公認心理師 2021-143

二次的PTSDと思われる事例への対応に関する問題です。

もしかしたら何か出典があっての問題かもしれませんが、読まなくてもPTSD治療の基本さえしっかりと掴んでおけば問題なく解くことができます。

問143 25歳の男性A、消防士。妻と二人暮らし。台風による大雨で川が大規模に氾濫したため、Aは救出活動に従事した。当初は被災住民を救出できたが、3日目以降は遺体の収容作業が多くなった。5日目を過ぎた頃から、同僚に、「自分は何の役にも立たない。何のために仕事をしているのか分からない。家ではいらいらして、妻に対してちょっとしたことで怒り、夜は何度も目を覚ましている」と話した。心配した同僚の勧めで、Aは医療支援チームの一員である公認心理師Bに相談した。
 この段階でのBのAへの対応として、最も適切なものを1つ選べ。
① もう少し働き続ければ慣れると伝える。
② 職業の適性に関する評価が必要であることを伝える。
③ 家庭では仕事のつらさについて話をしないよう勧める。
④ 他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける。
⑤ 急なストレス状況でしばしばみられる症状であることを伝える。

解答のポイント

PTSD治療の基本を把握している。

選択肢の解説

① もう少し働き続ければ慣れると伝える。
② 職業の適性に関する評価が必要であることを伝える。

ここではまずAに起こっていることを考えてみましょう。

ポイントは「当初は被災住民を救出できたが、3日目以降は遺体の収容作業が多くなった。5日目を過ぎた頃から、同僚に、「自分は何の役にも立たない。何のために仕事をしているのか分からない。家ではいらいらして、妻に対してちょっとしたことで怒り、夜は何度も目を覚ましている」と話した」というところですね。

この遺体の収容作業というのが診断基準に含まれているのが、DSM-5におけるPTSDの出来事基準になります。


A.実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:

  1. 心的外傷的出来事を直接経験する。
  2. 他人に起こった出来事を直に目撃する。
  3. 近親者または親しい友人に起こった出来事を耳にする。 注:家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
  4. 心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする。 (例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。 注:仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。

Aの場合、上記の4に該当しますね。

また、「自分は何の役にも立たない。何のために仕事をしているのか分からない。家ではいらいらして、妻に対してちょっとしたことで怒り、夜は何度も目を覚ましている」という話からは、診断基準Dの「心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化」や診断基準Eの「覚醒度と反応性の著しい変化」が見られると考えられます。

つまり、Aの状態はPTSDである可能性があるということですから、ここで挙げた「もう少し働き続ければ慣れると伝える」や「職業の適性に関する評価が必要であることを伝える」などのように、慣れや適正という枠組みで捉えるのは間違いであることがわかるはずです。

支援者が二次的PTSD(二次受傷)になるということは既に知られていることであり、これは一つの疾病として治療されるべき事態であると言えます。

よって、選択肢①および選択肢②は不適切と判断できます。

③ 家庭では仕事のつらさについて話をしないよう勧める。
④ 他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける。

これらの選択肢に関しては「PTSDに関して語ることの是非」について理解しておくことが求められます。

PTSDの特徴として「受身的な出来事」によって生じ、「安全感が阻害される」ということがあります。

詳しく述べていくと、そもそもPTSDになる出来事は「その人が望んでその出来事に入っていったわけではない」ということが特徴です。

本事例では消防士という職業ではありますが、やはり「遺体の収容作業が多くなった」といった状況に対して「望んで入った」ということは無いわけで、心の防衛機能(例えば、隔離:怖い気持ちを心の片隅に避けておく、のような心のdefense)を使いながらこなしてはいるものの、多少の心の準備があるだけで心的外傷的出来事が「受身的である」というのは本質としては変わらないと見なすのが妥当です。

そして心的外傷に至るような衝撃を受けたとき、心身の自然な反応としてPTSDの症状が出現します。

同じ状況になっても大丈夫なように復習したり(再体験)、その状況に近い刺激から離れたり(回避)、いつでも対処できるように覚醒度を高く保ったり(過覚醒)、出来事の無理な理由付け(歪んだ認識)や感情の落ち込みなどです。

