公認心理師 2018追加-117

心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉について、誤っているものを1つ選ぶ問題です。

こうした精神疾患に関する問題では、基本としてDSM-5の内容を把握していることが大切です。
その他、基本的な内容の問題になっているので確実に押さえておくようにしましょう。

解答のポイント

確実にDSMの内容を押させておくこと。
その上で、一般的に行われる治療やPTSDの周辺情報を把握しておくこと。

選択肢の解説

『①うつ病やアルコールの問題を合併することがある』

PTSDを発症した人の半数以上がうつ病、パニック障害などを合併しているという報告があります
また、PTSDではしばしばアルコール依存症や薬物依存症といった嗜癖行動を抱えますが、それらの状態は異常事態に対する心理的外傷の反応、もしくは無自覚なまま施していた自己治療的な試みであると考えられています。

神田橋先生は「PTSDの治療」という講演の中で、以下のような点を指摘しておられます。

  • PTSDでは「here and now」で働いている精神活動に阻害的に働く。
  • あらゆる精神疾患に併存し得る。
  • フラッシュバックのために、治療に必要な安心感のある状況を作りにくい。

PTSDは安心感を得にくい「今」を常に継続させるため、過剰な緊張状態に生体を置くことになります。
それはあらゆる精神疾患の出現可能性を高めると考えるのが自然です

神田橋先生はPTSD以外にも発達障害や双極性障害も、多くの精神疾患と併存し得ることを指摘していますね。

以上より、選択肢①は適切と判断できます。

『②自分自身や他者への非難につながる、出来事の原因や結果についての持続的で歪んだ認識を持つことがある』
『③私が悪い、誰も信用できない、いつまた被害に遭うか分からないといった、否定的な信念や予想が含まれる』

DSM-5には、PTSDの主な症状として侵入症状、回避症状、認知と気分の陰性の変化、覚醒度と反応性の著しい変化、が挙げられています。
これらの選択肢の内容は「認知と気分の陰性の変化」の診断基準に含まれている内容です
当該箇所の診断基準は以下の通りです。

心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。

  1. 心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)。
  2. 自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想(例:「私が悪い」、「誰も信用できない」、「世界は徹底的に危険だ」、「私の全神経系は永久に破壊された」)
  3. 自分自身や他者への非難につながる、心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識
  4. 持続的な陰性の感情状態(例:恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)。
  5. 重要な活動への関心または参加の著しい減退。
  6. 他者から孤立している、または疎遠になっている感覚。
  7. 陽性の過剰を体験することが持続的にできないこと(例:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)。

上記の第2項、第3項は選択肢の内容と合致していることがわかります。

以上より、選択肢②および選択肢③は適切と判断できます。

『④一定期間が経過しても自然軽快しない場合には、トラウマに焦点を当てた認知行動療法やEMDRなどの実施を検討する』

トラウマに焦点を当てた認知行動療法として、持続エクスポージャー法などがあります
公認心理師2018追加-92でも出題されていますね。

持続エクスポージャー法の理論によると、PTSDが慢性化するのは、トラウマの想起刺激を極度に回避したためにトラウマ記憶が適切な処理を受けなかったからと考えます。
したがってPTSDの治療では情動処理を促進する必要となり、持続エクスポージャー法では、自然回復の場合と同様に恐怖構造が十分に賦活されるのだと考えられています。

その他にも、トラウマ焦点化認知行動療法などといった認知行動療法を基盤としたトラウマ治療法についてはいくつか示されています

またEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、Shapiroが1981年に発表したPTSDの心理療法です
EMDRでは、クライエントの眼球の動きをガイドするため、クライエントの目の前でセラピストは大きく交互に左右にリズミカルに指を往復させます。

Shapiroは、こうした両側性の刺激は直接脳を刺激し、自己治癒力や情報処理の正常化を促進するとしています。
トラウマを想起しているときの脳は、右脳の活性が優勢であり感情やイメージにあふれているが、トラウマを想起しながら目の前の指に注意を割くとワーキングメモリが阻害されるため、トラウマティックな出来事のことに巻き込まれ過ぎずに距離を取れるようになります。
また、左脳と右脳を繋いでいる脳梁を通じて、言語化を司る左脳の活性化を行うため、トラウマ記憶やその感情に圧倒されずにトラウマ的な出来事を分析できるようになるともしています。
EMDRは眼球運動に限らず、両手に振動するものを持ってもらうなどの方法もあります。

上記の通り、認知行動療法はEMDRはトラウマの治療法として適切であることがわかります
その点に増して本選択肢の解説で重要なのは「一定期間が経過しても自然軽快しない場合には…実施を検討する」という部分です

