公認心理師 2021-73

喪の過程、グリーフカウンセリングに関する理解が問われている問題です。

グリーフカウンセリングではどういった視点で臨むか理解しているかが大切ですね。

問73 50歳の女性A。抑うつ気分が続いているために精神科に通院し、院内の公認心理師Bが対応することになった。7か月前にAの17歳の娘が交際相手の男性と外出中にバイクの事故で亡くなった。事故からしばらく経ち、Aは、事故直後のショックからは一時的に立ち直ったように感じていたが、3か月ほど前から次第に抑うつ状態となった。「どうしてあの日娘が外出するのを止めなかったのか」と自分を責めたり、急に涙があふれて家事が手につかなくなったりしている。
 BのAへの対応として、不適切なものを1つ選べ。
① 悲しみには個人差があるということを説明する。
② 娘の死を思い出さないようにする活動がないか、一緒に探索する。
③ Aが体験している様々な感情を確認し、表現することを援助する。
④ 子どもを亡くした親が体験する一般的な反応について、情報を提供する。
⑤ 娘が死に至った背景について、多様な観点から見直してみることを促す。

解答のポイント

喪失に関連する概念を理解している。

喪の過程、グリーフカウンセリングについて理解している。

必要な知識・選択肢の解説

本問は喪失に関する問題ですね。

喪失に関してはいくつかの基本概念があるので、まずはそれを述べておきましょう。

【喪失】

Freud(アンナじゃなくてパパの方ね)は喪失体験のことを「対象喪失(object loss)」と名付けました。

上記の「対象」とは、個々人が心的エネルギー(リビドーのこと)を注いでいる対象で、愛する人だけではなく、馴染んだ環境や祖国(難民支援などの視点として大切ですね)、理想や生きがいなどの心的属性も含みます。

なお、悲嘆学や死生学では単純に喪失(loss)と表記する傾向があります。

死別の中でも、Harveyは大切な人との死別を「重要な喪失(major loss)」と呼びました。

また、喪失の水準を区別して、眼前の人が亡くなるという「外的喪失」と、外的対象の有無とは別に心の中で生起する喪失感を「内的喪失」に着目する向きもあります。

つまり、終末期において患者も家族も感じるような近い将来の別れを予感して悲しみに襲われるのは「内的喪失」によるものであり、これと死別後の反応とは区別して捉えておく必要があります。

【悲嘆】

悲嘆(grief)とは、喪失後の悲しみや自責、不眠などの心身の反応を総称した用語です。

この用語が翻訳されたときに、フロイト全集の翻訳者であるStracheyは「mourning(喪)」と訳し、悲嘆学の創始者であるLindemannは「grief(悲嘆)」という単語を選択しました。

以後、この2つの用語は互換性のある言葉として用いられてきましたが、使い分ける場合は、「mourning(喪)」が服喪に関わる儀式や対処行動に用いられがちなのに対して、「grief(悲嘆)」は死別に伴う情動や心理生理的反応という意味で用いられる傾向があります(あくまで傾向ですけどね)。

悲嘆の状態は以下の4つの徴候にまとめられます。

  1. 喪失の痛み:悲痛などの情動反応、あるいは波状的な心身の苦痛感
  2. 追慕の反応:亡くなった人のことを常に考え続け、再会したいと願う。
  3. 後悔や自責の念、罪悪感、または周囲への怒りや敵意
  4. 外界への関心の欠如、日常生活を営むことへの意欲の喪失

もちろん、故人との関係性、亡くなった年齢、死因、社会的サポートの有無、いわゆるresilienceの程度などによって悲嘆反応には相当のバリエーションがあることも理解しておく必要があります。

これらの徴候のうち、最初の2つが基軸となり、喪失の現実検討に伴って情緒的な痛みに襲われます(これには心身症的反応も生じやすいとされています)。

次にその喪失反応に拮抗するように、失いかけている対象を取り戻そう、復活させようとする強い欲求が生じ、その欲求が追慕や故人への囚われを生み出します。

つまり、1と2は「作用」「副作用」のような関係で交互に現われるのが特徴と言えます。

【死別】

英語では「bereavement」とされ、動詞のビリーブには「奪い取る」という原義があるので、転じて死別という意味で使われています。

人が死んだとき、無自覚ですが周囲の人の中には「死なれてしまった」という感覚が生じやすく(特に自殺などの場合は)、そうした感覚から「奪われた」という流れになるのかもしれないですね。

