公認心理師 2022-117

スクールカウンセリング活動に関する問題です。

明確な解説資料が存在するわけではない問題なので、自分の経験の範囲で解説することにしました。

問117 スクールカウンセラーが児童生徒理解を進める上で、不適切なものを1つ選べ。
① 児童生徒に具体的な支援を行う前に詳細な心理検査を行う。
② 身体的、心理的及び社会的な側面からの理解を大切にする。
③ 児童生徒の言動を批判したくなる場合でも、まずは共感的な態度で話を聴く。
④ 作文や授業で制作した絵や造形物などの表現を通して児童生徒の理解に繋げる。
⑤ 児童生徒の課題を深く理解するために、関係する教師が参加する事例検討会を開催する。

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解答のポイント

スクールカウンセリング業務の大枠について理解している。

選択肢の解説

① 児童生徒に具体的な支援を行う前に詳細な心理検査を行う。

こちらについてはスクールカウンセラーが前提としない考え方になります。

いくつか理由があるので、それぞれ説明していきましょう。

まず児童生徒に詳細な心理検査を行う場合は、絶対に無いわけではありません。

例えば、何かしらの災害や犯罪被害に遭ったとき、緊急支援として入ったスクールカウンセラーが何かしらの検査を行うことはあり得ます。

具体的には、PTSDの症状が出ているのであれば、簡便な検査としてIES-R(Impact of Event Scale-Revised)等の実施を考えます(IES-Rを「詳細な心理検査」と呼ぶか否かはさておいて)。

このように、SCが検査を行う場面というのは皆無ではありませんが、普段の実践で行うことは非常に少ないと言えます。

なぜなら児童生徒に検査を取る場合、保護者への確認・了承が必須だからです。

日々多くの面接を行う立場にあるSCほど、面接を行おうとするたびに保護者に検査の了承を得るのは大変な作業になってしまいます。

ちなみに、SCが面接を行う場合は保護者の了承が必要であることがほとんどですが(突発的な面接の場合は事後承諾になることもある)、こちらについては保護者もそれほど拒否しません。

一方、心理検査を行うとなると「何のためにですか?」という質問に答える必要が出てきますし、それを担任が代わりに了承を得るというわけにはいかないですよね(面接の了承は担任からでも問題ない場合がほとんど)。

このように、検査を行うとなるとそれなりの手続きが必要になりますし、毎日それなりの面接数をこなしているSCからすると、新規面接が入るたびに詳細な心理検査を行うというのは現実的な考え方ではありません。

また「児童生徒に具体的な支援を行う前に詳細な心理検査を行う」ということをやっていては、数多くの面接が組まれている状況では時間が全く足りません(1日5件や10件はあり得る)。

SCの勤務時間は長くても1日7時間程度ですから(SCは会計年度任用職員:業務繁忙期や職員に欠員が生じたときなどに、職員の補助として1会計年度内を任期として任用される非常勤の公務員として雇われることが多く、1日の勤務時間は7時間45分まで)、1件面接を行おうとするたびに「詳細な心理検査」を行っていては、1件~3件程度検査をするだけで1日が終わってしまいますし、そんなことをしていては実際に面接を行うことができるのは更に1週間空けることになってしまいます。

SCが発達検査をするか否かについては、各県で可否が独自に定められていますが、SCが検査を取らないことになっている県では、多くの場合は「勤務時間を踏まえれば、1件の発達検査を行うだけで、勤務時間丸ごと使ってしまう」という非効率性を理由にしています(実際は、SCでも取れる人取れない人がいて、配置されるSCの力量によって各校に不平等感が生じないようにしているというのが大きい)。

こうした時間的制約の多さも、SCが検査を行うことのデメリットと言えるでしょう(言い換えればデメリットを超えるメリットが「学校で心理検査を行うこと」にあれば、私はSCが検査を行うこともあり得るという立場です。もちろん、ルールで決まっているのであればダメですけどね)。

さて、上記のような保護者の了承や時間的制約がクリアされたとしても、他にも問題はあります。

例えば、「その検査用具や検査用紙はどこが支出するのか?」というお金の問題があります。

SCについている予算の中に、現状でこうした心理検査等に付いているお金はないのが一般的ですし、もちろんSCが個人で支出するなど以ての外です(SCが身銭を切ってクライエントの検査を行うなどあり得ない。これはルールだけではなく倫理や支援の基本から外れている)。

