睡眠の心理教育に関する問題です。
この前、小学生にこの内容に関する授業をしたので簡単でした。
問151 20歳の男性A、大学2年生。Aは、最近授業を欠席することが多くなり、学生課から促され、学生相談室の公認心理師Bのもとを訪れた。Aは大学2年生になってから、携帯端末を使用して、夜遅くまで動画を視聴したり、友人とやりとりをしたりすることが多くなった。それにより、しばしば午前の授業を欠席するようになっている。どうしても出席しなければならない授業があるときは、早く起きるために寝酒を使うこともある。Aの表情は明るく、大学生活や友人のことを楽しそうに話す。
BのAへの助言として、不適切なものを1つ選べ。
① 昼休みなどに軽い運動をしてみましょう。
② 寝酒は睡眠の質を下げるのでやめましょう。
③ 毎朝、決まった時間に起きるようにしましょう。
④ 寝る前は携帯端末の光などの刺激を避けましょう。
⑤ 休みの日は十分な昼寝をして睡眠不足を補いましょう。
解答のポイント
睡眠の心理教育について理解している。
本問を解くときの考え方・選択肢の解説
まず本問の事例では、「最近授業を欠席することが多くなり」「Aは大学2年生になってから、携帯端末を使用して、夜遅くまで動画を視聴したり、友人とやりとりをしたりすることが多くなった。それにより、しばしば午前の授業を欠席するようになっている」「どうしても出席しなければならない授業があるときは、早く起きるために寝酒を使うこともある」ということが問題なわけですが、一方で「Aの表情は明るく、大学生活や友人のことを楽しそうに話す」など、上記以外には問題がない様子も見て取れます。
Aの呈している問題も精神医学的なものではないと現時点では言えますから、人格的なところに立ち入るようなアプローチではなく、現実的・具体的なアドバイスを中心としたアプローチを選択するのが自然です。
なお、心理支援においては「薄いアプローチから濃いアプローチへ」が定石であり(一応、人格に立ち入るレベルが高いほど「濃い」と言っておきましょう)、本事例のような現実的・具体的な「薄い」のアプローチから入っていくことが大切です。
人の心理に関わるときには、料理と一緒で「薄味」から「濃い味」にすることはできても、「濃い味」から「薄味」にすることはできません(だから、「恋人」が「友達」になるのは難しい。なれるのは「前は恋人だった関係」ですね。これが可能だと言い張る人は、この辺の機微がわかっていない)。
ですから、本事例では「それなりの健康度がある人」に対して、生じている問題に応じた助言をするということになります。
本事例の問題はほとんどが睡眠に関することになっていますから、睡眠の心理教育に関する試験問題であると思っておくと良いでしょう。
こういう試験問題で問われているのは、各選択肢の助言が「正しい内容であるか否か」であって、その助言を「Aが実践するか否か」ではありません。
あくまでも各選択肢の助言が「正しい内容であるか否か」に焦点を当てながら、正誤判断をしていくことにしましょうね。
① 昼休みなどに軽い運動をしてみましょう。
国内外の疫学研究(数千人を対象とした質問紙調査)において、運動習慣がある人には不眠が少ないことがわかっています。
とくに睡眠の維持に習慣的な運動の効果があるようです。
運動の内容も睡眠に影響し、1回の運動だけでは効果が弱く、習慣的に続けることが重要です。
運動習慣の効果として、寝付きがよくなるのと深い睡眠が得られるようになります。
激しい運動は逆に睡眠を妨げますので、負担が少なく長続きするような有酸素運動(早足の散歩や軽いランニングなど)が良いでしょう。
運動のタイミングに注意を払えば、さらによい睡眠が確保しやすくなるとされ、効果的なのは夕方から夜(就寝の3時間くらい前)の運動だと言われています。
就寝の数時間前に運動によって脳の温度を一過性に上げてやることがポイントです。
そうすると床にはいるときの脳温の低下量が運動をしないときに比べて大きくなります。
睡眠は脳の温度が低下するときに出現しやすくなるので、結果として快眠が得られやすくなる訳です(就寝直前の運動は体を興奮させてしまうので禁物)。
大学の昼休みに夜の睡眠のことを気にして運動するような人はほとんどいないでしょうが、Aのサークルや部活によってはそれが可能な場合もあるでしょうね。
いずれにしても、軽い運動を勧めるのは良い睡眠のために正しい助言であると言えるでしょう(本当は夕方くらいがいいけど、それは大学生のAにとってあまりに非現実的すぎるでしょうね)。
以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。
② 寝酒は睡眠の質を下げるのでやめましょう。
「アルコールは睡眠の質を下げる」というのは正しい認識です。
人間の睡眠(正確にはノンレム睡眠)には4つの深度があり、健康な睡眠では最も深い深度の眠りが3回前後生じつつ、少しずつ浅い深度の眠りになっていって朝目が覚めるということになります。
アルコールでは、この最も深い段階の眠りにならないのです(ちなみに、これは睡眠薬も同様ですね)。
「最も深い段階の眠りにならない」=「睡眠の質が下がる」ということになりますから、本選択肢の助言は正しい内容であると言えます。
また、アルコールもある種の睡眠薬も寝つきを良くする効果はありますが、特にアルコールの場合は朝方の眠りを妨げます。
そのため、本事例では「どうしても出席しなければならない授業があるときは、早く起きるために寝酒を使うこともある」ということをしているのでしょうが、これは「朝早く起きるため」という非常に短期的目標を達成することはできても、やはり不利益の方が大きいと見るべきでしょう。
そもそも「Aは大学2年生になってから、携帯端末を使用して、夜遅くまで動画を視聴したり、友人とやりとりをしたりすることが多くなった」という問題の上に「しばしば午前の授業を欠席するようになっている」ということがあるわけですから、後者の授業を欠席するのを短期的に「寝酒」で防いだところで根本的な問題の解決にはなっていないのは明白です。