文字通り、喪失体験の中の死に伴う喪失に限定された言葉で、死生学の分野で多用されています。

【喪の作業】

こちらはフロイトの造語で「trauerarbeit」と命名され、英語では「mourning work」もしくは「grief work」と訳されます。

愛着対象を失った際に生起する能動的な心の営み、あるいは失われた過去を想起しながら内面に対象表象を再建していく作業を意味します。

行動レベルとしては、故人との思い出を語ること、故人の手記を書くこと、遺品を片付けること、遺言を実現すること、自助グループに参加することなどが挙げられます。

【喪の過程】

喪失から適応に至るまでの一連の過程のことを指します。

多くのプロセスが提示されていますが、ここではいくつか挙げていこうと思います。

まずは参考として、喪の過程ではありませんが、世界で初めて死への過程を臨床的研究の成果として公にしたキューブラー=ロスの「死への5段階」を示しましょう。

  • 第1段階:否認と隔離
  • 第2段階:怒り
  • 第3段階:取引
  • 第4段階:抑うつ
  • 第5段階:受容

こちらは西洋の宗教観、死生観が関連してきます。

例えば、怒りは特定の誰かというよりも神様に対して怒っているようなイメージかもしれませんし、取引でも神様がもし私を治してくださったら今までと違った良い生き方をします、みたいな感じかなと思います。

これを踏まえてですが、「死への準備教育」を提唱したアルフォンス・デーケンは悲嘆のプロセスには12段階あるとしました。

  1. 精神的打撃と麻痺状態
  2. 否認
  3. パニック
  4. 怒りと不当感
  5. 敵意とルサンチマン(恨み)
  6. 罪意識
  7. 空想形成、幻想
  8. 孤独と抑うつ
  9. 精神的混乱とアパシー
  10. あきらめ‐受容
  11. 新しい希望‐ユーモアと笑いの再発見
  12. 立ち直りの段階‐新しいアイデンティティの誕生

キューブラー=ロスの過程が全ての患者が通るわけではないように、この過程もすべての悲嘆者が通るものではありません。

高齢者であれば比較的単純で短期間で済むこともありますが、子どもの喪失になると一生涯続くということもあり得ます。

終末期があれば「予期悲嘆」ができますが、突然死の場合は悲嘆の程度がより強く、喪の過程も遷延化する傾向があります。

他にも喪の作業では心模様が変化しますが、遺族の観察から様々な段階設定が試みられており、その代表的な知見としてはBowlbyのモデルがあります。

  1. ショックと茫然自失:数時間から1週間程度
  2. 追慕と探索:数週間~数年の間
  3. 混乱と絶望
  4. 再建:心理‐社会的な再建

これは成人期における重大な喪失における喪の作業を4段階に区分したもので、上記の2と3は併存しやすいとされています。

【適応】

喪失経験からの立ち直りに対して、どのように呼称するかは意見が分かれます。

元に戻るわけではないので喪失からの「回復:recovery」という用語は避けられる傾向があり、喪失への「適応:adaptation」という言い方が好まれます。

すなわち、喪失経験からの立ち直りというのは「大切な人がいない生活に適応する」ということを指すわけですね。

【悲嘆反応における正常と異常】

最後に悲嘆反応のさまざまについて述べていきます。

以下の通りまとめることができます。

正常な悲嘆反応病的な悲嘆反応
感情の表現涙を流す、怒る、喜びを表す悲しみを表現しようとしない
怒りや敵意を表さない
言語活動活発抑制
罪責感・自殺念慮死別した対象に限られる喪失対象以外のものまで広がる
身体症状時に睡眠障害が現れる
性欲はあったりなかったりする
重篤な睡眠障害を認める
持続的に性欲が低下する
死別者の生き生きした姿やファンタジー、イメージが現れる自己破壊的な夢を見ることがある(ただし、夢を見ること自体が少ない)
自尊心保たれている保たれない。微小妄想に発展することがある
精神療法的働きかけへの反応共感性あり、反応する反応しない