複数の児童生徒に検査を行うとなれば、その人数分必要になりますから、とても対応できる状況とは言えません。

過去に一度、SCが検査を独断で行ったという問題事案に対処しましたが、そのSCは検査用紙を「コピーして」使っていました。

これは明らかな著作権法違反(フリーの検査ではなく、販売されている検査だった)ですから、倫理に反する行為であると言えます。

こうした諸般の事情を踏まえれば、児童生徒に具体的な支援を行う前に詳細な心理検査を行うというのは現実的な考え方ではないことがわかりますね。

以上より、選択肢①が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

② 身体的、心理的及び社会的な側面からの理解を大切にする。
③ 児童生徒の言動を批判したくなる場合でも、まずは共感的な態度で話を聴く。
④ 作文や授業で制作した絵や造形物などの表現を通して児童生徒の理解に繋げる。

人間の健康や医療を考える上で、生物学(医学)、心理学、社会学という各専門領域を分化させて研究を進め、そのうえでこれらの視点を統合していこうとするポリシーのことを生物心理社会の分化統合モデルと呼びます。

これはEngelが提唱した概念で、医療において生物医学的な理解は必要だが、同時に人としての側面、かかわる他人との関係や家族、コミュニティといった側面も理解していこうというものです。

このモデルでは、心理的問題は生物学的要因(脳神経、遺伝子など)、心理学的要因(パーソナリティ、認知、感情、ストレスなど)、社会学的要因(家族、職場、地域のソーシャルネットワークや文化、教育、経済状況など)のそれぞれが複合して生じると考えます。

従って、こうした各領域の要因を解きほぐして詳しく分析し、そのうえで心理的問題に対して見立てを行っていくことが大切です。

スクールカウンセリングの実践の良いところの一つは、こうした生物学的要因・心理的要因・社会学的要因のそれぞれを捉えやすい状況にあるというところです。

生物学的要因は本人の様子を直接見たり、保護者から聞き取ることで情報を得ることが可能ですし、心理学的要因も実際の面接や友人との関わりを見て考えることが可能で、社会学的要因は保護者の情報や学校での在り様を見ることで把握できます。

もちろん学校という枠組みの制限もありますが(選択肢①にあるように詳細な検査は難しい場合が多い)、何よりも「学校という社会的な場での振る舞い」を細やかに把握できるのは非常に大きいです。

年々、保護者の語る子ども像と「学校という社会的な場での振る舞い」に乖離が見られる事例が多くなっており、学校と関連している事例と関わる支援者はこの辺の情報収集が必須になります。

私自身、学校と少し離れたところで学校の事例を担当することがありますが、学校での子どもや保護者の振る舞いを情報として把握していないと、立体的な見立てができていないと感じることが多いです。

いずれにせよ、スクールカウンセリングにおいてもBPSモデルで状況・状態を把握していくことは重要であると言えますね。

そして、こうしたBPSモデルに含まれる考え方として、発達的要素が入ってきます。

生物学的要因として、発達障害の関連を考える人も多いですが、年齢に沿って生じる発達は「人としての自然な発達の流れで生じる変化」であり、こちらも踏まえた対応が求められます。

児童期・思春期の子どもたちは、個として確立し始めている場合も見られますが、まだまだ発展途上であり未熟な面は当然備わっています。

彼らの不足の一つとして「対人関係を大人ほど長いスパンで経験していない」ということがあり、人間が白黒ではなく多くのグラデーションを備えた存在であるという認識が生まれにくい児童生徒もたくさんいるわけです。

ですから、面接場面において明らかに現実から離れた考え方、独りよがりの認識が示されたとしても、それを批判的に接することで、すぐに面接者との関わりを断とうとする傾向が見受けられます。

これは学生相談の重鎮が述べていた言葉ですが、学生にはある程度「甘えさせる時期」というのが必要であるとしており、上記のような批判したくなるような言動に関しても、いったん受けとめていくことが重要になります。

と言っても、共感できないものに共感したふりをしてもしょうがないと思うので、「それには自分には無い考え方だから、もう少し詳しく教えてほしい」といった具合の、興味・関心を向けるという形での関わりがあって良いでしょう。

それぞれの発達段階における心理的特徴を理解し、それを踏まえた関わりをしていくことが重要であるのはどの領域でも共通しているでしょうが、特にスクールカウンセリングで出会う事例はそうした発達段階による影響が大きいので、それらを踏まえた関わりが大切になってきます。

