公認心理師 2019-133

問133は物質使用障害に関する問題です。
依存を生じさせる薬物の作用機序を理解していること、各薬物の身体依存性と精神依存性の程度を理解していることが求められています。

問133 物質使用障害について、正しいものを2つ選べ。
①コカインは身体依存性が強い。
②ヘロインは身体依存性が強い。
③大麻はドパミン受容体を介して多幸作用を生じる。
④モルヒネはオピオイド受容体を介して興奮作用を生じる。
⑤3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン〈MDMA〉はセロトニン遊離増加作用を介して幻覚を生じる。

松本俊彦先生の「薬物依存症」はとてもわかりやすいです(本問の解説には使用してはいませんが…)。

実践に役立つ内容となっています。
薬物に限らず、依存症者の苦しみを細やかに描写しているように思うのです。

解答のポイント

依存薬物の精神依存および身体依存の程度と、各物質の作用機序を大まかに理解していること。

薬物の依存性と主な作用の特徴

以下に薬物の依存性と作用についてまとめました。

上記の+や-は、有無および相対的な強さを表します。
ただし、各薬物の有毒性は、上記の+や-のみで評価されるわけではなく、結果として個人の社会生活および社会全体に及ぼす影響の大きさも含めて、総合的に評価されることになります。
数字で示してあるのは医学雑誌「ランセット」に掲載された論文で、20の薬物について依存症の専門家による点数付けを平均した身体的依存、精神的依存、快感の点数です。
0点~3点の範囲で点数づけられております(点数が大きいほど依存度や快感が大きい)。

薬物には耐性がつくと言ったりしますが、この場合の耐性とは「ある薬物の反復的摂取の結果として起こる、その薬物への感受性の減弱をいい、以前にはより少ない量で生じていた効果と同程度の効果を生み出すために、より多くの量を必要とする状態である。この量の増加は、その薬物の代謝上の変化や、その薬物の効果に対する生理的あるいは行動上の慣れの結果である」とされています。
中枢神経抑制作用を有する薬物は、反復使用しているうちに、かつては効果を体験できた量でも次第に効果を体験できなくなるため、結果として、同程度の効果を体験するために、より多くの量の薬物を使用しなければならなくなることがあります。

選択肢の解説

①コカインは身体依存性が強い。

依存には「精神依存」と「身体依存」があります。
精神依存とは、薬物を摂取したいという強い欲求と同時に、往々にして、その薬物を手に入れるための「薬物探索行動」を誘発する状態です。
一方、身体依存とは、その薬物の摂取量が減少したり、摂取できなくなった時に、「退薬症状」を呈する状態です。

アヘン系麻薬(ヘロインなど)などの中枢神経抑制作用をもつ薬物は、一般的に、精神依存と同時に身体依存を惹起する可能性を有しているとされています。
一方、コカインや覚醒剤などの中枢神経興奮作用をもつ薬物は、一般的に、精神依存を惹起する可能性を持っているものの、身体依存惹起性はほとんど目立たないか、あるいはないとされています。
薬物の依存性などを数値化した研究によれば、コカインは精神依存は2.8点ですが、身体依存は1.3点に留まっております(ちなみに快感は3.0点)。

以上より、選択肢①は誤りと判断できます。

②ヘロインは身体依存性が強い。

ヘロインは、かつてドイツの製薬企業バイエルより発売された鎮痛薬の商品名です。
薬物の依存性などを数値化した研究によれば、ヘロインは快感、精神依存、身体依存すべて3.0点(最高点)となる唯一の薬物です
ヘロインに関しては、多くの中毒者を生み出してきた歴史に鑑み、現在は麻薬に関する単一条約、麻薬及び向精神薬取締法のもと、ヘロインの生産や流通が規制されています。

ヘロインは身体依存性が極めて高い薬物であり、そのことにより臨床的特徴の相違が生じます。
ヘロインやアルコール(身体依存は2点)のような身体依存を持つ中枢抑制性物質の場合、その顕著な耐性上昇と離脱症状の苦痛により、いわゆる「底つき」を体験しやすいとされています。
離脱症状による身体の衰弱は、それらの物質をやめる十分な動機をもたらすためです。
しかし、上述のコカインや覚醒剤といった中枢刺激薬の依存者の場合には、離脱の苦痛は治療動機となりにくく、なかなか「底をつかない」のが特徴です。
それどころか、中枢刺激薬の乱用者が「底をつく」のを待っていたら、中毒性精神病に基づく暴力事件が発生してしまう可能性もあります。

