公認心理師 2021-145

施設入所児童の言動に対する理解と対応に関する問題です。

こうした言動をどのように捉えるか、私なりに考えていることを述べておきました。

問145 14歳の男子A、中学2年生。Aは、生後間もない頃から乳児院で育ち、3歳で児童養護施設に入所した。保護者は所在不明でAとの交流はない。Aはおとなしい性格で、これまで施設や学校でも特に問題はみられなかったが、中学2年生の冬休み明けからふさぎ込むことが増えた。ある日、児童指導員Bに対して、「どうせ仕事なんだろう」、「なぜこんなところにいなくてはいけないんだ」と言いながら暴れた。また、「生きている意味がない」とメモを書き残して外出し、Aが育った乳児院の近くで発見された。Aの態度の変わりように困ったBは、施設内の公認心理師CにAへの対応を相談した。
 CのBへの助言・提案として、最も適切なものを1つ選べ。
① Aの自立支援計画の策定を始めるよう助言する。
② 児童相談所に里親委託の検討を依頼するよう提案する。
③ Aが自分を理解してもらえないと感じるような、Bの対応を改善するよう助言する。
④ Aには注意欠如多動症/注意欠如多動性障害〈AD/HD〉の疑いがあるため、医療機関の受診を提案する。
⑤ 信頼できる大人との日常生活の中で、Aが自分の人生を自然に振り返ることができるような機会が大切になると助言する。

解答のポイント

事例の言動の背景にどういう心理的仕組みがあるのかを理解し、それを踏まえた対応を選択できる。

選択肢の解説

③ Aが自分を理解してもらえないと感じるような、Bの対応を改善するよう助言する。
⑤ 信頼できる大人との日常生活の中で、Aが自分の人生を自然に振り返ることができるような機会が大切になると助言する。

本事例において大切なのが、Aの状態をどのように見立てるかです。

Aの生育歴や問題歴を踏まえて、考えられるストーリーを読み解いていきましょう。

まずAは「生後間もない頃から乳児院で育ち、3歳で児童養護施設に入所した。保護者は所在不明でAとの交流はない」という生育歴ですから、自身の出自について不明な点が多いと言うことができますね。

ここで支援者として理解しておきたいのが、人の精神安定において大切なことの一つとして「生まれてから今の自分までがずっと繋がっているという感覚を有している」ということです。

上記では「生まれてから」と述べましたが、これは実際は「生まれる前から」と言って良いだろうと思います。

昔、探偵ナイトスクープという番組で「レイテ島からの葉書」という回がありました。

ある壮年男性が、自身の母親が持っていた「父親がレイテ島から送ってきた葉書」に何が書いてあるのか知りたい、特に「父親が、その当時母親のおなかの中にいた自分の存在を知っていたのか」を知りたいという依頼でした。

母親が何度も読み返してこすれて読めなくなった葉書を解析し、その中で、父親が自分の存在を知っていたことがわかるという流れでした。

この「父親が自分の存在を知っていた」ということは、すでに壮年になっている男性にとって実生活に大きな影響をもたらすものではないはずです。

しかし、おそらく当人にとって「父親が自分の存在を認識していた」という事実は、自らの人生史にとって空白だった何かを埋め、人生の安定感を高める体験だっただろうと思うのです。

さて、このような「生まれてから(生まれる前から)今の自分までが繋がっているという感覚」は、人の人生に対する安定感を高めるために重要なものであるという認識を持っておくことが大切です。

そして、どうやら思春期以降にこうした「人生の空白」を何らかの形で埋め、人生に安定感をもたらしたいという欲求が出てくるような印象があります。

ですから、生みの親と育ての親が異なる場合、私は育ての親に「精神的に成熟してくると、大なり小なり人生の安定を得るという無自覚な心の成り行きで、生みの親に対する情報を得ようとする」「それは育ての親への不満ではなく、むしろきちんと育ててきたからこそ起こることである」「その時点で開示できる情報を誠実に伝え、本人の動きを見守り支えることが大切です」と事前に伝えておくことが多いです。

事例のAは人生史の初期に空白があり、14歳という年齢になって、どこか自分の人生の初期に空白があることについて心許なさを感じ、不安定感が高まってきたのだろうと予測されます。

こうした予測を前提として、「児童指導員Bに対して、「どうせ仕事なんだろう」、「なぜこんなところにいなくてはいけないんだ」と言いながら暴れた」および「また、「生きている意味がない」とメモを書き残して外出し、Aが育った乳児院の近くで発見された」というAの行動の意味を読み取っていきましょう。