こうした発達的要素は、子どもたちの様々な面に現われてきます。

その表現の一つとして「作文や授業で制作した絵や造形物」は非常に重要です。

ある子どもが「私はこの本をまだ読んで理解することはできないけど、来年の私なら読めると思う」と話したのを聞き、この子どもが、①自身の未熟さを受け容れる力があること、②そういった未熟さを克服するだけの力があるという実感が備わっていること、③現実を今だけで捉えない、言い換えれば視野の広さが認められること、などが可能性として考えることができますね。

他にも、DAMやDAPなどの知見を豊富に備えているSCであれば、子どもが描いた人物画から発達段階や心理状況を推定することがしやすいかもしれませんし、他の描画法からも何かしらの知見を引用できるかもしれません。

もちろん、検査状況ではなく「学校という社会的な場」で示されたものですから、心理学の知見をそのまま運用できるほど単純なものではありませんが、一助となってくれることには間違いありません。

教職員からの訴えであるのが「死という言葉を書き連ねている」「人を殺している絵を描いた」などですが、こちらについても家庭状況や対人関係の持ち方から、本人がどういった不穏を抱えているのかを推定するきっかけになります。

意外とあるのが、親子間でお手紙を書き合うという課題で「そんなこと書くんかい」と言いたくなるような内容を書いてくる子どもがおり、その後のその家庭を見守っていく理由の一つになることもあります。

オリジナリティや知的能力など、完全にイコール関係で結ぶことはできないけれど、その子どもの重要な何かを現しているのが「作文や授業で制作した絵や造形物」であると言えますから、時間があるときに子どもたちの作ったものを見てみると理解に役立つことが多いです。

以上より、選択肢②、選択肢③および選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。

⑤ 児童生徒の課題を深く理解するために、関係する教師が参加する事例検討会を開催する。

個人的に迷ったのが本選択肢をどう扱うかです。

一番引っかかったのが「事例検討会を開催する」という箇所であり、これは正しい表現ではないはずです。

事例検討会を開催する主体は、あくまでも学校の管理職(校長や教頭)になりますから、本問の「スクールカウンセラーが児童生徒理解を進める上で」という前提で考えると(つまり、主体がSCと読み取れる問題状況)、明らかに不適切な内容なわけです。

ちなみに「SCが事例検討会を開催してはならない」という明確な法令や指針が存在するわけではないので、絶対にダメという話ではないですが、やはり学校という組織に外部として入っていくSCという立ち位置を考えると適切とは言えないと思われます。

ただ、SCもその学校に単独配置されている場合もあれば、教育委員会に配置されて各校を回るという巡回方式のSCもいるわけで、立場や実績等から主体的に事例検討会を開催するという動きができないわけではありません。

常勤のSCであれば、本選択肢のような「事例検討会を開催する」という主体的な動きを認められていることもあり得るでしょう。

もちろん、当該校の管理職の許可があることが前提ではありますが、そうした前提を踏まえての「事例検討会を開催する」という記述である(つまり、そうしたSCの提案をほぼ無条件に追認してもらえる管理職との関係性と、常日頃の情報共有がなされている)と好意的に本選択肢を見ておくことにしましょう。

上記のような内容がクリアされていれば、当然「児童生徒の課題を深く理解するために、関係する教師が参加する事例検討会を開催する」ということは通常業務の一つとして行っていくことが求められます。

当然事例検討会ですから、普段のカウンセリングよりも指示的なスタンスになることもあるでしょうし、専門家として方向性を示すことが求められる場合もあるでしょう。

また、事例によっては、「みんなで困難さを共有し、支え合っていこう」という場合もあり得ますね。

それぞれの事例に合わせて専門家としてのスタンスを示していくことが、事例検討会では必要になってきます。

以上より、選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。

2件のコメント

  1. 遊先生
    いつも勉強させていただいております。ありがとうございます。
    心理検査についてのコメント、おっしゃるとおりだと思いながら拝読させていただきました。検査用紙を自費で買うのはもちろん、コピーするなど論外です。いけないことだと思います。
    今後も先生の的確な解説で勉強させていただきます。

    1. コメントありがとうございます。
      サイトをご活用くださり、ありがとうございます。

      それぞれの支援者が、自身の倫理観の中で精いっぱいやっているのですが、それが社会的に適切かどうかはまた別な話ですからね。
      尽力することと支援することは似て非なるものという感じでしょうか。

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