公認心理師 2019-20

問20は児童虐待による死亡事例の傾向に関する問題です。
単に統計資料として記憶するのではなく、なぜそのような統計結果が生じるのかを理解することが実際の事例と関わる上では大切なことです。
(※本問は採点除外等の取扱いとなった問題です)

問20 我が国における児童虐待による死亡事例の近年の傾向として、正しいものを1つ選べ。
①死因となった虐待種別はネグレクトが最も多い。
②虐待の加害者は実父が最も多い。
③心中による虐待死事例における加害の背景は、「経済的困窮」が最も多い。
④心中以外の虐待死事例での被害者は0歳児が最も多い。
⑤心中以外の虐待死事例での加害者は20歳未満が最も多い。

こちらについては厚生労働省から「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」が示されております。
こちらにあるデータを基に解説をしていきましょう。

解答のポイント

子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」を把握していること。
特にここ数年の流れを掴んでおくことが重要になる。

選択肢の解説

①死因となった虐待種別はネグレクトが最も多い。

まず、平成29年4月から平成30年3月までの1年間(第15次報告の対象期間)に発生又は表面化した子ども虐待死事例は、心中以外の虐待死事例では50例(52人)、心中による虐待死事例(未遂により親は生存したが子どもは死亡したものを含む)では8例(13人)であり、総数は58例(65人)です。

このうち虐待種別については以下の通りです。

  • 子どもの死因となった虐待の類型について、心中以外の虐待死事例においては、「身体的虐待」が22人(42.3%)、「ネグレクト」が20人(38.5%)であった
  • また、子どもの年齢を3歳未満と3歳以上で比較すると、3歳以上の身体的虐待の割合は 60.0%であり、3歳未満の身体的虐待の割合 40.5%より多かった。
  • さらに、第1次報告から第15次報告までの総数でみると、「身体的虐待」が6割程度を、次いで「ネグレクト」が概ね3割程度を占めていた

このように、身体的虐待の割合が最も高いことが見て取れます。
ただし「身体的虐待」において「実父」が5割であり、「ネグレクト」においては「実母」が6割ということですから、性別による虐待種別の違いは認められますね。

また、動機については、第2次報告から第15次報告までの推移でみると、「保護を怠ったことによる死亡」や「しつけのつもり」、「子どもの存在の拒否・否定」、「泣きやまないことにいらだったため」が、加害の動機として多い状態が継続しているということです。

子どもの死因からも身体的虐待の多さが浮かび上がってきます。

  • 子どもの直接の死因について、心中以外の虐待死事例では、「頭部外傷」が 11人(有効割合 30.6%)であり、3歳未満と3歳以上を比較すると、3歳未満では「頭部外傷」が9人(同 36.0%)と最も多く、次いで「頸部絞扼以外による窒息」「溺水」がそれぞれ4人(同 16.0%)であった。
  • 3歳以上では、「頭部外傷」「頚部絞扼による窒息」「その他(転落死)」がそれぞれ2人(同 20.0%)と最も多かった。
  • 一方、心中による虐待死事例では、「火災による熱傷・一酸化炭素中毒」が5人(同 41.7%)と最も多く、次いで「頚部絞扼による窒息」2人(同 16.7%)であった。
  • 心中以外の虐待死事例では、頭部外傷のうち「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)(疑い含む)」の「あり」が5人(有効割合 45.5%)であった

このように頭部外傷が多く、その中でも乳幼児揺さぶられ症候群がその半数を占めているということでした。

日常的な虐待が無くても、母親が寝不足の中で泣き止まなかったり、母乳やミルクを飲まなかったり、吐いて汚したりなど、様々な状況や出来事の複合によって衝動的に生じた怒りをぶつけてしまうことは、おそらくは誰にだってあるのではないかと思います。
ちょっと子どもが大きくなったときに、何か悪いことをした際に両肩を掴んでグラグラする人って普通にいると思います。
極限状態のときに、そういったパターンが乳児に出てしまうということは、そう不思議でないように思うのです。

ちなみに、ネグレクトにより死亡した事例におけるネグレクトの内容について、心中以外の虐待死事例では、「遺棄」が10人(50.0%)と5割を占め、次いで「家に残したまま外出する、車中に置き去りにするなど子どもの健康・安全への配慮を怠る」が9人(45.0%)です。
第14次報告と比較すると「食事を与えないなどの養育放棄」「必要な医療を受けさ
せない(医療ネグレクト)」の人数及び割合が減少したということです。

