
- 性犯罪者処遇プログラム
- 薬物再乱用防止プログラム
- 暴力防止プログラム
- 飲酒運転防止プログラム
上記のプログラム名からもわかるとおり、どういった犯罪傾向の人が対象者になるかがわかりますね。
本問では、事例Aがどういった犯罪を犯したのかは明言されていませんが、上記のプログラムに該当する犯罪なのだろうと推察できます。
そして、このプログラムは特別遵守事項(更生保護法第51条第2項第4号:医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識に基づく特定の犯罪的傾向を改善するための体系化された手順による処遇として法務大臣が定めるものを受けること)に該当しますので、これをすっぽかせば仮釈放が取り消される可能性がありますね。
上記の点を踏まえて、選択肢の解説に入っていきましょう。
解答のポイント
保護観察官、保護司、引受人の職域・職権・立場などを把握していること。
保護観察官という立場に求められる対応について考えておくこと。
選択肢の解説
①担当保護司に連絡をとり、Aに交通費を貸与するように依頼する
更生保護は地域の中で行われるものであることから、犯罪や非行をした人を取り巻く地域社会の事情をよく理解した上で行われなければ効果がありません。
そこで、地域の事情に詳しい保護司が、保護司法に基づき、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員(実質的に民間のボランティア)として活動します。
保護観察官と協力して、主に次のような活動を行います。
- 保護観察:更生保護の中心となる活動で、犯罪や非行をした人に対して更生を図るための約束ごと(遵守事項)を守るよう指導するとともに、生活上の助言や就労の援助などを行い、その立ち直りを助ける。
- 生活環境調整:少年院や刑務所に収容されている人が、釈放後にスムーズに社会復帰を果たせるよう、釈放後の帰住先の調査、引受人との話合い、就職の確保などを行い必要な受入態勢を整える。
- 犯罪予防活動:犯罪や非行をした人の改善更生について地域社会の理解を求めるとともに、犯罪や非行を未然に防ぐために講演会、住民集会、学校との連携事業などの犯罪予防活動を促進する。
法的には保護司法にその役割が規定されています。
保護司の活動はあくまでもボランティアであり、金銭の貸与はその活動の範囲を明らかに逸脱します。
専門的処遇プログラムを受けるように指導することはできても、金銭の貸与を行って受けるよう促すことはありません。
選択肢⑤にもありますが、金品の貸与について規定があるのは更生保護法第85条の「更生緊急保護」のみとなります(そして、それには該当しません)。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
②次回の専門的処遇プログラムに必ず参加する旨の誓約書を送らせる
③交通費を確保して次回からの専門的処遇プログラムに参加するように指導する
更生保護法第63条には「遵守事項を遵守しなかったことを疑うに足りる十分な理由があり、かつ、正当な理由がないのに、前項の規定による出頭の命令に応ぜず、又は応じないおそれがあるとき」に「保護観察対象者に対し、出頭を命ずることができる」と示されております。
事例Aは専門的処遇プログラムを受けることが求められ、「電車賃がない」というのは上記の「十分な理由があり、かつ、正当な理由」とみなすのは無理があるでしょう。
保護観察官は更生保護法第31条第2項に「保護観察官は、医学、心理学、教育学、社会学その他の更生保護に関する専門的知識に基づき、保護観察、調査、生活環境の調整その他犯罪をした者及び非行のある少年の更生保護並びに犯罪の予防に関する事務に従事する」と規定されており、事例Aに対して専門的処遇プログラムを受けるような形に持っていくことが求められます。
重要なのは、どういうアプローチが事例Aが専門的処遇プログラムを受ける形になりやすいかを考えていくことです。
言い換えるなら、何かしらのアプローチを取ったとしても、それによってAが専門的処遇プログラムを受ける形にならないことが予測できるようなら適切なアプローチとは言えないと判断できます。
保護観察官Bの効果的なアプローチを考えていくにあたって、事例Aの専門的処遇プログラムを受けない心理的背景を推測してみましょう。
- 実際に「電車賃がない」ために参加できない。
