公認心理師 2018追加-139

17歳の男子A、高校2年生の事例です。

事例の内容は以下の通りです。

  • スポーツ推薦で入学したが、怪我のため退部した。
  • もともと友人は少なく、退部以降はクラスで孤立し、最近欠席も目立つようになっていた。
  • 「死にたい」と書かれたメモをAの保護者が自宅で発見し、スクールカウンセラーに面接依頼があった。
  • 保護者との面接では家庭環境に問題は特に認められず、Aは「死ぬつもりはない」と話したという。
  • Aとの面接では、落ち着かずいらいらした態度で、「死ぬ方法をネットで検索している。高校にいる意味が無い」、「今日話したことは誰にも言わないでください」と語った。

スクールカウンセラーの判断と対応として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。

大切なのは自殺のリスクアセスメントになりますね。
本問で問われているのは、基本的な自殺のリスクアセスメントの知識になります。

本問のような見立て(判断)と対応に関する問題の場合、以下がポイントになります。

  • 見立てが適切か否か:本問においては自殺の可能性の高さ
  • 見立てとセットになっている対応が適切か否か:自殺の可能性の高低に沿った対応になっているか

これらの点を踏まえつつ、選択肢の解説に入っていきます。

解答のポイント

自殺のリスクアセスメントに関する基本的事項を把握していること。
リスクが高い場合の対応を理解していること。

選択肢の解説

『①自殺の危険は非常に低いが、Aを刺激しないよう自殺を話題にすることを避ける』

まず本問における自殺のリスクアセスメントで重要なのは「死ぬ方法をネットで検索している」という点です
このように具体的な自殺の方法を考えているというのは、自殺のリスクが高い事例であると判断することになります
これ以外にも、そのための準備をしているか否か、自殺の手段が身近か否か、一部でも実行しているかどうかなども重要なポイントです。

また「高校にいる意味が無い」という視野の狭さも自殺の可能性を高めます
精神状態が悪くなると視野狭窄が起こり、いったん自殺のことを考えると「今の苦しみから逃れられればそれでよい」「苦しみから解放されるには自殺しかない」といった思考の狭まりが生じてしまいます。

更に、推薦で入ったにも関わらず部活ができなくなったとなれば、自分の価値を低く見ること、自分には価値が無いと思うことも十分に考えられます
「周囲が自分には価値が無いと思っている」と感じることもあるでしょうし、居場所のなさを感じているかもしれません。
こうしたAが感じている孤立感も、自殺の可能性を高める要因です

上記については、文部科学省の「自殺のサインと対応」の中にも記載があります(以下の通りです)。

  1. ひどい孤立感
    「誰も自分のことを助けてくれるはずがない」「居場所がない」「皆に迷惑をかけるだけだ」としか思えない心理に陥っています。現実には多くの救いの手が差し伸べられているにもかかわらず、そのような考えにとらわれてしまうと、頑なに自分の殻に閉じこもってしまいます。
  2. 無価値感
    「私なんかいない方がいい」「生きていても仕方がない」といった考えがぬぐいされなくなります。その典型的な例が、幼い頃から虐待を受けてきた子どもたちです。愛される存在としての自分を認められた経験がないため、生きている意味など何もないという感覚にとらわれてしまいます。
  3. 強い怒り:
    自分の置かれているつらい状況をうまく受け入れることができず、やり場のない気持ちを他者への怒りとして表す場合も少なくありません。何らかのきっかけで、その怒りが自分自身に向けられたとき、自殺の危険は高まります。
  4. 苦しみが永遠に続くという思いこみ:
    自分が今抱えている苦しみはどんなに努力しても解決せず、永遠に続くという思いこみにとらわれて絶望的な感情に陥ります。
  5. 心理的視野狭窄
    自殺以外の解決方法が全く思い浮かばなくなる心理状態です。

これらの内容はAの状況に当てはまることも多いように思われます。
他にも怪我をして部活ができなくなったというのは、いわゆる「喪失体験」と言え、これも自殺の可能性を高める体験と言えます
以上より、選択肢内の「自殺の危険は非常に低い」という表現は誤りと判断できます。

また、選択肢後半の「刺激しないよう自殺を話題にすることを避ける」という対応はどのような場合であっても採らない対応のように感じます
クライエントが自殺のことを話したときに、その話題に触れないようにするという対応は、受けとめてもらえなかったという感覚を強め、孤立感を高める恐れがあります

「触れない」という対応は、そのテーマについて触れることが現時点の自我強度では困難だろうという場合や、触れないことが成長にとって大切な場合に採られます。
自殺というテーマに「触れない」という対応を採るのは、支援として「触れない」というよりも、カウンセラー自身にそういったテーマに触れることへの何かしらの拒否感がある場合も考えられます。
いずれにせよ、何かしらの形で自殺というテーマに関わっていくことは専門家として必要なことでしょう。

この点は上記の文部科学省の資料の中にも「TALKの原則」として示されています。

  • Tell:
    言葉に出して心配していることを伝える
    例)「死にたいくらい辛いことがあるのね。とってもあなたのことが心配だわ」
  • Ask:
    「死にたい」という気持ちについて、率直に尋ねる

