30歳の男性A、仮釈放中の事例です。
事例の内容は以下の通りです。
- Aは無職で、引受人の母親と暮らしている。
- Aには、遵守事項によって、保護観察所で専門的処遇プログラムへの参加が義務付けられている。
- 第3回目のプログラム開始の2時間前に、Aは保護観察所に電話をかけ「保護観察所に行くための電車賃がなく、本日はプログラムに参加できない。プログラムの不参加によって仮釈放が取り消されたとしてもかまわない」と担当保護観察官Bに話した。
- Bが、交通費の支出を母親に依頼できないかAに尋ねたところ、Aは「母親は家にいるが頼めない。これ以上迷惑をかけられない」と繰り返した。
- 悔悟の情が認められること。
- 更生の意欲が認められること。
- 再犯のおそれがないと認められること。
- 社会の感情が仮釈放を是認すると認められること。
- 仮釈放中に更に罪を犯し、罰金以上の刑に処せられたとき。
- 仮釈放前に犯した他の罪について罰金以上の刑に処せられたとき。
- 仮釈放前に他の罪について罰金以上の刑に処せられた者に対し、その刑の執行をすべきとき。
- 仮釈放中に遵守すべき事項を遵守しなかったとき。
- 性犯罪者処遇プログラム
- 薬物再乱用防止プログラム
- 暴力防止プログラム
- 飲酒運転防止プログラム
解答のポイント
保護観察官、保護司、引受人の職域・職権・立場などを把握していること。
保護観察官という立場に求められる対応について考えておくこと。
選択肢の解説
『①担当保護司に連絡をとり、Aに交通費を貸与するように依頼する』
そこで、地域の事情に詳しい保護司が、保護司法に基づき、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員(実質的に民間のボランティア)として活動します。
保護観察官と協力して、主に次のような活動を行います。
- 保護観察:
更生保護の中心となる活動で、犯罪や非行をした人に対して更生を図るための約束ごと(遵守事項)を守るよう指導するとともに、生活上の助言や就労の援助などを行い、その立ち直りを助ける。 - 生活環境調整:
少年院や刑務所に収容されている人が、釈放後にスムーズに社会復帰を果たせるよう、釈放後の帰住先の調査、引受人との話合い、就職の確保などを行い必要な受入態勢を整える。 - 犯罪予防活動:
犯罪や非行をした人の改善更生について地域社会の理解を求めるとともに、犯罪や非行を未然に防ぐために講演会、住民集会、学校との連携事業などの犯罪予防活動を促進する。
保護司の活動はあくまでもボランティアであり、金銭の貸与はその活動の範囲を明らかに逸脱します。
専門的処遇プログラムを受けるように指導することはできても、金銭の貸与を行って受けるよう促すことはありません。
選択肢⑤にもありますが、金品の貸与について規定があるのは更生保護法第85条の「更生緊急保護」のみとなります(そして、それには該当しません)。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②次回の専門的処遇プログラムに必ず参加する旨の誓約書を送らせる』
『③交通費を確保して次回からの専門的処遇プログラムに参加するように指導する』
事例Aは専門的処遇プログラムを受けることが求められ、「電車賃がない」というのは上記の「十分な理由があり、かつ、正当な理由」とみなすのは無理があるでしょう。
保護観察官は更生保護法第31条第2項に「保護観察官は、医学、心理学、教育学、社会学その他の更生保護に関する専門的知識に基づき、保護観察、調査、生活環境の調整その他犯罪をした者及び非行のある少年の更生保護並びに犯罪の予防に関する事務に従事する」と規定されており、事例Aに対して専門的処遇プログラムを受けるような形に持っていくことが求められます。
重要なのは、どういうアプローチが事例Aが専門的処遇プログラムを受ける形になりやすいかを考えていくことです。
言い換えるなら、何かしらのアプローチを取ったとしても、それによってAが専門的処遇プログラムを受ける形にならないことが予測できるようなら適切なアプローチとは言えないと判断できます。
保護観察官Bの効果的なアプローチを考えていくにあたって、事例Aの専門的処遇プログラムを受けない心理的背景を推測してみましょう。
- 実際に「電車賃がない」ために参加できない。
