公認心理師 2020-142

事例の見立てを行い、適切な対応の助言を行う内容になっています。

事例の状況から、どういう見立てを行うかが問われておりますね。

見立ての順番に関する理解も正答を適切に導くために欠かせないです。

問142 55歳の男性A、会社員。Aの妻Bが、心理相談室を開設している公認心理師Cに相談した。Aは、元来真面目な性格で、これまで常識的に行動していたが、2、3か月前から身だしなみに気を遣わなくなり、部下や同僚の持ち物を勝手に持ち去り、苦情を受けても素知らぬ顔をするなどの行動が目立つようになった。先日、Aはデパートで必要とは思われない商品を次々とポケットに入れ、支払いをせずに店を出て、窃盗の容疑により逮捕された。現在は在宅のまま取調べを受けている。Bは、逮捕されたことを全く意に介していない様子のAについて、どのように理解し、対応したらよいかをCに尋ねた。
 CのBへの対応として、最も優先度が高いものを1つ選べ。
① Aの抑圧されていた衝動に対する理解を求める。
② Aの器質的疾患を疑い、医療機関の受診を勧める。
③ Aに内省的構えを持たせるため、カウンセリングを受けるよう勧める。
④ Aに再犯リスクアセスメントを実施した後、対応策を考えたいと提案する。
⑤ Aの会社や家庭におけるストレスを明らかにし、それを低減させるよう助言する。

解答のポイント

事例の状況からAに起こっていることを見立てること、見立ての手順を正しく理解していること。

選択肢の解説

② Aの器質的疾患を疑い、医療機関の受診を勧める。

本問で最も求められるのは「Aに何が起こっているのか?」をきちんと見立てることができる力です。

まず「元来真面目な性格で、これまで常識的に行動していた」にも関わらず、「2、3か月前から」と急に問題が生じ始めたことがわかります。

しかも、その問題についても「身だしなみに気を遣わなくなり、部下や同僚の持ち物を勝手に持ち去り、苦情を受けても素知らぬ顔をするなどの行動」などのように、それまでのAの在り様とは連続性のないものですね。

その上、「Aはデパートで必要とは思われない商品を次々とポケットに入れ、支払いをせずに店を出て、窃盗の容疑により逮捕された」という明確に社会生活を破綻させるような行動が生じており、しかも「逮捕されたことを全く意に介していない様子」ですから、それまでの常識的な姿からまるで人が変わったような印象を受けます。

このような「人が変わったような変化」「2、3か月前という特定の時期を境に生じている」という事例状況と、上記の「人が変わったような変化」の内容が「部下や同僚の持ち物を勝手に持ち去り」や「窃盗」のような欲動の制止欠如を窺わせること、「苦情を受けても素知らぬ顔をする」「逮捕されたことを全く意に介していない様子」のような感情的な動きの少なさを踏まえると、Aの問題を単なる性格傾向とか心理的要因が主因であると見なすのは不適切と言えます。

この状況で思い浮かべねばならないのは「前頭側頭型認知症」ですね。

プラハ大学の神経科教授だったアーノルド・ピックは、後にピック病とよばれる「葉性委縮による初老期認知症の症例」を報告しました。

今日、前頭側頭型認知症と呼ばれる病態のほとんどはピック病と呼ばれていました。

しかし、次第に前頭葉や側頭葉に限局的な委縮病変がみられる疾患は、稀ではあってもピック病の他にもあることがわかってきました。

そこで、これらの疾患を一括する概念として、それらの共通点に基づいて前頭側頭型認知症という臨床的な疾患名が広く用いられるようになりました。

病変の部位は、前頭葉、側頭葉が主であり海馬にも変化があります(しばしば線条体、視床、黒質にも変化が及びます)。

神経細胞の脱落、大脳皮質の第二層における小空胞形成による基質の抜け、白質のグリア繊維の増生がみられますが、更に特徴的な変化としてピック細胞あるいはピック嗜銀球が認められます(要は、異常構造物(ピック細胞等)が神経細胞の中に溜まるということですね)。

このように大脳の神経細胞に脱落が認められるなど、不可逆的な変化と言えます。

前頭側頭型認知症の臨床的特徴として、中核的とされているのが「潜行性発症と緩徐な進行」「社会的対人行動の早期からの障害」「自己行動の統制の障害が早期から」「情意の鈍麻が早期から」「洞察力の欠如が早期から」です。