- 「プログラムの不参加によって仮釈放が取り消されたとしてもかまわない」という表現より、Aがやや投げやりになっていたり、プログラムに対して消極的になっている可能性。
- 「母親は家にいるが頼めない。これ以上迷惑をかけられない」ということを繰り返した点からは、自身の犯罪や自分が家にいることで家族に迷惑をかけているという罪悪感があり、プログラムを受けないことで消極的に家から離れようとしている。
状況から考えて、単純に「電車賃がないから」という理由でプログラムを受けないと捉えるのは考えが浅いように思えます。
プログラムを受けないことによるマイナスを勘案すれば、それ以外の心理的要因が絡んできていると見るのが適当であり、上記の第2項や第3項、又はその両方(やそれ以外の要因)が混ざり合っている可能性を踏まえるのが自然です。
選択肢②の対応は、誓約書を書かせることで次回のプログラムに参加する可能性が高まるときに採るものです。
しかし、プログラム自体への忌避感や家にいることへの拒否感があるとするなら、誓約書を書かせたとしてもプログラムへの参加は期待できないでしょう。
選択肢③の対応は、「電車賃がないから」というAの説明を鵜呑みにした時に採られます。
Aがプログラムを受けないのは単に「電車賃」の確保の問題だから、「交通費を確保して次回からの専門的処遇プログラムに参加しなさい」と指導するわけです。
本当に電車賃の問題だけならそれもありなのでしょうが、実際には上述したような心理的要因が多分に絡んでのプログラム拒否だと捉えるのが自然です。
この対応はAのプログラム拒否の背景にある心理的要因を踏まえた対応になっているとは言えず、この対応がプログラム参加の可能性を高めるとは思えません。
以上より、選択肢②および選択肢③は不適切と判断できます。
④電話を母親に代わってもらい、交通費を貸与あるいは支出するように依頼する
引受人は、親族(親、きょうだい、配偶者など)が身元引受人となるのが通例となっています。
また同僚や上司など会社関係の人が身元引受人になることも可能です。
いずれにせよ「釈放後の生活や行動を監督するにふさわしい人物」であれば、どのような方でも身元引受人をお願いすることができます。
上記で仮釈放の判断に影響し得る事項を挙げましたが、それ以外にも適格な身元引受人の有無がその判断に影響するとされています。
ちなみに、仮に身元引受人の監督下で再犯を起こしてしまったとしても、身元引受人の法的責任を問われることは通常はありません。
一般に身元引受人は「釈放後の生活や行動を監督するにふさわしい人物」ですから、近しい人物であることが望ましく、本事例でも母親が身元引受人になっていますね。
身元引受人がつくことで、逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれなどが防がれることを期待されています。
本事例のような「専門的処遇プログラム」を受けさせる力があるということも身元引受人に期待される事柄と言えます。
事例Aは「母親は家にいるが頼めない。これ以上迷惑をかけられない」ということを繰り返してはいますが、母親側からすればAを専門的処遇プログラムを受けるように監督することが「引受人」として期待されているわけです。
事例Aの見立てとして他選択肢の解説でもしたように、「プログラム自体への拒否感」や「家にいることへの罪悪感」等も考えられます。
一般的なカウンセリング場面では、こうした拒否感を丁寧に話題にしていきながらその葛藤を抱えていくことになりますが、本事例は仮釈放中の人物に対する保護観察官の対応になります。
事例Aに対して強制力を含まない対応を採れば、おそらくは専門的処遇プログラムを欠席し続け、最終的には仮釈放が取り消されることも考えておかねばなりません。
そこで、多少踏み込んだ対応として保護観察官Bが「引受人」である母親に直接アプローチし、Aが表向きの理由として示している交通費の問題を解消するよう働きかけることはあり得る対応と言えます。
まずは専門的処遇プログラムに参加することを第一とし、そのプログラムの中で「プログラム自体への拒否感」や「家にいることへの罪悪感」もテーマにしていくことが考えられます。
なぜなら「プログラム自体への拒否感」は自身の罪に向き合うことへの拒否感を背景にしている可能性があり、「家にいることへの罪悪感」は社会の中で生きていくことへの苦しさを背景にしている可能性があるからです。
