公認心理師 2021-149

事例に対するアセスメントの問題です。

この手の問題は、選択肢を見ることなく正解を言えるくらいである方が良いでしょうね(試験問題様として、かなり教科書的に症候を示してある)。

問149 73歳の男性A、大学の非常勤講師。指導していた学生に新型コロナウイルスの感染者が出たため、PCR検査を受けたところ、陽性と判定され、感染症病棟に入院した。入院時は、38℃台の発熱以外の症状は認められなかった。入院翌日に不眠を訴え、睡眠薬が処方された。入院3日目の夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする、などの異常行動が出現した。翌日、明らかな身体所見がないことを確認した主治医から依頼を受けた公認心理師Bが病室を訪問し、Aに昨夜のことを尋ねると、「覚えてい
ません」と活気のない表情で返事をした。
 BのAへのアセスメントとして、最も適切なものを1つ選べ。
① うつ病
② せん妄
③ 認知症
④ 脳出血
⑤ 統合失調症

解答のポイント

本事例の状況から最も可能性が高い症候を判断できる。

選択肢の解説

② せん妄

本問を解くにあたっては、事例の以下の特徴を捉えておく必要があります。

  1. 症状の直前に睡眠薬処方があった。
  2. 異常行動の内容は「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする」というもの。
  3. 身体所見は無く、可逆的(以前の状態に戻っていた)であった。

これらの特徴をすべて満たしうるアセスメント内容を選択することが求められるわけです。

まず本選択肢の「せん妄」については、2の異常行動の内容と合致します。

せん妄の特徴を列挙していきましょう。

  1. ぼんやりして、思考がまとまらなくなり行動も混乱する:
    せん妄は軽度ないしは中等度の意識障害による精神症状で、患者は少し眠そうな様子を見せますが話しかけるとちゃんと応答できます。しかし、注意力や集中力は低下し、判断も混乱していて、あとでせん妄の時に体験したことを思い出すことができません。思考もまとまりが悪く、周囲に対して関心が乏しく無気力となり、行動も混乱し動き回ったり、逆に無動になったりします。
  2. 見当識の障害がある:
    いま何日の何時ごろであるか(時間の見当識)、ここはどこであるか(場所の見当識)、目の前にいる人は誰であるか(人物の見当識)といった認識が障害されます。このような見当識障害が、時間・場所・人物に関して一気に、しかも突然に障害されるのはせん妄の特徴です。認知症でも見当識障害が見られますが、この時には時間・場所・人物の見当識の順序でゆっくりと(時には何年もかかって)障害されてゆきます。
  3. 後で思い出せない:
    先述の通り、意識障害があったときのことを後で想起することは困難です。これは意識障害があるために注意の障害があり、そのために記銘できないことも関連していると思われます。意識障害のある時の体験が早期不能であるということは、せん妄の重要な特徴の一つです。
  4. 幻視と錯視:
    主観的な体験としては、対象を間違ったものとして認識する錯視は頻度の高い体験です。薄暗い部屋の隅に植木鉢や人のうずくまった姿に見えるといった体験がしばしばあります。
    また、実際には存在しない人や動物が見えるといった幻視体験も見られます。いるはずのない人物が見えるとか、部屋の中に入り込んで座っているといったように訴えられます。また小動物や蛇のようなものが見えることもあります。稀には以上に小さい人物が見える幻視(こびと幻視)もあります。
    幻視そのものの体験ではありませんが、確かにそこに人がいるとか、部屋の外に人が経っていて内部を窺っているといった感覚(実体意識性)が体験されることがあります。
    そのほか、視覚系の認識の障害として遠方のものがすぐ目の前にあるように思われたり、逆に近くの物が極端に遠方にあるように感じられたりする遠近感の変化が起こることがあります。また、天井が下で、床が上にあるといった上下逆転した感覚が訴えられることもあります。
    また、ものの輪郭が鮮やかに浮かび上がって見えると訴えることもあります。例えば、机の輪郭がはっきり浮き上がって見え、しかもその輪郭の線が一定の方向に動くといったように体験されることがあり、これは知覚の変容と呼ばれます。
  5. 日内変動がある:
    せん妄は日内変動があり、1日のうちにも症状の変化があります。たいていは夜間に症状が悪化することが多く、「夜間せん妄」と呼ばれます。夜間は見当識を助ける手掛かりが減るため、症状が悪化することが多いとされています。また、夕暮れ症候群として知られる夕方から夜間にかけての全般的な精神症状の悪化は、せん妄の出現が原因となっていることが少なくありません。
  6. 活動亢進か活動低下か:
    精神運動活動が活発になることが多いのですが、逆に不活発になることもあります。活動低下型のせん妄はそれと気づかれないことも少なくありません。両者が混在して見られることもありますが、活動性は一日のうちでも急速に変化します。
  7. 脳波など:
    脳波検査で徐派が見られることもあります。この脳波変化は意識障害の深さと平行し、原因疾患が異なっても一定のパターンを示すとされています。
    ただ、せん妄状態でも実際には脳波異常が見られないこともあります。したがって、脳波に異常が見られないからといってせん妄ではないとまでは言えないということになります。

