72歳の男性Aの事例です。
事例の内容は以下の通りです。
- 76歳の妻Bと二人暮らしである。
- Bは2年前にAzheimer型認知症の診断を受け、現在は要介護3の状態である。
- Aはもともと家事が得意であり、介護保険サービスを利用することなく在宅で介護していた。
- Aには、Bに苦労をかけたことが認知症の原因だという思いがあり、限界が来るまで自分で介護したいと強く望んでいる。
- 最近Bが汚れた下着を隠すようになり、それを指摘してもBは認めようとしない。
- Aは時々かっとなって手が出てしまいそうになるが、何とか自分を抑えてきた。
解答のポイント
Aの心情を踏まえた上での支援の方向性を考えていけること。
選択肢の解説
『①介護負担軽減のためにBの施設入所を勧める』
『③虐待の可能性があるため、Bと分離する手続を進める』
『②Aと定期的に面接を行い、心理的負担を軽減する』
Aは「Bに苦労をかけたことが認知症の原因だという思いがあり、限界が来るまで自分で介護したいと強く望んでいる」という思いがありますが、このような一種の罪悪感をもって関わっている場合、自身の限界を超えたとしても介護を続けてしまうことも考えられます。
「限界が来るまで」と話してはいますが、認知症の症状が日によって開きがあるように突然対応しきれなくなる日が来ることも考えられますし、人の心身の状態も一定でないためいつもAが冷静な対応ができるとも限りません。
このような点を踏まえると、本選択肢にある「心理的負担」とは、Aの妻に対して抱えている「自分が妻を認知症にしてしまった」という認知へのアプローチも含まれていると考えても良いでしょう。
ここに変化が生まれることで、Aが頑なに介護をすることにこだわるという形にもなりにくいと思われます。
こうした認知に変化が出ることで、Bの状態に応じて具体的・現実的な提案がしやすくなると思われます。
よって、選択肢②は適切と判断できます。
『④Bの主治医と相談し、Aの精神的安定のため投薬を依頼する』
医師法第20条に「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方箋を交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」とされています。
例えば、精神科で家族からの報告のみで診断・処方するということもあり、これは医師法第20条に違反しないという判例もあります。
しかし、これは精神科という本人を連れてこられない場合もある事情を鑑みての判決です。
本事例では、(おそらくは)診察してないAに対して薬の処方をすることは医師法第20条に違反している可能性があります。
また、A本人の精神的安定のための投薬が必要であるというのであれば、その旨を公認心理師がA本人とのやり取りの中で伝え、一度診察を受けるよう促すのが真っ当なルートだと思います。
更に、Aの現状を踏まえたときに、投薬が必要であると見做すに足る情報は見られません。
それに、介護において、投薬を受けてまで続けようとするのは適切とは言えず、投薬が必要な状況はすでに限界を超えていると判断した方が良いように思います。
上記のような複数の事柄を踏まえると、本選択肢の対応は適切とは言えないのがわかります。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤Aの許可を得て、地域包括の介護支援専門員とともに負担軽減のためのケアプランを検討する』
本選択肢には「Aの許可を得て」という文言があり、その上で介護支援専門員と関わるのは問題ない対応です。
臨床的には、どのようにAに提案するかが重要ですが、例えば「今後奥様の状態が変化していって、旦那さんだけで対応できなくなる可能性もあると思います。その時になってバタバタしないためにも、現状で考えられる方法や、それはどんな流れになるのかということも事前に理解しておくと良いと思っていますが、いかがでしょうか?」といった感じでしょうか。
Aは「自分でやりたい」という思いを持っているので、安易に支援を入れるというよりも「こんなやり方(Aの負担軽減のプラン)もあるんですよ」という選択肢を知っておいてもらうことが重要であると思います。
こういう話をしていく中で、Bの症状が今後どのように変化していくのか、理解しがたい言動についてきちんと専門的に説明する(例えば、汚れた下着を隠すこと、それを認めないことなど)ことなどが可能であると思われます。
同時に認知症という状態がAのせいで生じたのではないということについても話題にできる可能性もあります。
検討したケアプランを実行することも大切ですが、それ以上に、その過程でのAとのやり取りを通して、Aが具体的・現実的に判断できるよう支援していく場を持ち続けるという意義があると思われます。
以上より、選択肢⑤は適切と判断できます。