以上より、死因となった虐待種別は身体的虐待が最も多いことがわかります。
よって、選択肢①は誤りと判断できます。

②虐待の加害者は実父が最も多い。

まずは心中以外の虐待死における主たる加害者については以下の通りです。

  • 心中以外の虐待死事例では、「実母」が25人(48.1%)と最も多く、次いで「実父」が14人(26.9%)であった
  • 第1次報告から第15次報告までの傾向をみると、加害者が「実母」である事例が概ね全体の半数を占めて最も多く、次いで「実父」や「実母と実父」が多くみられた。

また、3歳未満と3歳以上に分けてみると、3歳未満では、「実母」が19人(有効割合 54.3%)、次いで「実父」が9人(同 25.7%)です。
3歳以上では、「実父」が5人(同 50.0%)、次いで「実母」が2人(同 20.0%)となり実父が上回る結果になっていますね。

次いで、心中による虐待死における主たる加害者です。

  • 心中による虐待死事例では、「実母」「実父」がそれぞれ6人(46.2%)であった
  • 第14次報告と比較すると、「実母」の人数及び割合が減少し、「実父」の人数及び割合はともに増加した。

ここでも実母と実父が同数となっており、統計が始まってからの数字を見る限り実母が多いのが見て取れます

これを単に母親が虐待死を招きやすいとみるのは単純に過ぎるでしょう。
実際に子どもと関わっている時間で割った場合、この数字は大きく変わってくるものと予想されます
0歳児、特に最初の1か月くらいはウィニコットの言う「母親の原初的没頭」の時期になります。
これは母親の母性的な心的状態のことであり、新生児が生まれる前から出生後の数週間にわたり続くとされています。
このとき、母親は乳児に心をとらわれた状態になり、引きこもりと思えるほど外界に注意を払わなくなります。
これ自体は適応的で健全なものであり、乳児の健全な発達にとって必要不可欠なものとされていますが、やはり母親に大きな負担がかかる時期であるということも理解しておくことが重要です。

母親自身も周囲に手を出してほしくないと思うこともあるなど(手伝ってもらってても、何となく罪悪感を覚えるなども含め)、この辺の心理状態は複雑なものです。
それはこういった生物として必要な時期であることをどこかで感じ取っているという考え方もあるでしょうし、支援者はそうした心理を理解した上で対応を考えていくことが重要ですね。

以上より、虐待死の加害者として最も多いのは実母ということになります。
よって、選択肢②は誤りと判断できます。

③心中による虐待死事例における加害の背景は、「経済的困窮」が最も多い。

この選択肢では過去の調査結果までさかのぼることが重要です。
とりあえずは、第14次(対象期間が平成28年4月から平成29年3月までの1年間)と第15次(対象期間が平成29年4月から平成30年3月までの1年間)の両方を見ていきます。

  • 第14次:心中による虐待死事例における加害の動機について、平成28年度に把握した事例では、「保護者自身の精神疾患、精神不安」が15人(53.6%)であり、次いで「育児不安や育児負担感」が4人(14.3%)であった
  • 第15次:心中による虐待死事例における加害の動機について、「経済的困窮(多額の借金など)」が8人(61.5%)と最も多く、次いで「夫婦間のトラブルなどの家庭の不和」が7人(53.8%)であった

このように平成28年度は「保護者自身の精神疾患、精神不安」となっているのに対して、平成29年度の調査では「経済的困窮」が心中事例の場合は最も多くなっているということです
すなわち、平成28年度の調査結果(第14次)をもとに解いていれば本選択肢は誤りとなり、平成29年度の調査結果(第15次)をもとに解いていれば正しいということになります。
なお、平成29年度の調査結果が公表されたのは令和元年8月1日と試験の直前になっています(平成28年度の調査結果は平成30年8月30日だった)。