まず後者の「また、「生きている意味がない」とメモを書き残して外出し、Aが育った乳児院の近くで発見された」については、自身の人生の基盤の不安定さが「生きている意味の無さ」として認識されていること、そして安定を得ようとする無自覚の動きとして「自分が育った最初期の場所を訪れる」ということが起こっていると考えられます。

実際に出自が明らかでない人、明らかにできない人に対しては、「その人の人生の足跡を辿れ得る最初期の場所に連れていく」という提案をすることがあります。

母親を知らなくても、自分が生まれた産科に行くことで、そこを自身の人生が始まった場所として認識して相応の安定感を見せる事例も少なからずあります。

Aの行動は、おそらくは無自覚ではあろうと思いますが、そうした人生の足跡を辿るという動機に突き動かされてのものであろうと考えられます。

また、人生の基盤の不安定さを感じているAが取り得る、安定のための対処行動は他にも考えられ、それが前者の「児童指導員Bに対して、「どうせ仕事なんだろう」、「なぜこんなところにいなくてはいけないんだ」と言いながら暴れた」になります。

こうした反抗的で挑発的な態度をどのように解釈するかは色々あるでしょうが、本事例の状況では「信頼できる大人に対して自身の不穏感情をぶつけて、信頼の確かさを確認している」ということが考えられます(ちなみに不穏感情をぶつけられるのは、多少なりともBが信頼されている証拠です)。

そして、この「信頼の確かさ」とは言い換えれば「世界の確かさ」でもあり、不穏感情をぶつけることでそれが壊れないこと、変わらずに存在し続けること、きちんと反応してくれることなどを無自覚ではありますが求めているということになります。

プレイセラピーでは、子どもが何度も物を投げてセラピストに持ってこさせる、そしてそれを繰り返すという遊びがあり、これは一般に「愛着を確かめている遊び」と考えられています。

何度同じことをしても、同じような反応が返ってくることで、子どもは目の前のセラピストを通して世界の安定感を確かめているのです(ちなみに他の国の子育てで、何度も高いところから自分に飛びつかせて抱きしめて、ある瞬間にどいて地面にぶつけるというやり方があるらしいです。世界はそんなに安定していないよ、ということを伝えることが、その国の事情を鑑みれば大切なのでしょうね)。

Aの言動は、多少なりとも信頼できる大人(ここではB)に対して、自身の不穏感情をぶつけて、それでも崩れないということを通して、自身の人生の安定性を確かめているという捉え方ができるわけですね。

ですから、本事例において理想的な展開は、選択肢⑤の「信頼できる大人との日常生活の中で、Aが自分の人生を自然に振り返ることができるような機会が大切になると助言する」ということになろうかと思います。

ただし、実際はそんな綺麗にカウンセリング過程は展開しません。

「自分の人生を自然に振り返る」というのは大人が思い描く理想的な心理療法過程であって、実際はBなどのような信頼できる大人とのぶつかり合いによって精神的世界の地盤を少しずつ踏みならしていくというのが多くの時間を占めることになるでしょう。

もちろん、Aの年齢や「なぜこんなところにいなくてはいけないんだ」と自身の不穏の背景をどこか掴みかけているところ、育った乳児院の近くまで行っているところなどから、もしかしたら言語的に語る力があるかもしれませんので、その辺は実際に関わっていく中での見立て次第になるでしょうね。

いずれにせよ、選択肢⑤のような過程を理想と考えるときに、気をつけねばならないのが選択肢③の「Aが自分を理解してもらえないと感じるような、Bの対応を改善するよう助言する」というアプローチです。

なぜなら、先述の通り、AはBという大人とのやり取りを通して、世界の安定感を確かめようとしていると見立てることができるわけですから、Bが対応を変えることがあってしまうと「これまでと反応の仕方が変わってくる」ということになり、世界の安定感を感じられなくなる可能性があります。

こういう、不穏感情を中心に向けてきて世界の安定感を確かめようとする関わりというのは、幼少期に傷つきのある人に多い傾向がありますが、これに対応する際に大切なのは、①受け入れよりも、ケンカを含むやり取りが重要である(ケンカをしても良いか否かは事例によってかなり左右されるので、その辺の見立てができることが大切)、②狼狽えること(子どもの不穏感情をぶつけられて精神的に揺れること)が重要である、③ただし、揺れてもいいけど、相手が怒らないような関わりに変えようとするのは間違い、ということになります。