    例)「どんなときに死にたいと思ってしまうの?」
  • Listen:
    絶望的な気持ちを傾聴する:死を思うほどの深刻な問題を抱えた子どもに対しては、子どもの考えや行動を良し悪しで判断するのではなく、そうならざるを得なかった、それしか思いつかなかった状況を理解しようとすることが必要です。
    そうすことで、子どもとの信頼関係も強まります。徹底的に聴き役にまわるならば、自殺について話すことは危険ではなく、予防の第一歩になります。
    これまでに家族や友だちと信頼関係を持てなかったという経験があるために、助けを求めたいのに、救いの手を避けようとしたり拒否したりと矛盾した態度や感情を表す子どもいます。不信感が根底にあることが多いので、そういった言動に振り回されて一喜一憂しないようにすることも大切です。
  • Keep safe:
    安全を確保する:危険と判断したら、まずひとりにしないで寄り添い、他からも適切な援助を求めるようにします。

「Ask」のように率直に尋ねることが重要だと示されていますね。
神田橋先生はうつ病患者に「死にたいと思うことがありますか?」ではなく「死にたいと思うこともありますね?」と尋ねるそうです。
死についてきちんとやり取りできることは支援上重要ですね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

『②自殺の危険が比較的低いため、ストレスマネジメントなどの予防的対応を行う』

選択肢①で示したとおり、「自殺の可能性が比較的低い」と見なすのは誤りです
本事例は、自殺の可能性が高いと捉える必要があります。

またストレスマネジメントなどの予防的対応は、自殺の話題が出ている時に行うというよりも、例えば、学校でのエンカウンターなどで日常的に伝えておく内容だと思います。
自殺の可能性が低くても、自殺についての話題が出ているのであれば、そのことについてきちんとやり取りすることが専門家としての誠実な向き合い方です

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

『③自殺の可能性が比較的低いため、得られた情報は秘密にし、Aとの関係形成を図る』

選択肢①で示したとおり、「自殺の可能性が比較的低い」と見なすのは誤りです
本事例は、自殺の可能性が高いと捉える必要があります。

また、「自殺の可能性が比較的低い」ならば情報を秘密にして良いのか、という疑問もあります。
若年者は大人が思いもよらないような理由で自殺してしまうこともあるので、たとえアセスメント上は自殺の可能性が低くても学校全体で共有していくことを考える必要があります

更に、秘密にすることが関係形成になるというのもあまり適切な考えとも思えません
もちろん面接の内容は基本的に秘密ですし、軽々に秘密を漏らすようでは関係形成以前の問題であると言えます(倫理規定違反ですからね)。
ですが、秘密を守ったからといって関係形成が促進されるというのは本質からずれているように思います

平常時に面接の中でしっかりと秘密を守ることと、緊急時に守秘義務を超えて対応をすることは、守秘義務に関する対応が異なるだけで「専門家としてクライエントの福利に資するよう一貫した対応をしている」と言えます。
本来、信頼関係・関係形成とは、こうした専門家として一貫した安定感のある姿を通して得られるものであり、秘密を守る・守らないという表面的な部分によって生じるのではありません

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

『④自殺の危険が非常に高いため、Aの安全を確保して、医療機関の受診に結び付ける』

すでに述べたとおり、Aは自殺の危険が高いと判断できます。
よって、選択肢前半の「自殺の危険が非常に高いため」は適切とみなすことができます。

また、Aが「秘密にしてほしい」と述べたことについては、そうした守秘義務を超えて安全を確保する必要があります。
先述した文部科学省の資料には以下のように記載があります。

  • 実は、子どもが恐れているのは自分の秘密が知られることではなく、それを知った際の周りの反応なのです。子どもは、大人の過剰な反応にも、そして、無視するような態度にも、どちらにも深く傷つきます
  • 子どものいるところで、保護者に、過剰な反応やその正反対に無視するような態度をとらずに子どもの心のうちを理解してほしいと伝えると、子どもは安心します。また、学校では、守秘義務の原則に立ちながら、どのように校内で連携できるか、共通理解を図ることができるかが大きな鍵となります。

このようなことを念頭に置き、家族に連絡をとってAの安全を確保することが求められます。
その上で、医療機関などと連携を取っていくこと、紹介することも重要になります。

先述したとおり、自殺を招くような心理状態になると、それが唯一の救いの方法であるように感じてしまっていることもあり、家庭内だけでは対処しきれないことも少なくありません
自殺念慮が強いほどに医療機関による支援も考えていくことが、Aの生命を守る上でも重要な対応と言えるでしょう。

以上より、選択肢④が適切と判断できます。

『⑤自殺の危険が非常に高いため、自殺企図を引き起こしたきっかけを尋ね問題の解決を図る』

すでに述べたとおり、Aは自殺の危険が高いと判断できます。
よって、選択肢前半の「自殺の危険が非常に高いため」は適切とみなすことができます。

一方で、選択肢後半の「自殺企図を引き起こしたきっかけを尋ね問題の解決を図る」については、自殺を単純に捉えすぎというきらいがあります
自殺の引き金となる「直接のきっかけ」が原因としてとらえられがちですが、自殺を理解するためには複雑な要因がさまざまに重なった「準備状態」に目を向けることが大切です。
この点については日本精神神経学会の「日常臨床における自殺予防の手引き」にも記載されています。

本事例の場合、部活動ができなくなったことが原因とみなすことも可能ですが、その背景には、自分の価値をスポーツの出来とイコール関係に結んでいた可能性、友人がもともと少なく孤立しやすい傾向なども影響しています。
このように自殺企図に至った問題は複雑であることが多く、時には人格特徴も関連するなど、すぐに解決を図れることは少ないと言えます

それよりも選択肢④で示したように、早急にAの安全を確保し、視野狭窄になっている可能性のある状態からの改善を図ることが求められます。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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