前頭側頭型認知症の神経精神症状をより具体的に示すと以下のように分類できます。

  • 軽度神経精神症候群:
    ピック病では、潜行性に発症し緩慢な進行経過をとりますから、症状が明らかになる以前にさまざまな前駆的な精神症状を見ることがあります。
    疲れやすくて集中力や思考力が低下し、どことなく不活発で、まるで抑うつ気分があるように見えることもあります。
    また、頭痛や頭重感の訴えもあります。些細なことで立腹したり(易刺激性)、うつ気分や自己不全感がみられたり、態度にも落ち着きがなくなる(不穏)といったこともしばしば見られます。
  • パーソナリティ変化:
    人柄の変化は、本病に特有のものです。
    共通する特徴は社会的な態度の変化であり、発動性の減退あるいは亢進です。アルツハイマー型認知症では、少なくとも初期には、対人的な態度が保たれているのと比べると、この行動面での変化が際立っています。ときには周囲のことをまったく無視して自分勝手に行動するように見えることがあります。また、異常に見えるほど朗らかになって冗談をいったり、機嫌がよくなったりすることもあります。このようなことが続くと、もともとの性格と比べて人格の変化が生じたと見做されるようになります。
    ただ、このような時期には、まだ新しい事柄を記憶する能力は比較的残っていることがあって、アルツハイマー型認知症とは違った印象を受けることが少なくありません。
    特に、衝動のコントロールの障害は、欲動の制止欠如とか、人格の衝動的なコントロールの欠落などと表現され、思考において独特の投げやりな態度は考え不精と呼ばれます。
  • 滞続症状:
    しばしば、話す内容に同じことの繰り返しがあります。これは特有な常道的言語で、運動促迫が加わっています。まるでレコードが同じことを繰り返すようであることから、グラモフォン症候群と呼ばれたこともあります。
    この症状は側頭型ピック病において特徴的とされています。言語機能の荒廃にはまだ至っていない段階で見られるものですが、次第に言語の内容は乏しくなります。
  • 言語における症状:
    言語の内容が貧困になり言語解体と呼ばれる状態になります。自発語や語彙が少なくなり言語の理解も困難になります。中期になると、話を聞いても了解できなくなりますし、自発言語も乏しくなりますが、文章の模写や口真似は十分にできるといった超皮質性失語のかたちをとります。
    本病では、まず健忘失語や皮質性感覚失語が始まり、そのうち超皮質性感覚失語、超皮質性運動失語などが明らかになり、最も進行した段階では全失語も見られます。この段階になると、認知症に加えて、失書、失読、失行、失認、象徴能力の喪失などが出現します。
    同じことを繰り返す反復言語、それに反響言語、緘黙、無表情の四徴候は本病の特徴とされています。
  • ピック病の認知症:
    アルツハイマー型と比べると、初期には記憶障害は目立たないことが少なくありません。しかし、抽象的思考や判断力の低下は、最も初期から認められます。また、対人関係において常道的な態度をとることもあって、社会的な活動はもとより、周囲に対して適切な態度をとることができなくなります。
    初期にはそれまで獲得している日常生活上での技能(自動車の運転など)は残っていますが、トラブルを生じたときに自主的な判断で切り抜けるといったことはできなくなります。しだいに記銘力の低下や健忘が、特有な人柄の変化と相まって、認知症の病像を呈するようになります。しかし、注意力や記銘力は後期においてもかなり残っていることが少なくありません。そのため、前頭側頭型認知症は、記憶よりも言語面で目立つ認知症と表現されることもあります。
  • 精神病様症状:
    神経衰弱様の症状が前駆期に見られることがあります。また、自閉的で無関心な対人的態度や反社会的と周囲から受けとめられるような行為から、統合失調症を疑われることもあります。ただ幻覚妄想を見ることは多くありません。
    精神病様症状としては、進行麻痺様症状、統合失調症破瓜様症状、衝動行為を伴う妄想状態、不安でうつ気分を帯びた状態、強迫症状、身体的影響感情などが知られます。後期になると、自発性の低下が目立ち横臥がちとなります。末期には精神荒廃状態となり、原始反射をともなって無動無言状態となることもあります。

まず、中核的特徴である「社会的対人行動の早期からの障害」「自己行動の統制の障害が早期から」「情意の鈍麻が早期から」「洞察力の欠如が早期から」については、本事例で見られるのがわかりますね。

特に、自己統制の障害については反社会的な行動になることも多く、本事例の問題と矛盾しません。

逮捕されても意に介していない様子、まるで人格が変わったかのような様子についても、本事例の状態と一致しますね。

本事例の様子から、前頭側頭型認知症を疑うことを妨げるような情報は現時点で見られませんから、器質性の問題を疑ってその検査を最優先させることが、最も適切な見立て・対応と言えます。

