公認心理師 2018追加-144

大学の学生相談室の事例です。

内容は以下の通りです。

  • 大学の学生相談室のカウンセラーが、教員Aから以下のような相談を電話で受けた。
  • 「先月、ゼミを1か月欠席している学生Bを指導するため面談しました。」
  • 「Bは意欲が減退し、自宅に引きこもり状態で、大学生にはよくある悩みだと励まし、カウンセリングを勧めましたがそちらには行っていないようですね。」
  • 「B は私とは話せるようで、何回か面談しています。」
  • 「今日の面談では思い詰めた表情だったので、自殺の可能性を考え不安になりました。」
  • 「後日また面談することについてBは了承していますが、教員としてどうしたら良いでしょうか。」

このときのカウンセラーのAへの対応として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。

こちらは間接支援の事例となります。
保護者面接を通して不登校児を支援する場合、教員を通して発達障害児への支援を行う場合など、公認心理師の活動範囲が広がるほどに間接支援の場は多くなっていきます。
直接のカウンセリングだけでなく、こうした間接支援の力も備えておくことが社会で活動する公認心理師には不可欠になっています。

それでも個人カウンセリングの力が臨床の要であることは変わりません。
心理臨床学研究第35巻第1号で成田善弘先生が書かれている巻頭言を読まれてみると良いでしょう(抜き出すと以下の通りです)。
「心理臨床における新しいアプローチとして、スクールカウンセリングにみられるように多職種が協働して問題解決にあたるコミュニティモデルを推奨し、個人心理療法モデルはもはや時代遅れなどと言う人がいる。ただ…他職種との連携、協働は何も最近になって始まったことではない。そして、そういう活動の根幹に、一人ひとりの患者と向き合うという仕事、個人精神療法があった。このことは将来も変わらぬはずである。…クライエント一人ひとりの生きている物語を掘り出し、さらに新しい物語を創り出すという仕事が古くなるはずがない。…個人心理療法家は周囲の評判にわずらわされることなく、自分の仕事に誇りをもって仕事をしなければならない。そして現在も将来も生き残らなければならない」

個人心理療法をどのくらいやってきたかは、連携・協働場面で手に取るようにわかります。
単に言葉の内容や知識の多寡ではなく、その語り口(言い方、言葉のチョイス、語尾のニュアンス、「てをには」の使い方など)に現われます。
そして人が人を信頼するかどうかを決めているのは、「言葉の内容や知識の多寡」ではなく「その語り口」なのです。

解答のポイント

間接支援の事例であるという認識を持って解くことができる。

選択肢の解説

『①Bの自殺の危険性は低いと伝え、対応はAに任せる』

現時点では自殺の可能性を示す有力な情報はありません
あくまでも「思い詰めた表情だった」ために、教員Aが不安になったというに留まっています。
自殺の可能性が低いと言い切ることも軽々にはできませんが、「後日また面談することについてBは了承している」という点は、すぐに自殺を実行する可能性を少し下げてくれるかもしれません。

選択肢前半の「Bの自殺の危険性は低いと伝え」については、上記の通り確かにそのように見て取れないことはないのですが、やはり不適切な言い方だと思います
なぜなら、上記のような自殺の可能性の判断は、現時点での学生Bの状態を推測したものではありますが、あくまでも「現時点」に過ぎません。
教員Aはよく関わってくれていますが、やはり心理的支援の専門家ではないので今後の変化に対応できるかは不明瞭です。
現時点で自殺しないとしても、実際にその可能性がどのくらいあるのかの判定は困難なので、何かしら専門家としてアプローチすることが求められる状況です
A自身への支えがないと、Bとの面談時にどのようなやり取りが生じるか予測もつきません(例えば、焦って医療機関を勧めてしまうなど。医療機関が悪いのではなく、本人の受け入れが無い状態で勧めることの問題ですね)。
このような点から、選択肢後半の「対応はAに任せる」というのも適切とは言えません。

そして学生Bの自殺の可能性が低いと判断したとしても、それは「伝聞」を通した推測に過ぎません。
電話相談でもそうですが、こういった公認心理師が直接会っていない事例では見立ての判断を保留にするのが定石であり、本事例のような自殺可能性の判断は伝聞では困難だと思われます