以上より、選択肢②は正しいと判断できます。

③大麻はドパミン受容体を介して多幸作用を生じる。

麻は一属一種の稀なアサ科の植物で、雌雄異株の一年生草本です。
大麻はこれを乾燥させたものになります。
大麻の葉及び花冠には陶酔作用があり、その部位によって以下のような呼び方になります。

  • マリファナ:乾燥した未熟花穂や葉の部分を集めたもの;Δ9-THC含有量1.0~3.0%
  • バング:乾燥した成熟花穂や葉の部分を集めたもの;Δ9-THC含有量1.0~3.0%
  • シンセミラ:実のならない雌株花穂;Δ9-THC含有量3.0~6.0%
  • ガンジャ:実のならない花穂を圧縮したもの;Δ9-THC含有量4.0~8.0%
  • ハッシシ:ガンジャの樹脂のこと(大麻樹脂);Δ9-THC含有量10.0~15.0%
    ※大麻樹脂の密売品は他の物質が混入していることが多いので含有量は低めになる

起源は古く、最も古い「幻覚生薬/快楽植物」の一つであり、その幻覚作用を基に儀式やまじない、麻酔・鎮痛薬として医療にも用いられてきました。
大麻には400種を超える化学成分が含まれていることが明らかにされていますが、そのうちカンナビノイドという70種余りの成分は大麻特有のものです。
中でもΔ-9テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)は幻覚作用の主要な活性成分とされています。

一般的にはマリファナタバコ1本約0.5gを喫煙すれば1%程度のΔ9-THC(2~3mg/body)が体内に入ると考えられています。
マリファナを摂取すると、時間感覚・空間感覚の混乱、多幸感、記憶の障害、痛覚の低下、幻覚など多彩な精神神経反応が見られます

こうした大麻に特有のカンナビノイドと、特異的に結合するカンナビノイド(CB)受容体が発見されており、こちらはCB1およびCB2受容体の2種類の存在が明らかにされています
CB1は主に中枢神経系の神経細胞に、CB2は主に末梢の免疫系細胞(脳ではグリア細胞)に局在しています。
多幸感などの知覚効果は、CB1受容体の活性化が介在していると考えられています。
大麻が多幸感を生じさせることから、脳内カンナビノイドは脳内報酬系との関与が強く示唆されており、それを支持する知見も存在します。

ちなみに、むかし大麻の研究を積極的に行ったメコーラムはΔ9-THCが大麻の多幸感をもたらしていることを確認するため、妻に大麻の入ったケーキを作ってもらい、友人たちと食べ、多幸感を味わい、また、喋り続ける友人、笑い続ける友人、1人だけパラノイアに陥るなど、効果に個人差があるという事実に気づいたとされています。

以上より、大麻はカンナビノイド受容体(特にCB1受容体)を介して多幸作用を生じさせると考えられています
よって、選択肢③は誤りと判断できます。

④モルヒネはオピオイド受容体を介して興奮作用を生じる。

モルヒネなどのμオピオイド受容体作動薬を摂取すると多幸感、活力の亢進などが誘発され、再び薬物を摂取したいという強迫的欲求、すなわち渇望が起こります。
そこで薬物摂取欲求と理性の葛藤が起き、欲求を抑えきれずに再び薬物を摂取した結果、精神依存が形成されます。
こうした反復節酒を繰り返すことで身体依存が形成され、離脱症状が発現するようになり、この苦痛から逃れるために薬物に対する渇望が強まり、精神依存が増強されます。

このようにモルヒネには強力な鎮痛・鎮静作用があり、重要な医薬品である一方で強い薬物依存性を持ち、麻薬に関する単一条約の管理下にあると同時に、世界各国で麻薬取締法規の対象薬物とされ、扱いが厳しく管理されています。
モルヒネからは、さらに依存性が強く、代表的な麻薬であるヘロインが作られることが知られています。