以上より、選択肢②が適切と判断できます。

こうした器質性疾患を見極めるためにも、しっかりとその特徴をつかんでおくことが重要です。

私が最も頼りにしているのは三好功峰先生の「大脳疾患の精神医学」です。

わかりやすく症状や検査法などが述べられています。

公認心理師試験で出る大脳疾患に関する問題(その症候などに関する内容)は、この一冊で大丈夫かなと思うほどです。

① Aの抑圧されていた衝動に対する理解を求める。
⑤ Aの会社や家庭におけるストレスを明らかにし、それを低減させるよう助言する。

これらの選択肢に関しては、Aの状態に対して選択肢②とは別の見立てを行っている選択肢ということになります。

選択肢⑤に関しては、会社や家庭のストレスがAの問題行動を引き起こしたという考えですね。
ここには選択肢①の内容も絡んでくるでしょう。

会社や家庭のストレスを抑圧し、それが問題行動という形になって生じたという捉え方です。

確かに抑制が強い人ほど、抑制による心身の緊張を「ほぐす」ための方法が極端なものになりがちです。

質素倹約で商売をしてきた人が急に店舗を抵当に入れてギャンブルに手を出す、誰からも尊敬されていた人が突然痴漢で捕まる、といった問題の背景には、こうした「心身の緊張をほぐすという自己治療」という側面があるのです。

赤ちゃんが「積み木を積み上げる→崩す」という遊びをしますが、それまで積み上げてきたもの(ここに緊張が生まれる)を崩す(緊張からの解放)によって、心身の開放感が生じ、これが心地良いのです(お笑いは「緊張と緩和」と言いますが、仕組みは本質的には同じですね)。

その視点で言えば、「元来真面目な性格で、これまで常識的に行動していた」というAに長年の抑制による緊張が存在し、それが今回の問題行動につながったという捉え方もできなくはありません。

もちろん、上記のような状況で問題を起こした人の場合、「逮捕されたことを全く意に介していない様子」ということは一般的に起こりませんから、ここで挙げた選択肢の見立てを第一に見立てるのはしっくりこないというのが正直なところです。

しかし、絶対に起こらないとは言えませんから、ここで挙げた選択肢を除外する、別の論理が必要になってきます。

その論理が「見立ては外因→内因→心因の順で見ていく」ということです。

外因は脳の問題だったり外的な要因で生じる問題であり、内因がその人の特徴と環境との相互作用で生じていること(という言い方をしていますが、実態としては統合失調症やうつ病の可能性を見立てる)、心因がその名の通り心理的な要因で生じているということになります。

見立てを行うとき、外因という明確に「原因」がある問題であるか否かを最初に行う必要があります。

なぜなら、外因は脳の問題も含むため「見逃すと時間経過と共に単純に悪化し、予後に与える影響も大きい」という事情があります。

クライエントの福利を考えたときに、まず外因の可能性を見立てることがどの支援者にも求められる姿勢と言えるでしょう。

そして、外因を見逃したとき「どういった徴候を見逃したのか」が、後からくっきりと突きつけられるのも、支援者としては辛いところです。

さて、こうした見立ての手順を踏まえれば、上述の通り、Aの問題が心理的要因・環境要因によって生じたという見立てを行うこともできはするのですが、それよりも選択肢②で示した脳器質病変による問題であるという外因の可能性を考え、それをチェックすることが優先されることがわかると思います。

こうした視点より、ここで挙げた選択肢のような心因の可能性はあったとしても、それを第一としないことが重要なわけですね。

以上より、選択肢①および選択肢⑤は不適切と判断できます。

③ Aに内省的構えを持たせるため、カウンセリングを受けるよう勧める。
④ Aに再犯リスクアセスメントを実施した後、対応策を考えたいと提案する。

ここで挙げた選択肢については、Aの現状に対する見立てを行っておりません。

本事例では「Bは、逮捕されたことを全く意に介していない様子のAについて、どのように理解し、対応したらよいかをCに尋ねた」とあるように、クライエントのニーズは「夫の状態はどのように理解できるのか、そしてどう対応すべきか」ということになります。

ですから、まずはAの状態がどう見立てられるかを専門家として伝えることが重要になるのですが、選択肢③では問題への内省を、選択肢④は再犯という視点で関わっていますね。

いずれも「Aが起こした問題の背景には何があるのか?」というクライエントのニーズから逸れた回答と言えます。

すなわち、支援の基本として、クライエントのニーズに沿った対応をしていませんので、支援のマナーとしてここで挙げた選択肢は宜しくありません(もちろん、ニーズに添えないこともあるので、その場合はその理由も含めてやり取りすることが重要になります)。

そして、選択肢③の対応については、カウンセリングで良くなる可能性を提示していますが、選択肢②の見立てができる以上、カウンセリングで改善しない可能性も考えねばなりませんし、その視点が欠けている時点で、選択肢③は不適切と言えます。

それは選択肢④も同じで、脳器質疾患であれば再犯リスクアセスメントを行う根拠自体が揺らいでしまいます。

よって、選択肢③および選択肢④は不適切と判断できます。

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