公認心理師 2018追加-153

50歳の男性Aの事例です。

事例の内容は以下の通りです。

  • うつ病の診断で通院中である。
  • 通院している病院に勤務する公認心理師がAと面接を行っていたところ、Aから自殺を計画していると打ち明けられた。
  • Aは「あなたを信頼しているから話しました。他の人には絶対に話さないでください。僕の辛さをあなたに分かってもらえれば十分です」と話した。
このときの公認心理師の対応として、優先されるものを2つ選ぶ問題です。
この問題のミソは、問題文にある「優先されるもの」という表現です。
「正しいもの」でも「適切なもの」でもなく、「優先されるもの」となっている理由をちゃんと掴んでおきたいところです。
私なりに「優先されるもの」という表現を訳すと、「自殺の危険度や状況によって採られる対応は様々で、本問の選択肢では自殺企図・念慮に対しよく採られる対応を挙げている。ただし、あくまでも本問では事例の状況、すなわち、自殺の計画を事例のように打ち明けられたその場で採られる対応を選択すること。あり得る対応でも、事例のように打ち明けられた際の対応でないものは除外することが大切」という感じでしょうか。
そんなことを踏まえつつ、各選択肢の解説に入っていきましょう。

解答のポイント

事例の状況を読みいくつかの対応が浮かび、更に、それを優先度が高い順で把握することができる。

選択肢の解説

『①自殺を断念するように説得する』

まずは自殺を断念するように「説得する」ということが、本質として適切であるかどうかを考えてみることが大切です
この点については、神田橋條治先生の「精神療法面接のコツ」の中に記載があり、これを超えるような自殺対応の基本的な考え方を私は知らないので、こちらに沿って説明していきます。
※あまり資格試験向けの解説ではありません。資格試験向けの解説だけを読みたい方は、後半部分だけお読みください。
まずは以下のように対応の前提が示されています。
「まず、証明されざる前提として、「すべての自殺決定は、正常な選択である」と考えることにする。むろん、基底には、さまざまな方向への思いや意向が引きあっているのだろう。…しかし、最終的に行為が選択された瞬間、その決定をおこなった主体を尊重する、という前提を置かないと、対話精神療法の基盤が消滅すると思う。対話精神療法が「人繰り」になることを避けたいと思う限り、この前提を置かざるを得ない気がしている」
上記では、対話による精神療法を行っている以上、クライエントを主体的な存在と見なすことが前提であること、それがたとえ自殺というテーマであってもカウンセラーがクライエントを操作するような(カウンセラーの思う方向に動かそうとする)関わりは精神療法でないことが示されています。
その上で、本事例のような危機的状況での対応については以下のように述べておられます。
「語られるにしろ語られないにしろ、患者の自殺への傾斜が、決定・選択に近づいていると感じられることは、重症の症例、治療者としても無理もないと感じられる状況で、少なからず見られる。…そのさい当然、わたくしは冷静ではあり得ない。進退窮まった心境のなかで、ほぼ次のような内容を、筋道立てず、くりかえし、患者に訴えかける」
  1. 「すべての自殺決定は正常な選択である」と考えていること
  2. 自殺を止めたいという周辺の人びとの思いも自然なものであること。
  3. わたくしがあなたに生きていて欲しいと頼むのは、つきつめて考えると、わたくし自身のためであること
  4. あなたに生きていて欲しいと思うわたくしの欲求の大部分は、わたくしがあなたの治療者であることに由来すること。
  5. 治療者としての部分を引き去ってみると、より小部分ではあるが、人としてのわたくしの心があなたに生きていてほしいと頼みたい、ことが見えてくること。
  6. このわたくしの小部分は、多くの人が共有しており、人と人とをつなぐ絆、であると感じること。
「そのように訴えかけるとき、確かにわたくしは、患者に救いを求めているという自覚がある。そして、「人という字は互いにもたれあって立っている」という言い回しが、最近聞かれなくなって、代わりに「自立」ということばが頻出するのは、悪貨が良貨を駆逐した例ではないかと思ったりする」
クライエントの「死にたい」という思いに対して「生きていてほしい」と伝えることは、こちらの思いを押し付けることになります。