こうした状態からの回復のために必要なのは、①能動的に、②安全な環境下で、③出来事を振り返る、という作業です。

「①能動的に」とは、受身的体験だったPTSDを引き起こす経験に対して、自らの意思で何とかしよう、対応していこうという意識が重要になるということです。

受身的だった体験に対して、能動的に関わっていこうとすることが、PTSD治療の中核に必要であり、この動機づけを基盤にしつつ支援を進めていくことが重要になります。

「②安全な環境下で」とは、PTSDでは心的外傷的出来事によって安全感が阻害されていますから、「あんな出来事は起こらない」と確信できるような状況が治療の場として重要になります。

安全な環境はフラッシュバック等によって阻害されやすいので、信頼関係や場所自体に慣れている等のように「安全と感じやすい人や場所」が重要になってきます。

そして、能動的に・安全な環境下において、「③出来事を振り返る」ということが重要になってきます。

フラッシュバックでも外傷的出来事が掘り起こされるわけですが、能動的に・安全な環境下で外傷的出来事を振り返るのとは、意味合いが全く異なります。

この背景にあるのは統制感(その体験をコントロールしているという感覚)であり、これを持ちながら外傷的出来事を振り返ることで、徐々にその体験がその人の人生の一部として組み込まれていくようになります。

生まれてから現在までがずっとつながっているという感覚が人の精神安定には重要なわけですが、PTSD的出来事は人生の連続性の中から飛び出た形で維持されているので、人生全体の安定感を損なわせることになります。

ですから、能動的に・安全な環境下で・外傷的出来事を振り返ることで、それを人生史の一部として受け容れ、「思い出したら嫌だけど、まぁそれなりに生活はやっていける」くらいになっていくことが重要になります。

さて、このことを踏まえて選択肢④の「他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける」の是非について考えてみましょう。

デブリーフィングは、元救急隊員であった心理学者のMitchellによって提唱された介入法で、被災地で支援にあたったアメリカの消防士が、自分たちに対する支援の必要性を感じて作り上げたものです。

その消防士がわざわざ心理の大学院に入ってデブリーフィングを作ったという経緯から、元々は消防士、警察官、軍人等に対するPTSD予防の早期介入技法でした。

その後、一般の被災者にも適用できるものとして広く知られるようになり、阪神・淡路大震災を契機に日本にも紹介されました。

この介入方法は、1980年代から欧米の消防、警察、軍隊等で広く導入されてきましたが、21世紀に入った頃から、心理的デブリーフィングがPTSDの予防に有効ではない、あるいはかえって悪化させることがあるという研究が相次いで発表されるようになり、現在ではPTSDへの予防効果は否定されています。

ただ、デブリーフィングの成立の経緯を踏まえると「他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける」というのは矛盾の無い対応のように感じます。

そこで、なぜデブリーフィングにはマイナスの効果が出てしまうのかを考えていったときに、問題の一つはタイミングで、被災直後の安全が確保されていない時期に言語化すること、あるいは他の人の語りを耳にすることにより、トラウマ反応がかえって強化されてしまう可能性が指摘されています。

先述の通り、PTSDの治療において重要なのは、①能動的に、②安全な環境下で、③出来事を振り返る、ということですから、デブリーフィングでは③だけが保証されており、重要な①および②が曖昧なままです。

私の経験上、PTSDにおける「①能動的に」とは、さまざまな葛藤を経ての「能動的」です。

すなわち「振り返りたくない、だけど振り返った方がよさそう。でも嫌だなぁ。けど、このままにしとくのも気持ち悪い。うーん、やりたくない気持ちもあるけど、でもいつでも止めることもできるわけだし」みたいな感じで、外傷的出来事を振り返るという流れになっていくものです。

単純に「他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける」程度で得られる能動性とは違うことがわかると思います。

また、「②安全な環境下で」というのも、その個人の心的な「安全保障感」ですから、デブリーフィングの場を安全と感じられるとは限らないのが理解できると思います。

このように、デブリーフィングの中で行われる「振り返る」という方法自体はPTSD治療において有効であると考えられますが、その他の欠くことができない要素が抜け落ちている可能性が否めません。

ですから、選択肢④の「他の消防士も参加できるデブリーフィングの場を設ける」というのは、控えるべき対応であると言えます。

さて、では選択肢③の「家庭では仕事のつらさについて話をしないよう勧める」についても考えてみましょう。

先述の通り、PTSD治療においては何かしらの形で外傷的出来事を振り返るということがテーマになってきます(勘違いしないでほしいのが、良くなるためには必ずしも語る必要はありません。戦争体験を語らずに逝く人がいるように、語られないという在り様も認められます。ただ、治療として行うときには何かしらの形(話題としては触れない場合も含めて。「治療の場に来ている」というだけでも外傷的出来事に触れていることになる)で振り返るという枠組みが出てくるということ)。