アメリカの調査で、PTSDを生じるような危険な体験をする率は、男性で60.7%、女性で51.2%ですが、そうした体験をした人のうちでPTSDになるのは、男性で8.1%、女性で20.4%にすぎないとされています。
すなわち、PTSDは自然回復がかなり見込める問題であると言えます。
しかし、PTSD的な出来事直後から激しい混乱を示している場合や、出来事から一定期間過ぎているにも関わらず症状が維持・増悪している場合には専門的な支援が必要になってきます(この点については、サイコロジカルファーストエイドにも載っていますね)
よって選択肢の「一定期間が経過しても自然軽快しない場合」については、専門的治療、ここでは認知行動療法やEMDRを検討する事例と言えるでしょう。

また「実施を検討する」という表現も重要です
これが「実施する」であれば誤りとなります。
この違いにはPTSDという現象の肝があります

ハーマンが指摘している通り、また、神田橋先生も述べられている通り、PTSDの基本として「受動的な体験である」ということがあります。
災害や犯罪被害のように、「向こうからやってきたもの」に対して受身的に曝されたということです。

PTSDの治療においては、その治療自体がPTSD場面の再体験になることがあります
それは「受身的に治療を受けさせられた」という事態によって生じます。
心理的デブリーフィングに否定的効果があるのは、「思い出すという能動的な意思がない中で、思い出させ、語らせるため」であると言えます。
治療における「受動的な体験」が、PTSD場面における「受身的な体験」と重なることで、少なからず再体験のニュアンスを引き出してしまうわけです

この点を踏まえると、PTSDにおけるあらゆる治療については、治療者側の意見としては「実施を検討する」に留められるはずであり、その治療者としての意見を本人に伝え、本人の意思として、すなわち能動的に治療に移ることが重要になります

逆に言えば、患者が自分の意思でつらい体験を思い出そうとするという意思を見せた時点で、すなわち受動的ではなく能動的にショックな出来事に向き合おうとした時点で、PTSDの治療において大切な部分はクリアしていると言えましょう。

以上より、選択肢④は適切であると判断できます。

『⑤日常的に行われる家庭内暴力〈DV〉や虐待などによって生じるものは含めず、災害、犯罪、交通事故などの単回の出来事によって生じるものをいう』

まずはDSM-5のPTSDになり得る事態について把握しておきましょう。

実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:

  1. 心的外傷的出来事を直接体験する。
  2. 他人に起こった出来事を直に目撃する。
  3. 近親者または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にする。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうだった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
  4. 心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする(例:遺体を収容する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。

上記の「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事」の中に、当然ですが日常的に行われる家庭内暴力〈DV〉や虐待も含みます

本選択肢では「PTSDが単回の出来事によって生じる」という点についての判断を問うている内容と言えます。
言い換えれば「日常的であればDVも虐待もPTSDにならない」という捉え方になりますが、こちらが不適切なのは、例えば、1回きりの性的虐待ならPTSDになるけど、繰り返し日常的に行われていれば該当しないという論理が導かれることからもわかると思います。

こうした外傷体験であることをどうやって判断するかは単純に割り切れない課題を含んでいます。

単なる夫婦喧嘩を「DV」と言い、児童間の些細な諍いを「いじめ」と言い、よくあり得る親からの注意を「虐待」と言うクライエントは、近年確かに増えています。
もちろん、DVやいじめ、虐待はPTSDになり得るのですが、「その出来事を本当にDV(いじめ、虐待)と見なしてよいの?」という点が、主張する側とされる側で常に合意しにくいという問題があります。

この点について、下坂幸三先生は「心的外傷理論の拡大化に反対する」という論考を提出しておられ、その反対理由として以下を挙げています。

  • 主として直接因果律的・決定論的に割り切れる。
  • 境界例を治療する場合、加害者-被害者意識にとらわれていては有効な治療ができない。
  • 外傷理論は「被害者」の責任制を大幅に免除してしまう。
  • 外傷理論の信捧者は、両親(彼らの言う加害者)の可変性がわからないようである。
  • 仮に外傷理論に基づく治療が奏功しなかった場合、障害と外傷とを直結させるドミナント・ストーリーのみがいつまでも残るのではないか
  • 外傷理論の拡大は、臨床心理学、精神医学の単純化、粗大化につながらないか。
  • 自己内省に乏しく、容易に他者を非難し糾弾する風潮に拍車をかける恐れがある。
特に下線部を引いた内容については、トラウマと見なして関わっていくことの危険性、もしもPTSDという見立てが適切でなかったときにクライエントにもたらす被害が甚大であることを示しています。
そのことを自覚し、単純な加害者-被害者という論理でまとめないように、できるだけ思考を複雑に保っておくということが、上記のような陥穽にはまらないために必要なことだと思われます。
以上より、選択肢⑤が不適切と言え、こちらを選択することが求められます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です