うつ病の症状に関する問題です。
「ある症状=この病理」という一対一で覚えておくのは危険ですが、「この症状はこの病理に多いよなぁ」くらいはわかっておく必要がありますね。
問111 うつ病の症状として、最も適切なものを1つ選べ。
① 思考途絶
② 微小妄想
③ させられ体験
④ 物盗られ妄想
⑤ 睡眠欲求の減少
解答のポイント
各疾患に見られやすい症状を把握している。
選択肢の解説
② 微小妄想
⑤ 睡眠欲求の減少
まず精神症状に関する前提を理解しておきましょう。
各病理に特有の症状というものは存在しますが、それは確定的なものではありません。
代表的なエピソードとして、クルト・シュナイダーの一級症状という概念があります。
こちらはもともと「統合失調症に特有の症状」としてまとめられましたが、その後、こうした一級症状を示すのが統合失調症に限らないことが理解され、「精神的不調を生じさせた人が見せ得る症状」という理解にシフトしてきました。
同じような話として、ロールシャッハ(エクスナー法)の中には、かつてSCZIという統合失調症の可能性を判断する指標がありましたが、これも統合失調症だけが示すとは限らないという理由などによりPTIという「知覚と思考に関する指標」という名称に変更されています。
つまり、本問では「うつ病の症状」ということで選択していくわけですが、あくまでも「この症状が出たらうつ病を第一選択で考える」もしくは「うつ病であれば、この症状が出現する可能性を考慮しておく」というくらいの考え方で受けとめておいてもらえた方が良いです。
てんかんなどと違い、「この症状は絶対にこの病理である」と言えることはないと思っておいた方が安全だろうと思います。
こうした固い思い込みによって、目の前のクライエントの重要な症状の出現を見逃してしまうリスクを忘れないでおきましょう。
さて、ここで挙げた選択肢はうつ病の症状として挙げられやすいものになります。
上記では妄想を大きく3群に分けていて、非常にわかりやすいです。
細かく見れば問題はあるでしょうけど、大まかに妄想の種類をカテゴライズされたものとして見ておくには大変役立つと思います。
示されている3群は以下の通りです。
- 被害妄想:関係妄想、注察妄想、被毒妄想、追跡妄想、嫉妬妄想、物理的被影響妄想、憑き物妄想、好訴妄想
- 微小妄想:貧困妄想、罪業妄想、心気妄想、虚無妄想、不死妄想
- 誇大妄想:発明妄想、血統妄想、宗教妄想、恋愛妄想
貧困妄想とは、どんなにお金があっても、お金がないと感じてしまいます。
「自分は非常に貧しい」「借金を抱えてしまった」などと信じる妄想です。
そして、これらは罪業妄想(何もしてないのに自分が咎人であるかのように確信する)などとともに微小妄想(自分がちっぽけに感じる、ということ)とまとめられます。
微小妄想はうつ病のときに主に現れ、抑うつ妄想とも呼ばれています。
自殺の背景にはこうした微小妄想が強くなっている可能性が指摘されており、そういう意味で見逃してはならない症状であると言えますね。
さて、選択肢⑤の「睡眠欲求の減少」ですが、こちらは実際とは逆の内容が示されていますね。
うつ病エピソードは、①抑うつ気分、②興味・喜びの喪失、の中核症状と、③食欲減少/増加、④不眠または過眠、⑤焦燥・制止、⑥易疲労性、⑦罪責感、⑧集中力の減退、⑨希死念慮で構成されます。
ですから、不眠または過眠があるわけですが、この不眠は決して「睡眠欲求が減少」によって生じるものではなく、寝たいのに眠ることができないという状態になります。
この「睡眠欲求の減少」は、うつ病ではなく躁病エピソードで示されているものであり、躁病エピソードは①高揚気分、②易怒性の亢進、③自尊心の肥大、④目標指向活動の増加、⑤リスクライフ、⑥睡眠欲求の減少、⑦注意散漫、⑧多弁、⑨観念奔逸で構成されます。
このように「睡眠欲求の減少」は、躁病によく見られるものであると考えるのが妥当です。
ただ、統合失調症の発病前に「自分は睡眠を必要としなくなった」「三日寝なくても頭が冴える」という時期があり得ることなどから、睡眠欲求の減少と見える状態が生じることもあります。
いずれにせよ、「睡眠欲求の減少」はうつ病によく見られる症状と捉えるのは難しいですね。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢②が適切と判断できます。
① 思考途絶
③ させられ体験
これらは統合失調症で出現しやすい症状になります。
選択肢①の思考途絶については、連合弛緩との関連で語られることが多いですね。
ブロイラーは統合失調症の基本症状として以下の4つを挙げています。
- 連合弛緩(思考障害)association loosening
- 感情障害(感情鈍麻)affect disturbances
- アンビバレンス(両価性)ambivalence
- 自閉 autism
これらの頭文字を取って「4つのA」などとも呼ばれています。
ですから、「連合弛緩」と言えば、まずは統合失調症の症状の可能性という認識を持っておくと良いでしょう。
連合弛緩に類する症状として、滅裂思考(上記の症状が増悪すると、考えに関連性が見られず、言っていることにまとまりがない状態になる。 無関係の単語を並べ立てたり、自分で新たな言葉を作り出したりすることもあり、聞き手には内容が理解できない)、思考途絶(妄想や幻覚のため、思考が途中で止まってしまう)などがあり、思考の障害ということでまとめることができるでしょう。
もちろん、思考の障害自体は様々な精神疾患で生じ得ますが(例えば、双極性障害の躁状態のときなど)、連合弛緩についてはその概念提唱の経緯や、その症状を示しやすい病態などから、統合失調症の症状という認識で世間では認知されているようですね。
同じく統合失調症によく見られる症状として自我障害に基づくものがあります。
自我と外界が不鮮明になり、自分が考え行動するという自我の能動性が薄れて「自分で考えているのではなく、考えさせられている。自分は操り人形のように他人の意思のままに行動させられている」という状態であり、これを「させられ体験」と呼びます。
自分の意志ではなく、何者かに支配されているような感覚になり「~させられてしまう」「~と考えさせられてしまう」などと自我意識に弊害が起きてしまうわけです。
ちなみに、自分の考えが自分でない誰かに知られていると感じる「さとられ体験」も、自我意識障害の症状のひとつです(漫画・映画の「サトラレ」の語源かな?)。
いずれにせよ、統合失調症によく見られる症状として「させられ体験」があると言えますね。
以上より、選択肢①および選択肢③は不適切と判断できます。
④ 物盗られ妄想
誰かに財布や通帳など、自分にとって大切な品物を盗まれたという「物盗られ妄想」は、アルツハイマー型認知症の病初期に現れ、記憶障害と関連した出現頻度の高い行動・心理症状(BPSD)です。
自覚的にも次第に管理ができなくなりつつあると感じられる自分の生活領域において、誰かが侵入して大切なものをもってゆくという侵入妄想はしばしば認められるものですね。
アルツハイマー型認知症では、収納した場所を覚えていないという近似記憶の障害が基になって妄想的な解釈が行われ、物盗られ妄想の形を取ることもしばしばです。
アルツハイマー型認知症で見られやすい妄想としては、被害妄想(とくに物盗られ妄想)や見捨てられ妄想、それに嫉妬妄想などが挙げられます。
BPSDの妄想の中で最も頻度が高い妄想でもあり、記憶障害のために誰かが自分のものを持っていったと確信して妄想的に発展するものが多いです(だから、記憶障害が前景にたつAlzheimer型認知症で多く見られます)。
このように近時記憶障害と関連して「物盗られ妄想」が生じるわけですね。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。