支援者としては、こうした反応の違いからクライエントの状態を適切に見立てていくことが求められますね。

では、これらを踏まえて、各選択肢の解説に入っていきましょう。

① 悲しみには個人差があるということを説明する。
③ Aが体験している様々な感情を確認し、表現することを援助する。
④ 子どもを亡くした親が体験する一般的な反応について、情報を提供する。
⑤ 娘が死に至った背景について、多様な観点から見直してみることを促す。

ここではまず、悲嘆反応への対応の仕方について述べておきましょう。

ここでは特に自助グループなどで気を付けることを中心に述べますが、多くの支援者に必要な心掛けと言えます。

  1. 安心感を与える
    ①暖かい雰囲気と迎え入れる心遣い
    ②安心できる居場所づくり
    ③フィーリングによる支え:背中や手を触れる等(カウンセリングでは難しいかも)
  2. 共感のための傾聴
    ①悲嘆者の言葉、態度が、たとえ歪んだ認知や混乱した感情であっても、受容していく:感情を自由に表出するために
    ②本人が混乱した考えや感情に気づき始めたとき、再構成するのをサポートする:故人に対する感情、認知の見直し、再配置、再構成のための援助
  3. 時間と空間を共有
    ①ゆっくりとした雰囲気で時間を焦らない
    ②共にいることを感じる
  4. 同じ悲嘆体験者同士の支え合い
    ①悲嘆体験者同士あるいは悲嘆経験年数の長い先輩からの話による支え:将来に向けての光を見出すための援助
    ②悲嘆反応は正常なものであることを明確化
  5. 悲嘆反応の構造に関する正しい情報の提供:悲嘆の過程における様々な状態を理解しておくことは過剰な心配からの解放になる
  6. 新しい生活の再建を目指す
    ①生きがいのある事柄、人物、役割を見出せるように援助する
    ②新たな方向性および自己同一性の発見

上記のような態度が自助グループでは重視されています。

もちろん、カウンセリングに応用できるもの、できないものはありますが、支援の一助となる考え方と言えるでしょう。

さて、続いてカウンセリングでの知見から得られたガイドラインも紹介しましょう。

ウォーデンは、グリーフカウンセリングを行う場合のガイドラインを以下のように示しています。

  1. 喪失が現実に起こったことと認識するのを援助する。
  2. 遺された人が自らの感情を確認し、味わうのを援助する。
  3. 「故人がいない世界」で生きることを援助する。
  4. 喪失体験の意味を見出す援助をする。
  5. 故人の情緒的な位置付けのやり直しを促進する。
  6. 悲嘆の営みに時を与える。
  7. 「普通の」悲嘆行動について説明する。
  8. 悲嘆には個人差があることを考慮する。
  9. 防衛とコーピングスタイルを検討する。
  10. 病的悲嘆を見出し、より詳しい専門家に紹介する。

これらを踏まえると、選択肢①および選択肢④は「「普通の」悲嘆行動について説明する」「悲嘆には個人差があることを考慮する」に該当する支援であり、悲嘆の過程における様々な状態を理解しておくことで不要な心配から離れるということを狙ったアプローチと言えます。

また、選択肢③は「遺された人が自らの感情を確認し、味わうのを援助する」に該当しますね。

悲嘆反応は、それがどんなに異常に見えたとしても、やはりその状況における自然な反応であり、その自然な反応を圧しこめることで、その時は安定したように見えても、やはり適応の過程から遠ざかることになります。

よって、クライエントの体験している様々な体験の表出を援助するという視点は大切です。

さらに選択肢⑤は「喪失が現実に起こったことと認識するのを援助する」ためのアプローチと言えます。

悲嘆の過程では、クライエントが故人のいない世界を生きていくのを支援していくという面がありますから、その前提として「喪失が現実に起こったこと」と認識することが大切になります。

選択肢⑤のアプローチは、死の周辺をつなげていくことによって、間接的に死の事実を認識する手伝いをしているということになりますね。

以上より、選択肢①、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は適切と判断でき、除外することになります。