それは多少は仕方がないのかもしれないのですが、大切なのは上記のように「わたくしがあなたに生きていて欲しいと頼むのは、つきつめて考えると、わたくし自身のためであること」を自覚していることだと思います。
なぜなら「自殺決定は正常な選択」という前提があるのですから、それを止めるように伝えるのは「カウンセラーのため」でなければ矛盾が生じてしまいます。
決して「あなた(クライエント)のため」ではないのです、客観的にはクライエントのために見えるのでしょうが、違うのです。
そして、あくまでも「カウンセラーのため」に生きていてほしいのですが、そのカウンセラーの思いは「利他の本能」「惻隠の情」という人としての基盤部分から発しているのだということです。
「利他の本能」「惻隠の情」は、他者を援助したいという本能的な欲求を指しており、これが対人援助場面における絆を形成すると考えています。
自殺を止めるのは決して技術ではなく、最後は人と人としての絆を強化・顕在化し、その絆によって現世につなぎとめるということなのだと私は理解しています。
こうして自殺を止めることが本当にクライエントのためになるか、常に考え続けることが大切です。
確かに「死んだ方が楽だよね」と思わざるを得ない人はいます。
「生きていてほしい」と伝え、生きるという苦しい選択をクライエントにしてもらったということの意味を考え続けなければならないと思います。
このように見てみると、どうも「説得する」という対応は、自殺に限らず心理療法という営みにおいて矛盾のある対応のようにも感じるのです。
「説得する」という表現を使ってしまうと、上記で述べたような、クライエントの思いを変えることに対する畏れのようなものが失われてしまうような気がします
もちろん、その矛盾を感じつつ「説得する」こともあるわけで、その矛盾をどう生きるかが心理療法とも言えますが。
というわけで、私は「説得する」という表現に対し、心理療法的な価値を測りかねています(価値が無いとか、そういう風に思っているわけではない)。
上記のような考えについては、試験問題の解説としては使いにくいかもしれませんが、大切なことだと思うのでつらつらと述べました。
神田橋先生の本意は別のところにあるのかもしれませんから、私の意見と見ておいてください。
それでは下記に「資格試験向け」の解説を述べていきましょう。
本事例のような「自殺を計画していると打ち明けられた」という状況は、かなり自殺の可能性が高い状況と言えるでしょう
更に公認心理師に対して「僕の辛さをあなたに分かってもらえれば十分です」というのも、死ぬ前の人が威儀を正すような、そんな印象を受けます(この辺は中井久夫先生が指摘していますね。死ぬ前の人の振る舞いとして)。
すなわち、本事例の自殺の危険性はかなり高いと判断できます。
こうしたもしかしたら帰り道に自殺をしかねないような状況の場合、「説得する」という対応だけでは実効性が薄いと言えるでしょう
多くの場合、押し問答になったり、のれんに腕押しのような形で終わりそうです。
本事例の状況では、周囲に働きかけ、クライエントが自殺できないような形にすることが求められます
以上より、選択肢①は本事例の状況で優先される対応ではないと判断できます。

『②自殺予防のための電話相談を勧める』

先述の通り、自殺が具体的に計画されているという状況は、緊急性の高い事態と言えます。
あと、あまり本などには書いてないのですが(私が知らないだけかも)、自殺の可能性が高いクライエントの言動として「感謝する」というのがあります。
「先生のおかげで、ここまでやって来れました。ありがとうございます」のような感じで、なんとなく魂が遠ざかっていくような、そんな空気があるのです。
事例の「僕の辛さをあなたに分かってもらえれば十分です」というのは、どこかそんな雰囲気を感じますが、これは恣意的な感覚ですから参考程度に。
いずれにせよ、こうした緊急性の高い状況において「電話相談を勧める」という対応は、あまりにもクライエント任せで実効性の薄い対応と言えます
自殺の明確な計画をしている上に「僕の辛さをあなたに分かってもらえれば十分です」と語る人が、わざわざ見ず知らずの電話相談員と話をしようという気持ちになるとは思えません
本選択肢の対応は「クライエントの話をちゃんと聞いていない」という点でも不適切ですね。
もちろん自殺予防のための電話相談を勧めることも、事例によってはあり得るのでしょうが、本事例のような緊急性の高い事例では採られる対応ではないと言えます
以上より、選択肢②は本事例の状況で優先される対応ではないと判断できます。