「授業に出る」という非常に短期的な目標を達成することに役立ってしまっている「寝酒」という方法は、結局は「携帯端末を使用して、夜遅くまで動画を視聴したり、友人とやりとりをしたりする」という問題を置き去りにした対処法に過ぎず、結局はAの問題は変わらず残ることになります。
ですから、他選択肢で示されるような「携帯端末を使用して、夜遅くまで動画を視聴したり、友人とやりとりをしたりする」という点への助言に加え、「寝酒」という「一見、理にかなっているように見えて、実は問題を遷延化させる対処法」に対してストップをかけるような助言が重要になってくるわけです。
幸い、現時点ではAに依存的な特徴は見えませんし、具体的・現実的な助言から入るのが妥当であると言えるでしょう。
以上より、Aの「寝酒」という対応は問題を遷延化させかねないものですし、アルコールが睡眠の質を落とすのも事実であると言えます。
よって、選択肢②は適切と判断でき、除外することになります。
③ 毎朝、決まった時間に起きるようにしましょう。
④ 寝る前は携帯端末の光などの刺激を避けましょう。
この2つの選択肢は「光」という点から括って解説していきましょう。
人間の体内時計は「24時間50分」に設定されています(人によって多少違うけど、だいたいね)。
1日は24時間ですから、この「50分」をどこかで早送りさせる必要があります。
その早送りに寄与するのが「朝の日光」です。
選択肢③の「毎朝、決まった時間に起きるようにしましょう」という助言は、朝の光によって後ろにずれる時計を早める作用があります。
この「体内時間の調整」は起床直後の光が最も効果的なので、起きたらまずカーテンを開けて自然の光を部屋の中に取り込むことが必要でしょう。
なお、もちろん「毎朝、決まった時間に起きるようにしましょう」という助言には、生活のリズムを安定させるという目的もあるでしょうね。
禁物なのは夜の光で、朝の光と反対で夜の光は体内時計を遅らせる力があり、夜が更けるほどその力は強くなります。
家庭の照明でも(照度100~200ルクス)、長時間浴びると体内時計が遅れます。
また日本でよく用いられている白っぽい昼白色の蛍光灯は体内時計を遅らせる作用があるため、赤っぽい暖色系の蛍光灯が理想と言えます(3年前に家を建てましたが、その時についていた豆電は赤とオレンジの間くらいの色でした。最新のものはそういう風になっているみたいですね)。
選択肢④の「寝る前は携帯端末の光などの刺激を避けましょう」という助言は、いわゆるブルーライトの問題について述べているわけです。
ブルーライトとは可視光線の中で380nm~495nmの青色光の光線で、 可視光線の中で散乱率が高く、エネルギーの高い光線です。
太陽光にも含まれますが、近年普及しているLEDをバックライトにしたパソコンやスマートフォンなどのディスプレイからも発生します。
この光に触れ続けることで「夜なのに、脳が昼と勘違いする」という現象が起こります。
ですから、いつまでたっても眠くならない等の問題が出てくるわけです。
ちなみに、良い眠りのためには「寝る2時間前(人によっては1時間半前)」の行動が重要になります。
この間に眠りを妨げるようなこと(ブルーライトに触れる、カフェインを摂取する、お風呂は寝る2時間前までには済ませる)をしないことが重要です。
また、床について眠れない場合でもだいたい1時間半~2時間の周期で眠くなりますが、この眠りの周期がきたときにスマホのブルーライトに触れていると、せっかくの周期を逃してしまいます。
寝るときにはスマホを見ない、見てしまうなら別の部屋に置いておく、それができないなら動画のアプリを削除する、誰かにスマホを寝るときに預かってもらう、などの対応が良いでしょう。
以上のように、決まった時間に起きること、携帯端末の光に触れないようにすることは睡眠において重要になります。
よって、選択肢③および選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。
⑤ 休みの日は十分な昼寝をして睡眠不足を補いましょう。
「寝貯め」は間違った考え方で、人間は睡眠を貯めておくことはできません。
昼寝についても、だいたい「12時~14時」の間の30分弱の昼寝であれば夜の睡眠を邪魔しませんが、それ以上寝たり、それ以降の「夕寝」は夜の睡眠を阻害してしまいます。
また、休みの日の使い方に関しても本選択肢の助言内容は問題があります。
睡眠リズムが崩れている人に密かに多いのが「平日と休日の生活リズムに乖離がある」というパターンです。
「快眠はまずは規則正しい生活から」と言いますが、休日に大きく生活リズムを変えることで、平日との境目(要は月曜日)に大きく修正を強いられることとなり、その分からだに負担がかかることになります。
ですから、休日も平日と同じような時間に起きて、同じような時間に寝るという習慣がついていると、1週間単位で見たときには調子が良いことの方が多いのです。
このように、本選択肢の助言は誤りなのですが、では睡眠不足状態の人にできる助言はどういうものがあるでしょうか。
私がよく使うのが「2日で収支を合わせましょう」というものです。
だいたい1日7時間眠るとして、2日で14時間になりますよね。
ある日、夜遅くまで起きていたために5時間しか眠れなかったとしたら、次の日には9時間眠るつもりで床につくようにしたら良いでしょう。
この背景には「ある日の睡眠不足を悔やまない」と「自分で自分を統制している感覚を身につける」という狙いがあります。
以上のように、本選択肢の助言は生活リズムの観点からも、昼寝の理解からも外れていると考えられます。
よって、選択肢⑤が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。