パニック発作の症状に関する問題です。
こういう問題に強くなるために「2020年度作成 DSM-5に関する確認テスト」を作りました。
やると力になると思うんだけどなぁ、といつも思っています。
問135 パニック発作の症状として、適切なものを2つ選べ。
① 幻覚
② 半盲
③ 現実感消失
④ 前向性健忘
⑤ 心拍数の増加
解答のポイント
DSM-5におけるパニック障害の診断基準を把握している。
選択肢の解説
③ 現実感消失
⑤ 心拍数の増加
まずはDSM-5におけるパニック障害の基準を見ていきましょう。
A.繰り返される予期しないパニック発作。パニック発作とは、突然、激しい恐怖または強烈な不快感の高まりが数分以内でピークに達し、その時間内に、以下の症状のうち4つ(またはそれ以上)が起こる。
注:突然の高まりは、平穏状態、または不安状態から起こりうる。
- 動機、心悸亢進、または心拍数の増加
- 発汗
- 身震いまたは振え
- 息切れ感または息苦しさ
- 窒息感
- 胸痛または胸部の不快感
- 嘔気または腹部の不快感
- めまい感、ふらつく感じ、頭が軽くなる感じ、または気が遠くなる感じ
- 寒気または熱感
- 異常感覚(感覚麻痺またはうずき感)
- 現実感消失(現実ではない感じ)または離人感(自分自身から離脱している)
- 抑制力を失うまたは“どうかなってしまう”ことに対する恐怖
- 死ぬことに対する恐怖
注:文化特有の症状(例:耳鳴り、首の痛み、頭痛、抑制を失っての叫びまたは号泣)がみられることもある。この症状は、必要な4つ異常の1つと数えるべきではない。
B.発作のうちの少なくとも1つは、以下に述べる1つまたは両者が1ヵ月(またはそれ以上)続いている。
- さらなるパニック発作またはその結果について持続的な懸念または心配(例:抑制力を失う、心臓発作が起こる、“どうかなってしまう”)。
- 発作に関連した行動の意味のある不適応的変化(例:運動や不慣れな状況を回避するといった、パニック発作を避けるような行動)。
C.その障害は、物質の生理学的作用(例:乱用薬物、医薬品)、または他の医学的疾患(例:甲状腺機能亢進症、心肺疾患)によるものではない。
D.その障害は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:パニック発作が生じる状況は、社交不安症の場合のように、恐怖する社交的状況に反応して生じたものではない:限局性恐怖症のように、限定された恐怖対象または状況に反応して生じたものではない:強迫症のように、強迫観念に反応して生じたものではない:心的外傷後ストレス障害のように、外傷的出来事を想起するものに反応して生じたものではない:または、分離不安症のように、愛着対象からの分離に反応して生じたものではない)。
上記の通り、選択肢③の現実感消失と、選択肢⑤の心拍数の増加が示されていますね。
これは何かで読んだんですが、パニック発作で心拍数の増加がみられる場合、数年前まで運動をしていたことが多いとのことです。
つまり、心拍数の増加がその人にとって日常的にあり、それ自体がその人の心身の安定に寄与していた可能性があるという見解でした。
そう考えると、パニック発作で心拍数の増加がみられるクライエントに、運動を勧めるというのはあり得る対応と言えますね(心臓の疾患等がないことが前提ですが)。
本問において、おそらく多くの人が「心拍数の増加」は即座に選べたのではないかと思います。
「現実感消失」に関しては、解離性障害でも見られますから、その辺のイメージが強い人が選びにくくなってしまった可能性はあります。
どちらの現実感消失も、他人事として捉えることで心身を守っている、という意味では共通していますが、その切り離し具合で病理水準の見立てが可能ですね(もちろん、切り離しが強く、頻度が高いほど良くない)。
以上より、現実感消失と心拍数の増加はパニック発作の症状であると考えられます。
よって、選択肢③および選択肢⑤が適切と判断できます。
① 幻覚
幻覚とは実在しない対象を主観的に知覚として体験する症状で、「対象なき知覚」として古典的には定義されています。
その特徴に応じて様々に分類されており、感覚様式に応じた分類としては、幻聴、幻視、幻嗅、幻味、体感幻覚があります。
幻覚で出てきやすい疾患は色々ありますが、診断基準に入っているのは統合失調症になるでしょう。
A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。
- 妄想
- 幻覚
- まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
- ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
- 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)
上記の通り、統合失調症では幻覚が診断基準の一つに含まれていることがわかりますね。
統合失調症については、こちらのページでまとめている内容も見てもらえると良いでしょう。
精神病水準にある病的な幻覚では、知覚としての実体性はありありとして明確であり、当事者は知覚対象の実在性に強い確信を持ちます。