本事例では「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする」という状態となっていますが、こちらはせん妄の状態としてあり得るものと言えます(上記の「ぼんやりして、思考がまとまらなくなり行動も混乱する」に該当)。

また、後で覚えていないというのもせん妄の特徴ですから、本事例がせん妄であったことを支持する情報であると言えますね。

また、本事例が73歳と高齢であることも、せん妄の可能性を高める要因になります。

せん妄は高齢者に多くみられ、高齢者の約15~50%は入院中にせん妄を経験します。

高齢者に多い理由としては…

  • 薬剤:高齢者では、多く薬剤に敏感になっています。高齢者におけるせん妄の最も一般的な原因は、鎮静薬など脳の機能に影響を及ぼす薬の使用です。しかし、多くの市販薬(特に抗ヒスタミン薬)を含め、脳の機能に影響を及ぼさない薬剤が、せん妄を引き起こすこともあります。こうした薬剤の多くには抗コリン作用があり、高齢者はこの作用に対して敏感になっています。錯乱はこうした作用の1つです。
  • 加齢に伴う脳の変化:せん妄が高齢者により多くみられる理由の1つに、一部の加齢に伴う脳の変化によってせん妄にかかりやすくなることが挙げられます。例えば、高齢者では、脳細胞の数が減少し、神経伝達物質(脳の神経細胞間の情報伝達を可能にする物質)であるアセチルコリンが減少しています。(薬剤、病気、状況などによって)ストレスが生じると、アセチルコリンの量がさらに減少して、脳の機能が阻害されます。そのため、高齢者では、このようなストレスによってせん妄が発生する可能性が特に高くなります。
  • その他の病態:せん妄が起こりやすくなる状況は他にも、脳卒中、認知症、パーキンソン病、その他の神経の変性を引き起こす病気、3薬剤以上の薬剤の併用、脱水、低栄養、体を動かせない状態があり、高齢者ではこれらの病態がよくみられます。

…などが挙げられています。

せん妄の発症要因は、直接因子、誘発因子、準備因子に分けることができます。

直接因子とは、単一でせん妄を起こしうる要因であって、①中枢神経系への活性を持つ物質の接種(抗コリン薬・ベンゾジアゼピン系抗不安薬・睡眠薬・ステロイド・オピオイドなどの医薬品、アルコール、覚せい剤など)、②依存性薬物からの離脱、③中枢神経疾患(脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍、感染症など)、④全身性疾患(敗血症、血糖異常・電解質異常・腎不全・肝不全・ビタミン欠乏などの代謝性疾患など)、などが挙げられています。

誘発因子は、単独ではせん妄を起こさないが、他の要因と重なることでせん妄を喚起しうる要因のことであり、①身体的要因(疼痛、便秘、尿閉、脱水、身体拘束、ドレーンなどの留置、視力や聴力の低下)、②精神的要因(抑うつ、不安)、③環境変化(入院、転居、明るさ、騒音)、④睡眠障害(不眠、リズム障害)、などが挙げられています。

準備因子とは、せん妄の準備状態となる要因で、高齢、認知機能障害、重篤な身体疾患、頭部疾患の既往、せん妄の既往、アルコール多飲などが挙げられます。

本事例では直前に睡眠薬が処方されているため(上記の特徴の1に関する内容ですね)、その影響によってせん妄という症状が出てきた可能性があるわけです。

このように、せん妄では軽度ないし中等度の症状が時間経過で変動する意識障害(環境に対する見当識の低下)と注意障害(注意の方向づけ、集中、維持、転換する能力の低下)に加え、活発な幻覚、強い不安・恐怖、不穏・興奮を伴う意識変容を起こし、認知の障害も生じさせます。

せん妄は急性かつ一過性に障害される病態ではありますが、その程度には変動がみられ、通常は可逆的とされています。

本事例でも一晩である程度やり取りができる状態まで回復しており(上記の特徴の3に該当する内容ですね)、こうした情報からもせん妄である可能性が高いと見なすことができます。

ただし、せん妄の原因を速やかに特定して治療しないと、眠気と反応の鈍化が進行し、昏迷(非常に強い刺激を与えなければ覚醒しない状態)に陥ることがあり、昏迷は昏睡や死につながる危険性があるので注意が必要です。

なお、見当識を正すような情報が少ない等の理由からせん妄は夜間に多いとされており(夜間せん妄と呼ばれる)、このことも本事例がせん妄である可能性を高めますね(夜間に症状が出ている)。