『③主治医に面接内容を伝え、相談する』

まずは医療機関での面接の場合、クライエントの支援に必要な情報共有は可能です(個人情報保護法第15条および第16条より)。
また、本事例では緊急性が高い状況と言えますから、守秘義務を超えて主治医と連携することが最優先となります
緊急で入院もあり得ますが、その権限を有しているのは主治医になります(本人の意思に反した入院の場合、医師の診察は必須なので)。
当然ですが、クライエントを家には帰さず、待っててもらった上で主治医と相談するということになると思います
その意味で「このときの公認心理師の対応として、優先されるもの」として適切であると言えますね。
その上で医師が診察し、改めて自殺の危険性を判定し、その後の対応を検討していくことになるでしょう
入院しない場合であっても、家族に連絡する等の対応を採っていくことが求められます。
以上より、選択肢③は本事例の状況で優先される対応であると判断できます。

『④秘密にするという約束には応じられないことをAに伝える』

公認心理師は秘密保持義務を有しています(公認心理師法第41条)が、自殺の危険性が高い本事例の状況は秘密保持義務を超えた対応が求められます。
主治医に伝えること、家族に伝えることなど、周囲に働きかけてクライエントの自殺を防ぐことが求められます
そのためにまず行われるのが「秘密にするという約束には応じらえない」と率直に伝えることです
最初にそのような対応をするのは、大きく言えば「秘密にしていては、あなたに生きていてもらうことができない」からです。
つまり、「秘密にするという約束には応じらえない」と伝えることは「生きていてほしい」というカウンセラー側の意思の表明ということになります。
その先のやり取りは選択肢①で示した通りですが、契約としても、心理療法としても、まずは「秘密にするという約束には応じらえない」と伝えることが第一に行われることであり、そこから進めていかないことには話が進まないように思います
「秘密にするという約束には応じらえない」ということを伝えずに、あちこちに話すのは、守秘義務違反にはならなくても心理療法的にNGです。
死の決意の告白の背景にはA自身が述べているように、公認心理師への信頼があると見て取ることができます。
こうした信頼を絆として、どうやり取りするかが重要であり、「秘密にするという約束には応じらえない」ということを起点としない支援は、クライエントの信頼を裏切る形になってしまうと思われます
クライエントからしたら、秘密を守らなかったことよりも、秘密にできないことをやり取りしてくれなかったことに傷つくのではないでしょうか。
以上より、選択肢④は本事例の状況で優先される対応であると判断できます。

『⑤Aの妻に「話さないでほしい」と言われていることを含めて自殺の計画について伝える』

選択肢③や選択肢④でも述べたように、まずは公認心理師とAとのやり取りの中で「秘密にできない」と伝えること、医療機関内で主治医との連携を取ることを最優先に行っていきます。
主治医の判断によって入院にならなかった場合でも、本事例のような緊急度の高い事態では、守秘義務を超えて家族に連絡することがあり得ます
こうした家族への連絡は、自殺を防ぐためにも行われ得るものだと言えます
しかしながら、あくまでも本事例の状況で「優先される対応」を選ぶとするなら、本選択肢の前に選択肢③および選択肢④となります
選択肢③+選択肢④を行い、医師の診察やその後の判断を踏まえて、家族への連絡という形になると思われます。
よって、選択肢⑤は本事例の状況で優先される対応ではないと判断できます。

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