- 「プログラムの不参加によって仮釈放が取り消されたとしてもかまわない」という表現より、Aがやや投げやりになっていたり、プログラムに対して消極的になっている可能性。
- 「母親は家にいるが頼めない。これ以上迷惑をかけられない」ということを繰り返した点からは、自身の犯罪や自分が家にいることで家族に迷惑をかけているという罪悪感があり、プログラムを受けないことで消極的に家から離れようとしている。
状況から考えて、単純に「電車賃がないから」という理由でプログラムを受けないと捉えるのは考えが浅いように思えます。
プログラムを受けないことによるマイナスを勘案すれば、それ以外の心理的要因が絡んできていると見るのが適当であり、上記の第2項や第3項、又はその両方(やそれ以外の要因)が混ざり合っている可能性を踏まえるのが自然です。
選択肢②の対応は、誓約書を書かせることで次回のプログラムに参加する可能性が高まるときに採るものです。
しかし、プログラム自体への忌避感や家にいることへの拒否感があるとするなら、誓約書を書かせたとしてもプログラムへの参加は期待できないでしょう。
選択肢③の対応は、「電車賃がないから」というAの説明を鵜呑みにした時に採られます。
Aがプログラムを受けないのは単に「電車賃」の確保の問題だから、「交通費を確保して次回からの専門的処遇プログラムに参加しなさい」と指導するわけです。
本当に電車賃の問題だけならそれもありなのでしょうが、実際には上述したような心理的要因が多分に絡んでのプログラム拒否だと捉えるのが自然です。
この対応はAのプログラム拒否の背景にある心理的要因を踏まえた対応になっているとは言えず、この対応がプログラム参加の可能性を高めるとは思えません。
以上より、選択肢②および選択肢③は不適切と判断できます。
『④電話を母親に代わってもらい、交通費を貸与あるいは支出するように依頼する』
また同僚や上司など会社関係の人が身元引受人になることも可能です。
いずれにせよ「釈放後の生活や行動を監督するにふさわしい人物」であれば、どのような方でも身元引受人をお願いすることができます。
身元引受人がつくことで、逃亡のおそれや証拠隠滅のおそれなどが防がれることを期待されています。
本事例のような「専門的処遇プログラム」を受けさせる力があるということも身元引受人に期待される事柄と言えます。
事例Aの見立てとして他選択肢の解説でもしたように、「プログラム自体への拒否感」や「家にいることへの罪悪感」等も考えられます。
一般的なカウンセリング場面では、こうした拒否感を丁寧に話題にしていきながらその葛藤を抱えていくことになりますが、本事例は仮釈放中の人物に対する保護観察官の対応になります。
事例Aに対して強制力を含まない対応を採れば、おそらくは専門的処遇プログラムを欠席し続け、最終的には仮釈放が取り消されることも考えておかねばなりません。
そこで、多少踏み込んだ対応として保護観察官Bが「引受人」である母親に直接アプローチし、Aが表向きの理由として示している交通費の問題を解消するよう働きかけることはあり得る対応と言えます。
まずは専門的処遇プログラムに参加することを第一とし、そのプログラムの中で「プログラム自体への拒否感」や「家にいることへの罪悪感」もテーマにしていくことが考えられます。
なぜなら「プログラム自体への拒否感」は自身の罪に向き合うことへの拒否感を背景にしている可能性があり、「家にいることへの罪悪感」は社会の中で生きていくことへの苦しさを背景にしている可能性があるからです。
これらの感情についてA自身がどのように関わっていくかは、Aの更生のために避けては通れないテーマだと考えられます。
以上のように本選択肢の対応は、母親と保護観察官の両方の立場から鑑みてもあり得るものと言え、プログラムへの参加を促し、その中で必要な心理的アプローチを行っていくことが適切と言えます。
よって、選択肢④は適切と判断できます。
『⑤交通費は更生緊急保護によって支給されるので、本日の専門的処遇プログラムに参加するよう指導する』
少し長いですが、要は更生緊急保護は「親族からの援助を受けることができない人」が対象になるということです。
事例の男性Aは、引受人である母親とともに暮らしているので更生緊急保護の枠組みには該当しません。
ちなみに、更生保護法において金品の貸与について規定があるのは第85条のみです。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。