一方、精神病水準に満たない幻覚性の体験は、精神病以外の様々な精神疾患や健常者でも体験しうるもので、知覚としての実体性が曖昧だったり、頻度の乏しい一過性の体験であったりします。
このように、幻覚だからといって統合失調症であるとか、そういう単純な捉え方をするのは見立ての誤りを生んでしまう思い込みで、幻覚自体は多くの精神疾患で生じうると見なしておくと良いでしょう。
事実、クルト・シュナイダーの一級症状は、元々は統合失調症症状としてまとめられたものでしたが、その後、多くの精神疾患に生じうることが認められたため「精神的に問題がある場合に生じうる症状」という認識に変化していきました。
となると、パニック障害の場合でも幻覚が生じないとは言えないのですが、少なくとも診断基準に含まれるほど頻度が高いとは言えませんし、「パニック発作の症状」と見なすのは無理がありますね。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② 半盲
眼球~視覚野までの視覚経路の各部位で、線維は常に一定の配列を保っており、網膜上のある1点より出た線維は視覚野のある特定の部位に投射します。
経路の一部に障害があると、それに応じた視野の欠損が起こることになります。
一方の視索を構成するのは、左右の眼の視野の対側からの情報を伝えるので、一方の視索の切断は、それぞれの眼の視野の対側半分が欠損する半盲症をもたらすことになります。
視交叉部の障害で交叉性線維が断たれると、左右の眼の外側(耳側ね)半分の視野が欠損します。
これは両耳側半盲症と呼ばれ、臨床的には脳下垂体の腫瘍による圧迫で生ずることが多いとされています。
このように、半盲とは、視野の半分が見えなくなってしまう状態を指します。
半盲には、同名半盲や異名半盲といった種類があります。
半盲の原因としては、視野を形成する部位の脳梗塞や脳腫瘍、外傷などが挙げられます。
その他、多発性硬化症や脳膿瘍、クロイツフェルトヤコブ病なども例に挙げることができます(これらの場合には、右側半分もしくは左側半分の視野が欠損します)。
このように半盲は脳をはじめとした視野を形成する部位の問題によって生じるとされています。
パニック発作の基準にも半盲は出てこないものですね。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
④ 前向性健忘
前向性健忘については「公認心理師 2018追加-9」に詳しいので、まずはそちらを引用しましょう。
記憶の障害については、さまざまな視点からの概念があります。
例えば、現在を基準とした時間軸で症候を整理すると以下のようになります。
- 即時記憶:現在を基準として、今から数秒あるいは干渉を受けるまでの記憶を即時記憶と呼ぶ(ほぼ短期記憶に相当)。即時記憶の評価は数唱課題で行うことが多く、健忘症患者では保たれる能力である。
- 近時記憶:健忘症患者は干渉を受けるとその前に覚えていたことを思い出すことが難しくなる(近時記憶障害)。検査では、単語を覚えさせシリアル・セブン(100-7のやつ)などの別課題を実施して干渉を加えた後、遅延再生を求めることでその障害を確認する。
- 遠隔記憶:発症より前の古い記憶を指す。社会的な出来事や個人のエピソードを聴取することで障害の有無が確認される。これが疑われたら、自伝的記憶検査や遠隔記憶検査を実施することが必要。
これに対して「前向性健忘」という表現は、「発症を基準とした時間軸による症候理解」という捉え方を採用したものです。
この理解では、発症よりも「古い記憶の障害」と「新しい記憶の障害」に分けられます。
- 逆向性健忘:古い記憶の障害を指す。失われる期間は数時間~数十年に及ぶことも。古い記憶が保たれ、新しい記憶であるほど(発症に近いほど)障害が顕著であり、このような時間による記憶成績の差を時間的勾配と呼ぶ。
- 前向性健忘:新しい記憶の障害を指す。発症から現在に至る記憶の障害。健忘患者の典型像。
以下の図がわかりやすいと思います。
まず、こうした前向性健忘についての理解を前提にしておきましょうね。
さて、更に過去問から前向性健忘と関連がありそうな箇所を引っ張ってきましょう。
- 2021-27:コルサコフ症候群はチアミン(ビタミンB1)の欠乏によって生じ、前向性健忘、逆行性健忘などの記憶障害の他、見当識障害、作話、病識欠如を特徴としています
- 2020-41:(睡眠薬の副作用として)前向性健忘で、摂取後入眠前、中途覚醒時の記憶が障害されることが多いとされています。
- 2018追加-24:アルツハイマー病や無酸素脳症などにより障害を受けやすい領域で、障害されると重度の前向性健忘(記銘力の障害)が生じる。
このように、主に前向性健忘は脳器質的な問題に伴って生じるものであり、特に前向性健忘は健忘症の患者の典型像でもあります。
ただし、前向性健忘/逆向性健忘という区分は、特定の時点を基準とするため、発症の時期が明らかではない変性疾患や慢性疾患などでは適用が困難な概念でもあります。
このように、前向性健忘は脳器質的な問題に伴って出現することが多く、また、パニック発作の診断基準の中にも含まれていませんね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。