ですが、それは治療の場とは限らず、どうやらかなりの割合で「自然と自身の辛さを表現できる場を選んでいる」ことが多いのです。

特に家庭の場合、上記の「②安全な環境で」ということが既に満たされていることが多く、その中で外傷的出来事やその辛さを振り返ろうとする意欲が自然に発動されていることが多いです。

家族は多くの場合、クライエントを支える意欲を持っているので(特にPTSDの場合は、健常な状態であることがベースですから、家族に大きな問題を前提としない)、家庭で辛さを表現でき、それをただ受けとめてもらえることに大きな価値があります。

これは先述の、①能動的に、②安全な環境下で、③出来事を振り返る、ということが自然と行われているということであり、多くのPTSD患者が何もしなくても自然と回復しているのは、生活の中にこうした「治療の仕組み」が内在しているためです。

ですから、選択肢③の「家庭では仕事のつらさについて話をしないよう勧める」というのは、こうした自然な治療の仕組みを無意味に阻害することになりますから、わざわざ勧める必要はないことです。

ただ、選択肢③に関してはちょっと言葉足らずなところもあって、家族にPTSDの仕組みを伝えて、本人が家庭で仕事の辛さを語ることの意味をきちんと説明することが重要です。

そして、家族に「本人の話を聞いてあげてください」などとは伝えず、むしろ「本人がそのことを自発的に語るようであれば、否定したりアドバイスしたりせずに耳を傾けているのが一番大切です」と伝えます。

上記のような仕組みを伝えた上でなら、「本人が自発的に語るなら」「否定したりアドバイスしたりせずに」という意味も家族は理解できるでしょうし、そういう細やかな支援が重要になってきます。

以上のように、選択肢③および選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 急なストレス状況でしばしばみられる症状であることを伝える。

こちらもPTSD治療の基本になりますね。

PTSDというのは、明確な心的外傷的出来事があって生じるものであり、それゆえ治療の目標は「出来事の前の状態に戻すこと」になります(もちろん、出来事をなかったことにするという意味ではない。あくまでも「状態」は以前に戻すということ)。

この前提にあるのは、心的外傷的出来事が生じる前の状態は健常であり、それが「異常な状況下における正常な反応」によって様々な問題が出ているという捉え方です。

こうした「健常な状態が、異常な状況下における正常な反応によって心身がかき乱されている」という捉え方がPTSDの前提と思っておきましょう。

さて、PTSD状態に至ったクライエントは、その多くが自身に「何が起こっているのか」が正しく理解できていない状態でいます。

本事例でも「自分は何の役にも立たない。何のために仕事をしているのか分からない。家ではいらいらして、妻に対してちょっとしたことで怒り、夜は何度も目を覚ましている」と語るなど、過度に自責的な構えが見て取れ、そのことに自我違和的になっている様子も見受けられませんね。

こういう時に最も大切なのは「こちらの治療方針と、その治療方針の下に流れている仮説を伝えること」であり、言い換えればインフォームドコンセントになります。

「自分に何が起こっているのか?」「どのような方針で治療がなされているのか?」ということがクライエント自身に把握できることが、PTSDの心理療法において非常に重要になります。

人間は知的生命体ですから「自分に何が起こっているのかわからない」というのは非常に苦痛であり、とりあえず辻褄が合って把握できたという感覚が出れば、それだけで治療効果が生まれてきます(この点に、クライエントがもともと健常な状態であるという前提が生きてくる。健常な状態であるほど、理解による改善が強く見込める)。

また、先述した、①能動的に、②安全な環境下で、③出来事を振り返る、という方針がありますが、本選択肢の「急なストレス状況でしばしばみられる症状であることを伝える」ということによって、意味不明で受身的だったクライエントに理解を与え、それによって能動的に問題に関わっていく構えを構築するという狙いがあります。

以上のように、「急なストレス状況でしばしばみられる症状であることを伝える」というのは、わけが分からない現状に辻褄の合うストーリーを提示し、それによってクライエントの現状の把握と能動性を高めるという治療効果が見込める対応と言えます。

よって、選択肢⑤が適切と判断できます。

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