これらの感情についてA自身がどのように関わっていくかは、Aの更生のために避けては通れないテーマだと考えられます。
以上のように本選択肢の対応は、母親と保護観察官の両方の立場から鑑みてもあり得るものと言え、プログラムへの参加を促し、その中で必要な心理的アプローチを行っていくことが適切と言えます。
よって、選択肢④は適切と判断できます。
⑤交通費は更生緊急保護によって支給されるので、本日の専門的処遇プログラムに参加するよう指導する
更生緊急保護については、更生保護法第85条に以下のように規定されています。
「この節において「更生緊急保護」とは、次に掲げる者が、刑事上の手続又は保護処分による身体の拘束を解かれた後、親族からの援助を受けることができず、若しくは公共の衛生福祉に関する機関その他の機関から医療、宿泊、職業その他の保護を受けることができない場合又はこれらの援助若しくは保護のみによっては改善更生することができないと認められる場合に、緊急に、その者に対し、金品を給与し、又は貸与し、宿泊場所を供与し、宿泊場所への帰住、医療、療養、就職又は教養訓練を助け、職業を補導し、社会生活に適応させるために必要な生活指導を行い、生活環境の改善又は調整を図ること等により、その者が進んで法律を守る善良な社会の一員となることを援護し、その速やかな改善更生を保護することをいう」
つまり、更生緊急保護は「親族からの援助を受けることができない人」が対象になることが上記の規定から示されていますから、事例の男性Aは、引受人である母親とともに暮らしているので更生緊急保護の枠組みには該当しません。
ちなみに、更生保護法において金品の貸与について規定があるのは第85条のみです。
そもそも、更生緊急保護は、満期釈放者、保護観察に付されない執行猶予者、起訴猶予者、罰金又は科料の言渡しを受けた者、労役場出場・仮出場者、少年院退院者・仮退院期間満了者等が対象になります(具体的には以下の通りです)。
- 懲役、禁錮又は拘留の刑の執行を終わった者
- 懲役、禁錮又は拘留の刑の執行の免除を得た者
- 懲役又は禁錮につき刑の全部の執行猶予の言渡しを受け、その裁判が確定するまでの者
- 前号に掲げる者のほか、懲役又は禁錮につき刑の全部の執行猶予の言渡しを受け、保護観察に付されなかった者
- 懲役又は禁錮につき刑の一部の執行猶予の言渡しを受け、その猶予の期間中保護観察に付されなかった者であって、その刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間の執行を終わったもの
- 訴追を必要としないため公訴を提起しない処分を受けた者
- 罰金又は科料の言渡しを受けた者
- 労役場から出場し、又は仮出場を許された者
- 少年院から退院し、又は仮退院を許された者(保護観察に付されている者を除く)
このようにAは更生緊急保護の対象ではないことがわかりますね。
保護観察中のAが対象になり得るのは「応急の救護等」ですが、こちらも「保護観察対象者が、適切な医療、食事、住居その他の健全な社会生活を営むために必要な手段を得ることができないため」という条件が付いています。
母親と暮らしているので、こちらに該当するかはなんとも言えないところです(見方によっては「健全な社会生活を営むために必要な手段を得られていない」と言えなくもありませんが…)。
いずれにせよ、Aが更生緊急保護の対象ではないことは間違いありません。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。
初めまして。いつも大変お世話になっております。Gルートで公認心理師を受験する者ですが、先生の回答は非常にわかりやすく、いつも利用させていただいております。ありがとうございます。
今回の問題ですが、「仮釈放の者」(保護観察中)なので「更正緊急保護」の対象ではなく、「応急の救護等」の対象ではないでしょうか?
コメントありがとうございます。
ご指摘を踏まえ、少し書き直しました。
確かにAが更生緊急保護の対象ではないのは、保護観察中だからですね。
応急の救護等に関しては保護観察中でもOKですが、条件に当てはまるかは専門ではないのでちょっとわからなかったです。
事例が「保護観察対象者が、適切な医療、食事、住居その他の健全な社会生活を営むために必要な手段を得ることができない」状態と見なせるかどうかが不明ということですね。
この辺は実際にそのお仕事をされている方に聞く方がよさそうですね。
以上です。