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

『②カウンセラーがBと直接会ってからAと対応を検討する』

現状で大切なのは、「カウンセリングを勧めましたがそちらには行っていない」「B は私とは話せるようで、何回か面談しています」という点です。
カウンセリングを勧めたにも関わらず来談していないということは、来ないという点に何かしらの意味があると見ておいた方が良いでしょう
また、学生Bと話ができているという点から、少なくとも教員Aに対しては多少の安心感を持っていることが窺えます。

このような状況の中で、カウンセラーが学生Bと会うという場を設定するのはかなり困難であると思われます。
そもそもカウンセリングの場に行っていないという点から、カウンセリングに対して拒否感を有している可能性もあるので、カウンセラーが直接会うことを了承しない可能性が高いと考えられます

了承無しに会おうとすること、例えば、教員Aと学生Bが会う場にいきなりカウンセラーが同席することなどは論外です
臨床において不意打ちは支援ではありません。
最悪の場合、教員Aに対する拒否感を生じさせる可能性もあります。

更に、本選択肢の対応は、教員Aの意見を聞き入れている感じがしません
専門家ではないとしても、それまで学生Bとつながり関わってきたわけですから「B は私とは話せる」という判断も重視すべきです。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

『③Bにカウンセリングを受けることを強く勧めるよう助言する』

選択肢②の解説でも述べたように、学生Bは「カウンセリングを勧めましたがそちらには行っていない」のです。
この背景にどういう意味が隠れているのか現時点ではわかりませんが、強く勧めれば来談するだろうと判断できるような情報も無い中でこのような対応を取るのは適切と思えません。
この状況で教員Aからカウンセリングを強く勧めたとしても、カウンセリングへの拒否感が強くなってしまう可能性があること、下手をすれば教員Aとの関係も切れてしまうことなどが懸念されます

もしも学生Bへのカウンセリングを目指すのであれば、教員Aと学生Bとの関係の中で学生Bが安心感を高め、その安心感が汎化することで「信頼している教員Aが勧めるカウンセリング」への敷居が低くなっていくことが重要だと思われます

そのためにも学生Bが関わることができている教員Aに対してどのように支援していくかがテーマになるのが適切な事例と思われます。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。

『④Bの問題を解決するために継続的にAに面談することを提案する』

本事例のような、学生Bが心配な状況であること、しかしカウンセリング等の専門的な支援の場には勧めても行っていないこと、教員Aとは関われること、等を勘案したとき、教員Aへのアプローチを通して学生Bに間接的支援を行うという方針が最も自然で無理のないものと言えます

自殺の可能性は他選択肢の通り、あくまでも教員Aの不安から示されたものですので、自殺の危機対応をするのではなく、教員Aを支えて不安を軽減していくことが重要です
もちろんカウンセリングを受けられれば良いのですが、それは難しい状況であると判断できますから、間接的支援に舵を切っていく柔軟さが求められます。

教員Aと学生Bについての情報を細やかに共有することで、間接的に学生Bの見立てを行い、危機的な状況が生じていると判断できれば、それに応じた対応を速やかに取っていくことが重要です
「引きこもり状態」はさまざまな精神医学的問題が背後に控えている可能性もあるので、教員Aに効果的な質問などを助言するなども一つの手段でしょう。

まずは教員Aと共に学生Bを支援するという構図を作り、教員Aを支えつつ面接内容を共有して支援内容を検討していきます
引きこもり状態の学生とつながることの大変さを汲むこと、適切なタイミングで学生相談室に連絡していることを認めることで、教員Aをエンパワメントすることがカウンセラーとしてできることの第一歩と言えます。

以上より、選択肢④が適切と判断できます。

『⑤危機対応として家族に連絡し医療機関への受診を勧めるよう助言する』

選択肢①でも述べたように、自殺の可能性を懸念しているのは「思い詰めた表情だった」という一事に起因しており、それをにおわすような表現が学生Bから出ているわけではありません
むしろ、教員Aと次回の面談予定を入れている点から、危機対応が必要な状況と見るのは無理があるように思えます

ここまで強い対応を取る場合、教員Aと学生Bとの関係が破綻する可能性が高いです。
学生Bの支援の場を崩してまで医療機関の受診を勧めるような状況と判断するには情報が足りないと言えます

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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