公認心理師 2020-75

高齢者に対する睡眠衛生指導に関する問題です。

この手の問題は複数出ており、不眠症の男性に対する助言(2019-152)、高血圧症以外の問題が無い高齢者への助言(2019-64)などです。

本問では、それ以外の医学的知見も求められています。

問75 70歳の女性A。Aは最近、昼間の眠気が強くなったと訴える。夜間の睡眠は0時から6時頃までで変化はなく、毎日朝夕2回30分程度の散歩をしている。高血圧のため3年前から服薬しているが、血圧は安定しており、健診でもその他に問題はないと言われている。最近、就床すると、足に虫が這うように感じて眠れないことがある。昼間の眠気はあるが、何かをしていれば紛れる。週3回の編み物教室は楽しくて眠気はない。食欲はあり、塩分摂取に気をつけている。

Aへの睡眠衛生指導上の助言として、適切なものを2つ選べ。

① 散歩は、睡眠に良い効果があるので続けてください。

② 睡眠時間が足りないので早く床に就くようにしてください。

③ 昼間に何かをして眠気が紛れるのであれば心配はいりません。

④ 深く眠るために熱いお風呂に入ってすぐ寝るようにしてください。

⑤ 足の不快感のために眠れないことについては、医師に相談してください。

解答のポイント

適切な睡眠衛生指導に関する知識を有していること。

身体的要因によって生じる不眠、過眠などへの理解があること。

選択肢の解説

① 散歩は、睡眠に良い効果があるので続けてください。
② 睡眠時間が足りないので早く床に就くようにしてください。
④ 深く眠るために熱いお風呂に入ってすぐ寝るようにしてください。

厚生労働省のe-ヘルスネットには、不眠症への対処法が以下のように列挙されています。

  • 就寝・起床時間を一定にする:睡眠覚醒は体内時計で調整されています。週末の夜ふかしや休日の寝坊、昼寝のしすぎは体内時計を乱すのでご注意を。平日・週末にかかわらず同じ時刻に起床・就床する習慣を身につけることが大事です。
  • 睡眠時間にこだわらない:睡眠時間には個人差があります。「◯◯時間眠りたい!」と目標を立てないでください。どうしても眠気がないときは思い切って寝床から出てください。寝床にいる時間が長すぎると熟眠感が減ります。日中に眠気があるときは午後3時前までに30分以内の昼寝をとると効果的です。
  • 太陽の光を浴びる:太陽光など強い光には体内時計を調整する働きがあります。光を浴びてから14時間目以降に眠気が生じてきます。早朝に光を浴びると夜寝つく時間が早くなり、朝も早く起きられるようになります。すなわち「早寝早起き」ではなく「早起きすることが早寝につながる」のです。逆に夜に強い照明を浴びすぎると体内時計が遅れて早起きが辛くなります。
  • 適度の運動をする:ほどよい肉体的疲労は心地よい眠りを生み出してくれます。運動は午前よりも午後に軽く汗ばむ程度の運動をするのがよいようです。厳しい運動は刺激になって寝付きを悪くするため逆効果です。短期間の集中的な運動よりも、負担にならない程度の有酸素運動を長時間継続することが効果的です。
  • 自分流のストレス解消法を:ストレスは眠りにとって大敵。音楽・読書・スポーツ・旅行など、自分に合った趣味をみつけて上手に気分転換をはかり、ストレスをためないようにしましょう。
  • 寝る前にリラックスタイムを:睡眠前に副交感神経を活発にさせることが良眠のコツです。ぬるめのお風呂にゆっくり入り、好きな音楽や読書などでリラックスする時間をとって心身の緊張をほぐします。半身浴は心臓への負担も少なく、副交感神経を優位にさせ、睡眠の質を向上させてくれることが分かっています。
  • 寝酒はダメ:お酒は睡眠にとって百害あって一利なし。特に深酒は禁物です。寝酒をすると寝付きが良くなるように思えますが、効果は短時間しか続きません。飲酒後は深い睡眠が減り、早朝覚醒が増えてきます。お酒は楽しむもの。不眠対処に使ってはなりません。
  • 快適な寝室づくりを:眠りやすい環境づくりも重要なポイントです。ベッド・布団・枕・照明などは自分に合ったものを選びましょう。温度や湿度にも注意が必要です。睡眠のための適温は20℃前後で、湿度は40%-70%くらいに保つのが良いといわれています。

これらを踏まえて、ここで挙げた選択肢を見ていきましょう。

まず選択肢①の散歩についてです。

事例は「毎日朝夕2回30分程度の散歩をしている」とあり、これは上記の「適度な運動」に該当する範囲であると考えられます。

上記には「運動は午前よりも午後に軽く汗ばむ程度の運動をするのがよい」とはありますが、わざわざクライエントが既に行っている運動習慣を変えるほどの相違ではないと言ってよいでしょう。

それに、本事例Aに高血圧の持病があることを踏まえれば、毎日朝夕の運動は高血圧の改善に向けたものという意味もあるでしょうから、むしろ推奨されるべきものであると考えられます。

このように、選択肢①の「散歩は、睡眠に良い効果があるので続けてください」という助言については適切であると判断できます。

続いて、選択肢②の睡眠時間についてです。

事例は「夜間の睡眠は0時から6時頃までで変化はなく」とされており、毎日6時間の睡眠をとることができています。

よく一般に8時間の睡眠などと言いますが、それは若年者の話であって、加齢によって睡眠時間は短くなっていくのが普通です(高齢者は寝床にいる時間は長いので勘違いされがち)。