② 娘の死を思い出さないようにする活動がないか、一緒に探索する。

こちらに関しては悲嘆のプロセスや喪失体験の立ち直りという視点から不適切であることがわかります。

喪失体験の立ち直りとしては、一般に「大切な人がいない生活に適応する」ということが挙げられ、本選択肢のような「思い出さないようにする」のではありません。

悲嘆体験者に対する好ましくない態度については以下のようにまとめられます。

  1. 忠告、説教、勧告、教育者ぶった指示的な評価をする態度
  2. 死の現実に対し直面化を避ける態度(本選択肢の対応がこちらですね)
  3. 死の因果応報論として押し付ける態度:過去の事実と現実の使途を短絡的に結び付け悪行の報い、あるいは祟りと解釈する
  4. 悲しみ比べをする:子どもの死は配偶者の死別よりも悲しいなどの見方をする
  5. 叱咤激励する
  6. 悲しみは恥であるとの考え
  7. 時が癒すともっぱら楽観視する

ほとんどは解説がいらないでしょうが、1・3・4・6・7は支援者側の悲しみを受けとめる苦しさへの防衛であり、それをクライエントに押し付ける態度と言えるでしょう(5も悲しみを感じないように防衛しているので、こちらも同じですね)。

本選択肢と関わるのは2ですが、こちらも支援者側が直面から逃げている態度なわけですが、同時に喪失体験からの立ち直りという視点から見ても誤りであることは既に述べた通りです。

また、ウォーデンの理論もまとめておきましょう。

タスクⅠ:喪失の現実を容認する。

  • 死が現実であり、故人はもう戻らないと認識するタスク
  • 喪失の認識は理性と感情の双方でされなければいけない
  • 死の容認は難しく、死が予見されていた場合でも死を認めるのが難しい場合がある。
  • 故人を探し求めたり、故人がまだ生きているかのように振る舞う、故人との関係を過小に評価するなどの表現が見受けれられることがあるが、最終的に故人の不在を認識する必要がある葬儀や命日の行事などは死の容認を助ける。

タスクⅡ:グリーフの苦痛を経験する。

  • 痛みの強さやどう経験されるかは人それぞれ。
  • 近しい者が亡くなった時に痛みを全く経験しないのは不可能。
  • 酒や薬、故人を理想化する、引っ越しする、故人を思い出すことを避ける新しい(恋愛)関係を早々に作るなどで痛みを押さえつけようとすることがあるが、いくら上手に押さえつけても痛みの回避は心身の病などとして帰って来たり、別の喪失の時にぶり返す。

タスクⅢ:新しい環境に適応する。

  • 故人の役割や関係性によって適応しなければならない内容が違う。
  • 故人の役割を認識するとともに二次的喪失の内容に気が付く。
  • 故人の役割を代行できるまでには時間がかかり、辛抱強さも必要とされる。
  • 人生に対して多少コントロール感が多少戻ってくる。

タスクⅣ:気持ちの中で故人を位置付けし直し、日常生活を続ける。

  • 多くの人にとって一番難しいタスクである
  • 故人は忘れられたり、記憶をかき消してしまったわけではなく、遺された者の一部となったのである。
  • 人生に喜びを再び感じ始める
  • 故人を「あきらめた」のではなく故人に見合った場所(遺族が生き続けるという事を可能にする場所)を感情の中に見つける
  • 過去のアタッチメントに執着しているとこのタスクを完結するのは難しい。喪失があまりに辛いので、もう人を愛さない、と決心する事もある。
  • 遺族は昔通りではありえないし、今後も昔通りになることはあり得ない。

以上のように、本事例への支援において大切なのは「思い出さないようにする」ことではなく、「思い出すと辛いけど、それでも生きていく」ということだと思います(個人的には、故人のいない生活に「慣れる」というのはちょっと違うと思っています。ですが、理論的には慣れるということまで入っていることが多いですね)。

大切なのは「故人は忘れられたり、記憶をかき消してしまったわけではなく、遺された者の一部となったのである」という理解だろうと思っています。

よって、選択肢②は不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

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