ですから、Bの対応が悪いからAのような言動になるのではなく、むしろBに対して多少の信頼感・安定感を感じているからこそのAの言動であるという認識が重要で、対応を変えてしまうことはAの不安定さを増してしまう恐れもあるので注意が必要です。

以上のように、本事例における児童指導員Bへの助言としては、対応を変えるよりも、日常的なAとのやり取りを通して、Aが人生の安定感を増していけるような「確かさ」のある関わりが重要になるということだと考えられます。

よって、選択肢③は不適切と判断でき、選択肢⑤が適切と判断できます。

④ Aには注意欠如多動症/注意欠如多動性障害<AD/HD>の疑いがあるため、医療機関の受診を提案する。

本事例においてADHDを疑うような情報は「暴れた」という箇所しかありませんし(それはそれでADHDに失礼な話ですが)、その行動自体も前の選択肢の解説で述べた通りの見立てができる以上、ADHDと見なして関わっていくことは合理的ではないと考えられます。

そもそもADHDの診断基準の中には「不注意または多動性‐衝動性の症状のうちいくつかが12歳になる前から存在していた」というのが設けられており、14歳であり「おとなしい性格で、これまで施設や学校でも特に問題はみられなかった」というAの生育歴からもADHDと見なす理由は見当たりませんね。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

① Aの自立支援計画の策定を始めるよう助言する。
② 児童相談所に里親委託の検討を依頼するよう提案する。

これらの選択肢はAに対する公的な対応という意味では共通しているので、まとめて解説していきましょう。

まずは選択肢①から入っていきましょう。

児童相談所や児童福祉施設等において、虐待など複雑かつ深刻化する子どもの問題に対応するために、子どもと家庭に対する的確なアセスメント及びこれに基づいた適切な自立支援計画の策定が求められています(児童福祉施設最低基準より)。

この児童福祉施設最低基準が改正され、平成17年4月より児童養護施設等の各施設長は、入所者に対して計画的な自立支援を行うため、個々の入所者に対する支援計画を策定しなければならないとされました。

この自立支援計画については、児童自立支援計画研究会により検討され、「子ども自立支援計画ガイドライン」として報告された。

このガイドラインの中で「代替養育の場で生活する子どものケアプラン(自立支援計画)の策定は義務付けられている」とありますから、選択肢①のように既に児童養護施設に入所しているAには自立支援計画が策定されているはずです。

ですから、この時点で「策定を始めるよう助言する」というのは明らかに矛盾のある助言であると言えるでしょう。

あり得るとするならば「自立支援計画の修正を勧める」ということでしょうが、それもAの言動への対応を尋ねているBへの対応としては的が外れていると言えますね。

選択肢②の里親委託ですが、ルールとしては原則18歳未満ならOKなので不可能ではありません。

しかし、こうした対応を取るということは「児童養護施設に置くよりも、里親委託の方が改善を望める」という見通しがあるということになりますね。

本事例においては、他選択肢での解説でも述べた通り、職員Bへの多少なりの安定感・信頼感を背景にして生じてきた可能性が考えられます。

こうした状況で里親委託を検討するということは、Aの、Bとのやり取りを通して世界の安定感を確かめようとする行動を抑え込むことになり、却ってAの安定感が失われる可能性が想定されます。

こういう「一見、不適切に見える言動」の奥には、子どもなりの精神安定のためのもがき・工夫という意味が控えていることが少なくありませんから、それを単に抑え込んだり悪いものと見なすようなアプローチは勧められません(選択肢②の対応は、Aの言動を悪いものと見なして抑えようとするという点で間違い)。

余談ですが「良性の関わり」だけでは、対人関係の半分しかカバーしたことになりません。

もう半分、すなわち「陰性の関わり」についても生じ、そして納めることができる関係性であるほど、その関係は強固であると言っても良いでしょうし、そうした「陰性の関係」を通して「関係性のすり合わせ」が行われることが多いです。

また、相手との関係性の不安についても「陰性の関わり」を通したやり取りによって、不安が鎮まると考えるのが妥当です(関係性の不安については、その不安をやり取りすることでしか鎮められないのが原則。良性の関係を積み重ねても、関係性の不安を誤魔化せても心に納めることは本質としては難しい)。

これは親子関係でも友人関係でも恋愛関係でも共通する部分があるでしょうね(昨今の晩婚化は陰性の関わりができない人の増加によるものではないかと密かに思っています)。

以上より、選択肢①および選択肢②は不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です