さて、非疼痛下においてモルヒネは、腹側被蓋野の抑制性GABA介在ニューロン上に分布するμオピオイド受容体に結合して、抑制性GABA神経系を抑制します(GABAとは、主に脳幹よりも吻側の中枢神経系の抑制性シナプス伝達を担うアミノ酸のこと)
GABA神経系は中脳辺縁ドパミン神経系を抑制性に制御していますが、この抑制がモルヒネによって解除されることで、脳辺縁ドパミン神経系の活性化が引き起こされます。
その結果、投射先である側坐核においてドパミンが過剰に遊離(放出のこと)され、これがモルヒネによる精神依存形成の引き金になっていると考えられています。
要は、脳内報酬系であるドパミンを抑制する神経を「抑制」するために、本来なら抑制されるはずのドパミンが抑制されず(ニューロンに取り込まれず)、たくさん遊離(放出)されるために精神依存が形成されやすくなる、ということです

なお、慢性疼痛下では、側坐核におけるκオピオイド神経系の亢進により、モルヒネによる中脳辺縁ドパミン神経系の活性化が抑制され、モルヒネの精神依存が形成されにくいという機序が想定されています。
ざっくり言えば、疼痛下ではドパミンの放出が有意に抑制され、精神依存は形成されにくいということですね。

以上より、選択肢④は誤りと判断できます。

⑤3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン〈MDMA〉はセロトニン遊離増加作用を介して幻覚を生じる。

MDMAは1900年代初頭に合成され、食欲抑制作用を持つため痩せ薬として期待されました。
1960年代半ば以降には若年層での乱用が急速に拡大したものの、1986年にWHOにより非合法薬として認定されるに至りました。
日本では2005年に麻薬及び向精神薬取締法による規制薬物として指定を受けています。

MDMAは覚醒剤であるメタンフェタミンと、幻覚剤であるメスカリンの両者に類似した化学構造を持つ依存性薬物です。
そのためMDMAは中枢興奮作用と幻覚作用を持つことが薬理学的な特徴となっています。
摂取後の精神症状としては幻視、陶酔、多幸感、焦燥などが見られます。
使用が長期化すると、さまざまな精神症状、認知機能が後遺症として持続することになります。

MDMAは強力なセロトニン遊離作用を持っています。
MDMAの主要な分子標的はセロトニン神経終末に存在するセロトニントランスポーターです。
ちなみに、神経系のトランスポーターには神経伝達物質トランスポーターと小胞性トランスポーターが存在します。
神経伝達物質がシナプス間隙に放出されたままならシナプス間隙の神経伝達物質の量はいつまでも変わりませんが、そうなるといつまででも伝達が続くことになります。
それでは困りますから神経伝達を停止する機構が必要で、それが情報を伝える側のシナプス膜に存在する神経伝達物質トランスポーターです。
セロトニンにはセロトニン独自のトランスポーターが存在し、それがセロトニントランスポーターです。
本来ならば、セロトニントランスポーターはシナプス間隙に遊離されたセロトニンを伝える側のシナプスに取り込み、シナプス間隙のセロトニン量を減らしてシナプス伝達を終了させます。

これに対して、MDMAはセロトニンの再取り込みを阻害するだけでなく、MDMA自体がセロトニントランスポーターを介してシナプス前終末(伝える側のシナプスの最後の部分)に取り込まれて、セロトニン代謝酵素を阻害することで細胞内セロトニン濃度を上昇させます
その結果、シナプス間隙へのセロトニンの遊離が一過性に増加することになります
こうした強力なセロトニン遊離作用がMDMAの特徴です。

更に、このMDMAによって遊離したセロトニンがGABA介在神経細胞に発現するセロトニン受容体を刺激し、その結果、負のフィードバックが抑制されることでドパミン神経が活性化し、ドパミンの合成や遊離を促進すると推測されています。
脳内報酬系と言われているドパミン遊離も結果として促進するということですね。
このことがMDMAによる自発運動の増加や精神依存の形成に関与していると推測されています。

以上より、選択肢⑤は正しいと判断できます。

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