ここで問題文を振り返ってみると「近年の傾向」とあります。
「近年を何年とするのか」という議論はありますが、とりあえずここ5年くらいの傾向を見ていきましょう。

  • 第11次:「夫婦間のトラブルなどの家庭の不和」が8人(24.2%)であり、次いで「保護者自身の精神疾患、精神不安」が7人(21.1%)
  • 第12次:「保護者自身の精神疾患、精神不安」が16人(59.3%)であり、次いで「育児不安や育児負担感」が9人(33.3%)
  • 第13次:「保護者自身の精神疾患、精神不安」が13人(40.6%)であり、次いで「育児不安や育児負担感」が11人(34.4%)
  • 第14次:「保護者自身の精神疾患、精神不安」が15人(53.6%)であり、次いで「育児不安や育児負担感」が4人(14.3%)
  • 第15次:「経済的困窮(多額の借金など)」が8人(61.5%)と最も多く、次いで「夫婦間のトラブルなどの家庭の不和」が7人(53.8%)
ちなみに第15次でも「保護者自身の精神疾患、精神不安」は6人(46.2%)が示されています。
このように「近年の傾向」という枠組みで言えば、「保護者自身の精神疾患、精神不安」が最も多いとみるのが妥当でしょう
恐らくは試験作成側も8月1日このような報告がなされるとは思わなかっただろうと考えられますから、不可抗力でしょうが、ちょっと意地悪な選択肢になってしまいましたね。
勉強熱心な方が8月1日に出たのを見て覚えていた場合、まず間違えそうな状況です。
以上より、選択肢③は誤りと判断できます。
ここで「経済的困窮」が入ってきたことの意味を考えてみても良いかなと思っています。
そもそも「保護者自身の精神疾患、精神不安」と「経済的困窮」は併存するのが自然な要因です。
もちろん、経済的困窮によって精神疾患が生じるというわけではありませんが、それでも互いが悪化させ合う要因でしょうし、家庭状況の困難さは精神疾患の誘因にもなり得るでしょう。
すなわち「保護者自身の精神疾患、精神不安」と見なすか「経済的困窮」と見なすかは、実際は非常に難しいだろうなと思うわけです。
特に「精神不安があっただろう。だけどその背景には経済的困窮もありそうだ」という場合は、いずれに該当するのか難しいところだろうなと。
いずれにせよ、経済的困窮が前面に出てきたのが今回限りのこととは思えません。
今後の社会状況と併せてチェックしていくことなのでしょうね。

本問が採点除外となった理由は、選択肢③によるものだと思われます。

問題文では「我が国における児童虐待による死亡事例の近年の傾向」となっていますから、昨年度も含めて数年間の傾向という考え方をすれば「保護者自身の精神疾患、精神不安」が正答であるということは揺らぎませんが、それではあまりにも不親切だろうということで採点除外扱いにしたものと考えられます。

④心中以外の虐待死事例での被害者は0歳児が最も多い。

心中以外の虐待死事例の被害者特性については以下の通りです。

  • 死亡時点における子どもの年齢について、心中以外の虐待死事例では、「0歳」が28人(53.8%)で最も多く、3歳未満は37人(71.1%)と7割を超える状況であった
  • 第1次報告から第15次報告までの推移をみると、第15次報告までの全てで「0歳」が最も多い結果となった。 
  • 死亡した0歳児を月齢別にみると、心中以外の虐待死事例では、月齢「0か月」が14人(50.0%)であり、0歳児において最も高い割合を占め、第14次報告と同じ割合であった。

このように調査開始以降、ずっと0歳児が被害者として一番多いということになります
虐待死では0歳児が多いというのは、福祉領域では常識だろうと思います。

余談ですが、こういう資格試験の問題にするときには、年度ごとに変動があるような数字ではなく、ずっと共通している事項の方が問題にしやすいように感じます。
特に選択肢③のようなことがありますから(それも予測しづらいでしょうけど)。

以上より、選択肢④が正しいと判断できます。

⑤心中以外の虐待死事例での加害者は20歳未満が最も多い。

こちらについては「妊娠期・周産期の問題」において間接的なデータが示されています。

  • 「若年(10代)妊娠」についてみると、我が国における全出生数のうち母親の年齢が若年(10代)の割合は約1.3%前後で推移している。
  • 一方で、心中以外の虐待死事例における「若年(10代)妊娠」の平均割合は 17.8%であり、その割合の高さは顕著である。 

このように虐待死事例では「若年(10代)妊娠」の割合が顕著に高いことが示されています。
ただし、それは割合として高いということであり、虐待死事例の加害者の82.2%が20代で出産しているということでもありますね

また、あくまでも「若年(10代)妊娠」であって、虐待死が生じた時点では20歳を超えていることも多いでしょう
あくまでも「虐待死事例の加害者においては、妊娠時点で10代だった人が17.8%存在した」ということです。
10代での妊娠だったとしても、子どもが産まれた時点では20代になっている人もそれなりにいるでしょうから、虐待死時点での加害者の年齢はこの「17.8%」よりも若干(?)低い数字になるのではないでしょうか

以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。

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