この表からも、クライエントの年齢(70歳)では6時間程度の睡眠は平均的なものであると言えます。

これは体内時計の加齢変化によるもので、睡眠だけではなく、血圧・体温・ホルモン分泌など睡眠を支える多くの生体機能リズムが前倒しになります。

したがって高齢者の早朝覚醒それ自体は病気ではありません。

このように選択肢②の助言の前半にある「睡眠時間が足りていないので」という点に関しては、認識が間違っていると言えますね。

また選択肢②の後半にある「早く床に就くようにしてください」は間違った助言です。

眠気がないのに「やることがないから寝床に入る」ことによって、寝つきは悪くなりますし、中途覚醒が増えてしまいます。

先述の通り、高齢者は睡眠時間が生理的に短くなるにも関わらず寝床にいる時間が長くなると、結果として眠れぬままに寝床でうつらうつらしている時間が増えて睡眠の満足度も低下してしまいます。

このように、選択肢②の「睡眠時間が足りないので早く床に就くようにしてください」という助言については不適切であると判断できます。

最後に選択肢④の「深く眠るために熱いお風呂に入ってすぐ寝る」ことに関してです。

これも上述にありますが、ぬるめのお風呂にゆっくり入り、好きな音楽や読書などでリラックスする時間をとって心身の緊張をほぐすことが重要です。

特に半身浴は心臓への負担も少なく、副交感神経を優位にさせ、睡眠の質を向上させてくれることが分かっています。

そもそも高齢者の高温浴(42℃以上)は、入浴のはじめに血圧が30~50も急上昇し、脳出血の危険があります。

肌が紅潮すると血圧は徐々に下がってきますが、この過程で血液は濃縮して固まりやすくなり、また、のぼせて意識がなくなり溺死の危険が起こります。

そして風呂から出た後、または翌早朝に、濃縮した血液にできた塊が血管に詰まり脳梗塞、心筋梗塞を起こすことになりかねません。

このように、選択肢④の助言は、明らかに間違ったものであることがわかりますね。

以上より、選択肢①は適切と判断できます。

また、選択肢②および選択肢④は不適切と判断できます。

③ 昼間に何かをして眠気が紛れるのであれば心配はいりません。

昼間の眠気が最近になって強くなってきていることについて、どのような見立てを持つかが重要です。

本事例Aは、年齢を勘案すれば睡眠時間は確保できていると言えます。

このように、夜十分に睡眠をとっているはずなのに、昼間の眠気が強く、目覚めていられない状態を過眠といいます。

過眠を引き起こす病気はいくつかありますが、大きく分けて…

  1. 睡眠中の身体の症状のために深く眠ることができず、慢性の睡眠不足となってしまうもの
  2. 脳の中の睡眠を調節する機構がうまく働かず、日中に強い眠気が出現するもの

…に分けることができます。

1の代表的なものが睡眠時無呼吸症候群です。

この病気では眠り出すと呼吸が止まってしまい、身体が酸欠状態になるため睡眠が中断しますが、眠り出すと再び呼吸が止まってしまうため、結果として深い睡眠をとることができなくなります。

このため慢性の睡眠不足の状態となり、昼間の眠気が出現します。

睡眠時無呼吸症候群では昼間の眠気が出現するだけでなく、夜間の長時間の酸欠状態により、高血圧が引き起こされたり、動脈硬化が進行して心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすくなったり、糖尿病が悪化したりと、生活習慣病が引き起こされます。

このため中等症以上の睡眠時無呼吸症候群を放置すると10年後には3~4割の方が死亡してしまうといわれており早期治療が大切です。

Aには高血圧がありますので、この点も含めて見立て・対応を行っていくことが求められます。

2の代表的なものがナルコレプシーです。

ナルコレプシーでは夜十分な睡眠をとっていても昼間に突然眠気に襲われ、居眠りしてしまいます。

ナルコレプシーは目を覚まし続ける役割を持っているヒポクレチンあるいはオレキシンといわれるタンパク質を作り出すことができなくなることによって起こります。

このように、特に睡眠時無呼吸症候群であれば、Aの年齢を考えても早めの対応が大切になってきます。

ですから、選択肢③の「昼間に何かをして眠気が紛れるのであれば心配はいりません」というのは間違った助言であると言えます。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

⑤ 足の不快感のために眠れないことについては、医師に相談してください。

事例の「最近、就床すると、足に虫が這うように感じて眠れないことがある」について、この時点でどう見立てるかが問われています。

まず最初に思い浮かぶのが「レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)」であり、これは夜になると出現する下肢を中心とした異常感覚により不眠や過眠を引き起こす病気です。

夕方から深夜にかけて、下肢を中心として、「ムズムズする」「痛がゆい」「じっとしていると非常に不快」といった異常な感覚が出現してくる病気で、足を動かすとこの異常感覚はすぐに消えるのですが、じっとしていると再び出現してきます。

布団の中でじっとしていることができず、眠くても眠りにつくことができません。

何とか寝付けたとしても、睡眠が浅く、十分に眠れません。

また、足が周期的にピクッピクッと勝手に動き続けていることが多く(周期性四肢運動障害)、これも睡眠を浅くします。

このため、不眠だけでなく、日中の過眠も出現します。

事例に見られる「最近、昼間の眠気が強くなった」というのは、この影響が大きい可能性が考えられますね。

公認心理師はこの「診断」をすることはできませんが、その可能性を「見立て」て医師への相談を促すことはできます。

よって、本選択肢の助言が重要になってきますね。

以上より、選択肢⑤は適切と判断できます。

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