以上のように、本事例の異常行動やその周辺の情報を踏まえると、本事例で起こったのはせん妄である可能性が最も高いと考えられます。

よって、選択肢②が適切と判断できます。

① うつ病
③ 認知症
④ 脳出血
⑤ 統合失調症

先述の通り、本問を解くにあたっては、事例の以下の特徴を捉えておく必要があります。

  1. 症状の直前に睡眠薬処方があった。
  2. 異常行動の内容は「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする」というもの。
  3. 身体所見は無く、可逆的(以前の状態に戻っていた)であった。

これらの特徴をすべて満たしうるアセスメント内容を選択することが求められるわけで、ここに挙げた選択肢は上記のいずれかが満たされていません。

まず選択肢①の「うつ病」の場合、「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする、などの異常行動が出現した」という本事例の反応と、抑うつエピソードの診断基準にある「ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的でないもの)」との弁別が求められています。

診断基準にある「精神運動の制止」は、話し方や動作が普段より遅くなっている、言葉がなかなか出てこない、周囲の人からもそれを指摘されるといった症状で、「焦燥」というのはその反対でじっとしていられず、動き回ったり、座っていられなくなったりする症状です。

これだけで言えば、弁別が難しい感じもありますが、本事例の場合には「覚えていません」という状態があり、これは抑うつエピソードの診断基準とは異なる点と見なして良いでしょう。

本事例では、その他の抑うつ感に関する情報がないこと、極端に状態の変化(夜と朝の状態の落差:単なるうつ病の朝が苦しいというのとは異なる)がみられることなどに加え、睡眠薬の処方などの状況要因から考えて、うつ病を第一選択にするには矛盾のある情報が多いと言えます。

次に選択肢③の「認知症」ですが、こちらは明らかに症状の出現経緯が違和感がありますね。

認知症は緩徐に進行するものであり、本事例のように「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする、などの異常行動が出現した」という急な症状の出方はしません。

「覚えていない」という点が認知症を匂わせているのかもしれませんが、やはり認知症と見なすには無理があると言ってよいでしょう。

選択肢④の「脳出血」ですが、脳出血であれば急激に発症するということはあり得ます。

脳出血の場合、出血した血液が固まって、直接脳の細胞を破壊したり、周囲を圧迫してその部分の脳の働きを阻害しますから、ある特定の部位に関連する機能の麻痺や、突発する頭痛や嘔吐、意識がなくなるといった症状が突然現れます。

ここまでなら本事例の症状が突然現れていることと矛盾がないように見えますが(症状の内容はともかく)、脳出血の場合ならそれが次の日の朝にはずいぶん治まるということは無いはずです。

本事例では特に治療を行っている様子もありませんし(治療を行ったとしても、ここまで急激な回復はないだろう)、こうした中で本事例のような可逆性を示すことはあり得ないと考えておくのが妥当ですね。

最後の選択肢⑤の「統合失調症」ですが、ここではまず、DSM-5で示されている統合失調症の基準を見てみましょう。


A.以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのが1カ月間(または治療が成功した際はより短い期間)ほとんどいつも存在する。これらのうち少なくともひとつは(1)か(2)か(3)である。

  1. 妄想
  2. 幻覚
  3. まとまりのない発語(例:頻繁な脱線または滅裂)
  4. ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
  5. 陰性症状(すなわち感情の平板化、意欲欠如)

上記の内容、特に基準4が「夜になり突然、ぶつぶつ言いながら廊下をうろうろ歩き回る、病棟からいきなり飛び出そうとする、などの異常行動が出現した」に該当するか否かをまずは考えてみましょう。

統合失調症における緊張病は、興奮・昏迷を基本として、カタレプシー(同じ姿勢を固持する)、反響言語(相手の言葉をオウム返しする)、反響動作(相手の動作を反復する)、常同症(同じ動作をつづける)、拒絶症(態度や行動で拒否を示す)、無言など、特徴的な症状を示す症候群です。

多少被る部分はあるにしても、完全に一致しているとは言えないことがわかると思いますが、いずれも意識障害が入ってくるので、本事例の症状が統合失調症に「あり得ない」とは言い切れないだろうと思います。

ですが、本事例では、異常行動以外の問題は示されておらず、統合失調症であったことを示す情報は一切ありません。

本事例を統合失調症だとすると、「もともと統合失調症で、本事例の状況で症状が出た」と見なす場合と、「老年期になって発症した精神病」と見なす場合が考えられますが、いずれの場合であっても、直前に睡眠薬を処方されていること、一晩で改善を見ていることなどを踏まえれば、やはり統合失調症の症状と見なすには無理があります。

以上のように、ここで挙げた選択肢に関しては、そのいずれもが大小の矛盾を抱えており、Aへのアセスメントとして適切とは言えないと考えられます。

よって、選択肢①、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です